三十八話 ダンジョン〝ラビリンス〟
最北端に位置する国——ノースエンド。
そこに位置する迷宮都市、フィーゼルの中心部に位置する時計塔。その側にある図書館にて俺は【アルカナダンジョン】を始めとするダンジョンについて調べていた。
「……周期を考えれば、出現は恐らくあとひと月程度、先になるよな」
少し前までノースエンドの隣国であるガルダナ王国にて、宮廷魔法師として勤めていた為、【アルカナダンジョン】に関する知識がかなり不足していた。
冒険者としての知識もまた然りだ。その為、〝タンク殺し〟65層の攻略準備期間であるのをいい事に、最近はこうして朝から晩まで図書館に篭り切りの生活を送っていた。
「……最低限、足だけは引っ張らないようにしないといけないんだが……間に合うか? これ」
冒険者としての勘は幸い、ある程度戻ってきてはいる。
何より、〝終わりなき日々を〟の面子はヨルハ。オーネスト。クラシアの3人だ。
だから、純粋な戦闘面に限っていえば心配する要素はこれっぽっちも無い。
懸念要素があるとすれば、間違いなく俺の圧倒的な知識不足くらいのもの。そこから来る致命的なやらかしさえしなければ、恐らく及第点には落ち着ける。
故に、先ずは可能な限り多くの情報を頭に叩き込む必要があった。
そしてまた1ページと、手に取っていた記録書をめくろうとした折、
「————勤勉だねえ。アーくんはさ」
ひょこっと首を伸ばし、記録書に視線を落とす俺の視界に入り込んでくる少年が一人。
ぴょこぴょこと揺れる灰色のポニーテールが印象的な男の子であった。
「……アーくん?」
顔を覗かせた少年に、心当たりはない。
だというのに、先程口にされた「アーくん」という言葉は俺に向けられているようにしか思えなくて、そう聞き返す。
「そ。アレク・ユグレットだから、アーくん。単純でっしょ?」
なるほど。
それは確かに単純だ。
と、思いはするけれど、そもそもの疑問が解消されていない。
俺の前に現れたこの少年は、どうして俺の名前を知って————
「つい最近、Sランクパーティーに昇格した〝終わりなき日々を〟のメンバー。名前を知ってる理由なんて、これで十分だと思わない?」
俺の内心を見透かしてか。
目尻を下げて人懐こい笑みを浮かべながら少年はそう答えてくれた。
「……なるほど」
Sランクパーティーとは冒険者の中でも最高峰に位置するランク。しかも、俺達はなってから日が浅い。人の記憶に濃く残っていてもなんら不思議ではない。
指摘をされて自覚する。
これは、少し考えれば分かって当然の疑問であった。
「それで、なんだけどさっ」
一歩下がって距離を取り、何を思ってなのか。
「【アルカナダンジョン】含め、アーくんが嫌じゃなければ、ダンジョンについてぼくが教えてあげよっか」
彼はそう口にした。
向けられた言葉に少しだけ、警戒心を抱く。
そのせいで、眉間に皺が寄った。
「別にそう身構えなくても、教えるから何かしろってわけじゃないよ。ただ、ぼくはアーくんとお話してみたかっただけだから」
だから、この申し出というものは単に俺と話をする為の口実であり、話題作りでしかないのだと彼は言う。
「自己紹介遅れちゃったけど、ぼくの名前はルオルグ。一応こんなナリだけど————Sランクパーティーのメンバーやってるんだ」
俺の目から見ても少年にしか見えない外見の事もあっての言葉だったのだろう。
次いで、
「パーティー名は、〝ネームレス〟。ぼくらのとこは所謂寄せ集めだから、こんな適当なパーティー名に落ち着いちゃってね」
迷宮都市フィーゼルにて、活動を行なっているSランクパーティーは4つ。
今しがたルオルグと名乗った少年が口にした〝ネームレス〟とは、その内の一つに当て嵌まるSランクパーティーの名前であった。
「それもあって、アーくんにとっても何かと都合が良いと思うんだけど、どうかな?」
俺が主に調べていたのはフィーゼルのダンジョンについて。
加えて、【アルカナダンジョン】について。
求めているものを考えれば、ルオルグのその申し出は渡りに船とも言えた。
何より、これからもフィーゼルで活動をするのであれば、この機会は拾うべきものだと思ったし、こうして図書館にいる間にあえて声を掛けてくるくらいだ。
話してみたかったからと言ってはいたが、その実、何か用事のようなものが俺にあるのだろう。だから、
「分かった。なら、その言葉に甘えさせて貰うとするよ……えっと」
「呼び方はなんでも良いよ。ルオルグでも、ルーでも、ルオでも」
「じゃあ、ルオルグで」
「にゃはは。味気ないねえ。でもまあ、それがアーくんの味って事か」
自分がそうしているように、あだ名で呼んで欲しかったのか。微かに物寂しげな色を顔の端々に浮かべてはいたけれど、それも刹那。
何も無かったかのように、ルオルグは歯を見せて笑った。
「図書館を出たすぐ側に、カフェテラスがあるの分かる?」
図書館に入り浸るようになって早10日程。
主に記録書を漁っていたとはいえ、図書館までの道のりは最早慣れたもの。
その為、側にあるカフェテラスの存在も勿論把握していた。
「嫌なら別の場所を考えるけど、どう?」
「そこだと俺も助かる。まだこの付近の道に慣れてないんで、変に動くと帰り道が分からなくなるからさ」
「ん。なら、決まりだねえ————」
* * * *
「————で、なんだけどさあ。アーくんってなんで図書館にいたの? 聞きたい事があるならオーくんとか、ヨルちゃんとか、クーらんに聞けば良くない?」
「…………」
図書館の側に位置するカフェテラスにて。
ドドン。
という効果音が思わず幻聴されてしまう異様な光景を前に、俺はルオルグの言葉に黙って耳を傾けていた。
目の前には〝特製パフェ〟なるメニューが机の上に並べられており、その数なんと15個。
……いやいや、流石に頼み過ぎだろ。
などと突っ込んでやろうか一瞬悩んだけれど、当の本人はさも当然のように運ばれてきた〝特製パフェ〟に手をつけ始めたものだから、俺はそれを黙って眺めていた。
そんな折、やってきた質問。
独特なあだ名に気を取られて一瞬こんがらがるも、ルオルグが言っている事は一応、理解出来ていたので言葉を返す事にする。
「……〝タンク殺し〟65層攻略に向けての準備期間となってるこの間に、俺が出来る事といえばこのくらいのもんだと思ったんだよ」
短期間での戦闘面に関するステップアップに意味が無いとまでは思わないが、間違いなくそれはたかが知れている。
だったら、「近々」と聞いている【アルカナダンジョン】についてや、フィーゼルのダンジョンについての知識を増やして新たな発見を探してみるのも手だと思った。
「ふぅん……アーくんは真面目だねえ」
「俺の場合は一人だけ随分とサボってたんでな」
せめて、このくらいはしておかないとあのパーティーの中で俺だけ一人、取り残されてしまうから。
そう口にすると、ルオルグはそっか、そっかと優しげに笑ってくれていた。
「それで、なんだけど。一つ質問いいか」
「うん。いいよ、いいよ。その為にぼくはアーくんを連れ出したんだし。どんと来い!」
「んじゃ遠慮なく。……それ、食べ切れるのか?」
「……はへ?」
パクパクと次々に〝特製パフェ〟を口に運んでゆくルオルグは、ダンジョンについての質問が飛んでくると思っていたのだろう。
全く関係のない何気ない質問に、素っ頓狂な声をあげて目をぱちくりとしばたたかせる。
「あー、いや、その身体の何処にそんだけの量が入るのかなって思って」
ルオルグの身長は間違いなく160cmを切っており、その上、細身。
いくらデザートとはいえ、その身体の何処に〝特製パフェ〟が15個も収まるのだろうかと不思議で仕方がなかったので尋ねてみると、
「ぷっ————あはっ、あはははは……!!」
食べる手を止めて硬直していたルオルグは、唐突に吹き出し、盛大に笑い始める。
「ダンジョンの質問じゃ、ないんだね。まあ別にその事にだけ答えるとは一言も言ってないし、ぼくは別に構わないんだけどさ」
その質問は流石のぼくも予想外だよ。
と言って、ルオルグは再び〝特製パフェ〟に手をつけ始めた。
「ぼく、甘いものに目がなくてね。特にここの〝特製パフェ〟は絶品! 美味しいから15個くらいへっちゃらへっちゃら。寧ろぼくからすれば15個しかって言ってもいいくらい」
「……そ、そうか」
「あ。そうだ。アーくんも良かったらどう? 〝特製パフェ〟。お近付きの印って事で」
ね? ね? と半ば押し付けるように机に置かれていた〝特製パフェ〟の一つを俺の目の前へすすす、と寄せてくる。
「いや、いいよ。気持ちだけ貰っとく」
「えぇー。美味しいのに」
俺が遠慮した事に対し、ルオルグは口をすぼめるように不満げな表情を浮かべた。
見た目相応の反応であったけれど、瞳の奥には諦念のような大人びた感情も見え隠れしており、少しだけそこに見た目との差異を感じた。
意外と、見た目と実年齢は違うのかもしれない。
「ま、それは置いといて。早速本題に入ろうか。ルオルグ」
前口上を一つ。
そして続け様に、
「なんで俺に、声を掛けた?」
「……んー?」
そう問い掛けると、パフェを口にしながらルオルグは惚けるように聞き返してくる。
「勘違いならそれはそれで構わないんだけど、もしかしてルオルグは俺に何か用があったんじゃないのかって思ってさ」
でも、仮に用があったとして。
いくらSランクパーティーのメンバーになったとはいえ、4年も宮廷魔法師としてぬるま湯に浸かっていた奴の力を借りたいという事ではないだろう。
だから考えられるとすれば、先程のオーネスト達に向けていた独特なあだ名から考えるに、
「たとえば、オーネストを始めとする〝終わりなき日々を〟に用があったけれど、新参の俺が加わったからその為人を見極めたかった、とか」
パーティー単位に話を持ちかける場合、何か一つでも不安要素があれば「躊躇い」が生まれる。
そりゃそうだ。
仮に共闘するにせよ、出来るなら気心の知れた人間以外は避けたいと俺でも願うだろうから。
「……ん。半分正解で半分不正解ってところかな」
食べる手を休める事なく、答えてくれる。
「確かに、ぼくらが〝終わりなき日々を〟に用があるって部分は合ってる。でも、アーくんの為人を探りに来たわけじゃないよ。オーくんの友達だもん。そこは信用してる。それに、ぼくからすれば悪い奴は一目で分かる。ぼくは、気に入った人しかあだ名で呼ばない主義なんだ」
「じゃあどうして、」
「だから、言ってるじゃん。ぼくは、アーくんと話してみたかったんだって。信じて貰えないかもしれないけど、これは本当だよ」
————本当は、今日のところは他愛のない世間話をして終わるつもりだったんだけど……まあ、少し早まるだけだしいっか。
あえて俺に聞こえるように、少し大きめの声量でルオルグがひとりごちた後、
「〝終わりなき日々を〟に用があったのはね、ダンジョンの合同攻略のお誘いをしたかったからなんだ」
頭の中で予想していた選択肢の一つを、ルオルグが口にする。
「通称————〝ラビリンス〟。フィーゼルに位置するダンジョンの一つで、あちこちに設置されてる〝転移魔法〟のせいで名前の通り、迷宮状態になってる面倒臭いダンジョンなんだけど、その72層を一緒に攻略してくれるパーティーを一つ探してるんだ」
勿論、オーネストや、ヨルハ、クラシアにもこの話はするつもりだよ。と付け加えられた。
「もう少し後に打ち明けるつもりだったけど、隠し事はするもんじゃないし、だからもう言うね」
ルオルグは、いたずらっぽく笑って、
「アーくんさ、〝ネームレス〟とのダンジョン合同攻略に興味ない?」
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