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五十二話 レヴィエルとルオルグと

* * * *


 ところ変わってフィーゼルに位置する寂れた酒場。

 その一角に設られた席には、人影が三つ程あった。そして、今しがた言葉を交わしているのはギルド、フィーゼル支部のギルドマスターであるレヴィエルと、副ギルドマスターである妙齢の女性、アイファ。


「それで、さっきから一体何を見てるんですか、ギルドマスター」

「資料だよ、資料。ロキのクソが好奇心働かせて覗き見しやがるから、こんなところじゃねェと真面に見れなくてな。とまぁ、ちょいと伝手を頼って前々から色々取り寄せては見てたんだが……やっぱりなぁんか引っかかんだよなあ」

「何がですか?」

「アレク・ユグレットだよ。アレク・ユグレット」

「……はあ。何か問題でも?」

「いんや。問題はねえよ。問題はねェな(、、、、、、)


 不自然に繰り返される言葉。


 この場合は、問題がない事が問題と言うべきなのか。

 ぱさ、と音を立てて手にしていた資料を手放すレヴィエルの含蓄のあるその物言いは、まるで問題があって欲しかったという願望すら見え隠れしていた。


「ただ、なぁんか普通過ぎるんだよな。補助魔法は全て使えるヨルハの嬢ちゃんに、回復魔法を網羅してるクラシアの嬢ちゃん。で、フィーゼルにやって来た初っ端に通行証を求めてオレに喧嘩売ってきた挙句、半殺しになるまで納得しやがらなかったオーネストのクソガキ。その上に据えられた『首席(天才)』にしちゃあ、些か普通過ぎるんだよなあ」


 実際に手合わせをしたとはいえ、戦ったからこそ分かる感覚というやつもあるのだろう。

 

「知ってるとは思うがよ、オレは自分の目と耳で見聞きした事しか信じねェ主義だ」


 それは、どれだけ実力があると風の噂で聞いたとしても、頑として通行証を渡す事はなく、実力をもって拒んできたレヴィエルの信条のようなものであった。


 だからアレクに特別措置を取った理由も、パーティーメンバーの三人の実力を、レヴィエルが知るところであったからという部分が大きい。


 そして、この一ヶ月ほど、彼の目と耳で実際に見聞きした結果が、


「その上で言おうか。正直、よく分からん」

「よく分からないって……」


 分かりもしないんだったら、話を振るな。

 そう言わんばかりに呆れてみせるアイファであったが、レヴィエルの言葉はまだ続く。


「ぶっちゃけ、ガルダナの王都ダンジョン68層の踏破記録もオレはあんまし信じらんねェ。何より、その時のクラシアの嬢ちゃんは回復魔法に徹してたって話だ。お前さん(、、、、)とこの〝ネームレス〟が踏破したってんならまだ分かる。だが、補助魔法師に、回復魔法師、前衛に、後衛のアタッカーが一人ずつ。そんな教科書通りのパーティーでフィーゼルでないとはいえ、深層が攻略出来るもんかね? しかも、学生の身でよ」


 そして、先程から口を真一文字に引き結んでいた少年と思しき風貌の彼——ルオルグに言葉が向けられた。


「ただ、オレはヨルハの嬢ちゃんらの性格はよぉく知ってる。だから恐らく、68層の踏破記録は真実だ。あんまし信じらんねェがな」

「……それで、レヴィエル。キミはぼくに一体何を言いたくて此処に呼び出したのかな」


 目を窄めるルオルグの様子は、どこか面倒臭そうだった。

 それもその筈。

 呼び出してからかれこれ数十分も本題に入らず、全く関係のないような話を続けられていたのだから。よく我慢しているというべきだろう。


「とどのつまりだ。今回の一件、アレク・ユグレットを巻き込むのはやめとけ。不安要素過ぎる」

「…………!」


 その一言に、ルオルグの片眉が跳ねる。

 攻略に誘ったという話はまだ、レヴィエルの耳に届いていないと思っていたからだ。


「その代わりにオレが出てやる。それで満足しとけ。……オリビアのあの傷と様子からして、相手はどうせ〝剣聖〟のやつだ。あいつの思考回路の変態さはオレがよぉく知ってる。だから、巻き込むのはやめとけ。お前さん、ヨルハの嬢ちゃんらに恨まれたくはねェだろ?」


 ルオルグが一部の人間をあだ名を付けて呼ぶ理由は、単に親愛のあらわれ。

 だからこそ、彼らをあだ名で呼んでいるという事実を持ち出し、恨まれたくねェだろと結び付ける。


 そして、〝剣聖〟メレア・ディアルをレヴィエルが変態と言い表した理由は、彼自身がその普通から外れ過ぎた思考回路を思い知らされた人間の一人であるからだった。


「あの野郎は、自分が強くなる為なら半殺しだろうが、息を吐くようにやってのけやがるぜ」


 戦う為に理由が必要ならば、その理由すらも片手間に作る人間だ。

 たとえそれが憎悪を育む行為であろうと、一切の躊躇いなく、やってのける。

 だからこそ、〝剣聖〟はオリビアに恨まれているのだから。


「……それと、プライベートな事なもんであんま言いたかねェが、ヨルハの嬢ちゃんも嬢ちゃんで、〝闇ギルド〟に対してちょっとした訳アリらしいんでな」


 一見、普通の『天才』に見えるアレク・ユグレットが空恐ろしいナニカを秘めていた場合。

 獣の如き嗅覚でそれを察知した〝剣聖〟が何をしでかすか分かったものではない上、ヨルハはヨルハで〝闇ギルド〟に対して色々と訳アリの状況。


 あえて忠告する理由はなかったが、巻き込むとなれば話は別だったのだろう。

 故に、〝終わりなき日々を(ラスティングピリオド)〟を今回の一件に巻き込むな。


 それこそが、レヴィエルがルオルグを此処へ呼び出した理由であった。


「ねえ、レヴィエル。それは、アーくん達を直接関わらせる気がないとしても、かな?」

「……ん?」

「元々、〝闇ギルド〟はぼく達だけで始末するつもりだったよ。オリビアに怪我を負わせた奴も勿論、ね」

「……おいオイ。じゃあなんであいつらを巻き込む必要があったんだよ。ダンジョンコアなんてその後に取ってくりゃあ良いだけの話だろ」


 てっきり、〝剣聖〟の相手をさせるものとばかり考えていたレヴィエルは、ルオルグのその言葉に堪らず表情を歪める。

 じゃあ何の為にアイツらを巻き込むんだよと。


「一言で言うなら……お手伝いってところかな」

「お手伝い?」

「もっと言い換えるなら、ダンジョンコアを譲るもっともな理由が欲しかったってとこだね。元々ぼくらには必要ないものだったからさ。なら、欲しがってる友達にあげたいなって」


 でも、オーネスト達の性格からして、いらないから、はい。あげる。は、通らないだろう。

 そう考えたからこそ、丁度いいと思って頼んだのだとルオルグは言う。


「いつだったかな、オーくんが言ってたんだ————オレ達のパーティー名を、世界に轟かせるんだって」


 ルオルグが代弁するそれは、まさしくオーネストが言いそうな言葉であった。


「それを聞いちゃったら、こう、無性に応援がしたくなってさ。だから、ね? そういう事なら入り用になるでしょ? ダンジョンの先にたどり着く為にも、ダンジョンコア(、、、、、、、)はさ」


 一部の人間だけが知る噂話——〝裏ダンジョン〟。


 実在するかの真偽は兎も角、そこに向かう為には特定のダンジョンコアが必要という話は一部の間では有名なものであった。


「……成る程な」


 〝ネームレス〟に、普通の冒険者パーティーが抱いているような野心や、理由は存在していない。あるのはただ、各々が抱える様々な事情だけ。


 ルオルグがこうして事情持ちの人間を無理矢理パーティーに引き込み、死なないようにとしているのもまた、彼の抱える事情故であった。


「だが……〝剣聖〟がいるなら今回は保険も兼ねてやめといた方がいい。あいつはまじで化物だ。通行証があろうとなかろうと、無理矢理押し通りやがるから渋々ギルドの上の連中がSランクに表向き、引き上げたって伝説は伊達じゃねェ。それに、」

「————ギルドマスターいるぅ!?」

「う、ぉッ!?」


 ダンジョンの先についてはまだ、あいつらに話す必要はねェ。まだ、早過ぎる。


 本来、そう続けられたであろう言葉は、ばしーん、と勢いよく開かれた扉の音と、飛び起きてしまう程の大声量によって遮られた。


「うわっ、やっぱり此処にいたよギルドマスター。あっ、それにルオルグまで」

「……何の用か知らねェが、急に大声出すな。心臓が止まるだろうが」

「わたしの知ってるギルドマスターはそんなひ弱な心臓してないし、大丈夫。大丈夫。それに、心臓が止まるとしたら、こっちの厄介ごとの報告だと思うし」

「……よし。オレは何も聞かなかった。そろそろ睡眠の時間近ェしな。お開きにすっか」


 厄介ごと。


 押し掛けるようにやって来たマーベルの言葉に、目眩を覚えつつ、続けられる言葉を聞きたくないと言わんばかりに強引に切り上げ、レヴィエルが席を立とうとする。


「さ、明日も仕事が忙しいし、帰った帰っ」

「オリビアが治癒室から抜け出して、一人で〝ラビリンス〟に向かっちゃったんだよ……!!」

「————はぁぁぁぁぁああああ!?」


 というか、聞きたくねェって言ってんのに無理矢理聞かせてんじゃねェ!!

 と、マーベルの強引さに理不尽さを覚えつつ、レヴィエルはその厄介ごととやらの内容に反応して叫び散らしていた。


 そして直後、タイムリーすぎる話題だったせいか。レヴィエルの脳裏に最高に嫌な予感が過ぎる。


「なぁ、もしかしてよ————」

「〝終わりなき日々を(ラスティングピリオド)〟のみんなが連れ戻しに向かってはくれてるんだけど、流石にこればっかりはマズイからみんなで慌ててギルドマスター達を今、探してたところで」

「ああ! そうなっちまうよなあ!? 今一番聞きたくなかった言葉をピンポイントにありがとうよ!! クソッタレ!!!」


 湧き上がる感情をぶつけるように、テーブルにガンと拳を一度叩きつけ、泣き言を漏らすように吐き散らす。


「つぅか、オリビアは動けねェくらいの重傷負ったままだろうが……!! あいつは馬鹿なのか!? ああ! 馬鹿だった! 救えねェくらいの大馬鹿だった!!」


 レヴィエルは、今日は大丈夫だと踏んでルオルグとのこの場を用意していたのだ。

 にもかかわらず、満身創痍に限りなく近い状態のままオリビアは出て行った。


 彼女の〝剣聖〟への執着度合いを甘く見ていたわけではなかったが、流石のレヴィエルもそこらへんの常識がオリビアにも備わっていると思っていたのだ。

 結果、この通り散々であるが。


「くそが……!! 取り敢えず、急いで〝ラビリンス〟に向かう!! 今あそこはオレの予想が正しければ、化物共の巣窟なんだよ!!」


 いかにSランクに足を突っ込んだとはいえ、相手はあの〝剣聖〟。加えて、〝闇ギルド〟の人間も、〝ラビリンス〟の深層に合わせてそれなりに強いヤツを送り込んでいる筈。


「ダンジョンから出てきたところを袋叩きにするっつぅオレの予定をぶち壊しやがって……!」


 〝闇ギルド〟の連中が潜んでいる。

 その噂を聞きつけてからというもの、念入りにその用意をしていたレヴィエルの苦労が一瞬にして水の泡と化した瞬間であった。


 故に、許すまじ、と。


 揺るぎない感情を瞳の奥に湛えながら、この場にはいないオリビアへ、文句を垂れ流す。


「……取り敢えず、マーベル。〝緋色の花(リクロマ)〟はもしもの時を考えて、アイファと一緒にギルドで待機しておいてくれ。どうせ、ヨルハの嬢ちゃんらが向かったって事は〝核石(コア)〟も一つしかねェだろうしな」


 向かえるパーティーは一つのみ。

 故に、〝緋色の花(リクロマ)〟は待機してろと告げられ、あからさまにマーベルの表情が歪んだ。

 何より彼女は、オリビアを助けに向かう気満々であったから。


「いやいやいや。〝核石(コア)〟が無いって言っても、どうせ四人も集まらないでしょっ!?」


 恐らくは、レヴィエルとルオルグの二人で向かうのだろう。だったら、〝核石(コア)〟が一つしかなかろうと関係ない。

 自分も連れて行けと言うマーベルであったが、その言葉にレヴィエルが首を縦に振る事はなかった。


「……〝ネームレス〟の残りの二人を巻き込むんだよ。だから、四人だ。〝ラビリンス〟みてェなダンジョンの場合は、協調性皆無のアイツらの方がうまくやれるだろうからよ」


 パーティー単位での行動を好む〝緋色の花(リクロマ)〟のメンバーの力が十全に発揮されるのは、言わずもがな、パーティーで行動した時だろう。


 故に、転移陣が彼方此方に散らばっている〝ラビリンス〟であれば尚更、〝ネームレス〟の二人の方が何かと都合が良いのだとレヴィエルは言う。


「……居場所は知ってるの?」

「当たり前だろ。問題児のあいつらの居場所は、いつでも雑用に駆り出せるようにちゃぁんと把握して————るじゃなくて、大切なギルドの人間だからな。把握するのは上の務めに決まってんじゃねェか」

「…………」

「……そんな目で見詰めてくんな」


 う、うわー。

 と言わんばかりの白い目を向けられ、堪えきれなくなったレヴィエルが視線を逸らす。


「と、取り敢えず、あいつらが〝剣聖(あの変態)〟と出くわす前に連れ戻すぞ。時間はねェ、さっさと残りの二人を引きずってでも巻き込んで〝ラビリンス〟に向かう」


 ————文句はないよな。


 眼差しでそう告げるレヴィエルに、立ち上がる事で肯定の意を見せるルオルグは、マーベルに謝罪の言葉を一つ向け、足早に外へと向かうレヴィエルに追従する。


「……ちゃんと、オリビアを連れ戻してきてよ」

「任せとけ。ちゃんと連れ戻してこの迷惑分は雑用係としてきっちり返して貰わねェといけねーからな」


 わたしの大親友の事だから、わたしが助けに行きたかったのに。


 そんな言葉を飲み込みながら、酒場を出て行くレヴィエル達から視線を外し、残されたアイファの下にマーベルは歩み寄る。


 そして、机の上に乱雑に置かれたままであった資料がマーベルの視界に映り込んだ。


「あれ、これって……」


 その中に見知った名前が書き記されている事に気づき、声を上げる。


「もしかしなくても、ギルドマスターってばあの子達の事調べてた感じ?」


 あの子達が指す人物は、ヨルハやオーネスト。

 〝終わりなき日々を(ラスティングピリオド)〟についてである。


「みたいですね」


 ロキは兎も角、〝緋色の花(リクロマ)〟と〝終わりなき日々を(ラスティングピリオド)〟の面子はそれなりに仲が良い。

 その相手を調べられて良い気はしないだろう。

 そう思ってなのか、受け答えするアイファの声音はどこか控えめであったのだが、その意を汲んでか。


「いや、その気持ちは分かるよん」


 普段と何一つ変わらない気の抜けた返事を返しながら、レヴィエルの考えにマーベルは同調する。


「クリスタから聞いたけど、あの子達、〝多頭竜(ヒュドラ)〟を相手にしてたんだよね。それも、アレクくんは〝五色(ごしき)〟の魔法使い、なんてあだ名も付けられてたとかなんとか。……でも、不思議だよね。これでも一応、それなりに魔法を齧った身だからよく分かるけど、きっとアレクくんの攻撃魔法適性は、『雷』と『火』だけ(、、)だと思うんだよねえ。仮にこれが、わたしの読み違えだったとしても、精々三属性だと思う」


 尋常で無い魔力量は、正しく『規格外』。

 一度に展開出来る魔法陣の数は『桁外れ』だ。

 凄まじいまでの才能の塊だろう。

 そこに疑問を抱く余地はない。


 だが、〝五色(ごしき)〟と呼ばれていたにもかかわらず、適性が二属性だけ、というのはどういう事なのか。

 加えてその時、クラシアは回復に専念しており、オーネストは攻撃魔法の適性は殆どなく、ヨルハもまた同様だ。


 だから、他の人間が足りないものを補うという事は現実的に不可能であり、奇怪な記録だけがこうして残ってしまっている。

 レヴィエルがこうして気になってしまうのも、分からなくもない。

 が、マーベルの本音であった。


「何らかの事情があって力を失ったのか。はたまた、隠してるだけなのか。特定条件下でないと使えないのか。……中々に不思議な子だよねえ」


 とはいえ。

 それら全て差し引いても、魔法師として一級品という認識に変わりはない。


 そもそも、魔法師同士の詮索は御法度だ。

 こうしてレヴィエルは調べているが、それはギルドマスターとして必要と考えたからなのだろう。だから、自分には関係がない。


 そう考えて、机に置かれた資料からマーベルは視線を外す。そして、早くももう見えなくなったレヴィエル達の背中を探すように、外へ続く半開きになったドアへと、瞳を向けた。

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