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六十四話 グラン・アイゼンツ

書籍一巻、本日発売ですー!

もし良かったらお手に取ってみて下さいー!

 世界で唯一、夜が訪れない街。

 それが此処、レッドローグ。


 そして、そこに位置するギルドの奥の部屋。

 ギルドマスターの執務室へとレガス達に案内された俺達は、胸元に小ぶりのドレスコサージュと思しき装飾を身に付けたワンピース姿の少女────王立魔法学院の元教師、ローザ・アルハティアと対面する事になっていた。

 色合いは黒が基調で、サッシュベルトや長く伸びた髪を纏める大ぶりのリボンも全てが黒。

 全身黒尽くめの格好を好む趣味は相変わらず。


 見目はどこからどう見ても少女でしかないというのに、陶器のように硬いツンと澄ました表情。

 独特のファッションや、まるで此方を値踏みするように、薄く開かれた黒曜石を思わせる瞳から感じる筆舌に尽くし難い威圧感。

 それらが、彼女が見た目通りの年齢ではないと訴えかけていて。


 だが、それを物ともしない無遠慮な性格の持ち主は、当たり前のように目の前にある地雷を踏んづけに行った。


「四年経っても相変わらず、その身長は変わら」


 ────ねえンだな。


 と、本来であれば紡がれたであろう言葉。

 しかし、真顔のままオーネストを見据えたローザは、ズビシッと、オーネスト目掛けて人差し指と中指の二本を突き出し、直撃。

 直後、「うぎゃぁぁぁぁぁあ!!?」などとオーネストが目を抑え、悶える事になっていた。


 とはいえ、俺とヨルハとクラシアがどうにか飲み込んでいた感想を無遠慮に口にしたオーネストが悪い。要するに、同情の余地はなかった。


「いやあ、懐かしいな。レッドローグにて、三人の教え子とまたこうして会える日が来るとは思ってもみなかった」


 未だ悶えるオーネストの存在を頭の中から抹消して、ローザが告げる。

 まるで一連の流れがなかったかのように、唇のふちに微笑を浮かべながら、しみじみと言う。


 あえてなのだろうけど、それはもういい笑顔だった。


「ボク達も、ローザちゃんがレッドローグのギルドマスターになってただなんて知らなかったよ」

「……だから「ちゃん」付けはするなと昔からあれ程……いや、もういい。お前らは人の言葉を聞かない筆頭だったな。忘れてた」


 魔法学院にいた間はずっと俺達が「ちゃん」付けで呼んでいた事を思い出してか。

 呆れたようにため息を吐き、割り切ってくれる。


「とはいえ。ただまぁ……お前らは四人がお似合いだと思うぞ。仲は相変わらずみたいだが。……おっと。しまった。今は三人だったか」

「なにオレさまの存在をさらっと抹消してやがんだ……!!」


 身長の話を持ち出したオーネストへの怒りはまだ収まらないのか。

 漸く目突きから回復したオーネストは、またしてもハブられていた。


「……まぁ、ローザちゃんは色々と知ってるか」


 苦笑いを一つ。

 担任だったから、俺の進路は伝えていた。そして、彼女は今に至るまでの経緯諸々をある程度は知ってしまっている可能性が高い。

 なんだかんだと世話焼きな人だったから。


「知ってるとは言っても、馬鹿な王子が暴走した事と、とんでもないスピードで今、名を上げてるパーティーがフィーゼルにいた事くらいだがな」

「くらいじゃなくて、それが全てなんだけどな」


 案の定というか。

 全てを知られていた。


「それで、どうしてローザちゃんはわざわざ俺達を呼んだんだ?」

「……そうね。フィーゼルのギルドマスターからは、名指ししてきたって聞いたけれど、一応私達、Sランクパーティーになったばかりよ?」


 俺の疑問に、クラシアも同調する。

 いくら知り合いだったとはいえ、【アルカナダンジョン】に対する経験が全くない俺達をあえて指名してまで選ぶ理由がイマイチ分からなかった。


「……もしかしなくてもお前達、レヴィエルから何も聞いてないのか」

「何にも。今回の件については全部、レッドローグのギルドマスターに聞けって言われてボク達はきたからね」

「あんの、髭達磨め。こっちに来た時に最低限説明をしとけと言っておいただろうに」


 チッ、と鋭い舌打ちをしながら、半眼で盛大に毒突く。だがそれも刹那。

 小さな溜息を吐き出し、ローザは言葉を続ける。


「私がお前達を呼んだ理由は色々とあるんだが、一番の理由は、フィーゼルのSランクの連中の中で唯一、【アルカナダンジョン】を経験していないから(、、、、、、、)だ」

「経験、していないから?」


 疑問符を浮かべずにはいられない言葉だった。

 普通は逆だろうに、どうしてか、ローザはあえて経験がない人間を求めたと言う。


「ああ。一応、レヴィエルや私といったギルドマスターは、アレを【アルカナダンジョン】と称しはしたが、実際問題、アレは微妙に異なっている────言うなれば、【アルカナダンジョン】のような何か」


 特殊ダンジョンの一部、という事だろうか。


「だから、お前達なんだ。余計な知識があると、致命的なミスをする可能性が極めて高くなる」


 ここで言う余計な知識とは恐らく、【アルカナダンジョン】に対する知見。


「……そう言い切れる根拠は?」


 俺が尋ねる。

 ローザの事を信用していないわけではないが、事が事なだけに素直に「はいそうですか」と二つ返事で受け入れる事は憚られた。


「……すぐには信じられないだろうが、レッドローグに存在していた筈のとあるダンジョンが、突如ある日、全くの別物に作り変わっていた────ただのダンジョンが、【アルカナダンジョン】に」

「作り、変わっただぁ?」


 とてもじゃないが、すぐに信じられるような話ではなかった。

 オーネストが声を上げていなかったら、きっと俺が声を上げていただろう。


「そして、そのダンジョンでは作り変わる以前に度々、ある現象が頻繁に起こっていたと報告を受けていた」

「ある現象?」

「あぁ────〝迷宮病〟だ」


 〝ダンジョン(迷宮)〟内でのみ発症する冒険者特有の病。それが〝迷宮病〟。

 人を化け物に変えるその病は、有名ではあるものの、間違っても頻繁に発症するようなものではない。


「ダンジョンの調査は〝迷宮病〟が、異常な頻度で発症を繰り返していた、という報告を受けて以来、続けていた。だが、魔力濃度が他のダンジョンよりも少し高い事以外に変化らしい変化はなかったんだ」


 そうして、対策らしい対策が出来ていないまま、【アルカナダンジョン】としか思えない何かが出来上がったと。


「……〝迷宮病〟が異常な頻度で発症する、なんて話はにわかには信じられないけれど、だったら封鎖なりしてたら良かったんじゃないの?」

してた(、、、)んだよ。した上で突如ある日、【アルカナダンジョン】に作り変わった。ただライナ曰く、ダンジョン内の一部には人為的に手が加えられていた形跡が所々にあったらしい」


 そこまで言われれば、何が言いたいのかは判明する。恐らくローザは、


「それを踏まえた上で、私は答えを出した。お前達は、今回のレッドローグの【アルカナダンジョン】が人為的(、、、)に作られたものと私が言ったら、信じるか?」


 人為的にダンジョンを変化させる。

 そんな行為がそもそも可能なのか。

 仮にそうだとして、でもどうしてこのタイミングで変化させる必要があったのか。


 疑問で頭の中は埋め尽くされていたが、ひとまず、ローザから告げられたその一言を最後に今日は解散となった。



* * * *


 その後。

 『夜のない街』らしく、日暮れの時刻にもかかわらず、薄茜色に染まる空。

 そこには本来、たなびいていたであろう闇はなく、故に違和感に見舞われながらも、それがレッドローグなのだと己を納得させながら、俺は言葉を紡ぐ事にした。


「────で。ヨルハとクラシア抜きで面貸せって、何か俺とオーネストに用でもあったんですか、レガスさん」


 『緑鳥の宿木』と呼ばれる飯屋に案内された俺は席に着くなり、そう尋ねていた。

 オーネストはというと、レガスの奢りという事で、ここぞとばかりにひたすら呪文のような注文を側で済ませていた。

 やがて、恰幅のいい店員が運んできてくれた水に口をつけながら、レガスは言葉を発する。


「んなもん決まってんだろォ!? 女がいると話辛え話をすっからだよ」


 ひゃはは、と口角を吊り上げて笑う。

 要するに、ヨルハやクラシアが嫌がりそうな話題を振りたかったから、であると。

 そういえば、学院時代もそっちの話題をレガスは好んでいたっけか。


「うぇ、そういう事かよ、くっだらねえ」


 程なく届けられた料理に手をつけ始めるオーネストが、心底くだらなさそうに言葉を発する。

 けれど、


「特に、オーネストとクラシア(銀髪)の話は聞きてえなあ?」


 レガスのその一言を前に、オーネストは喉に物を引っ掛けたのか。

 嘔吐きながら、ごほ、げほ、と咳き込む羽目になっていた。


「……縁起でもねえ。悪夢として出てきそうな話をしてンじゃねえよ」

「そうかねえ? お前ら、基本的に仲悪ぃ癖に時々妙に息ピッタリなとこあっからなぁ」

「オレさまと潔癖症より、アレクとヨルハの方がまだマシな話があると思うけどな」

「うわ、オーネスト、おま、俺を売りやがったな!?」


 オーネストの言葉に反応して、そこのところ詳しく聞かせて貰おうか。

 と、目を爛々と輝かせながら、レガスが詰め寄ってくる。

 お、覚えとけよ、オーネスト。


「そ、それより! 学院時代にレガスさんが足繁く通ってた酒場の看板娘との恋愛はどうなったんだよ。気を引くために毎日通ってたんですよね!?」

「ふっ。その話はだな。世界中を旅する夢を持つ俺が、泣く泣く、」

「ああ、その話なら卒業の日に見事に玉砕してたね。ごめんなさい即答で腹捩れるくらい笑った」

「うぉおい!? 人が後輩の前で格好つけようとしてんの邪魔すんじゃねえよ!? ライナ!?」


 ライナからの暴露に、声を荒げるレガスはやってらんねえ! と叫び散らしながら酒を呷る。


 口を開けば的になると察した全員が口を閉じ、それから十数秒ほどの沈黙が場に降りたのち、


「……ンで、てめえらはこんな話をする為にオレらを呼び出したのかよ?」


 ある意味、緊迫した空気の中、現状に見かねたオーネストがそう言って踏み込んだ。

 ……その一言には、俺も同意見だった。

 ロキほどでは無いにせよ、レガスもそれなりに悪い意味で良い性格をしている。


 恋愛話で揶揄いたいだけなら、あえてクラシアやヨルハを外す理由はないし、俺の知るレガスなら全員を巻き込んで破茶滅茶にしようと画策するだろう。

 それをしないという事は、相応の理由があるという事。


 そして、その指摘通りだったのか。

 レガスは難しそうな顔で、軽く髪を掻き上げ、掻き混ぜる。


「んま、そうなるよなあ」


 苦笑いを一度。

 自分の事は一番自分が分かっているのだろう。

 こんなの俺らしく無いよなと告げて、レガスは観念したのか、


「まどろこしい事は苦手なんで、ここからは単刀直入に言わせて貰うが、お前ら、〝グラン・アイゼンツ〟っつー名前に聞き覚えはあるかぁ?」

「グラン・アイゼンツ、だあ?」

「いや、知らな────」


 知らないな。

 と、本来そう言葉を続けようとした俺であったが、すんでのところで思い止まる。

 その理由は、心当たりがあったから。


 グラン・アイゼンツの名にではなく、「アイゼンツ」という家名に。


「今回のレッドローグでの一件に、そいつが関わってる可能性がある」


 レガスがそう口にする側で、ライナが懐から何かを取り出す。

 それは────ロケットペンダントであった。

 裏には名前が彫られており────グラン・アイゼンツ、と。


「これはライナの奴が見つけたもんなんだが、当初はただの冒険者の忘れもんかと思ってたんだが、名前を調べてみればこいつ、東方の国に籍を置いていた元研究者らしくてな。それも、〝迷宮病〟について調べてた研究者だ」

「〝迷宮病〟」


 ローザの言葉が思い起こされる。

 【アルカナダンジョン】が発生する前に、〝迷宮病〟冒険者の中で頻繁に発症していたという発言が脳裏を過る。


「だが、そいつは五年前に行方を眩ましてやがる。もちろん、その理由は知らんが、今どこにいるのかも分からねえ」

「待ってくれ。レガスさん、あんたヨルハを疑ってるのか」


 確かに、アイゼンツなんて家名はヨルハを除いて聞いた事がない。

 ただ、それだけの理由でヨルハも今回の件に関係しているのではないかと疑っているのなら、怒らずにはいられない。

 そもそも俺達は、元々、レッドローグに向かう予定は一切なかったのだ。


「疑ってねーよ。疑ってたら、そもそもお前らにだってこの話はしてねえ。あのヨルハ(赤髪)が慕われてる事は知ってっからな。ただ、」

「ただ?」

「【アルカナダンジョン】と銘打って後輩共を呼び出してる手前、申し訳ねーんだが、今回の一件、かなりきな臭え。勿論、一緒にダンジョン攻略する事は楽しみでしかねーんだけどな」


 ……恐らく、俺達がレッドローグに呼ばれた理由はバランスの良いパーティーである事とは別に、そういう事情があったからなのだろう。

 先程、ローザ達がいる前で言わなかった理由は、ヨルハに対する配慮故、か。


 〝迷宮病〟。

 グラン・アイゼンツ。

 ダンジョンの【アルカナダンジョン】化。


 きな臭えと口にするレガスの言葉を否定できる材料はどこにも存在していなかった。

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