四十七話 共闘を
タイトル変更を行なっています。
ご注意くださいませ。
旧題『味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、それを知らない王太子に「役立たず」と言われて追放されてしまう〜今更帰ってこいと言われてももう遅い。旧友のパーティに入って最強を目指す事にした〜』
そこからのクラシアの判断はといえば、流石の一言だった。
「……〝全てを癒せ〟」
横目で確認するまでもなく、不服そうな声音と共に口にされる言葉。
数える事が億劫になる程の魔物の数。
敵意と殺意が綯い交ぜになった圧に気を取られる事もなく紡がれたその言葉によって、俺達の足下に薄緑の魔法陣が浮かび上がった。
「……合理的過ぎるのも、考えものだな」
「煩いわねえ……無駄口叩く暇があるなら一体でも殺してきてくれないかしら?」
先程までとは一転して意見を覆し、有無を言わせず回復魔法を行使するクラシアは、ふざけんなと言わんばかりにオリビアを睨め付ける。
72層の〝モンスターハウス〟だ。
戦える人間は、一人でも多い方がいい。
だからオリビアを治癒し、連れ帰れる可能性を低くしてでも、今は出来る限り万全の状態にして共闘に持ち込むべきだ。
そう瞬時に割り切ったクラシアの判断は、間違いなく正しいものであった。
「あんたの戦闘スタイルは」
抜き身で持っていた〝古代遺物〟である〝天地斬り裂く〟の柄を握り締めながら俺はオリビアに問う。
雄叫びをあげる魔物達は既に動き出し、俺達に狙いを定めている。そして、ある程度の魔物は肉薄しつつあった。故に、言葉も最低限。
「剣だ」
「それは良かった」
答えると同時に、〝古代遺物〟らしきものを発現。
一振りの剣が彼女の手に収まった。
贅沢を言えば、ある程度一緒に戦い慣れたオーネストと同じ得物が希望だったけれど、今は贅沢を言っている場合じゃない。
それに、槍でないにせよ、剣であるならば共闘相手としては申し分なかった。
そして、クラシアの回復魔法にて治癒を行うオリビアと俺が動き出したのはほぼ同時。
地面を蹴り上げ、土塊を後ろに飛ばして肉薄を始めた。
「はは」
変な笑いが漏れる。
というより、笑うしかなかった。
笑って誤魔化さないと、やってられなかった。
堰を切ったように殺到する馬鹿みたいな物量の魔物達。しかも、一体一体が厄介極まりないレベルにまで昇華された72層の魔物である。
とはいえ、この場にオーネストがいたならば、堪んねえなあ!? とか言ってきっと本心から笑っていた事だろうけれど。
直後————。
「————〝補助魔法〟————」
先程までの怒りはなりを潜め、紡がれたその言葉は喧騒の中にあって尚、俺の鼓膜に届いていた。
それはクラシアの声。
「流石」
流石はパーティーメンバーいちの器用人。
ヨルハ程では無いにせよ、俺の付け焼き刃のものとは比べ物にならない技量の補助魔法が俺と、オリビアの身体を包み込むようにピンポイントで展開される。
そして、研ぎ澄まされゆく感覚。
跳ね上がった五感と身体強化の前では、微かな呼吸音すら耳に残った。
体躯と膂力の差は歴然。
なればこそ、俺に残された選択肢はたった一つ。
「は、ぁ————っ」
すぅ、と息を吸い込み、肺に空気を取り込んでから肉薄する魔物の懐目掛けて一際深く踏み込んだ。
「————!?」
俺の行動が予想外過ぎたのか。
目の前の魔物が驚愕に息を飲む音が聞こえてくる。……けど、知った事か。
一秒ですら惜しい。
そう言わんばかりに刹那の逡巡すらなく、手にする銀刃を真一文字を描くように滑らせる。
————まずは一体。
一瞬先の魔物の死ぬ未来を確信して振るった得物。しかしそれは————俺の予想に反して火花を散らし、重々しい凄まじい衝撃を俺の右腕に伝えてきた。
「こい、ツっ、どんな骨してんだッ」
遅れて事態を認識。
ガラ空きだった筈の腹部へ、咄嗟に目の前の魔物は腕を割り込ませた事により、防御。
まるで魔法を付与された鉄でも仕込んでいるのではと錯覚する程の硬質な骨の感触に、叫ばずにはいられない。
そして、ギロリと。
刺し貫くように、本来であれば既に屍と化していたであろう魔物から睨み据えられ、俺は鋭く舌を打ち鳴らす。
————避けられない。
深層に出現する魔物は、武器を手にしてなくとも、その圧倒的な膂力故に五体全てが凶器足り得る。
だからこそ、矢継ぎ早に繰り出されようとしていた脚撃が生半可な攻撃とは程遠く、そして完璧に避け切る暇すら既に存在していないと悟り、ならばせめて傷は最小限に————。
「————貸しイチだ」
そんな折。
俺の思考に割り込むように、唐突に何処か上機嫌に紡がれる言葉。
つい数瞬前に言葉を交わしたハスキーボイスがそう口にすると同時、ごとり、と遅れて響く落下音。俺を狙っていた筈の魔物の攻撃は不自然に止まり、やがてその巨体は力なく頽れる。
……目にもとまらぬ速さで、あの丸太のような首を飛ばしたのだ。
俺が満足に斬り裂けなかった骨ごと、薄氷でも割るかのように。意図も容易く。
「————」
驚愕に目を剥いてしまう。
そして抱く感想。
流石はSランク。流石は、深層に一人で潜ろうとするだけの事はある。
そんな称賛を心の中で向けたのち、
「————いいや、ゼロだ」
己の状態を冷静に認識しながら、言葉をこぼす。魔力は十分すぎる程あり、疲弊した箇所は存在しない。そしてクラシアからの補助すら受けているこの状況。
更に、オーネストクラスの前衛の存在。
ならば、多少の魔力の無駄遣いも問題ないか。
「下がれ————!!!」
「……む」
まさしく、最高のコンディション。
何かが自分の身体の中から抜けていく奇妙で、それでいて親しみ深い感覚に目を細めながら俺は叫んだ。
今まさに魔物の首を飛ばしたオリビアに狙いを定めた魔物へと焦点を引き結び、
————描け。
願うと同時、音が立つ。
それは本能が鳴らす警笛に足を止めた音であり、一切合切を薙ぎ倒す為の魔法。
その発動兆候を示す音でもあった。
一瞬にして足下に浮かばせた魔法陣を幾重にも重なるように重ねて、重ねて、重ねて。
視界を出来得る限り、埋め尽くして————。
「————〝雷鳴轟く〟————!!!」
次の瞬間、轟音と共に打ち上がる雷撃によって粉微塵にすべく怒涛の勢いで貫き穿き、蹂躙する。
……でも、足りない。
本能的に足を止め、一歩下がった魔物達に対してはその攻撃は掠めるだけの軽傷に留まった。
だけど、この結果は予想外と言う程ではない。
故に、
「見え透いてるんだよ————」
俺は手にする〝天地斬り裂く〟を突き出した。
未だ雨霰と僅かな間隙すら許さないと言わんばかりに足下から降り注ぐ雷撃に触れさせるように。そして、バチリ、と手にする得物の剣身の側で音が鳴る。
それは雷撃の音。
知覚するより先に剣へと雷が纏わりつき————流れるように無造作に振るう剣風は、閃電を迸らせて大気をズタズタに斬り裂きながら乱れ飛ぶ。
「剣士……いや、魔法師か」
折り重なるように増えてゆく屍を見詰めながら、オリビアがそう口にした。
剣を手にしているものの、その本質は魔法師であると見事に言い当てられる。
魔法師だろうと、剣を執る事もある。
冒険者であれば、何も別段珍しい事でもなかった。
「成る程、そうか。お前が、四人目か」
その言葉には、若干の喜悦が入り混じっているような、そんな気すらした。
でも、耳を貸して会話に興じる暇は今はなくて。
「……オリビアさん」
「オリビアでいい」
「なら、オリビア。貴女なら、これをどう見る?」
そう言って俺は眼前の景色を「これ」と言い表した。
多対一に特化した魔法師に対して、多勢に無勢という言葉は戯言に等しい。
それは誰しもが抱く共通認識である。
とはいえ、だ。あの物量である。
「真面に相手をすれば、間違いなく体力が尽きるのが先だ」
何を当たり前の事を。
会話を続けながら先程と同様、一撃のもとに首を斬り裂き、凄まじい異臭を辺りにぶちまける。
鮮烈な色彩の死色を大地に落としながら、また一体と断末魔すら許さず、斬り殺した。
映り込む視界の先には依然として存在する無数の魔物達。仲間が斬り殺されたにもかかわらず、身を竦ませる気配は皆無。寧ろ、死の気配に当てられて闘争心を燃え上がらせているようにも見える。
「……だよ、なあ」
戦えば戦うほど、この場合はジリ貧だ。
その賛同が得られた以上、だったら掴み取るべき選択肢は最早決まったようなもの。
血管が浮き上がった筋骨隆々な魔物の肢体が地面に亀裂を入れ、乱暴に土塊と舞い上がらせながら行われる攻撃を身を翻す事で避けつつ、その勢いを利用して旋回。
そして、今度こそと言わんばかりに剣で魔物を斬り裂いてゆく。
————……よし。逃げるか。
真正面から相手をする程、馬鹿馬鹿しい選択肢を選ぶ理由があるわけでなし、ここはどうにか上手く立ち回るべき。問題は、どう逃げるかだ。
息が詰まる程ぎゅうぎゅう詰めに集結してしまっている大量の魔物達。
仮にここで一点を切り開いて突破、を試みたとしても一瞬すらかからずその一点は何事もなかったかのように防がれるのがオチ。
「……阻害系の魔法を使えそうなやつ」
ぽつりと。
一人ごちるように俺は言葉を口にする。
「予想はつくか、オリビア」
この場から逃げるとなれば、手段は一つ。
クラシアの転移魔法を用いる事、ただ一つ。
しかし、その転移魔法は予期せぬナニカに阻まれ使えないときた。
だったら、その原因であるナニカを絶つまで。
「後ろにそれらしいのはいた」
「なら話は早いね」
言葉の意図を汲んでくれたのか。
疑問の言葉は飛んでこない。
そして、互いの視線が交わった。
————そいつの相手、任せてもいいか。
鈍色の空のような、灰がかった双眸を見つめ返しながら訴え掛ける。
やがて、ク、とオリビアの口角がつりあがった。
「構わんが、魔法師にアレの相手は骨が折れるどころの話ではないと思うがな」
そう口にする彼女の言葉の先には、風を巻き込み、音を立てて翼を羽ばたせる巨軀が辺りに深く濃い影を落としていた。どうしてか、無数に存在する魔物達は顔を覗かせるそいつの存在に何処か遠慮しているようにも見えた。
後ろに位置しているであろう、魔物を叩く為にはどうしても、誰か一人が注意を惹く役目を追う必要が出てくる。
その役目をこなせる人間は、この場では俺か、オリビアだけ。
オリビアが後ろに潜り込むのであれば、必然、俺がその役目を負わなければならなかった。
そして、ちょうどおあつらえ向きの展開と、敵が一体。……いや、一匹。
「心配は、いらない。クラシア程じゃないけど、俺もそれなりに器用な人間なんだ」
得意な方は。
と聞かれれば、魔法と答えるだろうが、それでも魔法一辺倒になったつもりはない。
何より、こういう時の為にオーネストと一緒になって近接戦の経験を積んでいたのだから。
「そうか」
淡白な返事だった。
「……まあ、私もここで死ぬわけにはいかないんでな、お前の提案に乗ってやろう」
その言葉を最後に、オリビアの姿が目の前から掻き消える。次の瞬間には藍色の影は驚くべき速度で敵の集団へと突っ込んで行っていた。
「……思い切りが良過ぎるだろ」
疑う気はないのか。
はたまた、それ以外に目がある選択はないと己の中で判断を既に下したのか。
「前来てるわよッ!! アレク!!!」
しかし、今考える暇はないぞと言わんばかりに思考に割り込む叫び声。
それは、クラシアの怒声。
やがて、ぶぉん、と風を巻き込んで振り下ろされる鉤爪。先程から存在感を主張していた翼を持った魔物————怪鳥によるその一撃を手にする得物で受けて立つ。
「————わかっ、て、ッ……!? ぎ、っ!? お、も……ッ!!」
まるで鉄で造られた得物同士が衝突したかのような金属音が殷々と鳴り響き、凄まじい衝撃が一瞬にして柄を伝って身体中を駆け巡る。
ずしん、とそのあまりの威力に足下が僅かに陥没。
これがフロアボスではなく、ただの72層に存在する魔物の一つ。という事実を前に、たまらず現実逃避したくなった。
だが、思考する時間すら許してはくれないのか。すかさず行われる怪鳥の追撃。
もう一方の足から繰り出される鉤爪が俺の視界に映り込み————このままでは不味いと判断。
だから、俺は未だ続いていた鉤爪と剣の鍔迫り合いに向けていた力を一気に緩める。
歯止めを失った鉤爪が掛けられた力に従い、撃ち放たれるも、身体を捻ってその攻撃を躱しつつ、一歩ほどの距離だけ俺はバックステップで下がった。
ゴォ、と突風のような轟音を伴って飛来する追撃に今度は焦点を合わせ、〝天地斬り裂く〟を滑り込ませる。
……ただ、俺の頭の中にさっきの繰り返しをするつもりは毛頭なかった。
見極めろ。
見極めて、紙一重で避けてから、そのうざったい鉤爪を足ごと斬り落としてしまえ————!!
「直線的過ぎるんだ、よ————ッ!!!」
胸中で怪鳥の行動を嘲りながら叫び、迫り来る攻撃を見切り、薄皮一枚斬り裂かれるだけに留めて返す刃で思い切り振り抜く。
手加減は、なし。
先程、鉄のように頑丈な骨に攻撃を阻まれた事もあり、普段よりも余計に力がこもった。
ごり、と骨を削り斬り裂く感触が柄越しに伝わった事で、俺はこのまま怪鳥の足を斬り落として攻勢に転じ、一気に片をつけようと試みたところで横槍が入る。
「…………ッ!!」
それは一瞬前に避けた筈のもう一方の鉤爪。
再度俺目掛けて狙い過たず放たれたそれは、俺の身体に直撃する。
気付いた時には既に、避ける手段はもう残されてはいなかった。
だから攻撃を受けるのは仕方がない。
でも、ただで攻撃を貰ってやるな。
出来得る限りの渾身の攻撃を、攻撃が入ったからと油断を抱くこの瞬間に叩き込め。
————〝火葬〟————。
紅蓮の魔法陣を浮かばせ、胸中でそう紡ぐ。
直後、弾かれるように俺の身体が後ろへと吹っ飛び、後方に位置していた岩壁に勢いよく衝突。
ぐわん、と頭が揺れ、一瞬意識が飛びかけるも、痛みによって引き戻される。
そして、発動した魔法によって急激に引き上がる周囲の温度。吹かれる熱風。
爆発音と苦悶の絶叫。
それを耳にしながら、俺もまた痛みに喘ぐ。
「ぁ、ッ、ぐ……っ」
痛みに備えようと食いしばり、噛み合っていた歯列の隙間から、肺に溜め込んでいた空気が漏れる。
幸か不幸か。打ち付けられた衝撃によって生まれた砂煙がぶわりと、俺の姿を隠すように、周囲を覆い尽くした。
……壁に打ち付けられた背中と、攻撃を受けた身体に鋭い痛みが走り抜け、じんわりと滲んでゆく。
でも、それをおくびにも出さないよう心がけ、痛みを隠すように不敵に笑う。
「……油断し過ぎなんだよ」
目視こそ出来なかったものの、足に刃が走った挙句、魔法も直撃したであろう怪鳥の事を思いながら、俺は言葉を吐き捨てた。
「……ぃっ、つ……とは、いえ、結構効いたろ。いくら俺が強くなさそうに見えたとはいえ、考えなしに攻撃はするもんじゃないだろ。なあ?」
けほ、こほ、と咳き込みながらも、俺は少し離れた場所で転がるある物体に視線を寄せる。
身体に刻まれた傷は瞬時にクラシアが展開する回復魔法によって癒えてゆく。
そして俺が視線を寄せた先には、付け根より若干先の部分でぱっくりと斬り落としてやった怪鳥の足が転がっていた。
加えて、咄嗟の〝火葬〟によって身体を焼かれ、次第に晴れてゆく砂煙の隙間からは、爛れた皮膚すら見受けられる。
「……、ッ————————!!!!!」
何もかもを震え上がらせるような、苛烈極まりない怨嗟の咆哮が鼓膜を殴りつけんと響き渡ったのは、そのすぐ直後だった。