四十話 作戦会議
* * * *
「————にしても、〝闇ギルド〟、か。甘党も随分と厄介なヤツらに絡まれたもンだな」
ゴソゴソと。
物置と化していたクローゼットに頭を突っ込み、何かを探すオーネストが少し前の出来事を思い返しながらそう口にする。
ルオルグと別れたあと、あれから俺達は宿に帰って来ていた。
部屋は男と女で分かれており、俺とオーネスト。ヨルハとクラシアがそれぞれ相部屋となって過ごしている。
「ところで、さっきから何やってんだオーネスト」
「探しもんだ、探しもん。アレクは知らねえだろうが、お前が来るまでオレだけ一人部屋だったんで、この部屋、アイツらに物置にされてたンだよ。……ま、アレクが帰って来たんでいつかあいつらの部屋に半分持ってってやるがな。そン時は手伝えよ」
「任せとけ」
部屋が手狭なのは俺も嫌なので、その言葉に頷いておいた。
「それで、探してるもんってのは?」
「あー、えっとな、いつか〝ラビリンス〟攻略すンぞって事で随分と前に買っといたもンなんだが……」
なにぶん、物が小せえからか、中々見つからねえ。
などと毒突くも、クローゼットと向き合い、ゴソゴソを始めて十数分。
「……ったく、やっと見つかった」
漸く目当ての物が見つかったのか。
突っ込んでいた頭を抜くオーネストの手には、〝古代遺物〟によく似た黒色のブレスレットが4つ握られていた。
「なんだそれ」
「〝メビウスリング〟だ」
現物は見た事がなかったが、オーネストが口にしたその名前だけは知識として知っていた。
〝メビウスリング〟
それは、メビウスという魔法技師が開発した為、〝メビウスリング〟と名付けられた魔道具の一つ。
確か、その効果は————
「————対となるリングを身に付けてる人間同士の距離を制限する魔道具。アレクも知ってるだろ、このくらいは」
装着している間は、見えない糸で互いを括り付けられてしまう。
そんな状況を作り出す魔道具こそが、今しがたオーネストが手にする〝メビウスリング〟の効果であった。
メンバーと離れ離れになってしまっては踏破が不可能であるからと、今から十数年前の【アルカナダンジョン】攻略の為に作り出された魔道具。
転移魔法によって離れ離れになる状態を防ぐ為に作り出されたそれは、〝ラビリンス〟のダンジョンにこれ以上なく適したものであった。
「……ああ、そうか。〝ラビリンス〟を攻略するなら、俺らにはそれが必要か」
「そういうこった」
ただ、〝メビウスリング〟には欠点が存在しており、離れ離れにならない反面、満足に離れられない為、戦闘の際に色々と弊害が生まれてしまうという点。
特に、俺は兎も角、好き勝手動き回るオーネストからすればそれは致命的な欠陥でもあった。
にもかかわらず、〝メビウスリング〟を持ち出した理由はきっと、パーティーメンバーの事を考えての事だろう。
「バランスが良過ぎるのが仇となったな」
「甘党のとこみてえに全員真っ向から戦闘出来るやつってんならまだやりようはあンだがな。ま、こればかりは仕方ねえよ」
オーネストのその物言いから察するに、ルオルグが所属する〝ネームレス〟に、ヨルハやクラシアのような補助特化の魔法師はいないのだろう。
やがて、何を思ってか。
オーネストは部屋の外に繋がるドアへと向かって歩き出していた。
「オレさまが持ってっと無くす気しかしねえから、早いところヨルハに押し付けてくるわ」
「ん。なら、俺もついて行く」
部屋が分かれているとはいえ、同じ宿の中。
だから、出てすぐ側に位置しているヨルハ達の部屋に向かうのであればどうせやる事もないのでついて行く事にした。
そうして、歩く事十数秒。
たどり着いたドアに向かってオーネストがノックを数回。
若干乱暴に行われるそのノックによって、来客が誰であるのかを判断したのか。
バタバタと駆け寄ってくる足音が立ち、程なくドアのロックが解除され、引き開けられた。
「どうしたの? えっと、2人して」
オーネスト1人だけであると思っていたのか。
部屋の中から出てきたヨルハは不思議そうに俺を見詰めながら口にする。
しかしそれも刹那。
オーネストが手にする〝メビウスリング〟の存在に気付いてか。得心した表情を浮かべる。
「ああ、それで2人で来てくれたんだね。今、ボクもクラシアとその事で話してたから、折角だし中でみんなで話そっか」
————クラシアもそれでいいよね。
————嫌よ。せめて馬鹿だけでも追い返して。
肩越しに振り返り、確認を一度。
だが、即座に返ってきたのは拒絶の一言であった。
けれど、そんな言葉をオーネストが気にするわけもなく。
「分かった。ンじゃ、邪魔すンぞ」
「追い返してって言ったじゃない、ヨルハあぁぁあああ!!!!」
一瞬の確認。
ただ、やはりと言うべきか。
そんなものはオーネストにはこれっぽっちも関係なく、ずかずかと部屋にあがり込む様子を前に、中から悲鳴が上がっていた。
「それにしても、2人ともタイミングが良いなあ」
「そうなのか」
「うん。ボクらもちょうど、〝メビウスリング〟について話してたところでね。どうするかって言ってたところに、こうして2人がやって来たから」
悲痛な叫びを漏らすクラシアの反応はもう慣れたものと割り切っているのか。
別段、気にした様子もないヨルハは俺と言葉を交わす。
「〝メビウスリング〟を使うとしても、誰と誰が一緒に行動するのかー、とかね」
「……あぁ」
〝メビウスリング〟とは、一対の魔道具。
故に、その効果を発揮するのは2人に対してのみ。
だから、元々、戦闘要員ではないクラシアとヨルハを〝ラビリンス〟の72層という深層で2人にするという選択肢だけはあり得なくて。
分けるとしても俺とオーネストが二手に分かれて、そこにヨルハとクラシアが。
という事になる事までは容易に想像がついた。
「でも、そういう事なら話は早いだろ」
そう口にする理由は、2人に分けるとすれば、もうその分け方は決まっているも同然……というより、ハナから選択肢は有ってないようなものだったから。
「俺とクラシア。オーネストとヨルハの組み合わせで決まってる」
「まあ、そうなんだけどね。それも含めて、折角だから中で作戦会議でもしよっか」
その言葉を最後に、俺とヨルハは視線をクラシア達へと移した。
そこでは、机に置かれていたお菓子をバリバリ、と音を立てて頬張るオーネストと、食べるならせめて綺麗に食べなさいよと注意するクラシアがいた。
やがて、
「そういえば、なんでアレクは甘党と一緒にいたンだよ。接点なンてなかったろ」
「……あ、それはあたしも気になってた」
視線が向いた事に気付いてか。
俺に質問が投げ掛けられる。
「図書館にいた時に声掛けられたんだよ。で、色々あってダンジョンの攻略をやらないかって」
「図書館だあ?」
「調べもんだよ、調べもん」
何でまたそんなとこに。
と、変なものでも見るような視線を向けてきたものだから、堪らず半ば投げやりにそう返す。
「……まあ、いいか。それより、だ。変わってたろ、甘党のやつは」
「そうだな。でっけえパフェ15個も食ってたわ」
「ちっげーよ」
オーネストの言葉に応じて答えてやったというのに、それじゃねえよと笑われる。
「あれだ。甘党のやつが、精霊の民の癖に、剣士をやってるっつー点だよ」
耳尖ってたろ、あいつ。
そんな言葉を付け加えられ、ルオルグの顔を思い返すも、重要な耳の部分が髪に隠れていたせいで思い返そうにも、その指摘に頷く事が出来なくて。
「ルオルグのやつ、精霊の民なのか」
「あんな餓鬼がいてたまるかよ。実年齢は俺ら全員の歳を足して漸く勝てるくらいなンじゃねえか。知らねえが」
精霊の民。
それは、異種族とも呼ばれる者達の事であり、彼らの特徴として、耳が尖っている事。
人間と比べて長寿である事。そして何より、彼らの大半が魔法と弓を用いて戦う人種であった。
だからこそ、オーネストは変わっていると評したのだろう。
精霊の民でありながら、剣士であるルオルグの事を。
「だがまあ、紛れ込んでる〝闇ギルド〟の連中を甘党共が抑えてくれるってんなら話ははええ。オレらはオレらで72層を攻略して、美味しいとこ取りでもしてやっか」
つーわけで、だ。
そう前置きをしてから、オーネストは楽しげに口角を曲げながら、言葉を発した。
「ちょうど全員集まってンだ。オレらはオレらで作戦会議といくか」