三話 ヨルハ・アイゼンツとの再会
* * * *
「……成る程、ね。それでアレクってば、あんなに落ち込んでたんだ」
久しぶりの再会だというのに、愚痴めいた俺の話を嫌な顔一つせずに黙って聞いてくれていたヨルハには申し訳なさしかなかったが、それでも話して良かったと、そう思った。
彼女に話したお陰で、幾分か辛さが和らいでくれたから。
「……悪い、ヨルハ。4年ぶりの再会だっていうのに、こんな暗い話をしちゃってさ」
「大変、だったんだね」
「まぁ、な」
元々、宮廷魔法師という職業についている人間の大半は貴族と呼ばれる者達である。
表向きは、王国お抱えの優秀な魔法師が宮廷魔法師に選ばれる。などと思われてはいるが、特別優秀でもない限り、その職につける人間は貴族家の者だけ。
例外的に貴族家以外の人間が宮廷魔法師になれたとしても、どうしても慣習というものに引きずられ、好意的には思われない。
大概は、厄介ごとといった仕事を一方的に押し付けられるだけ。特に、失態をおかす可能性の高い役目を押し付けられ、それを理由に追い出す。
なんて事も過去にはあったとか。
貴族と平民の差を無くす。
などと謳い、民からの支持を集めているガルダナ王国の内情も、所詮はこんなものである。
良かった点といえば、唯一、金払いだけはマシだった、という事だろうか。
「本当はこんな事言っちゃだめなんだろうけど、でも、ボク的にはそうなってくれて良かったよ」
「良かっ、た?」
ヨルハが他人の不幸を笑うような人間でない事は俺がよく知ってる。
だからこそ、その発言に疑問を抱かざるを得なかった。
「ねえ、アレク。4年前にボクが言った事、覚えてる?」
そう言われて俺は過去の記憶を、漁り始める。
そして、俺が答えにたどり着くより先に
「ボク達が冒険者として大成したら、アレクを引き抜くって言ってた話」
「……あれ本気だったのか」
「もちろん。ボクはオーネストと違って冗談を言わない人なんだ」
懐かしい友人の名を持ち出され、たまらず笑みが溢れる。
そういえばオーネストのやつは元気にしているだろうか。
「それと、ボクがこうして王都に帰って来たのも、実はそれが理由でね」
言われて思い出す。
すっかり愚痴を聞いて貰ってしまっていたが、そういえばヨルハはどうして王都にいたのだろうか。それを聞こうとしていたんだった、と。
「————ねえ、アレク。ボク達と一緒にまた、ダンジョン攻略をする気はない?」
そう言って、ヨルハは俺に向かって手を差し伸べた。
「アレクの力が、必要なんだ」
その言葉は、素直に嬉しかった。
この4年間、魔法学院にいた頃のように誰かに頼られる、という経験が本当に皆無であったから。
……でも、差し伸べられたその手を俺はすぐに取る事は出来なくて。
「……俺は、役立たずの元宮廷魔法師だぞ?」
それでも良いのかよと言葉を返す。
自虐でしかないその言葉に対し、戻ってきた返事は————眩しいくらいの笑みだった。
「そんなの、関係ない。ボク達は、他でもないアレク・ユグレットを必要としてるんだ」
だから、役立たずだとか。
元宮廷魔法師だろうが、関係ないよと言ってくれるヨルハの言葉がどこまでも嬉しくて。
気付けば、差し伸べられていたヨルハの手を、俺は掴んでいた。
「Sランクになるのは、4人で一緒にって決めてたんだ。だから、冒険者パーティーのランクはAで止めてるし、ずっと3人で攻略してきたんだよ」
いつか、アレクを迎えに行くって、みんなでそう決めてたから。もちろん、アレクが宮廷魔法師を続けたいのであれば、冒険者にって無理強いする気はなかったんだけどね。
そう口にするヨルハは、苦笑いを浮かべていた。
「おかえり、アレク。それと、ようこそ、Aランクパーティー————〝終わりなき日々を〟へ」
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「魔法学院始まって以来の『神童』、と謳われていたというからどれ程の傑物かと思えば、蓋を開けてみればただの凡愚ではないか。補助魔法しか使えないとは拍子抜けどころの話ではないぞ」
「最高踏破階層————68層。その記録も、所詮はホラ話であった、という事でしょうねえ。それにしても、これで漸く、邪魔者が消えてくれましたね。平民如きが名誉ある宮廷魔法師の座に据えられるなど、穢らわしい限りです」
魔法学院を首席で卒業した者にのみ、宮廷魔法師として王国に仕える権利というものが与えられる決まりがあった。
それ故に、アレクは宮廷魔法師となったのだが、王城に勤める者は大半の者が選民意識の高い貴族諸侯。
その為、平民の出であるアレクは彼らからすれば侮蔑の対象でしかなかった。
「明日からは、あんな嘘を吐くだけが能の平民ではなく、かの由緒正しきフォルネウス公爵家の若き俊才、ヴォガン卿が我々に同行して下さるそうです」
遠くない未来、役立たずがいた今までとは比較にならない速さでダンジョンを踏破し、そして殿下の勇名が世界中に轟く事になること間違いありません。
そう言って、レグルスのご機嫌を取る腰巾着の男と女は調子の良い言葉を並べ立て、そしてレグルスもまた、そうだろう。そうだろう。と満足げに頷いていた。
しかし彼らは知らなかった。
4年前、魔法学院にて打ち立てられた驚異のダンジョン踏破記録——68層。
それが紛れもない事実である事を。
そして誇張でも何でもなく、アレク・ユグレットという男は魔法学院始まって以来の『神童』であった事を。
本来、アタッカーの役目をこなしていた筈の人間が、自信過剰な王太子のダンジョン攻略に同行し、決して死なせるな。という役目を得意でもない補助魔法を使う事でこなし続けていた事実を。
実力通りにいけば20層ですら満足に踏破出来なかったであろう自信過剰な人間を守りつつ、30層手前まで守り抜いてしまえていたのは他でもない魔法学院始まって以来の『神童』がいたからであると、まだ彼らは気付いてすらいなかった。