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六十話 魔殺し

 視界を埋め尽くす程の毒々しい色をした鎖が、まるで蛇のようにうねり、足下に展開された魔法陣からいでる。

 なれど、その第三者が割り込んだが故に生まれた光景は、規模こそ尋常でなかったが、俺とオーネストにとっては何処までも見慣れたもの。


 だから瞬時にそれは俺達を襲わないものであると認識し、生まれた間隙を突いて誰よりも早くオーネストが突撃した。


「オレ様から目ぇ離すたぁ、随分と余裕じゃねえか、なぁッ!?」


 黒の軌跡が横薙ぎに迸り、一瞬遅れて風を切り裂く音と火花が弾ける音がまざり合う。


 虚を突かれたのか。

 僅かにメレアの表情に焦燥に似た感情が散りばめられていたがそれも刹那。

 手にする剣で迫る黒槍を跳ね除け————しかし、追撃を試みる間もなく弾かれた勢いをそのままに、オーネストが身体を旋回させ、〝リミットブレイク〟にて上乗せされた身体能力を十全に使った二度目の薙ぎが、メレアを襲う。


「……チ」


 その神速とも形容すべき一撃を前に、剣で防ぐ事は間に合わないと思考するより先にこれまで培った経験則から判断したのか。

 バックステップでメレアは飛び退いた。


 だが、それすらも読むのがオーネスト・レインという槍士。


「はッ、そら、一撃くらいそろそろ食らっとけッ!!」


 横薙ぎに振り切る前に、もう片方の腕を添える事で力の向きを眼前へと変更。

 そして、薙ぎから突きに変えて、メレアの顔面目掛けて威勢の良い突きを繰り出す。


 メレアには、場に存在する膨大な毒鎖を始めとした他のものにまで気を配る必要があったせいで突き出された槍に対する反応がほんの一瞬だけ遅れ、頰を擦過。

 擦過特有の肌を灼くような痛みに顔を顰め————否、歓喜ここに極まれりといった様子で破顔しながら、恐るべき速度でもってメレアが距離を取る。


 次いで、意思をもった生物のように彼目掛けて襲う毒鎖に向かって、ひと薙ぎ。


 剣を振るう。

 ただそれだけの動作によって生まれた剣風のみで、毒鎖を容易く斬り裂いた。


「……成る程。この二人が時間稼ぎをしてる間に〝ダンジョンコア〟を取ってきたのか」


 毒鎖を生み出した人物————ヨルハを一瞥しながら、ぽつりとメレアが呟く。


「良いパーティーだ。が、この場じゃ、君達は足手纏いだ」


 どこまでも冷静に。

 焦った様子もなく、ただただ最適解だけを選び取ろうとするメレアは前傾姿勢を取り、ヨルハ達を狙い撃ちしようとして。


「それは、させてあげられないな」


 ————〝五大元素解放(カラフル)〟————。


「む」


 〝リミットブレイク〟の効果が未だ持続している事を良いことに、ヨルハ達の下へ向かうルートを圧倒的物量の魔法によって封殺————


「————ハ。だが、関係ない(、、、、)。そこは押し通る」


 多少の傷さえ容認したならば、何の問題もない。言外にそう告げ、眼前に広がる怒涛とも言える大魔法の行使に足を竦ませる事なく、攻撃の為に突撃を選択したメレアに盛大な舌打ちをひとつ。


 ……さっきまでは一貫して、まるで大魔法を展開されては先へ進めないみたいに対応してやがった癖に。


 内心で毒突きながら、俺は叫ぶ。


「クラシア!!!」

「前に進んで!!」


 オーネストもあの魔法によってメレアが進めないと判断するつもりであったのか。

 行動が一瞬ばかり遅れている。

 待っていると、間に合わない。


 そう判断をしてクラシアの名を叫ぶと、分かっていると言わんばかりに返事が一つ。

 会話は繋がっていなかったが、これまで幾度となくパーティーを組んできた仲である。


 やりたい事。

 求めている事の一つや二つ、言葉が足りずともどうせ伝わっている。


 そう信じて、言われるがまま、手にしていた〝アーティファクト()〟の柄を力強く握り締めながら一歩踏み出し————景色が変わる。

 襲う酩酊感。


 それは、〝テレポート〟の後に見舞われる特徴的な感覚。


 そして、目にもとまらぬ速度で肉薄をしていたメレアの背後にドンピシャで転移。

 剣を振り下ろせ。

 という事なのか。


 メレアの頭上付近————空中へと俺は転移を果たしていた。

 そのまま俺は力強く握り締めていた剣を振り下ろそうと試みて、


「————マナって知ってるかい」

「さぁ? 俺が知ってるのは、俺の側は雷注意って事だけなんだ」


 瞬間。

 繰り出した俺の剣を防ぐべく、振り返りざまに視界に入り込んだメレアの剣は、先程までには無かった青白い光沢を帯びていた。


 やがて、お互いの得物同士が合わさった瞬間に、言葉までもが交錯する。


「マナブラスト」

「〝雷鳴轟く(サンダーボルト)〟————剣に纏え(エンチャント)


 メレアが、マナと呼んだもの。

 その実態が何であるのかの知識は無かった。


 けれど、視界が捉えた青白い光沢は、決して軽んじていいものではないと判断をして、剣へと帯電。


 じゅぅ、と剣を手にする手が焼け爛れる感触を限定的に無視しながら、そのくらいは最低限行わなきゃ俺の剣は届かない。


 そう理解をしていたから、己の行為に迷いは一切なかった。


「魔法師らしく戦うんじゃなかったのかな」

「魔法師だろうと、必要とあれば剣を執る事はある。あんたと比べれば、数段劣るだろうけどもね」


 そうする事で勝ちにつながるというのであれば、俺は喜んで先の発言を覆す。


「ハは、その潔さは嫌いじゃないねえ」

「そりゃ、どう、もッ!!!」


 どちらともなく剣が弾かれる。

 虚を突いて先に仕掛けた事に加え、場所的優位にあったにもかかわらず、イーブンにまで持ち込まれた。


 やはり、俺が剣でどうにか出来る相手ではないのだと思い知らされる。

 だが。


「急ぐ気持ちは分かるけど、〝リミットブレイク(これ)〟がある限り、食らいつく事くらいなら出来る」


 迫るオーネストと、ヨルハの魔法の気配を感じ取り、肉薄をした俺を手早く片付けんとするメレアの剣に食らいつく。

 頭部、胸部を狙った斬撃の嵐————マナブラストが地面を抉りながら、ひっきりなしに襲い来るも、裂傷を負いつつもそれを凌ぐ。


「確かに。けれど、本当に急ぐ必要があるのはどっちだろうか。君達に残された時間(リミット)はあとどれ程だろうねえ」


 俺達がどうにかしてメレアを打ち倒すのが先か。それとも、〝リミットブレイク〟の効果切れが先か。

 言ってしまえば、これはその勝負。


「安心しろよ。残りのリミットがどれ程だろうと、その間に終わらせてしまえば万事解決だ」


 そうだよな。

 視線でそう訴えかけると、喜色に塗れた答えが返ってくる。


「————そういうこった」


 オーネストの声だ。


「二対一どころか、四対一になっちまったが、まぁ、これはパーティーの差って事にしようぜ。なに、これはてめえが吹っ掛けてきた喧嘩だ。文句があンなら、過去にでも戻って数分前のてめえに言い聞かせてやれよ」


 眉間に心臓と、容赦ない二連撃を繰り出しながら、オーネストは何気ない事のように言葉を続ける。


「それに、てめえに心配されずとも、もう終わる(、、、、、)

「……あ?」

「なぁに、さっきまでのオレらが、ただ無駄に貴重な時間(リミット)を浪費してたわけじゃなかったって話だ」


 呆気に取られたかのような反応を見せるメレアの様子が、満足のいくものであったのか。

 声を弾ませる。


「さっきの二重人格野郎みたく、なんたら刻印。なんてもんを使われてたならこっちとしても、もうお手上げだったんだが、どうにもてめえは違うらしい。さっきのマナとやらで確信が持てた」


 メレア・ディアルを〝剣聖〟たらしめている要素は、恐ろしいまでの剣技。そして、魔法師に引けを取らない程の卓越した魔力の扱いだ。


 〝リミットブレイク〟を行使して尚、追い越せない程の身体能力。

 それは〝アーティファクト〟から来るものなのか、はたまた、地力か、刻印のようなものか、魔力か。その判断をオーネストはこれまで費やした時間の中で行っていた。


 そして、結論が出た、と。


「加えて、ヨルハに潔癖症も無事ときて、ジジイ共もいる。だったら、ここで力尽きても何の問題もねえ」


 だったら、気兼ねなくやる事が出来る。


 そう言って、オーネストはすぅ、と大きく息を吸い込んで肺に空気を溜め込んだ直後、


「————30層!!! さっさと準備しやがれ、アレク!!!!」


 そこで、オーネストが何の脈絡もない言葉をひとつ。


 30層?

 と、一瞬ばかし疑問符が浮かぶものの、俺達にとっての30層といえば、苦汁を何度も飲まされたガルダナ王都ダンジョンの30層。


 レグルスに宮廷から追い出される原因ともなった階層でもあったが故に、すぐに思い出す事が出来ていた。


 ガルダナ30層といえば、〝魔殺し(、、、)〟の30層。

 補助魔法であれ、一切の例外なく魔法の行使を禁じられた魔法師殺しの階層の事である。


 しかし、どうして今そんな事を言うのか。


 そう思った直後、オーネストが先程口にしたすぐ終わるという言葉が頭の中でくり返される。


 そして、


「……成る程、そういう事か」


 理解に至る。


 オーネストは、〝リミットブレイク〟を使い続けたところで恐らくジリ貧なこの状況は変わらない。だったら、〝剣聖〟が魔力を用いて戦うスタイルである故に、30層のように魔力の使用を禁じてしまえばいいと考えた。


 〝リミットブレイク〟の残り時間を含め、どれが一番倒せる確率が高いかを天秤に掛けた結果、こちらの魔力が使えなくなったとしても、魔法の使用を禁じてしまう方がまだ勝てると。


「……はっ。いいな、それ、乗ったぜオーネスト」


 メレアもまさか、魔力によって底上げしている力をわざわざ自ら殺すとは考えもしないだろう。

 故に、そこに隙が生まれる事は必至。


「相変わらず、面白い発想をする……!!」


 元々、とあるフロアボスを打倒すべく知恵を出し合った結果、30層のように魔力を禁じてしまえば楽に勝てるんじゃね?

 という安易な考えから生み出した魔法。


 ただ、これは魔法を禁じてしまうだけのものであり、その他に手があった場合、途端に不利に傾く諸刃の刃。危険な綱渡り。


 だが、オーネストはその心配は殆どいらないと判断したからこそ、ああして叫んだのだろう。

 なら、後は信ずるだけ。


 ハラは決まったと言わんばかりに、俺はその場から離脱すべく後方へと飛び退く。

 その行動に不審を抱いたメレアが俺を追いかけようとするも、


「悪りぃが、そこは行き止まりだ」


 意地の悪い笑みを浮かべながら、オーネストが立ち塞がる。

 交錯する得物。

 響き渡る金属音。

 

 その間を見て俺はしゃがみ込み、地面へ手のひらを置いた。

 

「喰らい尽くせ————」


 魔法師が、自ら魔力を手放す馬鹿げた行為を敢行するわけがない。その極々当たり前の考えは、この時この場に限り、獰猛に牙を剥く。


 〝リミットブレイク〟時のみ行使が可能である〝魔殺し〟の30層の真似事。


「————〝魔殺しの陣(マジック・イーター)〟————!!!」


 そして広がる魔法陣。


 足下全てを埋め尽くすと言わんばかりに広く、大きくソレは展開され、程なく魔法陣から細氷のようなものが浮かび上がる。

 さながらそれは、スノーダストのような。


 ガルダナ王都ダンジョン30層では、極々見慣れた光景であった。


 直後、何も知りようがないメレアの動きだけが不自然に硬直し、それを好機と捉えたオーネストの槍術が唸る。

 魔力による補助があった先程よりは速度が落ちているものの、尋常とは程遠い洗練された槍の前後運動。

 繰り出される槍の穂先は体躯を斬り裂き、傷らしい傷がメレアの身体に初めて明確に刻まれる。


「ぐ、ぁッ」


 しかし、魔力が使えなくなり、違和感を感じているだろうにそれでも致命傷を避けたのは流石と言うべきか。


 そして立て直し、此方を睥睨。


「……なる、ほど。なるほど成る程成る程成る程!! この一瞬、そして短期決戦を強要する為にここで魔力をあえて捨てたか!!!」


 己の身を襲った違和感に気付いたのか。

 答え合わせをするようにメレアが言う。


 魔力がない世界において、物を言うのは地力の差。

 そして、ここでの人数の差はあまりにデカい差である。


「その決断は悪くない!! 悪くない、が————それで倒せると思ってるのなら、まだ青い」


 強きを好み、己を更なる高次へと導く相手を欲していたメレアは、思い切りの良すぎる〝魔殺し〟を評価する。

 だが、それだけ。

 彼が評価をしたのはそこまで。


「魔力の助けを得ていた事は事実だが、それが無くともそれなりに戦える。でなければ〝剣聖〟などという大層な名で呼ばれてないさ」


 そうだ。

 こいつは、〝剣聖〟である。


 あくまで魔法は副次的なものに過ぎない。


 主は剣技。


 だからこそ、虚を突いたあの一瞬で決着をつけなくてはいけなかった。

 しかし、それは敵わなかった。


 ならば、俺達のする事はただ一つ。

 もう一度(、、、、)、隙を生み出せばいい。


「そんな事は知ってる。魔力の助けがあったとはいえ、その時点で嫌ってほど思い知らされた」


 得物を片手に、肉薄をしながら俺は答える。

 剣では敵わないと思ったから、俺は徹底して魔法師らしく戦っていた。

 〝剣聖〟の名が伊達でない事くらい分かってる。


「ハ、いいね。いいねいいね!! それでも立ち向かうか!? それでこそ、混ざった甲斐がある!!!」


 高揚する感情を余す事なく晒しながら、メレアは叫ぶ。

 その間、体重を乗せて迫らせていた一撃をメレアに苦もなく弾かれながら————なれど、それは仕方がないと許容して二撃、三撃と剣を走らせる。

 側で槍を振るうオーネストの動きに合わせ、間隙を突き続けるも、全てが防がれる。


 それを続ける事、十数合。



「知ってるか、剣聖さん」


 たった十数合。

 オーネストと共に攻めに転じていた筈にもかかわらず、身体に裂傷が生まれ、痛みに顔を歪める中、俺は告げる。


「俺の〝マジック・イーター(これ)〟は実のところ未完成なんだ」


 具体的に何処か未完成なのか。

 それを言う気は更々ないが————それでも恐らく、すぐに気づく事だろう。


「瞬間的に、30層の真似事は出来るんだけど、その効果はあまり持続しなくて」


 スノーダストのような光景は続くが、〝魔殺し〟の効果はジャスト20秒で切れてしまう。

 俺は勿論、オーネストも、ヨルハも、クラシアも知っている欠点だ。


「まぁ、都合がいい(、、、、、)から直す気はないんだけれど」


 ……身体が鉛のように重く感じる。

 きっと、〝リミットブレイク〟の効果が切れかけているのだろう。

 体感的に、後十秒くらい。


 でも、十秒あれば事足りる。


 そして、発動から18、19秒と経過し、20秒を刻んだ瞬間。


「縛れ————〝拘束する毒鎖(バインド)

〟————!!」


 俺と、オーネスト。メレアの三者でない人間の声が交ざる。それは、ヨルハの声。

 本来であれば、聞こえて来るはずのない魔法の発動を促す言葉だった。


 そして、いでた毒色の鎖がメレアを一瞬にして襲い、遅れて反応した彼が魔法が使えるようになったと理解。けれど。


「一瞬遅い————ッ!!!」


 きっとこれが、突ける最後の隙。

 〝リミットブレイク〟のお陰で、一瞬で浮かび上がる魔法陣の大群。

 隙間を全て埋め尽くせとばかりに金属音が忙しなく鳴り響き、毒鎖に足を取られるメレア目掛けて展開。

 その現実を前に、メレアは鋭く舌を打ち鳴らす。


「斬り裂け、マナブラスト!!!」

「落ちろ、〝雷鳴轟く(サンダーボルト)〟!!!!」


 撃ち放たれる青白の斬撃と、降り注ぐ雷撃が交錯し、地面は抉れ、舞い上がる砂によって視界が不明瞭へと変わって行く。

 衝撃同士が合わさり、相殺される音と地面を穿つ雷撃の音がどこまでも鳴り響いた。


 

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