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六十六話 ベスケット・イアリ

「……ったく、マジでギリギリじゃねえか」


 ヨルハから補助魔法を掛けて貰った俺達が、指定の場所にたどり着いたのは本当にギリギリの時間であった。


「ローザちゃんも変わってなかったな。あの何でもかんでも後回しにする性格とか」


 何処で誰が聞いてるのか分からないので、身長に関してはノータッチにしておく。

 オーネストは性懲りも無く、あのちんまい見た目もいつになったら変わるンだろうな?

 などと、面白おかしそうに呟いていたが。


「しっかし、言われるがまま来たがよ、本当にいるのかね? あの騒音コンビ片割れの言う、強いヤツってのはよ」

「強いヤツって言っても、〝剣聖〟レベルがいっぱいってのはそれはそれで困るけどな」


 対人戦を磨きたいとは言ったが、あのレベルと戦うとなると磨くだけでは絶対に済まない。

 何より、ダンジョン攻略がメインなのに、その前に力尽きていてはローザから大目玉を食らう事は間違いなかった。


 そんな事を考えていた折、出場者でごった返す会場の中。

 喧騒に紛れて、間隙を縫うように何処か透き通った声が俺の鼓膜を揺らした。


「————心配せずとも、強い人間なら沢山いるぞ」


 それは、俺とオーネストの呟きに対する反応だった。

 肩越しに振り返ると、そこには団子ヘアの少女が一人。腕を組んで此方を見据えていた。


「……あんたは?」

「ベスケット・イアリ。ただの傭兵兼、情報屋だ」

「「……ビスケット?」」

「ベスケットだ!! 勝手に美味しそうな名前に変えるな!! 殴るぞお前ら!?」


 二人して間違えたせいか。

 強い声音で怒鳴られる。


 やがて、疲労感を感じられる深い溜息がベスケットと名乗った彼女の口から聞こえてきた。


「……ギルドマスターのローザ・アルハティアが無理矢理二人、『武闘宴』にねじ込んだと聞いて警戒していたが、これでは無駄足だったかもしれんな」


 やって来て早々、声を掛けられた理由はそれかと納得する。


これでは(、、、、)、たぁ、随分な言い草じゃねえか、えぇ?」


 己を〝天才〟と信じて止まず、ひたすら口癖のように言い放つオーネストだからか。

 ベスケットの言葉に引っ掛かったのだろう。


「それはそうだろう。ダンジョン攻略ならばまだしも、『武闘宴』のような場所で、冒険者は大して脅威足り得ない」


 身なり等で俺達を「冒険者」と判断したのか。はたまた、俺達の事を予め知っていたのか。


「たとえそれが、〝迷宮都市〟と呼ばれるフィーゼルの高ランク冒険者であろうとな」


 ……どうやら、後者だったらしい。


 その言葉は、何処か棘を感じられるものだった。


 そして、言いたい放題口にしたベスケットは、すっかり俺達に対しての興味を失ったのか。

 そのまま場を後にせんと此方に背を向けようと試みる。


 だが、それに待ったを掛けるようにオーネストが声を朗々と響かせた。


「なら、賭けでもするか? ビスケット」

「……だから、わたしの名前はベスケットだと何回言えば……!!」

「ここにいるって事ぁ、てめえも参加者なんだろ? だったら、先に負けた方が勝った方の言う事を何でも聞くってのはどうだ?」


 勝負をする事にとやかく言う気はないが、何でも聞く。という条件は、軽はずみに口にするものではない。


「……オーネスト」


 故、撤回しろと言わんばかりにオーネストの名を側で呼ぶが、返ってきたのは鼻で笑う音。


「良いじゃねえか。アレクだって、そっちの方が張り合いあンだろ?」

「おい待て。俺も巻き込むのかよ……!?」

「たりめーだ」


 無情にも、そんな言葉が返って来た。

 不敵に笑うその表情を見て、なまじ付き合いが長いせいで、この顔をしてる時は説得はほぼほぼ不可能と否応なしに理解してしまう。


 だが、それも刹那。

 ビスケット呼びに怒るベスケットをよそに、俺にだけ聞こえる声量でオーネストは言葉を続ける。


「……とはいえ、考えなしに言ってるわけじゃねえよ。あいつは、情報屋って言ってた。なら、ロケットペンダントの持ち主について聞ける事があるかもしれねえだろ」


 過度な期待を寄せるわけではないが、彼女は俺とオーネストを何故かフィーゼルから来た人間であると知っていた。


 仮に彼女がローザの知り合いならば、わざわざこうして待つ理由がない。

 レガス達の知り合いであったとしても、同様に。

 だから恐らく、自力でその情報を得たのだろう。


 であるならば、他の情報にも確かに少なからず期待が持てるのも事実であった。

 闇雲に足を使ってどうにかするより、知れる可能性はきっと高い。


 ただ一つ、懸念点がある事を除けば。


「……それは、そうだが。でもどうするんだよ。俺らはローザちゃんに呼ばれた時点で抜けなきゃいけないんだぞ」


 たとえ勝ち残ったとしても、俺達は途中で抜けなければならないかもしれない。

 という懸念が付き纏う。


 勝ち目がないわけではないが、明らかに分が悪い。


「そン時はそン時だ。ま、何とかなるだろ」

「何とかなるだろって、お前なぁ……」


 行き当たりばったりなその思考に、俺はげっそりとした表情を浮かべずにはいられない。


 先程まで怒りを立ち上らせていたベスケットであったが、俺とオーネストがこそこそと会話してる最中に、落ち着いていたのか。

 顎に手を当てて吟味をしていた彼女は、何を思ってか、


「……何でも、聞くんだな?」


 言質を取るように、確認の言葉を投げ掛けてくる。


「ああ。もしオレさまやアレクが負けるような事があれば、何でも聞いてやるよ。ただまぁ、それも、負ければの話だがな。それと、当然だが、てめえが負けた時はオレさまの言う事を聞いて貰うぜ」


 刹那の逡巡なく、オーネストは首肯。


 傲岸な態度で不遜に言い放つその様子は、相変わらずの一言だった。

 負けるつもりは更々ないが、あえて俺まで巻き込んでハードルを上げなくてもいいだろうに。と思わずにはいられない。


「その言葉、忘れるなよ。オーネスト・レイン」

「応よ。てめえも忘れンじゃねえぞ、ビスケット」

「だ、から……私はベスケットだって言ってるだろうが!!?」


 人の名前を自分なりに覚えやすいように言い換え、あだ名をつける癖を持つオーネストだからこそ、ベスケットをビスケットとして覚えてしまったのだろう。


 こうなると、幾ら言い直しても直らない事を伝えるか。伝えないでおくか。


 そんな選択に悩んでいる隙に、ぷりぷり怒りながらベスケットは俺達の下を離れてゆく。


「————しかし、〝紫剣(しけん)〟のヤツに勝負を挑んだ挙句、煽り散らすなんてキミら、相当に物好きというか、命知らずというか」


 入れ替わるように、へらへらとした声が聞こえて来る。振り返るまでもなく、何処からともなく聞こえて来たその声の主は、歩を進め、俺達の視界へと映り込んだ。


「〝紫剣〟?」

「おいおい、〝紫剣〟も知らないのに、キミら勝負を持ち掛けたってのかい?」


 軽薄な印象を受ける黒髪の男。

 二枚目俳優のような面立ちの彼は、あからさまに肩をすくめながら、笑ってみせる。


 言葉の内容からして、先程までのやり取りを丸ごと全部聞いていたのだろう。


「そんなに凄いのか? あいつ」


 年齢は、俺達と同じか。少し低いか。

 侮る訳ではないが、彼女からは〝剣聖〟メレア・ディアルのように、対峙しただけで分かる悪寒を齎す威圧感は感じられなかった。


「〝紫剣〟ベスケット・イアリ。こっちの界隈じゃ、それなりに名が売れてるくらいにはね」


 こっちの界隈。

 そう敢えて言った理由は、俺達が冒険者だからだろう。


「ハ、寧ろ理想的な展開じゃねえか。オレさま達は対人戦を磨きに来たんだ。なにせ、格上相手とはいえ、二人掛かりであのザマだったからな。なら、後悔どころか望むところだろ」


 〝剣聖〟相手に、極めて危険な綱渡りをしながらも負けはしなかったが、二人では勝ち切れなかった。


 だから、その反省を活かして対人戦を磨くのもアリ。

 そう判断して参加を決めたこの『武闘宴』。

 勝負事は褒められたものではないが、確かに強者と戦わなければ何の為に参加したのだ。

 という話になってしまうのもまた事実。


「俄然やる気が出てきたぜ」


 オーネストなら意気消沈どころか、逆効果だよな。と、破顔する彼の横顔を前に、俺も笑みを濃くする。


「いやぁ、今回の『武闘宴』は荒れそうだね」


 一人盛り上がるオーネストの姿を見詰めながら、黒髪の彼はそんな言葉を告げた。


「荒れる?」

「そ。キミらも含め、今回は新たに参戦してきてる面子が結構、異色でね。ま、おれもその一人なんだけども」


 何をもって、「異色」なのだろうか。

 抱いた疑問を言葉に変えるより早く、今度は、拡声器を用いた音声が唐突に聞こえてくる。


 妙にテンションの高い男性の声だった。

 「お待たせいたしましたぁ!! それでは————」といった定型文を右から左へと聞き流しながら、「こっちにおいでよ。ここからだとよく見えるよ?」という黒髪の彼の言葉に従うように、俺達も移動を始める。


「へえ……」


 奥へと少し歩くと、そこは壁によって行き止まりとなっていた。

 ただ、そこに設られた仕切りのない窓からは、フィーゼルのギルド地下で目にした闘技場より数倍は規模が大きいであろう立派な闘技場が存在し、見下ろせる。


「フィーゼルで見たアレの、数倍は広いな」

「そりゃあ、『武闘宴』用にって事でわざわざ作ったらしいからね。一都市程度の規模よりは必然、大きくなるさ。……おっ、と。そろそろお待ちかね、今回の優勝賞品の紹介が始まるんじゃないかな」


 黒髪の彼の言葉に従うように、闘技場の中心部にて、手を大仰に広げながら拡声器を用いて挨拶を続けていた小太りの男は、今、まさに己の側に置かれた賞品らしき物の紹介を始めようとしていた。


「……。なぁ、オーネスト」


 しかし、その賞品に既視感を覚えた。

 小太りの男の側にある見るからに高価そうな透明のケース。

 そこに入れられたブツを、俺はきっと初めて目にした筈なのに、何故か記憶に存在するある物と無性に重なる物だから、確認も兼ねてオーネストの名を呼ぶ。


「ぁン?」

「あれ、若干見た目が異様(、、)な気がするけど、〝ダンジョンコア〟だよな?」


 ダンジョン〝ラビリンス〟の一件で、ダンジョンコアを直に目にしていたから違和感を抱いた。

 あの異様な空気を醸し出す拳大の鉱石は、紛れもなく〝ダンジョンコア〟だ。


 ……ただ、それは俺が知っている〝ダンジョンコア〟とは少しばかり見た目が異なっていた。だから、違和感。


「あれって言うと……七色に輝いてる(、、、、、、、)アレか?」


 それは、七色に光り輝いていた。


 〝ラビリンス〟の〝ダンジョンコア〟を手にした事で、ギルドマスターであるレヴィエルからある程度の説明を受けていた。

 しかし、その事をどれだけ思い返しても、七色に光り輝く〝ダンジョンコア〟があるなんて話は聞いた覚えがない。


 全て一貫して、見た目や色は同じ。


 レヴィエルからはそう聞かされていた。

 嘘をついている様子もなかった。

 だから、違和感を覚えずにはいられない。


「……確かに似てんな。雰囲気が」


 そして、オーネストからの同意を得られたと同時。

 拡声器から、俺のその疑問に対する答えが聞こえて来る事となった。



「————今回の『武闘宴』の優勝賞品は!! この、世にも珍しい七色に輝く〝ダンジョンコア〟となりますッ!!!」

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