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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
二章

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六十二話 【アルカナダンジョン】

* * * *


「……ったく、オリビアもなんで〝剣聖〟を逃しちまうかねえ?」

「今回ばかりはオレ様もそこのジジイと同意見だな。アホとしか言いようがねえ」

「きっと多感なお年頃なんだよ。多感なお年頃。ほら、口調は男っぽいし、がさつだし、ズボラだし、愛想はないし、剣狂いだけどあれでも一応……本当に一応ね、女だし————痛っ、たッ!? なんでマーベルが僕を殴るんだよ!?」

「……ロッキー。流石にそれは言い過ぎだよ」


 結局、〝剣聖〟メレア・ディアルを取り逃した俺達は、あの後レヴィエル達に背負われながらも〝ラビリンス〟を後にし、ギルドへと戻って来ていた。


 そして、ギルドに帰ってきた事で安堵したレヴィエルの呆れ混じりの一言から始まり、オーネスト、ロキとオリビアの行動に呆れる声が続いていた。


 ただ、声に出しているのは、「遠慮」という二文字を知らない三人衆のみ。

 残りの面子は、下手に口を出す気は無いと我関せずを貫いているか、メレアとの会話にて思うところがあったからと考え込んでいた。


「そもそも、逃す必要なンざどこにも無かったんだよ。殺すかどうかは兎も角、最低限とっ捕まえて全て吐かせりゃ良かったンだ。あいつ、アレクにも言いたい放題言ってやがったしな」


 〝リミットブレイク〟の反動(リバウンド)のせいで俺と一緒に側で寝かされていたオーネストが発言する。


 ……そういえば、オーネストとはずっと一緒に戦ってたからメレアとの会話も全部筒抜けなのか。

 エルダスの事は勿論、俺の母親の事も。


「……まぁ、確かに言いたい事の一つや二つ、あったけど、俺の方は気にしなくて良いよ。今更、あの程度の挑発で崩れる付き合いでもないしね」


 母親と、エルダスの事。

 気にならないと言えば嘘になる。


 だけど、第三者から聞いた情報であれば、自分が納得出来なければどうせ疑問になる。

 メレアとの関係上、嘘を吐かれる可能性も多分にあるだろうし、あえて尋ねなくとも今回は何の問題もなかった。


「……そう言ってくれると助かる」


 メレアとの会話の後。

 ずっと気落ちした様子だったオリビアが、小さな声で言葉を返してくれる。


「……でも、今回はぼくもオーくんの言う通りだと思う。今まであんなに恨み言を溢してたのに、何で今更逃すような真似をしたの?」


 オリビアの側に、長くいるからこその疑問。

 元より、大怪我を押して〝ラビリンス〟に彼女が足を踏み入れた理由はメレアをぶち殺すためだった筈。


 そこまでの代償を払ったにもかかわらず、どうしてあの時、あえて逃すような真似をしたのかとルオルグまでもが問い掛ける。

 そしてオリビアはバツが悪そうに視線を逸らして口籠もり————ややあってから返事をする。


「……メレア・ディアルが、救えない程のとんだロクでなしと分かったからだ」


 オリビアの返答に、場が、うん? と、疑念の色を含んだもので溢れかえる。

 救えない程のとんだロクでなしならば、余計にオリビアがあの時とった行動の意図が行方不明になってしまう。


「初めは、下らない理由だと思っていた。愉悦だとか、馬鹿にしたいからだとか、そんな下らない理由一つであいつは私の人生を弄んだ奴だと認識していた。そうでなければ、あえて私の事をメレア自身が見殺しにした人間の娘であると言う必要は無いと思っていた」


 だから、恨んでいたと。

 だから、殺したい程に憎んでいたと。


「だからこそ、私を見捨て、突き放したものとばかり思っていた。……でも、それはきっと違った」


 その一言に、場は沈黙に見舞われる。

 ただ、俺は何となく、オリビアの言いたい事が分かるような気がした。


「……なんか、分かる気がする」


 発言をした事で、視線が俺に集まる。


「……メレア・ディアルは、他でもないあんたに責められたかったのかもしれないな」


 言葉の最中に俺は口を挟む。

 すると、何故かオリビアが堪らず苦笑いを漏らしていた。


 メレアは姿を消す直前に言っていた。


『エルダスには感謝しているが、あいつ、〝願い〟といい、考え方といい、それなりに私と似ているから』


 エルダスと自分自身が似ていると。

 俺にとってのエルダスは、魔法を教えてくれた兄のような存在の前に、母への恩返しに来た人物でもあった。


 本当にあの言葉を信じるとすれば、メレアは過去を重んじる性格という事になる。


 過去に恩を受けたから————恩返し。

 過去に見殺しにしてしまったから————それに対する罪を自分なりの形で贖おうと。


 ……見殺しにしてしまった仲間を救う為、〝やり直し〟を望むと口にしたあの剣士は、その願いを抱くまではどのような考えを持っていたのか。

 オリビアを引き取って育て、剣を学ばせた理由は。突き放した理由は。

 恨みをあえて抱かせた理由は。



 きっとそれは、贖罪の為。

 剣士という対等な状態で、他でもないオリビアに責められたかったなんじゃないのか。

 だから、あえて恨みを買うような真似をしたのではないのか。

 もしかすると、その果てに殺されてやる事が、唯一の罪滅ぼしとでも思っていたかもしれない。


 言うなれば————一種の破滅願望。


 とすると、救えない程のとんだロクでなし。

 そのオリビアの言葉は的確なものに思えた。


「……まぁあくまで、俺の予想でしかないけれど」


 俺はメレアの為人を全く知らない。

 だから、この考えはただの予想でしかなかった、のだけれど。


「いや、きっとそれは間違ってない。思えば、私に剣の稽古をつける際、あいつは決まって『殺すつもりでこい』などと言っていたよ。そして、憐憫か、同情か、罪悪感か、よく分からない顔をあいつは時折、私に向けていたしな」


 これまでは、憐憫とばかり思っていたが、あの態度が実は罪悪感故のものであったならば、それもまた、裏付ける材料足り得るだろう。


 そして、オリビアの視線はレヴィエルへと向いた。


「教えてくれ、レヴィエル」

「ぁん?」

「これまでは一度として聞こうと思えなかったが、今は聞きたい。メレア・ディアルはどうして、仲間を見殺しにした?」

「…………」


 〝ラビリンス〟での会話の際、メレアはレヴィエルとは顔見知りのような口ぶりであった。

 レヴィエル自身も、わざわざクソ野郎呼ばわりまでしていた。


 だから、きっとオリビアが望む答えを知っているだろうに、何故かレヴィエルはかすかに眉を顰めて言葉を探しあぐねている。


 やがて、ひとしきり悩んだ後、


「実のところ、見殺しにしたってのはちょっとした語弊があるんだわ」

「……語弊?」

「正しくは、見殺しにしたじゃなく、助けようとしなかった(、、、、、)、だ」


 見殺しにした事と、助けようとしなかった事。

 一体何が違うのだろうかと思った折、


「〝迷宮病〟を、しってっか」



 〝迷宮病〟。


 それはガルダナに位置する魔法学院にて、学んだ言葉。

 〝迷宮病〟とは言葉の通り、〝ダンジョン(迷宮)〟が原因となって発症する病。

 それ故に、〝迷宮病〟。


 発症する原因自体、詳しくは未だ解明されていないが、ダンジョンに足を踏み入れる冒険者のみが罹患する病である事から、大元の原因がダンジョンにある事は間違いないとされている。


「もう十年以上前になるか。〝剣聖〟も、その昔はパーティーを組んでたんだ。四人のパーティーでな、そりゃ賑やかなもんだった。だが、ある日、あいつのパーティーのメンバー二人が迷宮内で〝迷宮病〟を発症した」


 そして〝迷宮病〟は、人を化け物に変える病であり————迷宮内で発症した場合は、人ではなく魔物として扱っても構わないという暗黙の了解すら存在する病であった。


 ただ、〝迷宮病〟といえど、発症したら最後。

 殺すしか抑える手立てがない病というわけではない。完治は難しいにせよ、抑える方法は存在する。


 それは魔法学院で嫌というほど教えられたし、だからこそ、冒険者はパーティーを組む事を推奨されている。

 仲間がいない状態で、〝迷宮病〟を発症すれば、道は死ぬしか残されていないからだ。


「あの頃はまだ、〝剣聖〟なんて大層な名をつけられちゃいなかったが、それでもあいつの技量は相当なもんだった。それは、実際に戦ってたオーネストとかがよく分かってる筈だ」

「……腹立つ事この上ねえが、アレクと二人がかりで奥の手まで晒して漸く、戦いらしい戦いに持ち込める程だった」


 オーネストが不満げな様子でつぶやく。

 事実、〝剣聖〟の名は誇張でも何でもなかった。ヨルハとクラシアがいなければ、追い詰められていたのは俺達であった筈だ。


「なのにあいつは、それだけの技量を持ちながら、助けようとしなかった。仲間を見殺しにしたんだよあいつは」


 〝迷宮病〟の一時的な抑え方は、発症者の意識を奪う事。メレア・ディアル程の男が、それを出来ない筈がない。

 故に、レヴィエルは怒っていた。

 抜けているところは多分にあるが、それでもレヴィエルは仲間想いのギルドマスターである。


 だからこそ、余計に許せなかったのだろう。

 声音には、隠しきれない怒りの色が滲んでいた。


「そこにどんな理由があったのかは当事者じゃねえからオレは知らん。だが、助けられたかもしれない命をあいつは救おうとしなかった。これはまごう事なき事実だ」


 レヴィエルは、冷たい言葉の刃を容赦なく突き付ける。

 声音は怒っているとも悲嘆しているとも取れるものであった。


「メレア・ディアルにどんな幻想を抱こうがお前らの勝手だが、それだけは覚えとけ」


 そして、閉口。

 気晴らしに酒でも飲むか。

 などとロクでもない言葉を残し、その場を後にしようとするレヴィエルであったが、


「……ぁあ、それと」


 言い忘れた事でもあったのか。

 途中で立ち止まり、ぽりぽりと頭を掻く。


「最近はロクでもねえ噂ばかり流れてるが、昔のあいつは良いやつだったよ。だから、遠方からわざわざあいつをパーティーにと訪ねるやつも絶えなかったらしいしな」


 けれど結局、誰の誘いにも応じる事はなく、果てに一人Sランクパーティーなどと呼ばれるに至ってしまった訳なんだが。


 そう言って、くは、と息だけで笑う。


「なぁ、オリビア」

「……なんだ、レヴィエル」

「オレはあいつがクソ野郎って認識を覆す事は、オレの目の前であの日の事を弁明しやがるまでは死んでもあり得ねえ……ただ、お前はお前が正しいと思う選択をすりゃあいいさ。勿論、常識の範囲内でだがな。だから、あいつの自己満足(、、、、)なんぞに使われてやるな。んなもんは蹴り飛ばしちまえ。くははっ」


 ————まぁ、次またフィーゼルに来やがったら今度こそボコすけどな。昔は兎も角、今のあいつとは分かり合えねえ。何より、危険人物だしな。


 それだけ言い残して、レヴィエルは奥へと引っ込んでいった。


「やれやれ。まぁなんだ。君達も災難だったねえ。こんな厄介ごとに巻き込まれちゃって。〝ダンジョンコア〟って報酬があったからまだ良かったものの……」


 慰めようとしてくれてるのか。

 ピクリとも身体が動かせない状態の俺やオーネストに向けてロキがそう言ってきた直後、何か重大な事でも見落としていたのか。


 オーネストが唐突に「あ゛っ」と、声を漏らす。


「どうしたよ、オーネスト」

「……完全に忘れてた」

「うん?」

「オレ様達がダンジョンに潜った理由だよ!!」

「オリビアを助ける為だろ?」

「いや、もっと重要な事があっただろうが!!」


 何故か話が噛み合わない。

 もっと重要な事って何かあったっけか。


 オーネストに言われて頭を悩ませてみるが、それらしき答えは一向に浮かんでこない。


「〝古代遺物(アーティファクト)〟だ!! 〝古代遺物(アーティファクト)〟!!!」

「あああ!」


 そういえば、巻き込まれたついでに〝古代遺物(アーティファクト)〟でも取ってくるか。

 なんて話してたっけか。


「そういえば、あの〝剣聖〟、無駄に〝古代遺物(アーティファクト)〟持ってたよな」


 指輪やら、ブレスレットやら。

 彼が身に付けていた複数の装飾品のほぼ全てが〝古代遺物(アーティファクト)〟だったと思う。


 まぁ、あれ程の強さともなるとフロアボスに挑んだとしても苦もなく倒せるだろうし、あれぐらいは持ってて当然か。

 などと俺が納得しかけていた最中、


「あの中に、オレ達が得られる筈だったかもしれねえ〝古代遺物(アーティファクト)〟があった可能性は少なからずある」

「まぁ、それはあるだろうな」


 十中八九、フロアボスを倒したのはグロリアとかいう〝闇ギルド〟の人間でなく、〝剣聖〟の方だろう。


「……クソが。やっぱり逃すんじゃなかった……!!」


 〝剣聖〟と戦う前にフロアボスと一戦交えていた場合、どうなったかを分からないオーネストではないだろうに、獲物を横取りされていたという事実を遅れて認識した彼の頭は、今や怒り一色に染まっていた。

 特に、下層のボスほど〝古代遺物(アーティファクト)〟を残しやすいという特性を知っている事も一因だろう。


 そして、それをこれ幸いと捉えたロキが小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、激昂の燃料をとぽとぽと追加してゆく。

 ……最早、見慣れた光景であった。


「やれやれやれやれ。オーネストくんもまだまだだねえ。いやぁ、残念で仕方がないよ。その場にこの天才魔法師たる僕がいればまた結果は違っただろうに。向かったのがオーネストくんじゃあねえ」


 異様にやれやれが多かった。

 煽る気満々である。

 しかし。


「……あいつ、貧乏くじ引いてやんの。〝剣聖〟とかこの僕でも相手にしたくないやつ筆頭だってのに。って言ってたのはどこのロキだろうねー」

「わぁぁぁぁああああ!!!」


 オリビアを助けてきたという事実があるからか。

 今回はオーネスト側に自称親友のマーベルが味方についていた。


 お陰で失言を持ち出され、珍しく言い合いに発展せず、ロキが返り討ちにされる事態に陥っていた。


「ですが、〝剣聖〟を退けたともなるといよいよ本物ですね。いや、疑っていた訳ではないんですが」


 そして、静観を決め込んでいた糸目の男————〝リクロマ〟のリーダーであるリウェルが話に混ざる。


「ただ、このレベルであればレヴィエルも駄目とは言えなくなってるでしょうね」


 面白おかしそうに笑む。


「……駄目って、それはどういう?」

「言葉の通りですよ。これだけの実績があれば、Sランクに上がったばかりだからと【アルカナ】に参加させまいとしていたレヴィエルも考えを覆さざるを得ないだろうなと」

「……もう、今年の【アルカナ】の場所が発表されてたの?」


 【アルカナダンジョン】。

 それは、一年に一度、世界の何処かに出現する一層限りの超高難易度ダンジョンであり、通常のダンジョンとは乖離したその難易度から、Sランクパーティーを除いて参加が認められていない特殊ダンジョンの一つ。


 Sランクパーティーの人間にのみ、参加権が与えられている【アルカナダンジョン】であるが、その情報は秘匿性が高く、Sランクパーティーが属するギルドのギルドマスターにしか伝えられない。


 そして、リウェルがその情報を知っているという事は、既に【アルカナダンジョン】の情報が各地に出回っているという事。


 あたし達は一切聞いてないんだけど?

 という怒りをあらわにしながらクラシアが問い掛けるも、リウェルもそれには苦笑い。


「この前の〝タンク殺し〟での恩もあるし、打ち明けたかったんですけど、レヴィエルに口止めされてまして」


 申し訳ない、と白状するリウェルに、なら仕方ないよとヨルハに宥められ、クラシアは嘆息。

 一番怒りそうなオーネストといえば、タイミングが良かったと言うべきか。ロキを相手に煽っており、こちらの話は全く届いてはいなかった。


「ただ、いくらSに上がったばかりとはいえ、〝剣聖〟を相手に出来るならば、止める必要はもうないでしょう」


 そう言って、言葉を締めくくる。


「それで、リウェルさん。言って問題ないのであれば、【アルカナダンジョン】の出現場所がどこなのか。教えてくれませんか」

「それは、勿論。とはいっても、皆さんがよく知ってる場所ですよ」


 本当に隠す気はないのだろう。

 回りくどい言い方もせず、端的にヨルハのその問いに答えてくれる。

 やがて、


「今年の【アルカナダンジョン】の出現地は————ガルダナ王国です」

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