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五十三話 乱入者

* * * *


「————ぶっ殺す」

「20秒、いけるかアレク」

「任せとけ」


 時間を稼げ。

 そう口にするオーネストの言葉に二つ返事で俺は頷く。


 次いで、クラシアの挑発にまんまと乗ったグロリアが弓から放たれた矢が如く、進み————。


「近付かせるかよ————〝雷轟驟雨(ケラヴノス)〟————!!」


 魔力にものを言わせて思い切り魔法陣を展開。

 〝雷鳴轟く(サンダーボルト)〟で場所を指定したところで、どうせ避けられる。


 だったら、無差別に。高火力で。圧倒的に。

 黙らせんと展開すればいい。

 多少、魔力の消費が高くつくが、まあ、必要な消耗だったと割り切ってしまえ。


 そう思いながら、クラシア達に向かって声を発するオーネストの言葉を尻目に、舌を打ち鳴らしながら飛び退くグロリアの姿を視界に入れる。


「しかし、つえぇな。つええ。さっきのオレさまの投擲(アレ)を避けるなんざ、どういう反射神経をしてやがンだか」


 間違いなく、確殺に至るタイミングだった。

 しかし、現実は一瞥すらせずに当たり前のように躱されてしまっていた。

 僅かな対峙で理解した筈だ。


 ————アイツは強い。


 なれど、オーネストは面白おかしそうに目の前の現実を受け止めた上で、投擲した筈の黒槍を再び手元に引き戻し、握り締めながら嗤っていた。

 頰が裂けたかのような唇の歪みは、歓喜のあらわれ。


 相手は格上————だからこそ、面白い。


 どうせ、オーネストの事だからそんな感想を抱いているのだろう。


 強い奴なんざ、ごまんといるこの世界で、〝ラスティングピリオド〟という名を轟かせる為には。数多に存在するダンジョン、その全てを攻略してやるには、どれ程の武を修めれば良いのだろうか。


 分からない。

 それは、幾ら考えようと分からない。

 でも、たった一つだけ分かることがある。


 ————目の前のアイツに負けてるようじゃ、話にすらならない。


 そんな子供でも分かる単純明快な事実。


 きっとだから——。


「感謝するぜ、無愛想」


 感謝を、一つ。

 てめえの身勝手さのお陰でこの場に巡り会えたと言葉が付け加えられる。


「とはいえ今は時間がねえ。だから、手短に言う。クラシア(、、、、)、てめえは、そこの二人連れて〝転移魔法(テレポート)〟使って逃げ回っとけ」


 ただでさえ、三対一で先程軽くあしらわれた。

 にもかかわらず、紡がれた言葉というものは、オリビアとヨルハの二人を連れてこの場から離れろ。というものであった。


 だが、反論は聞こえてこなかった。


 意地を張るなだとか、油断し過ぎだとか。

 そんな言葉は一切聞こえてこなかった。


 傲慢にも思えるその言葉が、決して強がりでないと少なくともクラシアとヨルハは知っていたから。


「悪ぃが、あいつはオレさまとアレクの二人の方がやり易い。それに、嫌な予感もする」


 手前の事で手一杯だから、守り切れる気がしねえ。


 遠回しにそれは、逃げろと言っているも同然の発言であった。

 だが、決してそれは悲観から来るものではない。むしろ、その逆。


 ————あいつをぶちのめしてやる上で、邪魔だからどっかいってろ。

 それが、言葉にこそされなかったが、オーネストの嘘偽りのない本音だった。


「……死ぬぞ」

「死なねえよ。さっきは下手を打っちまったが、オレさま()は『天才』なンだわ。だから、死なねえよ。オレさまとアレクが共闘してる限り、何があろうと絶対にな」


 言い切る。

 忠告するオリビアの言葉を前に、不敵に笑いながら、死ぬ事はあり得ないと確かな確信を持ってオーネストは言い切った。


「そうか」


 元々、オリビアにとって用のあった人物はグロリアではない。故に、助力はいらないというのであれば、無理にその場に留まる理由はどこにもない。そう切り替えてか、グロリアが魔法で身動きが取れない事をいいことに、誰よりも先にその場から離れて行く。


 そして、その後を追うようにヨルハとクラシアもそれぞれが手首につけていた〝メビウスリング〟を外してから、その場を後にして行く。

 後ろ髪引かれる想いであったのか。

 物言いたげな眼差しであったが、やがて彼女らの姿は見えなくなった。


 次いで、役目を終えたとばかりに降り注いでいた落雷も収まりを見せる。

 これで、二対一の状況が出来上がった。


「————馬鹿なんですかねぇ?」


 グロリアの口調が戻っていた。

 三人を遠ざけた事実は、己を舐められているという感情よりもどうやら、蛮勇過ぎるという感情の方が上回ったらしい。

 故に怒る事をやめて嘲る。見下す。憐れむ。何故ならその選択肢が、死に向かわせる決定打となり得ると認識してしまっているから。


「馬鹿じゃねえ。『天才』だっつってンだろ」


 何度も言わせんな。

 そう口にして、また不敵な笑みを向けた。




 出会った当初から、今に至るまでずっと、オーネスト・レインという男は徹頭徹尾、己を『天才』と信じてやまない奴であった。誰に馬鹿にされようと、嘲られようと、愚かだと諌められようと、その口癖だけは終ぞ直す事を許容しなかった。それどころか、諌めた教師を殴りつけすらした事もある程だ。


『オレさまが『天才』である事は揺らがねえのさ。だから、誰が何と言おうと言い続けるぜオレぁよ』


 どうして?


 と聞いても、オーネストは頑としてその理由は誰にも教えない。

 それどころか、オレさまが『天才』である事に理由が必要か? という始末である。


 ただ————ずっと昔。

 とあるキッカケで俺とオーネストが大喧嘩をした際に少しだけ、教えてくれた。

 二人して大怪我して、地面に大の字で寝そべりながら、朦朧とする意識の中で教えてくれたんだ。


『称えたい奴がいる』


 およそそれは、どこまでも傲慢に、自分勝手に、唯我独尊を地でゆくオーネスト(天才)の言葉ではなかった。

 だから一瞬、耳を疑った。


『ずっと昔、オレさまよりつええ槍士がいたのさ。何十、何百と挑んでやったが、一度も勝てなかった。歳も然程変わらねえ奴に、このオレさまが、一度として勝てなかった』


 あの、オーネストが、一度も。

 性格は誰もが認める難あり。

 そして、彼の力量もまた、誰もが認める程のものだった。しかし、紡がれるその言葉は嘘偽りのないものであるのだと分かってしまう。

 確証も無いのに、信じざるを得なかった。


『そいつは、オレさまがいつか超えてやる筈の壁だった。オレさまの目標だった。なのにそいつは、病にかかりやがった』


 修行を繰り返し、鍛錬を積んで、次こそはと己の壁を超えようとした時。

 既に、その壁は壁ですら無くなっていた。

 槍なんて真面に握れない程、弱りきった細い身体がそこにあるだけだった。


 そう、悲しげに言葉が続く。


『勝ち逃げは許さねえって怒ったら、生まれて初めて勝ちを譲られた。それを怒ると、泣かれた。男の癖にギャン泣きだったぜ。好きでこんな身体になったわけじゃねえってな。どうせなら気持ちよく負けたかったって、クソ弱え拳で殴られた』


 そして、微かな笑みを唇のふちに浮かべる。

 満身創痍の傷だらけの肢体に鞭を打ち、無理矢理に大の字で倒れていた身体を起き上がらせる。


『ハッ、お前にも分かるよなあ? 譲られた勝ち程虚しいもんもねえってよ……だから、あいつを超える事は諦めた。ただ、その代わりに、もう槍も真面に振るえねえアイツの強さって奴を、オレが知らしめてやる事にした』


 誰も彼もに喧嘩を売り。

 教師にすら、己の相手をしろなどと平気で言うオーネスト・レインの原風景はそれだったのだ。

 理由は、根底は、根幹は、それなのだ。


 それがあまりに人間らしくて、〝狂犬〟などとも言われる過去に例をみない程の問題児が、あまりに人間らしすぎて、笑みを浮かべずにはいられない。


 そして、この日の出来事があったからこそ、俺とオーネストは親友とも言える間柄になった。


『分かるか? だからオレ(、、)は、天才なンだよ。オレが天才であり続ける事こそがあのクソ野郎に対する最大の称揚だ。この天才に、終ぞ負けなしで勝ち続けやがったボケナスがいるって事の証明が、よぉッ!!!!』


 立ち上がり、槍を地面に叩き付ける。


 言葉はない。

 しかし、それが決着をつけよう。

 という意思表示である事は分かった。

 とはいえ結局、その喧嘩は痛み分けで終わる事となったが——。



 とどのつまり、『天才』という言葉こそが、オーネストの覚悟のあらわれなのだ。

 だから、どれだけ愚かしいと思われようと、変わらず彼は吹聴する。

 誰が何と言おうと止めはしない。



 故、に————。


「てめえはつええ。流石は〝名持ち〟って言われるだけの事はある。だからこそ————オレらの武勇の糧となれ」


 戦いを前に、オーネストはいつであっても笑う。それは、今も尚。

 俺のよく知る表情であった。


 戦う相手としてはこれ以上ない相手。

 故に、オレらが『天才』であると世界に知らしめる為の養分となれ。


 そう宣うオーネストの発言に、可笑しくて仕方がないと言わんばかりに喉を震わせ、笑う声が一つ。

 あれだけ手玉に取られておきながら、勝てると信じて疑わない俺達の愚かさに、グロリアは笑う。笑って、嘲る。


「馬鹿ほど救えない奴もいませんねぇ?」

「ああ、その通りだ。ただ、この場における救えない馬鹿はあんただがな」

「あ゛?」


 目に見えてグロリアの表情が歪んだ。

 やはり、怒りの沸点がかなり低いらしい。


 俺達に足りないものなんて、ごまんとある。

 『天才』だなんだと呼ばれてはいたが、外に出れば如何にそれが小さな世界での『天才』であるか。


 それを知っていたからこそ、驕らなかったし、ひたすらにダンジョン踏破の記録を最後の最後まで伸ばし続けた。


 その中で必死に学んだし、必死に強くなろうとして、4年も時間を注ぎ込んでカタチにした。


「ヨルハも、クラシアも遠ざけた。だったら、やる事は一つだよなァ?」

「はっ、やっぱりそういう事かよ」

「当たり前だろ? オレさまが天才であるその所以、特別にあいつに教えてやらねえと」


 口角を吊り上げて喜色に笑うオーネストは、得物を手にしたまま、内包する魔力を垂れ流す(、、、、)

 そして俺もそれに倣うように、力の源である筈の魔力を外へと垂れ流してゆく。


 一応これでも、奥の手のようなものがあるのだ。ヨルハと、クラシアに滅多なことが無い限り使うなと怒られてる奥の手が。


「…………頭でも、可笑しくなりましたかねぇ?」


 その異様でしかない光景に、グロリアの表情が凍りつき、足が止まる。


 ————勝負を投げたのか。

 一瞬、そう思ったかもしれないが、俺とオーネストの表情は勝負を諦めた人間にしては闘志に満ち満ちている。


 だからこそ、理解が出来ないのだろう。

 魔力をあえて捨て、ただでさえ不利な状況を更に己らの意志で不利に追い込む理由が。


「〝固有魔法(オリジナル)〟の存在は、あんたも知ってるだろ」


 これは、それを行使する為に必要不可欠な行為なのだと暗に言う。


 〝固有魔法(オリジナル)〟とは、世間に広く知られていない魔法、その全てを指す言葉。

 一部では、存在こそ知られているがあまりの使い手の無さに〝反転魔法(リフレクト)〟も〝固有魔法(オリジナル)〟扱いを受けているのだとか何とか。


「特別に見せてやるよ、俺らのとっておきを」

「オレさまの『天才』さってやつを、思い知らせてやるよ」


 そうでもしないと、勝てそうにないから。

 そんな弱音をひた隠しに、言葉を口にする俺に続くように、オーネストまでもが傲慢に吐き捨てる。堪らず、笑みが漏れた。


 本来、魔力は「減る」ものであり、使える属性も「不変」のものである。

 それは、揺らがない事実だった(、、、)


 ……ただ、偶然にも魔法学院にいた頃にその抜け道を一つだけ見つけたのだ。


 〝固有魔法(オリジナル)〟と呼ぶにはあまりに不安定であり、厳密には魔法ともいえず、尚且つ諸刃の剣過ぎる方法であるが、それでも、世間で知られる「限界(常識)」という壁を乗り越えて、ぶち壊す方法がひとつだけ。



 言葉に変えて言い表す事は簡単だ。

 本来ある器を空にして、新たな()を取り込むだけ。出す蛇口しか存在しない器に、取り込む機能を持った蛇口を備え付ける。


 これだけで、完成だ。


 ……しかし、それを行うタイミングを間違えば、ただ魔力を垂れ流したという結果だけが残る上、仮に上手くいっても、元々持ち得ない力を強引に取り込んでいる為、制御は出来たものじゃない。


 要するに、破茶滅茶な力という事である。

 とはいえ、その規格外さはガルダナ王都ダンジョン68層で証明済み。故に勝つ為に掴み取る事が必要であるならば、然程の躊躇いもない。


 湯水の如く、魔力を垂れ流す。垂れ流す。垂れ流す。垂れ流す。垂れ流す————。


 そして、最後の一滴。

 それを吐き出す直前に、己の中に存在する器を、ひっくり返す。


 その瞬間、俺とオーネストの声が重なり合った。



「〝リミットブレイク〟」



 ガコン、と何かが外れる音が頭の中で幻聴される。それはまるで、噛み合っていた筈の歯車がひとつだけ外れるような、そんな音。

 続け様、魔力を垂れ流すだけだった筈の俺達の身体が、何故か周囲に散らばる魔力の粒子を取り込み始め、全身に可視化出来るほどの濃密な魔力が纏わりついてゆく。

 そして、その馬鹿げた光景を前に————。


「—————」


 グロリアは一瞬、言葉を失っていた。


「……これ、は、流石の僕も驚かざるを得ません、ねぇ。まさか、その理屈を意図的に(、、、、)カタチに変えられる馬鹿がいたとは」


 魔力はいわば、血液と同じだ。

 己と同じ血液(魔力)でなければ、身体の中に取り込んだとしても、それはただの毒でしかない。自分の意思とは無関係に身体が拒絶する。

 魔力は血液とは違い、その種類は数万あるとも言われている。故に、どこかから取り込んで魔力を補給するという行為は現実的に無理な話。


 それにそもそも、魔力を全て失えば、余程その状態に慣れてしまっているような頭のおかしい奴でない限り、誰であろうと気を失う。


 だから、あえてやろうとする馬鹿は世界全土を見渡せど、きっとひと握り。それ程までに馬鹿げた手段なのだ。


 故に、戦闘にその理屈を用いる事は不可能。それが、とある研究者が出した答えであった。


 しかし、その答えを嘲笑う現実が目の前に転がっている。だから、呆れとも驚愕とも言えない表情をグロリアは浮かべていたのだろう。


 だが、この状態にあって尚、そう立ち往生するその隙は、あまりに致命的過ぎた。


「〝五大元素解放(カラフル)〟」


 手のひらを向け、俺は言葉を紡ぐ。


 周囲に散らばる魔力の種類は様々だ。

 それこそ、言ってしまえば全属性。それを取り込んだ状態こそが——今。


 故にこの状態に限り、魔法師としての常識の枷から外れる事が出来てしまう。


 直後、


 氷が広がった。

 炎が噴き上がった。

 風が吹き荒れた。

 雷鳴が轟いた。

 大地が、変形した。


 一瞬にして、魔法陣が視界を埋め尽くした——。


 だが、当たらない。精々が掠めるだけ。

 意識の間隙を突かれて尚、グロリアは即座に立て直し、閉口して術者である俺に向かって肉薄。


 そして、手にする血色の剣を振るい、


「あ゛?」


 なれど予想していた筈の未来がやって来なかったからか、素っ頓狂な声を漏らしていた。


 そこに一方的に力負けする俺の姿はなく、魔力の補助を受けて強引に膂力の差を埋めた事により拮抗状態が生まれていた。しかし、グロリアが驚愕したのも一瞬かぎり。


 響き渡る金属音。

 飛び散る火花。無差別に降り注ぐ魔法。


 それら全てに意識を誰一人として向ける事なく、次の動作へと移行。

 僅かに痺れを覚える腕の違和感を無視して、二撃、三撃と斬り結び、四撃目——に差し掛かろうとしたところで均衡は崩れる。


「がら空き」

「ぁ、ガッ!?」


 魔力を纏った俺の脚撃が、グロリアの腹部に突き刺さる。

 そして、グロリアの身体は塵芥のように吹き飛んだ。


 だが、指向性を持って叩き込んだ一撃によって吹き飛んだ筈のグロリアの身体は、視界から掻き消える。勢いに抗い、すり抜けたのだと理解した直後、背中に突き刺す程の殺気が襲い来る。


「————」


 乱暴に吐き散らされる言葉も、最早無かった。

 少なくとも、先程までとは比べ物にならないほど、彼の表情から余裕は失われていた。


「オレさまをのけ者にしてンじゃねえよッ!?」

「————ッ!?」


 肩越しに振り返りながら、回避を試みようとした折に、横槍が一つ。

 それは、威勢よく繰り出される黒槍であった。


 その速度は、先の投擲よりも速く、比較する事が烏滸がましいと思える程の雲泥の差。

 故に満足に避けきれず、グロリアの身体に新たな槍線が刻まれ、傷口が開く。

 そして、雨霰と降り注ぐ槍撃を前に、受けた刃で勢いを受け流しきれなかったのか。

 反撃をする間もなく今度こそ完璧に吹き飛ばされて壁に衝突し、瓦礫の山が一瞬にして築かれた。


 更にそこに、駄目押しとばかりに魔法を怒涛の勢いで降り注がせる。

 苦悶の声と、怨嗟の声が続いた。


 ……ただ————。


「……身体能力は馬鹿みてえに上がってやがる。魔法もえげつねえ。だが、その力、随分と無理して使ってるみてえだなあ゛?」


 ————恐らくは、防御がギリギリ間に合ったのだろう。

 事もなげに立ち上がったグロリアは、身体を苛む痛みに背を向けて、頰が裂けたと錯覚するほど不気味で禍々しい笑みを浮かべていた。


 やがて口から血の塊を吐き出し、口周りに付着した血を服の袖で拭いながらグロリアが言葉を紡ぐ。


 きっとそう口にした訳というものは、グロリアからの反撃を一切受けていなかったにもかかわらず、ツゥ、と垂れる鼻血を俺が手で拭っていたからだろう。


「……さてな」


 ノーリスクなら、初めから使うに決まってる。

 使わない理由があるから、使わなかっただけの話だ。


 本来、注ぐべきでないものを無理矢理に身体という容器に注いでいる状態である。

 身体の自壊が始まるのは、至極当然とも言えた。


 しかも、〝リミットブレイク〟に耐え切れず、負った自壊による身体の傷は回復魔法では治らない。だからこそ、クラシアが出来れば使う事はやめてくれと昔言っていたが、使わないと勝てそうにないんだし、仕方がないと正当化。


 長時間の使用はキツイが————しかし、それだけ。だから、ここで畳み掛ける。


 そう決めて、魔法を展開。

 圧倒的な物量にものを言わせて、勝負を決めようとしたその時、




「随分と楽しそうな事をしてるじゃないか」




 突如掛けられた声に、急速な喉の渇きを覚えた。

 次いで、手が止まり、場が凍りつく。


 聞いた事もない声が、足音と共に聞こえてくる。

 でも、グロリアは声の主を知っているのか。


 あからさまに表情を歪め、赫怒の形相でメレア・ディアル……!! と、呟いた。


 この場においての最大の不幸は、〝剣聖〟が、どこまでも強くなりたいという願望を持つ馬鹿であった事。


 そんな彼が、体躯から立ち上る隠しようがない闘志の気配につられてやってくる可能性が無いわけがないのだ。

 

 そして————声の主と目が合う。


 直後、背中を冷たい風が通り抜けたような、そんな錯覚に見舞われた。


 藍色の髪の男だった。

 髪は長く、穏やかな相貌をしている。

 ただ、その穏やかさというものはこの場においてあまりに不似合いで、得体が知れなかった。


 手にする剣は既に抜かれており、顔に似合わない限界まで圧搾された敵意が、身体の至るところから滲み出ている。

 それが、四方八方に無差別に撒き散らされている状況。とてもじゃないが、友好的な人間には見えなかった。故に、


 ————敵だ。


 そう認識するのに然程の時間は要さなかった。


「折角だ」


 あいつから目を離すわけにはいかない。

 本能レベルでそう理解させてくる一人の乱入者は、続けて言葉を紡いでゆく。


 喉をくつくつと震わせ、心底楽しそうに声を発する様はまるで童のようでもあって。


「私も混ぜろよ。オリビアよりも、今はこっちの方が楽しそうだ」

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