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四十六話 モンスターハウス

* * * *


「————入れ替わり(スイッチ)!」


 叫ぶと共に、強く地面を踏みしめ、前にいたクラシアと入れ替わって手にする剣を俺は振るう。

 やがて剣を伝ってやってくる肉を斬る感触。

 半弧に描いた剣線によって飛び散る鮮血ごと振り払い、相手をしていた魔物————リザードマンが頽れる姿を見届けてから俺は肩越しに後ろを振り向いた。



「相変わらず、器用だよな」


 視線の先のクラシアの手には、〝魔力剣(ソード)〟がひと振り。

 弓でも、杖でもなく、クラシアは俺がこの方がやり易いだろうから。

 という理由だけで剣を使ってくれていた。


 しかも、それは72層の魔物を相手出来るレベルの技量。

 まともに受けては〝魔力剣(ソード)〟では深層の魔物の攻撃を受けきれない。

 にもかかわらず、クラシアは苦も無く弾き返していた。

 最早、器用であるとしか言いようがない。


「……あのバカが〝タンク殺し〟に挑むって言ってから、色々と練習したのよ」


 剣もそのうちの一つであるとクラシアは言う。


「専門外とはいえ、あのバカに足手纏いって笑われるのだけは死んでも嫌だったから」

「……成る程なあ」


 練習したからどうにかなるのレベルを遥かに超えている気しかしなかったが、クラシアの規格外さは俺も知るところなのでその感想は胸中に留めて、のみ込んだ。


 とはいえ、発破をかける為に挑発する事はあっても、足手纏いと笑う事はオーネストも流石にしなかったと思う。

 アレでも一応、パーティーメンバーの実力だけは誰よりも認めてる人間だろうし。


「にしても、アレクもアレクよ。……本当に後衛に回ってたのね」

「……?」


 予想だにしない一言に、呆気に取られる。


「補助魔法。今まさにあたしと自分自身に掛けてるでしょう?」

「————」


 空白の思考。

 宮廷魔法師として活動していた頃にひたすら練習し、ひたすらバレないようにと絶妙な具合で掛ける練習を積んでいたにもかかわらず、たった一度の戦闘で呆気なく看破されてしまった事実を前に、言葉を探しあぐねる。


「……バレたか」

「バレバレよ」


 白状すると、殊更に呆れられた。


「でも、上手いもんだろ、俺の補助魔法も」

「でもやっぱり、ヨルハの方が上手いわね」

「ヨルハと比べるのはナシだろ。逆立ちしても勝てないっての」


 ヨルハに関しては、この世界であいつより補助魔法を上手く扱える人間が果たして存在するのか……? と思うレベルで卓越している。

 そんなヨルハと比べられては流石に形無しだ。


 なにせ、ヨルハはその道の「天才」なのだから。


「……昔から思ってたんだけれど、アレクってそこあっさりしてるわよね。まあ、だからあのバカとも上手く付き合えるんでしょうけど」


 少しだけ、意外そうな表情を浮かべるクラシアから指摘をされる。


「俺の場合、自分の伸び代については、ずっと昔に教えて貰ってるからな。敢えてこだわる必要はないってその時嫌って言うほど教えて貰った」

「伸び代?」

「ああ。魔法学院にいた頃に何回か話した事あったろ。俺には、師匠みたいな人がいたって話」


 名を————エルダス。


 俺は、ここを伸ばした方がいい。

 逆に、ここは伸びて精々が優秀程度だ。


 そういう事を、事細かに幾度となく教えて貰った。実際、オーネストやヨルハやクラシアを見てると、その指摘が真、正しかったのだと幾度となく思い知らされている。

 だから今更、変な拘りを見せるつもりはこれっぽっちもなかった。


「攻撃魔法と剣。それさえあれば、俺は十分。寧ろこれでも欲張り過ぎってもんだ」


 それは、卑屈じゃなくて。謙虚さから来るものでもなくて。本心からそう思って言っているのだと見透かしてか。

 クラシアは静かに笑みを浮かべる。


 貴方らしいって言われたような、そんな気がした。


「でも、クラシア達と同じ土俵に立つには少しくらい欲張らなくちゃいけないから」


 そうでもしないと、すぐに置いていかれてしまう。何より、足手纏いは俺も嫌だから。


 刹那。


「————」


 言葉にならない唸り声と共に足音が立った。


 ここは転移陣に埋め尽くされたダンジョン——〝ラビリンス〟。

 故に、魔物の出現は殆どが唐突。

 一瞬先には、目の前に魔物が現れていた。なんて状況も十二分にあり得てしまう。


 だからこそ、


「〝雷鳴轟く(サンダーボルト)〟」


 クラシアとの会話を中断しながら瞬時に、魔物の位置を把握。

 そして魔法陣を浮かべて、紡ぐ。


 数ある魔法の中でも発動までの時間が最速と名高い〝雷鳴轟く(サンダーボルト)〟は、現れた魔物の身体を貫くように魔法陣より迸った。

 聞こえる苦悶の声。断末魔。


 見たか、どうだ。

 と言わんばかりに、あからさまに得意げな表情を笑い混じりに向けてみるとクラシアからは苦笑いを浮かべて呆れられた。


「……ま、あのバカの相手はよろしくね」

「言われずとも、これからも付き合って貰うつもりだよ」

「そ」


 オーネストには、鈍りに鈍った剣の鍛錬に時折付き合って貰っている。

 そのお陰で最近のオーネストは割と大人しいと、クラシアやギルドマスターであるレヴィエルからは何故か俺という存在の評価はうなぎ上りに上がっていた。


「取り敢えず、手当たり次第に適当に飛ばされてみるか」


 周囲に、人影らしきものは見当たらない。

 このまま転移陣を避けて進むのも悪くはないと思ったが、〝安全地帯(セーフティポイント)〟を見つけるという目的もある以上、ある程度踏み込んでいくべき。


 その考えを否定する気はないのか。

 クラシアは俺の後を黙ってついてきてくれる。


 そして数歩ほど先。

 既に斬り伏せたリザードマンが転移してきた場所へと向かい、程なく俺達は転移陣に足を乗せた。


* * * *


 歪む景色。

 転移時特有の感覚に見舞われ、若干のふらつきを覚えながらも視界が安定してゆく。


 代わり映えのない光景。

 人工物のないダンジョンらしい景色が視界に飛び込んだ。


 魔物の姿も、人影も何も見当たらない。


 そう思い、じゃあ次の転移陣を探して踏み抜き、正解を引くまでこれを続けるか。

 などと思った折だった。


「————クラシア・アンネローゼ」


 不意に、クラシアの名が呼ばれる。

 それは、俺でもクラシアでもない声だった。

 俺からすれば、聞いた事もない声音。


「アイファから私を連れ戻せとでも言われたか? それとも、ルオルグか?」


 敵意はない。

 害意もない。

 ただ、感情を極限まで削いだ平坦な声が、副ギルドマスターの名まで紡ぐ。


 そのお陰で背後から聞こえてくる声の主が誰であるのか。大凡の見当がついた。


「……まあ、いい。それよりだ。どんな理由であれ、お前が来てくれたのは僥倖だった」


 意図的に気配を消しているのか。

 その隠形は凄まじいの一言。

 そこにいると分かっているのに尚、意識をしなければ気配というものが殆ど感じられない。


 Sランクは伊達じゃない。

 そんな感想を抱きながら、俺はゆっくりと振り向いた。


「頼みがある。————この怪我を、治してくれ」


 手。足。身体。

 様々な場所に包帯を巻かれ、若干青白んだ表情で、腰付近まで伸ばされた藍色の髪を首の後ろで結った彼女はそう告げる。

 それは、懇願だった。


「嫌よ」


 しかし、その懇願をクラシアは一刀両断。

 刹那の逡巡すら感じられない即座の返答は、取り合う気はないという意思の現れでもあった。


「……大方、副ギルドマスターは貴女が無茶をする事を危惧して、完全に治癒してはくれなかったのでしょう?」


 目を凝らすと、身体に巻かれた彼女の包帯には、所々に血のようなものが滲んでいた。


 ————治癒室から逃げられないように。


 不思議と、そんな魂胆が彼女の今の状態から見えたような気がした。


「治癒なんてすれば、間違いなく逃げるじゃない。一応、あたし達は貴女を連れ戻しに来たのよ? オリビア(、、、、)さん」


 やはり、彼女がオリビアか。

 一応佇んではいるが、岩壁に身を寄せているあたり、もしかすると立っているだけでも辛いのかもしれない。


 そんな状態で、よくもまあ、治癒室(あそこ)から飛び出してきたもんだと、畏敬の念すら抱く。

 きっと、そうするだけの譲れない理由が彼女の中ではあったのだろうが。


「じゃあそっちのお前でもいい。治癒の魔法は使えるか」

「生憎、その適性には恵まれてない」

「チッ、使えないな」


 クラシアがダメならと俺に言葉が投げ掛けられたが、残念ながら俺に治癒魔法の適性はない。


 そして、俺とクラシアはゆっくりと歩み寄り、オリビアとの距離を詰めてゆく。


「……ねえ、オリビアさん。貴女、一体何をしようとしてるわけ?」


 意外なことに、そう尋ねたのは事なかれ主義のクラシアだった。

 彼女をして、オリビアの行動は理解の埒外にあったのかもしれない。思わず尋ねたくなる程に、奇想天外に過ぎたのかもしれない。


「間違っても、責任感に突き動かされるような柄じゃないでしょう、貴女って」

「ケジメだよ。ケジメ。私なりのケジメさ」

「……それは、〝闇ギルド〟の連中に対するケジメって事かしら?」


 直後、呆気に取られたような表情を浮かべ、言葉のキャッチボールをオリビアが止めた事により、場に沈黙が降りた。


 やがて、限界まで膨らんだ風船が一気に破裂するように、


「くっ、あはっ、アハハハハハハ!! やめてくれよクラシア・アンネローゼ。そんなチンケな理由で私が無理を押して動く訳がないだろう? そもそも、私が〝闇ギルド(あんな奴ら)〟相手に遅れを取るものか」


 面白くて仕方がないと言わんばかりの哄笑が弾けるように上がった。


「そしてだからこそ、戻ってやるわけにはいかないんだ」


 ————少なくとも、このケジメをつけるまでは。


 言葉にこそされなかったが、俺達に向けられていた眼差しがそう告げていた。


「……実際のところ、今こうして立ってるのもやっとなんじゃないのか」

「なに、お前達の同情を買いたかっただけさ。心配には及ばない」


 明らかに無理をしている。

 そんな事は誤魔化そうと試みても全く誤魔化せない程に顕著に分かるというのに、それでも尚、彼女は虚勢を張る。


 目には決意が。

 不退転の覚悟と言うべき煌めきが宿っているようにも思えた。

 それはまるで、〝ギルド地下闘技場〟にて剣を交わした時のレグルスのような。


 程なく、諦めるようにオリビアは告げた。


「何より、あいつをぶち殺すのは私の役目だ。この機会を逃してなるものか。五年も捜したんだ。そして漸く出会えた。怪我なぞ……知った事か」


 独り言のように言葉が並べ立てられる。

 彼女の瞳には、もう俺達の姿はないようにも思えた。


 そして、



「手を貸してくれない、というのは構わない。元々、駄目元だったからな。とはいえ、だったらせめて————私の邪魔だけはしてくれるな」


 威圧するように。

 身体の限界はすぐそこにまでやって来ているだろうに、オリビアの声から感じられる殺気の塊がびりびりと周囲に伝播する。


 そして、その明確な拒絶を前に気を取られた俺とクラシアを見てか。

 オリビアは岩壁にもたれていた身体を起こし、右に移動を始める。


 やがて踏み抜かれる————転移陣。


 そこに陣があったのかと、急速に喉の渇きを覚え、焦燥感に駆られる。


「————アレク!!!」


 大声を張り上げるクラシアのその一言が聞こえた時には既に、俺は駆け出していた。

 続くようにクラシアも大地を蹴り、走り出す。


 逃してなるものか。


 そう言わんばかりに、距離を詰め、逃すまいと手を伸ばすもその時既にオリビアの身体は転移魔法に包まれている。

 ————間に、合わない。


 だからこそ、叫ぶ。


「このまま追う!!」


 転移陣に突っ込め。


 言外にそう告げながら光に包まれ、姿を消そうとするオリビアの足下を俺も思い切り踏み抜いた。

 続くように、クラシアも。


 そして再び、ぐにゃりと俺達の視界が歪んだ。


 やがてまた、景色は移り変わり————今度は筆舌に尽くし難い圧迫感に襲われた。

 その原因は、すぐに判明する。



「————……〝モンスターハウス〟」


 それは誰の声だったか。

 否、そんな事は最早どうでも良かった。


 〝モンスターハウス〟とは名の通り、魔物の巣窟であり、蠢く場所。溜まり場だ。



 ……一番大外れの転移陣に踏み込んだな。



 ただ、俺達から逃げるように駆け込んだオリビアには毒突かずにはいられない。


 彼女はといえば、すぐ近くで「とことんツイてない」と呆れ混じりの言葉を吐き出していた。


 不幸中の幸いはといえば、逃げようにも逃げられない状況になった、事くらいか。

 とはいえ、周囲には魔物が数え切れないほど存在している。だから、ここで下手に体力を消費するべきではない。


 そう思って俺はクラシアに視線を向けた。


 ————転移魔法で逃げるぞ。


 言葉で伝えるまでもなく、彼女もその意図を読み取ってくれたのだろう。

 ……しかし。


「……不味いわね。転移魔法が、使えない」

「……使えない?」

「ええ。何かが邪魔をしているのか、どうしてか、使えないのよ」


 マーカー()は既に置いている。

 だから、後は転移をするだけ。


 であった筈だというのに、何故かクラシアは転移魔法が使えないと口にする。

 浮かべる渋面が、それは冗談ではないのだと否応なしに訴えかけて来る。


 そして、


「——————ガッ」


 戸惑う俺達の事など知らないと言わんばかりに、弾ける咆哮。


「『ガァァァアアアアアアア!!!!!』」


 殺意の嵐。

 醜い絶唱が、俺達の鼓膜を容赦なく殴りつけてきた。

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