六十三話 『夜のない街』レッドローグ
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熱帯で知られる国————レッドローグ。
迷宮都市フィーゼルを有する最北端の国、ノースエンドとは正反対の気候であるその地にて、俺達、〝終わりなき日々を〟にとって懐かしい人間との再会を果たしていた。
「————よォ、後輩共! 元気してったかぁ?」
口角を曲げ、威勢良く俺達の事を「後輩共」と呼ぶ橙髪トサカ頭の男の名を、レガス・ノルン。
「……出やがったよ、『騒音コンビ』片割れ」
俺達と同じ王立魔法学院の卒業生であり、二個年上にあたる人物。
呆れ混じりにオーネストが口にしたように、彼は常にもう一人の人間————ライナと呼ばれる先輩と共に行動をしていた人であった。
ただ、二人してテンションが常時高く、騒がしかった事からオーネストに付けられたあだ名が『騒音コンビ』。
一人しかいない場合は基本的に片割れ呼ばわりをされている。
しかし一見、能天気にも見える彼であるが、一応、魔法学院では『天才』と呼ばれる側の人間であった。
「その呼び方も懐かしいなぁ? にしても、後輩共とまぁた一緒に何か出来る日が来るたぁ思ってなかった」
「ああ、そうだな。俺達もまたレガスさんと一緒に何かやれる日がくるとは思ってなかったよ」
側でボクもボクもと肯定するヨルハを横目に、俺は手を差し出し、レガスがそれに応えてくれる。
「しっかし、一緒に【アルカナ】の攻略たぁ、燃えるってもんだわなぁぁあ!? ふは、ふははははは!! 楽しくなってきたぁぁぁぁあ!!」
「……ったく、片割れ一人でもうるせえのは相変わらずかよ」
「レガス先輩はボク達が魔法学院にいた頃から、変わってないみたいだねえ」
そして俺は、今年の【アルカナダンジョン】の発生地がガルダナと聞かされたにもかかわらず、こうしてガルダナとは関係のない地————レッドローグに俺達がやって来た理由について、懐古した。
†
『剣聖』メレア・ディアルまで出張ってきたあの騒動から数日ほど経過したある日の事。
「————なあ、ギルドマスター。今、なんて言った?」
「だぁかぁら。何度も言わせんじゃねえよ、アレク。お前さんらにはこれからガルダナじゃなく、レッドローグに向かって貰う。今回のイレギュラーである、二つ目の【アルカナダンジョン】の対処の為に、な」
俺が投げ掛けた問いに対して返ってきた言葉は、正しく耳を疑うようなものであった。
ガルダナで【アルカナダンジョン】が発生したにもかかわらず、向かわせようとしないギルドマスター、レヴィエルの言葉。
それと、続く「二つ目の【アルカナダンジョン】」という存在、その二つに。
「……【アルカナダンジョン】が同時に何処かに出現する事はあり得ないってあたしは記憶しているのだけれど」
「ああ、そうだ。クラシアの嬢ちゃんのその言葉は正しい。事実、オレもそう思ってたし、過去の事例はただ一度の例外なくそうだった……今回を除いてな」
冗談では無いと分かる声音だった。
その発言が酔狂だとか、揶揄い目的の出鱈目ではないと至極真面目な態度から察する。
「だが、つい先日、レッドローグにあるギルドのマスターから、【アルカナダンジョン】が出現したっつー連絡が入った。んで、オレも実際に見に行ってきたんだが、あれは間違いなく【アルカナダンジョン】だった」
「……まだ信じられねえが、レッドローグに【アルカナ】が出現したのは分かった。で、その人選の理由はなんだ?」
「んなもん、決まってんだろ。行きゃわかる。って、本来なら言いてえとこなんだが、性格が捻くれてるてめえはそう言っても納得しねえんだろ?」
オーネストを見遣って、レヴィエルが言う。
彼の言う通り、俺などは兎も角、真っ当な理由がなければ、オーネストは納得しないだろう。
はぐらかしの言葉で殊勝に頷くなんて事は、あり得ない。
それを分かっていたからこそ、
「レッドローグんとこのマスターが、直々に指名してきたんだよ。てめえらを向かわせてくれってな」
「俺達を?」
まるで、俺達を事前に知っていたかのような言葉を口にしたレヴィエルに首を傾げる。
だが、俺は勿論、ヨルハ達もレッドローグのギルドマスターに覚えはないようで、かすかに眉を顰めていた。
「ああ。ま、オレが言えんのはここまでだな。それに、ギルドへの案内役はお前さんらの懐かしい知り合いを向かわせるとも言ってたぜ」
†
「にしても、懐かしい知り合いがいるとは聞いていたけれど、レガスさんだったとはね」
「ひゃはは、良いサプライズだったろ!? ライナのヤツと俺は卒業してから、結構、世界を転々としてたんだが、つい二年くらい前からか。レッドローグのギルドマスターが代替わりしてな。新しいマスターに、こっちで冒険者やらねえかって誘われたんだわ」
厳つい髪型とは裏腹に、人懐こい笑みを浮かべながらレガスは語る。
独特の笑い方は、どうやら最後に言葉を交わした六年前と変わらず健在であった。
「へえ。ギルドマスターが代替わりしてたんだ」
レヴィエル曰く、名指しで俺達に来てくれと言ってきた人だろうから、その新しいマスターに興味があった。
しかし、レガスはまだ教える気がないのか。
俺達をまっすぐ射抜く瞳には、悪戯心のような色が滲んでいた。それは着いてからのお楽しみと言うように、どうやら彼は俺達の驚く様子がご所望であるらしい。
「後輩共も驚くだろうぜ。なにせ、お前らの事をよく知る人間だしな」
「……俺達の事をよく知る?」
少なからず、何か知っている人間であるとは思ってはいた。ただ、「よく知る」ともなれば話は変わる。
「ああ。パーティー結成一年目から、魔法学院の歴代最高踏破層をぶち抜きやがったお前らの事をよく知る人間だよ、ひゃはははは」
その一言で、ある程度絞り込める。
レッドローグに位置するギルドのマスターに就任した人間というのは、恐らく、
「————魔法学院の関係者か」
「誰とはまだ教えてやらねーけどなぁ!?」
レガスの意地悪がこれでもかと言わんばかりに炸裂する。
でも、俺達は知らない仲というわけでもなかった。
苦汁を飲み込んで、オーネストが魔法学院で行われるテストの過去問を求め、レガスに頭を下げた際に「ぇー、テストの過去問をオーネストにぃ? えー、それはちょっとなぁぁあ? どぉぉぉぉおおしよっかなぁぁぁあ!!?」
などと言うような人間である。
人間性が〝緋色の花〟のロキより若干マシくらいのレベルなだけで、ひん曲がっている事は承知の上。
故に、俺達が食い下がる事はなく、それこそまたいつもの始まったよ、程度にしか思わない。
だからか。
つまらなく感じたレガスが、不貞腐れたように唇をへの字に曲げて、「うわ、久々に会ったってのにコイツらつまんねえ」などと手前勝手な言葉を吐き出していた。
「……それで、てめえの相棒の人形師はどこ行ったよ」
「ライナか? あいつなら下見してるよ。【アルカナ】の下見。一度共闘してるお前らなら知ってんだろォ? あいつの魔法が、偵察向きって事はよ」
————人形師。
オーネストにそう呼ばれる彼、ライナは主に人形を扱う事に長けた一風変わった〝古代遺物〟の使い手だ。
レガスが言うように、俺達は共闘の経験があったからこそ、彼の相棒であるライナの特性もよく知っていた。
「懐かしいよなぁ。もう六年も前だったか? 一日限りのドリームチーム結成は、よ」
レガスの言う通り、俺達はパーティーを一度だけ組んだ事があった。
まだ、俺達が入学したばかりの頃に、急拵えの救出パーティーをフィーゼルの時のように。
「それでよォ、オーネストとアレクの二人が功を急いだ結果、そこの二人にしばかれてたよなぁ?」
呵呵大笑するレガスは、昔を懐かしみながら、本気で思い出し笑いをしてるようであって。
「当時はまだ、治癒師じゃなかったクラシアに、お前ら揃いも揃ってキレられててよォ。ひゃは、ひゃはははははは!! 今思い出しても面白くて仕方がねえよ!! ダンジョン内の癖にてめえら二人して正座させられてたもんな!! ぎゃはははは……は、は? あ、ちょ、いたい。二人してなに、俺の顔面を掴んで……あ、メキって言った!! なぁ! 今、メキって言った!!」
最早、言葉はいらなかった。
俺とオーネストは、あえて鏡を見ずとも分かるいい笑顔を浮かべながら、お互いに右の手を伸ばし、年長者である事もお構いなしにレガスの顔面を掴んでいた。
俺がこめかみ辺りで、オーネストが顎あたり。
「……流石にそれは、過去の失敗掘り返して爆笑するあんたが悪いわ」
「……ボクも庇えないかなあ」
どうにか紡がれる言葉には、縋るような色があった。これやばい。助けてと俺やオーネストを止めろと言っているようであった。
というか、間違いなくそう言っていた。
しかし、先程までのやり取りを見ていたヨルハ達からレガスが同情を誘えるわけもなく、ものの見事に一刀両断。
やがて、ぎゃぁぁぁあ!!! と、割と本気めのレガスの断末魔の叫びが響き出した辺りで苦笑が聞こえてくる。
レガスとは対照的で、落ち着いた声だった。
「どうせレガスが悪いんだろうけど、そのくらいで勘弁してあげてくれない? その、顔面整形しちゃうとただでさえアレな顔面が拍車を掛けてアレな感じになっちゃうからさ」
「……確かに、流石にこれ以上アレになると、魔物をこれまで馬鹿みてえに相手にしてきたオレさまであっても、顔合わせるのもしんどくなるしな。良かったな、これから【アルカナ】で共闘する予定があってよ」
「……まぁ、灸を据えるのもこのくらいでいいか」
割って入ってきた声の主————先程オーネストが人形師と呼んでいたライナの登場によって、レガスの顔面は何とか変形せずに済む事に成功した。
「ぉぉおお! 流石は心の友!! って、助けようとしてんのか、ディスんのかどっちかはっきりせいや!!」
遅れて、ライナの発言に余計な一文が加わっていた事に気付いたのか。
庇いたいのか、貶したいのかいまいち判断のつかない発言に怒り散らす。
本当に、相変わらず騒がしい人というか、何というか。
「え、それ言っちゃっていいの? レガス傷付かない? 僕の気遣い無駄にしちゃうの?」
「……もうそれ殆ど答え言ってるよな。気遣いするんなら最後まで責任持とうな?」
腰付近まで伸びた亜麻色の髪を、三つ編みに纏めたライナは、優しげに微笑む。
ただ、優しいのは顔だけで、言葉は毒全開であったが。
「二人は相変わらずなんですね」
魔法学院にいた頃から何一つ変わらない彼らの距離感を、実際にこうしてまた見せられてつい、先程までの顔面鷲掴みという行為を忘れて俺は破顔する。
クラシアは、もう少し年相応に落ち着きを持てばいいのに。などとボソリと感想を溢していたけれど、これはこれで俺はアリだと思う。
勿論、レガスの失言を除けばの話だ。
「まぁね。しっかし、懐かしい面子だねえ。これだけ教え子が揃うともなれば、ローザちゃんもきっと喜ぶよ。普段はツンツンしてるけど、ああみえて教え子みんな大好き、な人だから」
ローザちゃん。
ライナが口にしたその呼び方には心当たりがあった。というより、生徒達が好んで「ちゃん」付けして呼んでいた教師が一人だけ、魔法学院にはいたのだ。
身長は生徒よりも低い140センチ程度。
童女にしか見えない容姿をしており、毎年のように俺達が在籍するクラスの担任を受け持つ羽目になっていた事から、呪われてるかもしれない、などと度々愚痴をこぼしていた女教師が。
「もしかしなくても、レッドローグのギルドのギルドマスターってローザちゃんなんですか?」
若干食い気味で、ヨルハが問い掛ける。
それもそのはず。
冒険者は基本的に魔物を相手にする事が主。要するに、荒くれ者も多くいる。
ただでさえ、生徒に見間違われるような人だ。
あの容姿ならば、舐められた態度を取られる事は必至。故に、魔法学院の人間の中で一番ありえない可能性だったのに。
「ん? あれ。フィーゼルのとこのギルドマスターからは何も聞いてないんだ? あの見た目とはいえ、実力は確かだしね。ちなみに、レガスは開口一発目に大爆笑して叩きのめされてたね~」
「仕方ねえんだよ。お前らもぜってえ堪えられねえから。何処からどう見ても背伸びしたがった子供がふかふかの椅子に座ってるようにしか見えねえんだよ、あれ……ッ!!」
ローザちゃんは童女としか思えない見た目がコンプレックスらしく、その部分をイジるともなると命を賭ける覚悟を持たなくてはならない。
ただ、百歩譲った結果、「ちゃん」呼びだけは許してくれた————というより、訂正を諦めたようで、彼女を知る人の大半は「ちゃん」呼びをするのが当然であるという認識が浸透していた。
そして、それから談笑を交えながら歩き続けること十数分。
フィーゼルや、ガルダナとはまた違う大きな煉瓦造りの建物が見えてきた辺りでレガスとライナは立ち止まり、背を向ける。
俺達と向き合うような形となった。
「今回のイレギュラーな【アルカナダンジョン】についての説明は、ギルドに着いてから、として。折角だから、少し畏まった挨拶でもしとくかねえ?」
顔を綻ばせる。
次いで、レガスは大仰に右腕を広げながら、心底楽しそうに、待ちきれないといった様子で言葉を紡いだ。
「ようこそ、『夜のない街』レッドローグへ。歓迎するぜ? 〝ラスティングピリオド〟?」