四十八話 合流と、いがみ合いと
倒す必要は何処にもない。
ただ、その場凌ぎに時間を上手く潰すだけで良い。それでもって、出来る限り俺に注目を集められれば、もう言うことはない。
己自身に向かってそう言い聞かせながら、未だ手にする〝天地斬り裂く〟の切っ先を地面に突き刺し、杖代わりに扱って岩に衝突した身体を起こす。
「————ギギッ」
「残念」
直後、鼓膜を揺らすは、不快さを催す鳴き声。
多方から聞こえ、迫り来る蛙が潰れたような濁音混じりの声音に向けて、迎撃せんと一振り。
次いで、返す剣でもう一振り、二振りと続け、噴き出した赤黒に染まった飛沫と共に、強烈な異臭がその場に頽れる。
そして、大地を力強く踏み締め、一足で生まれた間合いを詰めようとして————
「チっ……まだ、いるのかよ」
直前で、その行動を取り止めた。
視線の先には満身創痍に見える怪鳥が一体。
加えて、万全の状態のこれまた同じ怪鳥が————更に三体。
……さっきまで、どこにもいなかっただろ。
何処から出てきたんだよ、と心の中で愚痴るも、そんな俺の心境を考慮してくれる魔物でない事は百も承知。
現に、
「——————!!!」
言葉にならない奇声と共に、万全の状態の怪鳥が限界まで引き絞られた弓から放たれた矢のごとく、急加速を行って俺の正面へと躍り出る。
そして————衝突。
「ッ、!!」
鉄を思わせる強度の鉤爪とまたしても合わさるも、しかし、先程の個体とは異なってスピードは卓越しているものの、パワーはさっきよりもずっと低かった。
その場に止まっていられる程度の衝撃を足に受け、地面へと伝え、受け流しながら俺は身体を捻り、裏拳のような要領で一振り————!!
「……悪い、けどっ、そこは逃げ道じゃない」
……けれど、その一撃も虚しく虚空を斬り裂いた。ただ、その行動を嘲るように、翼を羽ばたかせ、俺の攻撃を後ろに飛び退く事で避けてみせた怪鳥に向けて一言そう吐き捨てる。
キィン。
続け様に場に殊更に大きく響き渡るは、俺にとって何よりも親しみ深い金切音。
金色に染まる特大魔法陣は、魔物達の頭上へと一瞬にして展開された。
「————そこは、袋小路だ」
事態を漸く認識した怪鳥。
そしてその場にいた他の魔物達が慌てふためき、各々が行動を起こそうと試みていた様子を前に、言い放つ。
転瞬、俺の言葉に従うようにズガガッ! と、何かを穿つ衝撃音が突如として生まれた。
その音の正体は、無数の光り輝く魔法矢によるもの。ほぼ全ての魔物達の足や身体を大地に縫い付けるように一瞬にしてそれは出現していた。
————〝降り注ぐ光矢〟————。
視界に割り込んできたクラシアの魔法に感謝をしながら、何とか逃げ出そうともがく怪鳥に向けて
「〝雷鳴轟く〟————」
最高速度でもって、魔法を行使する。
「————〝五重展開〟————ッ!!!」
頭上より奔る雷光に目を細めながら、ソレを容赦なく降り注がせた。
耳障りな断末魔。響く絶叫。
そして、先の一撃が直撃したであろう連中から視線を外し、次は〝降り注ぐ光矢〟から逃れた一部の魔物に注意を向ける。
次いで、立て続けに魔法を行使しようと試みたその瞬間、視線の先から勢い良く血煙が噴き上がった。続く轟音。
地面を叩き割ったかのような音が否応無しに鼓膜を揺らし、事態の変化を伝えてくる。
「クラシア・アンネローゼぇええ!!!」
怒声に似た大声が一つ。
そして、オリビアがクラシアの名をここで呼ぶ理由なぞ、考えるまでもなくて。
「……アレクッ!!」
「分かってる」
極限まで切り詰めた最低限の言葉のやり取りだけ交わし、そして俺は行使しようと試みていた魔法を中断した。
クラシアのその叫びはもう魔法はいらない。
魔法を撃ち放たなくても良いという意思表示。
そして、既に〝転移魔法〟が発動出来るようになったのか。
早速と言わんばかりに、ぽつぽつと〝転移魔法〟発動の兆候である光の粒子が、身体の付近に浮かび上がり始めていた。
「この数の魔物を、馬鹿正直に相手してあげるわけないでしょうが……!!」
かなりの数の魔物を片づけつつあったが、それでも未だ視界に映り込む魔物の数は圧倒的。
そんな中、何かを悟ったのか。
一斉に押し寄せ、相手をしろとばかりに肉薄を始める魔物達を前にクラシアがそう言葉を吐き散らす。
そして、先の〝雷鳴轟く〟から逃れていた怪鳥の一体が、びりびりとした波動を伴って奇声を叫び散らしながら数十メートル以上あった間合いを刹那の時間でゼロへ。
長く尖った嘴の、寸の隙間から姿を覗かせる炎のようなナニカ。
加えて、〝古代遺物〟と当たり前のように打ち合っていたあの鉤爪。
食らえばひとたまりもない凶器のオンパレード。けれども、
「————遅いのよ、攻撃が」
食らわせたいのなら、もう少し速く動け。
挑発染みたクラシアのその言葉を最後に、俺達の身体を包み込んでいた光は身体全体を覆う。
そしてやって来る独特の酩酊感。その予兆。
ぐらりと揺れる視界の先に映る怪鳥の攻撃が、直撃する前に、〝転移魔法〟によって俺達の身体は、〝ラビリンス〟に足を踏み入れた直後の場所にまで引き戻された。
やがて、歪んでいた視界が落ち着き、すぐ側にオリビアとクラシアの姿が見えた————と思うや否や、有無を言う間すらなく、何故か再び発動する〝転移魔法〟。
「……どうやら、ヨルハ達の方は運が良かったみたいね」
連続して発動する〝転移魔法〟の理由にいち早くたどり着いたクラシアがそう口にする。
続くように、俺も入る前に決めておいた決め事の事を思い出し、未だ事態を把握出来ていないオリビアの姿をよそに、理解した。
どうやら向こうは俺達が特別運が悪かった反面、すぐに〝安全地帯〟にたどり着いたのだろう。
再びぐらりと揺れる視界を前に瞑目しながら時を待ち、数秒後。立て続けに行われた〝転移魔法〟は漸く収まってくれた。
「————ここはどこだ」
「中ボス部屋……と、言いたいところなんだけど」
首を動かし、辺りを見回すオリビアからの質問に答える俺であったけど、つい、言葉に詰まる。
俺達が〝安全地達〟と呼ぶ中ボス部屋は通常、ダンジョン内に存在する小さな部屋、程度のものである。
しかし、何故か俺達が転移した先は中ボス部屋ではなく、先程と何ら変わらないダンジョン内、としか思えないのだ。
景色も、〝モンスターハウス〟に転移する前と殆ど大差はなく、何よりいる筈の中ボスが見当たらない。
流石に運良く部屋を見つけられていたとしても、時間的に中ボスまでもオーネストとヨルハの二人で倒し切っている。
という事は中々に無理がある。
そもそも、姿が見当たらないオーネストとヨルハの二人は一体どこにいるのだろうか。
「………もしかして、」
もしや、クラシアが刻んだ印の場所に誰かが細工をした……? もしくは、何らかのアクシデントがヨルハ達にあって————。
などと想像が膨らんでいく中。
「———————」
ゴゴゴ、と音を立てながらとんでもない轟音らしき音が、少し離れた視線の先から小さく聞こえてくる。
一瞬、聞き間違いかと思ったが、側にいるオリビアとクラシアの両名も眉間に皺を寄せて複雑そうな顔を浮かべている辺り、この音は聞き間違いではないのだろう。
次第に大きくなってゆく音。
それは濁流のような。落石のような。地震のような————それらが纏め合わさったような、不穏極まりないバラエティに富んだ音の数々であった。
そして、それに混じって聞こえて来る悲鳴のような、怒声のような絶叫。
逼迫感に満ち満ちたそれは何処か聞き覚えのある声のようにも思えて。
「————だぁかぁらぁ!!! そこ踏むなって言ってるでしょ!!? ちゃんとボクの話聞いてるっ!?」
「ンな細けえ事、オレに分かるわけねえだろ!? 罠とかごちゃごちゃしたもんは苦手だし、嫌いなンだよ!!」
「あ! そこ! そこ踏まないで!! そこ絶対罠ある!!」
————キィン。
直後、豆粒のような人影の足下から、見慣れない魔法陣が浮かび上がり、先程から響いていた不穏な音に落雷の音までもが混じり始めた。
「ああああああ!!!! だから何やってんの!? ボク言ったじゃん!! 言ったよねえ!? もぉぉおおおお!! オーネストの馬鹿ぁぁぁぁああああああ!!!」
猛ダッシュを行い、不穏な音から逃げ回るその二つの人影に俺は見覚えがあった。
「つぅか、このダンジョン舐め腐ってるにも程があンだろッ!? 外の魔法陣は踏んだら転移。中ボス部屋の中は無駄にだだっ広い上、踏んだら罠発動の魔法陣とか聞いてねえよ!!」
「聞いてなくても、それが現実なんだから仕方ないでしょ!! ぐちぐち言ってないで後ろのアレどうにかしてよ!!」
「だから、魔法じゃねえと対処出来ねえ罠になってンだって何回も言ってンだろうが!! どうにか出来るもんならとうの昔にどうにかしてる!! アレクと潔癖症と合流するまで待————」
気付けば、豆粒程度だったシルエットが、目を凝らせば漸く顔の判別が何とか出来るくらいに距離が詰まっていて。
飛び交っていた熾烈な言い争いが、突としてぴたりと止まる。
やがて、何かを見つけたのか。
忙しなく足を動かす二つの影のうち、一つ————オーネストが俺の存在に気づいたのか、笑みを浮かべながら俺に向かって手を振り出した。
「……ったく、漸く来やがったか。オイッ!! アレク!! それと潔癖症!! あれ何とかしてくれ! 槍じゃびくともしねえんだわ!!」
そこには、現在進行形で全てを呑み込まんと迫るトラップの数々が。
ヨルハの補助魔法による補助を受けた上での全力疾走で、ギリギリ逃げ回れていたのであろうオーネストのその言葉は正しく、助けてくれと言わんばかりの悲鳴であった。
……まぁ、言われなくても助けるつもりなんだが。
と、魔法を行使してトラップを消し飛ばそうと試みた折。
「ねえ、アレク。ここであえて無視するのも面白そうだと思わない? 勿論、ヨルハは助けるけど」
ここらで灸を据えておくのも大事よね、と。
隣で悪魔染みた事をポツリと呟くクラシアがいた。その声音は、決して冗談を言ってるようなものではなく、真剣そのもの。
以前、オーネストが〝緋色の花〟に所属をしているロキに対して全く同じ事をやってはいたが、本人も別の人間に全く同じ事をやり返される日が来るとは夢にも思ってなかった事だろう。
「……流石に今はやめてやれよ。それに、アレを無視したらこの場合、俺達にまで実害が出る」
「……それもそうね」
割と本気で残念がっていたのは恐らく見間違いではない。
……もう長い付き合いなんだし、そろそろお前らも少しは仲良くなれよ。
なんて感想を抱いた俺の想いが届く日は、まだまだ先の事なのだろう。
「……でも、そうは言っても、ここで素直に助けてあげるってのは癪なのよ」
————特にあのバカ相手であれば尚更に。
そうして頭を悩ませ、漸く出てきた妥協案。
それは、
「だから……そう、ね。……もう少しだけ粘った上で助けてあげようかしら」
いつぞやのロキに向けてオーネストが口にしていたような内容であった。
実際に耳にしていたので、俺はそれをちゃんと覚えている。
……変なところで性格似てるよな、お前ら。
似てる。
なんて言おうものなら二人から怒られる事は必至。
それ故に、心の中でだけに留めておくが、間違いなく二人は変なところで似ている。
とはいえ、まあそれくらいなら問題はないかと、クラシアの言葉に対して許容する中。
助けの言葉にすぐに応じず、どこか躊躇う様子を見せる俺達の姿を前に何か勘づいたのか。
「て、め!! 潔癖症、後で覚えてろよ!!!」
獣の如き嗅覚で事情を察知したオーネストが言葉を乱暴に吐き散らかした。
流石に伊達に長くない付き合いというべきか。その的確過ぎる洞察力には思わず舌を巻く。
別にオーネストとクラシアのいがみ合いは今に始まった事ではないが、そのやり取りにヨルハが巻き込まれているのは流石に不憫極まりなかったので結局、助ける事を渋るクラシアを待たず、俺が一人でヨルハ達を助ける事となった。









