三十九話 〝闇ギルド〟
後書きに軽い人物紹介を載せているので、期間が空いて忘れてしまった等ありましたらご覧いただけると幸いです!
「本当は、72層もぼくらのパーティーだけで攻略したいところだったんだけど、予期せぬ邪魔が入ったせいで一人怪我を負って一時的にパーティーから離脱しちゃってね。そんなわけで、ダンジョンとは別に邪魔してきた奴らに対して対策を考えなくちゃいけなくなってさ」
だから、一緒に〝ラビリンス〟の攻略をしてくれる人を探していてね。
そうルオルグが話す。
「……予期せぬ邪魔?」
「うん。あれだよ。あれ————〝闇ギルド〟の連中が横槍を入れてくれやがったんだよ」
疲労感を滲ませた表情で彼が言う。
〝闇ギルド〟とは簡潔に言い表すとすれば、犯罪者の集団。その大元である。
「〝闇ギルド〟の連中の目的は恐らく、〝ラビリンス〟の最下層にあるダンジョンコア。あいつらの事だし、きっと何か良からぬ事でも企んでるんじゃないのかなあ」
構成員、拠点共に一部を除いて不明点だらけ。
明らかに分かっている事実というものは、彼らが総じてロクでなしだという一点のみ。
外道非道はお手のもの。
そんな彼らがダンジョン内にて、疲弊した冒険者を狙い、〝古代遺物〟を横から奪い去るという話もあれば、人倫に反する行為に手を染めている。なんて話も時折耳にする。
「……まさか、〝闇ギルド〟の連中が72層に潜んでいるとは思わないじゃん? それで、ギルドマスターに相談も一応したんだけど、侵入経路が分からないから入り口を塞ごうにも塞げないし、対策のしようがないって話でさ。だけど、〝闇ギルド〟の連中をやられっぱなしで放置するわけにもいかないし、かと言って〝闇ギルド〟の連中を相手にしてる間に下層に進まれて最下層である73層にあるダンジョンコアを掻っ攫われるのも癪なんだよね」
さて、どうしたもんだろうか。
と、わざとらしく悩む素振りを見せた後、
「だから、人の手を借りようかなって思って」
そう言ってまた、人懐こい笑みが向けられた。
ルオルグの言うダンジョンコアとは、フロアボスが持つ〝核石〟とはまた別物で、名の通り、ダンジョン自体の核である。
ダンジョンコアにはダンジョンの難易度に応じた膨大な魔力が内包されており、その用途は様々。
その膨大な魔力を用いてダンジョン攻略に役立てるも良し。ギルドに売るも良し。
まさしく万能と言い表すべき物故に、ダンジョンコアの価値は〝古代遺物〟に負けず劣らずのものとなっていた。
「要するに、合同攻略というより、Sランク2パーティーによる〝ラビリンス〟同時攻略かな。ただ、問題があって、現状アーくんのとこ以外に協力を仰ぐのは、選択肢としてあり得ないんだよね」
「……あり得ない?」
その発言に、どういう事だろうか? と、疑問符が浮かび上がる。
フィーゼルにはまだ他にSランクパーティーは2つもあるというのに、それらとの協力は不可能であると断じているような物言いであった。
「まず、アーくん達とも関わりのある〝緋色の花〟なんだけど、うちの一部のメンバーとローくんが仲悪くてね……ちょうど、オーくんみたいな感じでさ」
かつて【アルカナダンジョン】の司令塔まで務めたとされるSランクパーティー〝緋色の花〟のメンバーの一人。
ローくんが指しているであろう人物、ロキ・シルベリアは、全てにおいて何かとアクが強い人間である。オーネストに限らず、一部の人間とは致命的に折り合いが悪そうな性格を前に、その発言には頷かざるを得なかった。
「まあ他にも理由はあるんだけど、そういう事だから、〝緋色の花〟は選択肢に入れられなくて。あと、もう一つはそもそも論外かな」
一考の余地すらないと切って捨て、
「と言うわけで、ぼく達に残された選択肢といえば、アーくん達を頼るか、ギルドマスターに臨時のパーティーを一つ作って貰うか。なんだけど、出来ればぼくとしてはアーくん達に手伝って貰いたいなあ、なんて」
「……一つ、いいか」
「全っ然。何でも聞いてよ」
「なんでリーダーのヨルハじゃなくて、俺にその話を持ってきたんだ?」
魔法学院時代ならいざ知らず。
今の〝終わりなき日々を〟のリーダーはヨルハである。
だったら、ダンジョンの合同攻略の話はヨルハにまず先に持っていくのが当然であると思った。
なのに、話す限り、まだ話をしていないどころか、そもそも俺にまず先に話そうとしていたかのような、そんな雰囲気である。
「んー、とね。それは、その、この申し出を断られるとすれば、それはアーくんかなってぼくは思っててさ」
「俺?」
「うん。ヨルちゃんの性格的に、多分パーティーメンバー全員が頷いてくれないとこの話を受けてはくれないと思うんだ」
それは、確かにと思った。
オーネストとクラシアの間に入って仲裁を度々行なっていた仲間想いのヨルハである。
きっと、ルオルグのその考えは正しい。
「……よく知ってるんだな」
「アーくんほどじゃあないよ」
断固として4人目のメンバーを迎え入れず、Aランクという立ち位置に留まり続けてきた。
その理由は、昔の仲間を待っていたから。
言うだけなら簡単だけれど、それを貫き続けるのは並大抵の絆じゃ出来やしない。
そういう背景もあって、ぼくはまず先にアーくんにこうして話をしてるんだよ。
……そう言われては、流石にもうこれ以上何故、と聞く気にはなれなくて。
「俺個人としては、その話を受けても良いと思う。〝闇ギルド〟の連中の危険性は理解してるつもりだから。でも————」
「————ヨルちゃん達に話を通してくれないと、正式に頷く事は出来ない、って?」
内心が見事なまでに見透かされていた事に、苦笑いしながら、俺は「ああ」と肯定をした。
「いやいやあ。そんな申し訳なさそうな顔をしなくとも、ぼくとしてはそれが聞けただけでもう大満足だよ」
そして、ちょうど平らげられた〝特製パフェ〟の器が机の上に置かれる。
「それじゃ、善は急げとも言うし、今日の夜にでも何とかしてみんなと話す機会を設けておく事にするから、改めてよろしくね————アーくん」
* * * *
「————で」
時は過ぎ、すっかり日が暮れた頃。
ところ変わってギルドにて。
設けられたテーブルをそれなりの人数で囲いながら、オーネストは呆れ混じりに口を開いていた。
「集められたは良いが、そこの甘党は兎も角、なんでてめえまでいるよ、マーベル」
「なんでってそりゃ、わたしが〝ネームレス〟の欠員の埋め合わせをやるからに決まってるじゃあん。あ、心配せずとも勿論、ロッキー達の許可は取ってるよん」
面子は6人。
俺を始めとする〝終わりなき日々を〟フルメンバーに加えて、ルオルグ。そして何故か会話には、大剣使いの女性————Sランクパーティー〝緋色の花〟のメンバーの一人。
マーベルと呼ばれた彼女も加わっていた。
「……こいつを誘ってんなら、オレさま達じゃなくて〝クソ野郎〟を含めた〝緋色の花〟を誘えよ」
「それもアリかなあって思ったんだけどね、ローくんって性格が色々と腐ってるじゃん? だからナシだなあって」
ほら、貸しは百倍にして返せとかローくんなら言ってきそうじゃん。
などと言ってルオルグは苦笑い。
次いで、分かるわー。
という意味合いの「あー」が、4方向から同時にやって来る。最早慣れたものであったけれど、ロキの他からの印象は相変わらず悪いらしい。
「……でも、そっか。昨日から副ギルドマスターの姿を見ないと思ったらそういう理由があったんだね」
フィーゼルに位置するギルドにて、副ギルドマスターを務める人物は音に聞こえた治癒師でもあった。
〝闇ギルド〟の連中に襲われ、負傷した〝ネームレス〟のメンバーの治癒に掛かりきりとなっていると先程ルオルグから説明をされたその件について、ヨルハがそう心配する。
「それで、襲ってきた〝闇ギルド〟の連中に心当たりはあるの?」
構成員、拠点共に不明点だらけの〝闇ギルド〟であるが、籍を置いている人物の一部は、面が割れていたりする。
特に、〝ラビリンス〟の72層にて出くわすくらいだ。
さぞ、腕に覚えのある人間だろう。
ならば、その人物について思い当たる節が少なからずあるのでは。
そう思ってなのか。
クラシアがルオルグに問い掛けるも、
「それが、分からないんだよね。〝ラビリンス〟のダンジョンの性質上、パーティーメンバーといっても離れ離れの時間もかなりあったから。だから、ぼくが駆け付けた時にはソイツはもう姿を消しててさ」
故に、分からないと。
消え入りそうな声でルオルグは答えた。
「……でも、まあ、売られた喧嘩はちゃんと買うつもりだよ」
それは、底冷えした声音だった。
一瞬だけ姿を覗かせる仄暗い瞳。濡羽色のそれは、怒りに揺れているようにも思えて。
だけど、それも刹那。
「————と、いうわけで、ぼくらは〝闇ギルド〟の連中の相手をするから、〝終わりなき日々を〟のみんなには72層のフロアボスを倒して下層に進んでダンジョンコアを持ち帰って欲しいんだ」
何事も無かったかのように、ぱぁあと花咲いたような笑みを浮かべた。
「流石にぼくらがそっちにかまけてる間にダンジョンコアが取られでもしたら向こうの思う壺みたいな感じで腹立たしくてさ。だから……ね? この通り! 何なら報酬はオーくん達で全部持ってってくれても良いし!」
ぱんっ。
と音を立てて手を合わせ、ルオルグは頭を下げて頼み込む姿勢を取る。
「あー……やめて、やめて。顔をあげてよ、ルオルグ」
そんな彼の行動を制止せんと、ヨルハが居心地が悪そうに一言告げる。
「ボク達は知らない仲じゃないし、何より、メンバーが危害を加えられた怒りはボクにだって痛いくらい理解は出来る」
魔法学院時代。
王都のダンジョンに潜っていた頃に数回だけ俺達も〝闇ギルド〟の連中に出くわした事があった。その時は幸いにも大事には至らなかったものの、「もしあの時」と考えれば、ルオルグの気持ちというものはヨルハの言う通り、痛いくらい理解出来た。
「ちょうど〝タンク殺し〟65層の攻略を始める前でもあったし……だから、報酬云々関係なしでその申し出、受けさせて貰うよ。みんなも、それで構わないよね?」
「……ま、いンじゃね」
「あたしはヨルハに任せる」
「断る理由はないな」
と、俺含む全員の意思を確認し終えたところで、
「————おー。話は纏まったかあ?」
鼓膜を揺らす新たな声。
次第に大きくなる足音を伴ってやって来る。
それは、フィーゼルに位置するギルドにてギルドマスターを務めているレヴィエル・スタンツの覇気の無い声であった。
「うん。ばっちり。流石はヨルちゃん達って感じ」
「そうかい。そりゃ良かったわ」
ルオルグの反応を確認してから、何処となくホッとした様子をレヴィエルが見せる。
「ジジイも絡んでたんだな」
「そりゃな。よりにもよってフィーゼルのダンジョンコアを〝闇ギルド〟の連中に奪われたとあっては色々とオレの立場も危うくなんだよ」
「はぁん、大変だな」
「……他人事だな、オイ」
「他人事だからな」
「……ったく、ちったあオレを気遣いやがれ。……まあ、ヨルハの嬢ちゃん達が引き受けてくれんならそれが一番だわ。実力も臨時パーティー作るよりよっぽど信用出来るしな」
確認だけの用であったのか。
それだけを告げて早くもレヴィエルは再び奥へと引っ込んでゆく。
「それじゃあ、集合する日時についてはまたぼくが、必要な物を用意してから伝えに来るから」
そっちはそっちで、いつでも向かって問題ないように準備して貰っててもいいかな。
と、言うルオルグの言葉に俺達は頷き、今日のところはそれで解散となった。
登場人物一覧
Sランクパーティー
〝終わりなき日々を〟
・アレク・ユグレット
今作主人公。魔法と剣を扱う冒険者。
・オーネスト・レイン
パーティーメンバーの一人。槍使い。
口調は荒く、メンバーの一人であるクラシアとは仲がイマイチ。
・ヨルハ・アイゼンツ
パーティーメンバーの一人。補助魔法師。
気苦労が絶えない性格をしており、何かと仲裁役をしている。
・クラシア・アンネローゼ
パーティーメンバーの一人。回復魔法師。
〝ど〟が付くほど器用な人間で、基本的に事なかれ主義。オーネストからは潔癖症と呼ばれている。
〝緋色の花〟
・ロキ・シルベリア
オーネストとは犬猿の仲にある補助魔法師。
特徴的な性格をしており、オーネスト達からは〝クソ野郎〟と呼ばれている。
・マーベル
二章で漸く名前が判明した大剣使い。
アレク、ヨルハと並んでオーネストから名前で呼ばれている数少ない人物。
〝ネームレス〟
・ルオルグ
灰色髪のポニテの少年。
甘いものに目がなく、オーネストからは甘党と呼ばれているSランクパーティーメンバーの一人。
ギルド
・レヴィエル・スタンツ
フィーゼルギルドのギルドマスター。
適当な性格をしているものの、周囲からの信頼はわりと厚い。