六十九話 アフロ頭の悲劇
ダンジョンには、レガスの相方であるライナがいると聞き及んでいた。
だからこそ、あの場で二人に掛かりきりになる訳にはいかなかった。
けれど、ノイズが口にしていた仕掛けが発動したのか。
ずずず、と大きな音を立てる地響きが爆発音と共に二度、三度とダンジョンが存在しているであろう場所から聞こえてきていた。
故に、額に脂汗を浮かべ、急行した俺達であったのだが、そこで待ち受けていた光景は、あまりに衝撃的なものだった。
それはもう、衝撃的過ぎて、声を出す事も憚られてしまう程の————。
「ぷッ、く、くくく、だ、だめだ。もう、我慢出来ねえ……」
直後、肩をぷるぷると震わせるオーネストの口から「ぎゃははははははは!!!」と、割れんばかりの笑い声が轟いた。
場には騒ぎを聞きつけたのだろう。
ヨルハ達もダンジョンの近くに集合していた。
そして、現在進行形で腹を揺すって大笑するオーネストの視線の先には、頬に煤けた痕を残し、三つ編みに結っていた亜麻色の髪は、アフロのように爆発させたライナがいた。
きっと、爆発に巻き込まれてしまったのだろう。不幸中の幸いか。目立った外傷はないようだが、ただ、その見るも無惨な髪型はあまりに衝撃的過ぎた。
俺も、笑いを堪えるので必死だった。
「爆笑してくれたそこの二人。後で覚えとけよ?」
にっこりと満面の笑みを浮かべながら、ライナはオーネストと、散々に笑い転げた後だったのか。
壁にもたれ掛かりながら、びくんびくん、と痙攣するだけの何かと化していたレガスに向けて、底冷えた声音で静かに告げていた。
恐らく、レガスは既に散々笑い転げた後だったのだろう。彼の性格的にそうに違いない。
「————それ、で、ライナのアフロ頭は兎も角、その話は本当か?」
と、兎も角って……。
などと、一人で打ち拉がれるライナの呟きを無視して場に居合わせたローザはそう口にする。
既に、俺達がダンジョンに急行した理由は全て話しており、〝闇ギルド〟の人間と出会した件も打ち明けていた。
彼女の指摘は、その事についてだろう。
「ああ。そいつが〝名持ち〟と呼ばれる人間かどうかの知識はないけど、刺青は胸にあった。特に、シュガムって名乗っていた男の力量は、相当だと思う」
その力量に、底は見えなかった。
だから、本音を言えばあまり戦いたくはない相手。
とは、いえ。
「だがよ、アイツらはとんでもねえミスを犯した」
「ミス?」
「だってそうだろ? オレさま達に、その正体を明かしやがったんだぜ? それを愚策と言わずになんつーンだよ」
確かに、彼らの存在を知れた事は大きい。
お陰で、十全とはいかずとも、それなりの応手が打てる。
その点はオーネストの言う通りだった。
「つぅわけで、人数が揃ったところで殴り込みに向かうか」
「賛成だよ。僕の頭をこんな素敵ヘアにしてくれた奴らはぶっ殺さなくちゃいけないよねえ」
「……すぐに対処したほうが良いのは分かるが、もう少し慎重になるべきじゃないか?」
「うん。ボクもアレクと同じ意見かな」
ぱっくりと意見が分かれる。
意見を述べなかった人物は、ひー、ひー、と未だ苦しそうに笑うレガスと、口を真一文字に閉じたままのクラシアとローザの三人。
ただ、意見を述べなかったあたり、二人ともオーネストとライナの発言に賛同しているわけではないのだろう。
「それに何より、あの二人があんな仕掛け魔法を出来る人間とは俺には思えない。きっと、まだ何人か潜んでる奴がいる。馬鹿正直に今、倒しに向かう事に賛成は出来ないな」
ダンジョンを襲った爆発。
それは、徹底的なまでの秘匿系の効果を織り交ぜて構築されていたせいで、見張っていた筈のライナが事前に気付けなかったらしい。
そして、発動された魔法陣の残骸を実際に見てきたローザやヨルハ曰く、この魔法陣を構築した人間は、相当綿密な行動をする人物だろう、と。
「そうだな。馬鹿正直に倒しに向かうのは馬鹿のする事だ」
ローザが会話に混ざる。
「だが、そこの二人の意見にも一理ある。それに、その〝闇ギルド〟の人間と名乗った連中が、『武闘宴』の優勝賞品を知っていた事も気掛かりだ」
そう言って、ローザは何を思ってか。
未だ抱腹絶倒するレガスへと視線を移す。
「こいつの能力を使うという選択肢は視野に入れるべきかもしれないな」
「……レガスさんの能力、か」
ライナは、〝人形師〟などと呼ばれる事が多いが、相方であるレガスは、〝道化師〟と呼ばれる事が多い。
その理由こそが、彼の扱う————姿形を変え、騙す幻惑系の魔法にあった。
「……まさか、よォ、ローザちゃんは、どこぞに潜入でもさせる気なのかぁ?」
「そのまさかだ。これまで、ダンジョンで起こっていた異変について、満足に事が進まなかった事といい、今回の件といい、『武闘宴』といい。恐らく、国の中枢に内通者が一人、二人いるかもしれないな」
本当にそいつが内通者なのか。
はたまた、脅されている。といった事情があるのか。
ただの私の勘違いか。それは分からんがな。と言って言葉が締め括られる。
「……確かに、それはあり得なくもねえ可能性だわなぁ? でもよォ、俺の能力で潜入するとしても、潜入した後はどうすんだよ。見慣れねえ奴って事で牢屋にぶち込まれるのが関の山だろ。誰かに化けるのも悪かねえが、間違いなくボロが出るぜ?」
「そこについては問題ない。両方とも、ちゃんとした考えがある。ただ、後者については一人、巻き込む必要がある人間がいるが……まぁ、大丈夫だろう。あいつは、私に恩がある。無理矢理にでもその恩をここで返させるだけだ」
「……あ、相変わらず、ローザちゃんに借りを作るとろくな事ないっぽいね」
見た目はちんまい幼女のように愛らしいというのに、出てきた棘しかない言葉に、ヨルハが軽く引いていた。
その一人が誰かは知らないが、ご愁傷様という他なかった。
「失礼な。魔法学院の生徒だった頃にお前達には口酸っぱく教えておいただろう。〝タダより高いものはない〟、とな」
故にこれはあいつの自業自得である。
そう告げるローザの言葉に慈悲はなく。
「というわけで、今からそいつの下に向かうとするか。ダンジョン周りはレガスとライナの二人に任せておいて問題はないだろう。仕掛け魔法も、目に付く限りだが、全て解除してある」
「ん。ダンジョンの事なら任せとけぇ、ローザちゃん。貸し借りの話で俺にまで飛び火すんのは勘弁願いたいから、ここは言われずともお留守番……じゃねえ。ま、まぁ、兎に角任せとけ!! な、なあ? ライナ!」
コクコクコク、とレガスの言葉に応じてライナが忙しなく首肯を繰り返す。
あの様子だと、彼らもローザに何かしらの借りがあるのかもしれない。
下手に突くととんでも無い事になりそうでもあったので、ここは見て見ぬふりをしてローザの言葉に大人しく従っておく事にした。
* * * *
それから、歩く事約三十分程。
ありふれた宿屋の前で足を止めたローザが、ここだと口にしてずかずかと踏み入れた先。
女将らしき人物からローザが何かを聞き出した後、二階へと上がって無造作に角の部屋のドアを押し開けていた。
「お。誰かと思えばビスケットじゃねえか」
「ベスケットだ!!!!」
そこには、『武闘宴』の会場で顔を合わせた団子ヘアの少女がいた。
名を、ベスケット・イアリ。
ローザが巻き込むと言っていた人物とは、傭兵兼、情報屋と名乗っていた彼女の事であったらしい。
「と、というか、ローザ・アルハティアが何故、ここに……」
「知っているのなら話は早い。潜入するにあたってこいつの〝固有魔法〟を使う」
驚愕に声を震わせるベスケットに構う事なく、ローザは言葉を紡ぐ。
「能力の名前は、〝覗き見少女〟。人の思考を正しく覗き見出来る能力なんだが————」
「勝手に捏造するな!? わたしの〝固有魔法〟は、確かに思考を覗く能力だが、そんな名前では断じてない!!」
あれ? そうだったか?
などと惚けるローザに、必死に言い訳を重ねるベスケット。
その様子だけでベスケットのこれまでの苦労のようなものが窺えた。
「思考を覗く……、あぁ、それを使ってボロを出さないようにするわけか」
確かに、そういう手段があるのであれば、彼女の能力はこれ以上なく適していると言える。
「ところで、アレク達はなんでこの人と知り合いなわけ?」
クラシアが問うてくる。
「『武闘宴』の会場でちょっとな。向こうから話しかけてきたんだ」
「へえ」
その内容は、好意的とは程遠いものではあったが、世の中何があるか分からないなと思う。
「……それで、ローザ・アルハティア。こうして人の部屋に無遠慮に訪ねてきた理由は聞かせて貰えるんだろうな」
「手を貸して貰いたい」
「断る」
「お前には私に借りがあるだろう。それを返せ」
「…………こ、断る」
「ほほーう。借りはないと言うか。そうかそうか。なら仕方がないな。では、お前の秘密を公開する他ないな」
んんっ。
わざとらしくローザは咳払いを一つ。
そして、部屋に備え付けられた窓を大仰に押し開けた。
「〝紫剣〟ベスケット・イアリはーー! ぬいぐるみに名前をつける癖があってーー! それを夜な夜な抱きしめなければ寝られない癖があってーー!」
「あああぁぁあああ!!!! わ、わかった!! わかった!! 分かりましたから!! だから黙れ!! ローザ・アルハティア!!」
大声で棒読みに、「秘密」とやらの暴露を始めるローザをどうにかすべく、窓を閉め、彼女の言葉を遮るようにベスケットは大声で叫び散らしながら白旗をあげていた。
「初めから素直にそうしていれば良いものを」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……あ、悪魔め……」
「悪魔とは聞き捨てならないな。私ほど、優しい人間もいまい。現に、そこのベッドに隠されているであろうぬいぐるみについては言及していないじゃないか」
「…………」
何かを口にすればするだけ損をすると理解したのか。手で顔を覆いながら、ベスケットは黙り込んだ。
「昔、縁あってこのベスケット・イアリを助ける機会があった。その時に、こいつが大事に守っていたものがあってな。名前で呼んでいたからてっきり、子供やペットかと思えば、蓋を開けてみればただのぬいぐるみだったわけだ」
それをキッカケに、色々とローザに知られてしまった、と。
ぬいぐるみに名前を付ける件は兎も角、こればかりは災難だったなという他ない。
ただ、言われてもみれば『武闘宴』で出会った際、彼女のローザに対する評価は何故か高かったような気もする。
成る程、そういう事情があったのかと今更ながら理解をした。
「……はぁ。それで、わたしに何をしろと」
「まず、質問に答えて貰いたい」
「質問?」
「今回の『武闘宴』の優勝賞品についての情報を誰かに売ったか?」
……内通者の線が高かったが、そうか。
ベスケット・イアリの〝固有魔法〟を考えれば、彼女が情報を彼らに売ったという可能性もあるのか。
「……売る訳がない。例年までなら兎も角、今回は【アルカナダンジョン】のダンジョンコアだ。出来る限り、競争相手はいない方がいい。その情報を売ってしまえば、競争相手が間違いなく増えるだろうが」
とはいえ、やって来た答えは否。
それも、理に叶った理由であった。
「ならやはり、潜入する他ないか」
「潜入?」
「ああ、それが今回のお前の役目でもある。端的にいうとコイツらと一緒に城に潜入して貰いたい」
「成る程。城に潜入か。成る程、成る程……は?」
「勿論、正体がバレないように、姿形を偽る魔法を掛ける。だが、外見をどうにかしようとも、話しかけられてしまえば、恐らくボロが出るだろう。そこで、お前の出番だ」
「ち、ちょっと待て。お前ら一体、何をするつもりだ」
穏やかでない話と理解をして、あからさまに動揺を露わにするベスケットであったが、ローザの言葉は止まらない。
「そんなもの決まってる————大掃除だ」