五話 レヴィエル・スタンツという男
「話は聞いてるぜ? ガルダナ王国の魔法学院を首席卒業し、宮廷魔法師になった平民上がりの魔法使いなんだってな? んでもって、ヨルハの嬢ちゃんらの元パーティーメンバー」
並べ立てられた言葉に間違いはない。
だから、その言葉に対して肯定をしようとして
「あの、ギルドマスター」
しかし、それをするより先にヨルハが割り込んできた。
「あー、分かってる分かってる。クラシアの嬢ちゃんから既に事情は聞き及んでる。アレだろ? ダンジョンの深層に下りる許可が欲しいんだろ?」
そう言って、男は右の人差し指と中指で挟んだカードのようなものをくるくるとこれ見よがしに弄りまわす。
「それは?」
「通行証みたいなもんだ。フィーゼルのダンジョンは30層を超えた瞬間から難易度が跳ね上がっちまうんで、制限を課してるのさ。ま、冒険者を無為に死なせねえ為の措置と思って貰えりゃいい」
こうやって何らかの策を講じていれば特別感ってもんが出るだろ? するとビックリ。冒険者共も割りかし警戒心を高めてくれんのさ。
だから、冒険者の為にあえて制限を課しているのだと男は言う。
「……ただ、本来、この通行証を発行するにゃ、フィーゼルでの冒険者歴が最低でも2年以上ある事が条件なんだが、あろう事か、そんな心配はいらないからつべこべ言わずに発行しろってクラシアの嬢ちゃんが聞かなくてな……」
疲労感を滲ませ男は遠い目をしながら語ってくれる。
……どうせそんな事だろうと思ってたよ。
クラシアの性格を知っているからこそ、真っ先にそんな感想が出てきてしまう。
横目に確認するヨルハの表情も、俺と何ら変わりない呆れ一色に染まっていた。
「だが、困った事に、今回ばかりはクラシアの嬢ちゃんの言葉は正論でな。確かに、本当に実力に問題がないのなら、今ここで通行証を渡しても何ら不都合はねェんだ。なにせ、この制限は冒険者を死なせない為のものだからな」
あくまで、冒険者の為にある制限。
だから、例外的措置を認めても構わない。
彼の言葉はまるで、そう言っているようにも捉える事が出来た。
「オーネストのボケは兎も角、クラシアの嬢ちゃんやヨルハの嬢ちゃんとパーティーを組むってんならその時点で例外的措置を認めても良かった————が、嬢ちゃんらの潜る階層を考えるとちょーーっと無理があってなぁ?」
お前らどうせ、肩慣らしにって事で半年ぐらい浅層で活動する。とかしねえんだろ?
真っ先に深層の攻略再開すんだろ?
と、ひっきりなしに訴え掛けてくる男の視線に向き合う事なく、ヨルハは目を逸らし、消え入りそうな声で反論をしていた。
「…………その為に呼んできたんだから、当然です」
「4年もぬるま湯に浸かってたヤツに、フィーゼルのダンジョンの52層は無条件で許可はできねェ。もし死んだとあっちゃ、まるでオレが殺したみてえになるじゃねェか」
寝覚めがわりぃんだよクソッタレ。とぶっきらぼうに言い放つ男の言い分はもっともであった。
恐らく、俺が逆の立場でもそう言ったと思う。
だから、反論しようとは思えなかった。
「————ただ、」
しかし、男の言葉にはまだ続きが用意されていたようで。
「さっきも言った通り、この制限は冒険者を死なせない為の措置でしかねェ。つまり、だ。オレにヨルハの嬢ちゃん達の言う実力を認めさせてくれりゃ、オレが通行証をお前さんに渡さねえ理由はねェってこった」
「じゃあ、俺にどうしろと?」
「ここでじゃあ、実力を見る為にダンジョンに潜ってこい。って言いてェのは山々だが、1人で潜らせるとなると本末転倒になる」
何の為に通行証を与える事を渋ってんのか分からなくなると男は言う。
「……ギルドマスター。そんな勿体ぶってないで、早く結論を言って下さい」
「まぁ、つまりだ。オレが直々にその実力とやらを見てやるって事だよ」
「……成る程」
通行証を渡す渡さないの権限が彼にあるのであれば、それが道理であると思った。
しかし、その事に何か不都合でもあるのか。
隣にいたヨルハは、険しい表情で下唇を軽く噛み締めていた。
「……そんな事だろうと思ったよ、クラシア」
「ま、これはクラシアの嬢ちゃんからの提案なんだけどなぁ? オレがお前さんの実力を認めさえすれば通行証はくれてやる。それだけの話さ。簡単だろ?」
この場には居ないクラシアに毒突いているであろうヨルハとは裏腹に、大男は楽しげに破顔していた。
別に倒せとは言われていない。
突き付けられた条件は、認めさせる事。
だから、そう難しい事とは思えなかった。
なのに、どうしてヨルハはそんなにも険しい表情を浮かべているのかと疑問に思ったのもつかの間。
「気にすんな気にすんな。嬢ちゃんらには例外的措置は認めず、2年間オレが頑として通行証を渡してやらなかったんだよ。嬢ちゃんのその態度は、きっとそれが理由だ」
そういえば、4年前も丁度こんな感じのやり取りだった気がするしなあ。思い出してんじゃねえか? と、男は意地悪い笑みを浮かべる。
ヨルハの口角が恨みがましそうにピクピクと微かに痙攣しているあたり、それは本当の事なのだろう。
「……オーネストが馬鹿やらかしたんだ。フィーゼルに来てまだ一ヶ月くらいの時、だったかな。通行証を寄越せって直談判しに行って、ギルドマスターのオレに勝てたらなって条件を呑んだ挙句、結果は惨敗。お陰でボク達全員、2年間も深層の攻略をさせて貰えなかったんだ」
その行動は、自信家のオーネストらしいなと思った。
でも、彼は間違っても口だけのヤツではない。
実力もちゃんとあった。
それは俺が一番知ってる。
「惨敗とはひでえ言いようだ。確かにあの時はオレが勝ったが、あと10年もありゃ立場は逆転だろうよ。オレのコンディションが最悪だったら負けすらもあり得たかもしんねェのによ」
そう言って、男は彼なりにオーネストを持ち上げる。だが、それはつまり、あと十年は彼がオーネストに勝てる人間である、という自信のあらわれ。
「で、どうするよ。アレク・ユグレット。やるか。やらねえか。オレとしちゃあどっちでもいいぜ? ただ、通行証はこの条件以外で特例を認める気はオレにゃねェけどな」
であるならば、是非もない。
元より、俺の力が必要だと言ってヨルハが迎えに来てくれた。なのに、ここまで来て力になれませんでは話にならない。
俺は彼女らの期待を裏切りたくは無かった。
だから、
「……期待に添えるかは分かりませんが、それでも、全力を尽くさせていただきます」
「よし決まりだ。じゃあこっちついて来い。とっておきの場所に案内してやる」
そう言ってヨルハに代わって先行し、ギルドに足を踏み入れようとする彼であったが、何を思ってかピタリと足を止めて、振り返る。
「そういや、まだ名乗ってなかったよな。オレは、レヴィエル。レヴィエル・スタンツだ。一応、フィーゼルでギルドマスターをやらせて貰ってる」
レヴィエル。
名乗られたその名前に、どうしてか覚えがあった。それは一体、どこで聞いた名前であっただろうか。
「んでもって、10年近く前まではとあるSランクパーティーで冒険者をやってた」
レヴィエル・スタンツ。
……ああ、そうだ。
レヴィエルとは、Sランクパーティー所属の冒険者の名であった。
全盛は既に過ぎているだろうが、それでも凄腕の魔法師であったという事実に変わりはない。
「宜しく頼むぜ? アレク・ユグレット」