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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
一章

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二十三話 レグルスという王太子

* * * *


 時は遡り、アレクがダンジョンに足を踏み入れた頃。

 ガルダナ王国王城にて、一際大きな声が割れんばかりに響き渡っていた。


「単なる思い違い、だ? ……では、なんだ。この現状は僕のせいだとでも言いたいのか、貴様あああぁぁああああッ!!」


 身体を震わせながら轟く叫び声。

 それは、爆雷のような怒号であった。


 激情に支配されたその声には、明確な憤怒の色がありありと滲み出ており、その場にいた人間は誰一人として気分をこれ以上害すまいと口を真一文字に引き結んでいた。


 やがて、まるでミイラを想起させる程に包帯でぐるぐるに身体中を巻かれていた声の主は、ふらふらと何処か覚束ない足取りにもかかわらず、目の前で佇む男の下へと歩み寄り————そして、手を伸ばして乱暴に胸ぐらを掴んだ。


「……そんなわけがあるものか。僕は、あの男に謀られたんだ。あいつのせいで、こうなったんだ」


 ミイラ男——ガルダナ王国王太子であるレグルスは、はち切れんとばかりに限界まで膨れ上がった血管をこめかみに浮かばせながら詰め寄る。


 胸ぐらを掴まれた男は、ガルダナ王国では名の知れた〝呪術師〟であった。


「……私は、事実を申し上げたまで。殿下に、呪術の類は一切掛けられておりません。それも、掛けられた形跡すら、何処にも見当たりませんでした」


 彼はレグルスから「……あの『役立たず』の魔法師に腹いせで呪術を掛けられた疑いがある。だから、登城し、僕に掛けられた呪術を解いてくれ」と言われ、やって来た者であった。


 しかし、その形跡は何処にも見当たらず、少なくとも呪術は一切関係がない。単なる思い違いであると指摘したところに、あの怒声である。


 レグルスは己に非も足りないものも何一つとしてない。そう信じて疑っていないからこそ、投げ掛けられたその言葉を許容出来なかったのだ。


 お前の言葉を信ずるならば、それではまるで、単に僕の力量が足りなかったようではないかと。


 ……それは、あり得ない。

 そんな事があって堪るものか。


 積み重なる感情はそのまま怒りに変換され、これ以上なくレグルスの顔を歪ませた。


「ですが、殿下がそう思われるのも無理はありません」

「……どういう事だ」


 男のその発言に、レグルスが考え込むように眉を寄せる。


 自分に非がない。と受け取れる類の言葉には即座に耳聡く反応するあたり、彼のプライドの高さが窺えた。


「王都ダンジョンの30層といえば、〝魔殺し(、、、)〟の30層ですから」


 フロア全体に〝魔法〟の一切を打ち消す効果を持った結界が張り巡らされた階層。

 故に付けられた名は、〝魔殺し〟の30層。


 だからこそ、補助魔法といった身体能力を向上させる魔法も含めて軒並み使用が不可となる為、補助魔法等に頼り切りである場合、まるで自分が弱くなったかのような錯覚に陥りやすい。

 なので、呪術を掛けられた、と勘違いをしたのではないのか。


 第三者からすれば、それはこれ以上なくもっともな発言であった。何より道理にかなっている。


 しかし。


 ことこの場。

 レグルスに対してのみ、その発言は彼の頭の中を埋め尽くす激昂に、燃料を注ぎ足す行為でしかなかった。故に、未だ胸ぐらを掴んでいた右腕がわなわなと震えだす。


 補助魔法を肯定する言葉は悪手でしか無かった。


「……ですが、妙ですね」


 怒りに身を任せ、手が出なかったのは最早奇跡と言って良かった。

 恐らく、男のその発言という名の制止があと数瞬遅れていたならば間違いなくレグルスは目の前の男を殴りつけていた事だろう。


「……何が、だ」

「30層が〝魔殺し〟である事をどうやら殿下はご存知でなかった様子。お聞きになっていなかったのですか。あの、アレク・ユグレットから」


 この惨状を考えるに、事前に情報を持っていなかったのではと、男はそう指摘していた。


 宮廷魔法師アレク・ユグレットを追い出した翌日。レグルスは新たなメンバー、ヴォガンを加えて30層のダンジョン攻略に挑んだものの、その結果が、この凄惨な現状(、、、、、、、)であった。

 得たものは深い深い傷だけ。

 怪我を負い、フロアボスにたどり着く前に逃げ出さざるを得なかったという恥辱としか言い表しようのない結果だけが残った。


 故の、この荒れよう。


 不幸中の幸いは、30層のフロアボスに挑む前に、パーティーの圧倒的な戦力不足を重傷を負いながらも確認出来た為、地上に戻れた事くらいだろう。


「……どうしてそこで、あの「役立たず」の名が出てくる」


 レグルスは本気で不思議がっていた。

 何故、アレクの名を持ち出す必要があるのかと。レグルスのアレクに対する評価は最底辺。


 だから、30層に向かわないのも、ただただ臆病風に吹かれていただけの小心者としか捉えていなかった。


「……アレク・ユグレットは、68層を踏破したパーティー、そのメンバーの一人でしょうに」


 ご存知ないのですかと。

 レグルスを前に、男は目を疑っている様子であった。


 しかし、


「く、くくっ……、くは、ふはは、ははははははははははは!!!!」


 信じられないと言わんばかりの男の態度に対し、返されたのはこれでもかという哄笑。

 侮蔑、嘲り、蔑視、見下し。


 それは、負の感情がふんだんに詰め込まれた高らかな笑いであった。


「お前はそんなホラ話を信じているのか」

「……ホラ話、ですか」


 随分とめでたい頭をしているらしい。

 そう言わんばかりの発言に、男は目を細めた。


「あれをホラ話と言わずに他に何と言い表せと? そもそも、土台無理な話だろう。Sランクの人間ならばまだしも、魔法学院の人間の寄せ集めパーティーで68層を攻略するなぞ。そもそも、僕からしてみれば30すら怪しくて仕方が無いがな」


 嘲るように鼻を鳴らすレグルスのその発言こそが常識であった。

 世間一般の平坦な常識という枠組みの中で物事を考えるのであれば、彼の言い分こそがどこまでも正しい。


 ……しかし、それではあまりに物事を測る定規の長さが短過ぎる。


 そしてそれが原因で招いた結果がコレであるのだと、傷を負ったにもかかわらず、レグルスはまだ分からない。

 否、ハナからその可能性を度外視してしまっている節すらある。

 ならば、「理解」は土台無理な話であった。


「平民は、総じて狡っからい生き物だ」


 だから平気でこうして騙そうとする。偽ろうとする。陥れようとする。そして何より、己の立場というものをまるで分かっていない。


 続けられた言葉。

 その全てに、侮蔑の感情が込められていた。

 浮かべられていた嘲笑は、どこまでも冷たいものであった。


「だから恐らく、呪術でないならば、なら別の方法でアレク・ユグレットは僕を陥れようとしたのだろうさ。なにせ僕が間違っている筈は万が一にもないのだから」


 なぁ?


 と、背後に控えていた者達に同調を求め、即座に首肯が返ってきた事実に気をよくし、ク、と頬を歪めた。


 これこそが、選民思想が強く根付いたガルダナ王国、宮廷の現状。それ故に自他共に認める自尊心に満ち満ちた男——オーネスト・レインは吐き捨てていたのだ。


 『オレなんて1日で発狂するわ』と。


「何より、そうでなければ、説明が付かない」


 平民が悪いと結論付ければ全てが丸くおさまる。

 国の方針としては貴族も平民も同列に。

 などという考えを表向きは掲げているものの、ガルダナ王国の貴族は軒並みこの考えを抱いている。そして、己らにどこまでも都合の良いその考えを否定する者も存在するワケがなくて。


 そして、結論が出る。


「……どう落とし前を付けさせてやろうか」


 己がこのように怪我を負った理由は、アレク・ユグレットのせいであるのだと。


 この時既に、レグルスの頭にはアレクが謀らなければ30層は問題なく踏破出来ていた。

 という全く根拠のない未来図が描かれていた。


 アレクがどうして頑なに〝魔殺し〟と呼ばれる30層に向かう事を拒み続けていたのか。


 その理由こそが、魔法の効果を掻き消される30層攻略を進めるために、〝補助魔法〟の助けなく、30層を攻略出来るようになるまでじっくりと時間を掛ける事でレグルスの成長をと、彼が考えていたなどとは夢にも思っていない事だろう。


 もし仮に、それを話してしまえば自信家のレグルスならば、「問題ない」と言ってより一層無謀をおかそうとするであろう事はアレクの目にも一目瞭然であったから〝魔殺し〟について話していなかった、などとは。



 そんな、折。


 硬質な音が部屋の外から聞こえてきた。

 コン、コンと響くノックの音であった。


 そしてその音を立てた人間は、不躾にも返事を待たずにドアノブを回し、扉を押し開ける。


「……大変申し訳ありません。殿下。急ぎ、国王陛下からアレク・ユグレットの件について殿下をお呼びしろとの御達しでして」


 言付かってまいりました。


 と、口にする使用人らしき男の言葉に、レグルスは喜色満面に応えてみせる。


「ふは、やはり父上も僕と同じ考えのようだ」


 まるで狙ったかのようなタイミングを前にして、早計に過ぎる結論を出す。

 父上も、アレクに対する因果応報な罰を与える為に己を呼んだのだと。

 この呼び出しは、その為のものであると彼は信じて疑っていなかった。

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