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六十七話 問題児第一号

「……へえ。今回の優勝賞品は〝ダンジョンコア〟か。しかも、七色。成る程。聞いてた通り(、、、、、、)ってわけか」


 ひゅうと口笛を吹き、黒髪の彼はそう感想を口にする。

 しかし、当然のように聞こえてきたその言葉に、引っ掛かりを覚えた。


 レガス曰く、『武闘宴』の優勝賞品は、『武闘宴』が始まるまで明かされない筈。

 なのにどうして、彼は予め知っていたかのような物言いをしているのだろうか。


「あんた、知ってたのか?」

「クライアントが煩くてね。今回の『武闘宴』には、特別な〝ダンジョンコア〟が用意される筈だから、それを取ってきて欲しい、ってさ。割りの良い依頼だったから、傭兵のおれはそれを受けたってわけ」

「〝ダンジョンコア〟を欲しがるなんざ、変わった人間もいたもンだな。〝古代遺物(アーティファクト)〟なら兎も角、〝ダンジョンコア〟なんざ、冒険者でもねえ限り使い道あんまりねえだろ」


 〝ダンジョンコア〟自体、高価なものではある上、多くの魔力を内包するソレは魔法師や、長丁場の攻略が多い冒険者にとっては便利な物ではある。

 ただ、腰に得物を下げ、『武闘宴』などという催しに参加している連中を含めて、その大半はあまり価値を感じないものだろうに。


 そう問い掛けるオーネストの言は、俺から見ても至極真っ当なもののように思えた。


「ああ、そうだね。確かにそれがただの〝ダンジョンコア〟であるならば、冒険者でも無い限り大した価値はないよ」


 それは、俺達の視線の先に映り込むあの〝ダンジョンコア〟が、何か特別な力を有していると確信している物言いであって。


「キミ達は、冒険者だから当然、【アルカナダンジョン】については知っているだろう?」

「それは、まぁ」

「じゃあ、【アルカナ】の〝ダンジョンコア〟には特殊な力が有されている、という話について聞いた事はないかな」


 ……聞いた事は、あった。


 何より、それこそが上位の冒険者が挙って【アルカナダンジョン】に参加しようと試みる一番の理由であるから。


 その見た目こそ、目にした事はなかったが、【アルカナダンジョン】の〝ダンジョンコア〟には、通常の〝ダンジョンコア〟とは異なって特殊な力が有されているらしい。


「つー事はだ。あの〝ダンジョンコア〟は、【アルカナ】のヤツって事か。面白え」


 不敵に笑いながら、闘志をあらわにするオーネストであったが、そんな彼とは裏腹に、俺の胸中は穏やかなものではなかった。


 ……レガスが嘘をついたとは考え難い。

 とすると、黒髪の彼が知っているその情報は、どこから出てきたのだろうか。

 どうしても、警戒をしてしまう。


「なあ、あんた————」


 今回の優勝景品については一体、誰から聞いたんだ。


 俺が黒髪の彼にダメ元で尋ねようとしたその瞬間、それを遮るように拡声器による声が響き渡る。



「そしてそして! 今回の『武闘宴』は、特別な景品に合わせまして、その内容も例年までとは異なり、特別なものをご用意させていただきました!! 名付けて————〝街中サヴァイヴ〟!!!」


 ざわり、とどよめきが巻き起こる。


「此方が用意させていただきましたフィールドにて、参加者の皆様には戦っていただきます。勝利条件は、ただ一つ。最後の一人となるまで生き残る事!! 禁止事項は何一つありません! 誰かと手を組むも良し。一人で戦い抜くもよし。欺き、謀り、騙し、偽り。武力と知略を駆使し、最後の一人になるまで皆様には戦い抜いていただきますっ!!」



* * * *


 『武闘宴』の内容が発表された丁度その頃。


「……しかし、どこのどいつか知らんが、とんでもない事をしてくれる。というか、十年以上経って尚、私に厄介ごとを押し付けるか。問題児第一号め」


 厄介ごとにでも見舞われたのだろう。

 乱暴に言葉を吐き捨てながら、ローザはそう呟く。


 屋台の店主から貰ったと言っていたクマのぬいぐるみは、既にレガスへと押し付けていた。

 手ぶらになった両手で、懐に仕舞ってあった手紙を開き、ソレをローザは鬱陶し気に見つめていた。


「問題児第一号?」

「……昔の教え子だ。かれこれ、もう十年以上前になるか。お前ら並みに厄介ごとを持ち込んでくれていたとんでもない奴だったがな」


 側を歩くヨルハの疑問に、ローザが答える。


「十年以上って……え、ローザちゃん一体何歳なの?」

「女性に年齢を聞くな。馬鹿たれ」

「あいた!?」


 余計な一言を口にしてしまったヨルハは、ぽかんとグーで軽く小突かれる羽目になっていた。


「兎に角、厄介ごとに変わりはない。しかも、他の人間なら一蹴するような話を私に持ってくるあたり、悪辣と言う他ないな。散々振り回されていた私だから、一蹴出来ないだろ? と言われてるようで腹も立つ」


 言葉の通りの怒りを表すように、手にしていた手紙をぐしゃぐしゃに丸めながら、ローザが吐き捨てた。


「一蹴するような話?」

「……。まぁ、あの二人がいない今なら言ってもいいか。お前達なら、アルカナ擬きの攻略を終わらせちまえば万事解決、なんてバカな事は言わんだろ」


 あの二人とは言わずもがな、オーネストとアレクの事だろう。

 アレクに至っては、とばっちりな気もするが、オーネストは勢い任せというか、向こう見ずなところがある。


 だからこそ、ダンジョン関連の面倒事であればオーネストに話す場合、慎重になるべきというのは彼を知る人間の間では共通認識であった。



「どうにも、迷宮病を意図的に発生させる事でダンジョン自体を変質させ、人造ダンジョンコアを幾つも生成しようとしているバカがいるらしい」



 一言。

 眉間に皺を寄せながら、面倒臭そうに言い放つローザの様子とは裏腹に、その内容は目を剥き、冷静さを削って余りあるものであった。


「……なあ、ローザちゃん。その話、本当なら相当やべー話なんだけど? てか、その情報は信用出来んのかよ」


 お調子者のような性格のレガスでさえ、その鳴りを潜め、窺うように言葉を並べ立てる。


「出来んな」

「へえ……って、出来ねえのかよ!?」

「物的証拠が殆ど一切ないからな。……ただ、」

「ただ?」

「以前も言ったように、私は今回のレッドローグの【アルカナダンジョン】が人為的に作られたものだと考えている。だから、手紙の内容自体、絶対にあり得ないとは言い切れんのだ」


 だから、情報に信用は置けないが、もしものことを考えてそれが本当であるとして、一度確認を行わなければならない。

 というのがローザの言い分。


 溜息を吐き、「厄介ごと」と口にしていた理由を漸く、ヨルハ達も理解する。


「……でも実際問題、ダンジョンコアを意図的に幾つも造り上げる事なんて出来るの?」


 至極当然の疑問をクラシアが口にすると、ローザは左右に一度首を振った。


「迷宮病を意図的に発生させる事もそうだが、常識的に考えれば無理だろうな。とはいえ、そんなバカな事をやりそうな連中に心当たりはなくもない。〝ダンジョンコア〟が関わっているともなれば、特に、な」


 含みのある視線が、ヨルハとクラシアに向く。まるでそれは、お前らも知っているだろう? と言っているようでもあって。


 一人だけ理解出来ないのか。

 どういう事だよ、それぇ? と視線を忙しなく右往左往させるレガスを横目にヨルハが答えた。


「……〝闇ギルド〟」


 ヨルハのその回答に、ローザはその通りだと小さく首肯する。


「レヴィエルから聞いたが、お前達、〝名持ち〟の人間だけにとどまらず、〝剣聖〟ともやり合ったらしいな。よく生きているな。というか、オーネスト(バカ)には強く言い聞かせておいた筈なんだがな。〝剣聖〟とはやり合うな、と」


 〝剣聖〟を始めとして、オーネストのあの性格ゆえに、予めローザは忠告をしていたのだ。

 こいつらとはやり合うなと。

 だからこそ、その忠告を無視したオーネストに呆れながら言葉を紡いでいた。


「ただ、あの手の輩は一種の災害みたいなものでもあるがな。逃げようとして逃げれるような相手でもないか」

「……あのさ、ローザちゃん」

「ん?」

「あれって結局一体、どこまでが本当なの?」


 「あれ」と曖昧な言葉選びではあった。

 だが、ヨルハのその言葉の直後、何が言いたいのかを理解してか。

 僅かにローザの表情が引き締まる。


 見た目こそ、愛くるしい少女の姿ではあるが、ある程度の歳を重ねている事を始めとして、かつて教師であったローザは謎多き人物だった。

 しかし、それゆえにヨルハは問い掛けていたのだろう。



『〝アダム〟の意思が込められた〝ダンジョンコア〟を集める事によって、込められた意思が彼の居場所である〝楽園(エデン)〟への道を照らしてくれるらしい』


 そして、その果てにたどり着いた〝楽園(エデン)〟にて、どんな願いでも叶えられる————と。



 何処か空恐ろしくもある彼女ならば、何かを知っているのではないのか。

 そう思って、ダンジョン〝ラビリンス〟にて〝剣聖〟メレア・ディアルから聞き及んだ妄想のような、あの話について尋ねていた。


「さてな」


 だが、返ってきたのは突き返しとも取れる淡白な言葉が一つだけ。


「〝剣聖〟から何を吹き込まれたのかは知らんが、私が知っているのは〝闇ギルド〟の連中が〝ダンジョンコア〟を集めているという事実だけだ」


 ダンジョン〝ラビリンス〟の攻略を終えたあの日以降。脳裏に巣食っていた疑問を漸く解消出来ると思っていたのだろう。

 ローザのその淡白な物言いに、ヨルハは言葉にこそしなかったが、落胆の色を滲ませた。


「だが、あくまで噂でしかないが、〝ダンジョンコア〟の声を聞いたという者が一定数いるらしいな」

「……声、だぁ? て事はなんだぁ? 〝闇ギルド〟のクソ共はそんな得体の知れねえ声とやらを馬鹿正直に信じてるってか? お笑い草すぎんだろ、そりゃあよぉ!」


 側で聞いていたレガスが、盛大に嘲る。

 だが、彼の言葉には一理あった。


 偶然耳にした得体の知れない声を信じて〝ダンジョンコア〟を集めるなぞ、普通に考えれば正気の沙汰ではない。

 しかしそれは、普通ならばの話。


 現実とは程遠いあの幻想的光景を目にしていたヨルハだけは、安易に嘲る事が出来なかった。


「確かに、私もバカだと思う。バカだと思うが、そんな突拍子のない世迷言に縋りたいと願う人間が一定数いるのもまた事実。そして、奇妙な力が存在するのもまた、な。特に、〝古代遺物(アーティファクト)〟を始めとしたダンジョン絡みだと、不可能はないとさえ思えてしまう」


 ————本当に、傍迷惑極まりない。

 そう言葉が締め括られた。


「というか、だ。〝闇ギルド〟の連中がバカな事は今に始まった事じゃないが、問題児第一号がこの私をこき使おうとしている部分に何よりも腹が立つ。なんだ、人造ダンジョンコアを造る為の核みたいなものが何処かにある筈だからそれを探せって。知るか。私に指図したいのなら、ロールケーキ買ってこい」


 苛立ちをぶつけるように、くしゃくしゃに丸めていた手紙をそのままローザは無惨に破り捨ててゆく。


「ローザちゃんって相変わらず、甘党なのね」

「ボク達が学院にいた頃から、ずっとそうだよね。だから、余計に「ローザちゃん」って呼びたくなっちゃうんだけども」

「……子供っぽくて悪かったな」

 

 見た目もそうだけど、好物とか子供っぽいのよね。と口にするクラシアを、ローザは肩越しに振り返って軽く睨め付ける。


「それで、よォ。ローザちゃん。これからどうすんだよ? ダンジョンに向かうんなら、あの二人、呼び戻しといた方が————」


 いいんじゃねえの? と、本来であれば続けられたであろう言葉。

 しかし、その言葉が最後まで紡がれる事はなく、それを遮るよう唐突に、轟音が周囲一帯に大きく響き渡った。


「……この方角は、ダンジョンか」

「でけえ花火が上がるなんて話、オレぁ聞いてねえぞ」

「私も聞いていない」


 とすると、何かしらのイレギュラーが起こったと考えるべきだろう。

 同時、ローザは己が破り捨てた手紙の残骸に今一度視線を向けた。


「……成る程。本当にこうなってくると、あのふざけた手紙の内容にも信憑性が出てくるな」

「というと?」

「『武闘宴』が開催されるタイミングで恐らく、何かしら仕掛けてくる可能性が高いと書いていた。流石の私も、今回の迷宮病の騒動や、【アルカナダンジョン】擬きが出現したこのタイミングが『炎夜祭』と無関係とは思っていない。だから、アレク達を『武闘宴』に向かわせておいたが……よりにもよってダンジョン(こっち)か」


 真偽不明の手紙を受け取っておきながら、あえてアレクやオーネストを『武闘宴』に向かわせた理由が判明する。


「なんだか一気にきな臭くなってきたなぁ? で、どーすんよ。ローザちゃん」

「……取り敢えず、こうなっては、様子を見に向かう他ないだろう。お前達もついてきてくれるか」

「そう、だね。ボクもさっきの爆発音については気になるし、ローザちゃんの言う通り、ついて行くよ。クラシアも、それで問題ないよね」

「ええ」


 突如として多発した迷宮病。

 出来上がったアルカナダンジョン擬き。

 真偽不明ではあるが、それらが発生した原因に、人造ダンジョンコアの生成が関わっている可能性がある————と。


 そしてそれらが全て、三年に一度開催されるこの『炎夜祭』の時期に集中的に引き起こされている。

 それを偶然と捉えるには、あまりにタイミングが重なり過ぎていた。


(……そういえば、ローザちゃんの言う問題児第一号って誰なんだろう)


 面倒ごとはさっさと終わらせるに限る。


 そう言わんばかりにダンジョンの方角へ、足早に歩いて向かってゆくローザの姿を見つめながらヨルハはふと思う。


 ビリビリに破かれた手紙の残骸は、風に吹かれたことで既に大半が散り散り。

 大事なことが書かれていた手紙を、そんな扱いで大丈夫なのか。


 一瞬、呆れを孕んだ感想を抱くも、手に取った手紙は、どこの国の文字かも判別がつかない暗号のような文章であった。

 恐らく、その場で破り捨てた理由は、仮に他の誰が拾おうとも理解出来るものではない。

 それ故の行為だったのだろう。


 だから、その疑問は気にしないでおこうと割り切ろうとしたヨルハであったが、偶然にも彼女が手にした数ある切れ端のうち一つは、丁度差出人の部分であった。


 そして、その部分だけは幸いにもヨルハも読める文字であって。


「————エルダス・ミヘイラ?」


 声に出したその人名は、ヨルハにとってもどこか覚えのあるものであった。

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