二十二話 苦労人のヨルハ
「————洗練された剣技に、知性の備わったフロアボス、か」
通常、フロアボスと各階層に存在する魔物の違いは純粋な生物としての格の差。
要するに、力量の差のみである。
だから、それを除いてしまえば決定的な差異といえる差異はなく、偶に知性らしいものが僅かに備わった魔物もいる事にはいるが、間違っても先程のロキのように断じる程のものではなかった。
……そこに加えて、洗練された剣技である。
「確かに、こればっかりは実際に見てみない事には信じられないな」
常識を根底に据えて、答えを導き出すならば、「それはあり得ない」というのが正しい答え。
でも、ここは迷宮都市フィーゼル。
それも、64という深層。
だから、これまでの常識がガラガラと音を立てて崩れていく事があったとしても何ら不思議な事ではない。寧ろ、それが当然という節すらある。
……ただ、そもそもの話、
「なぁ、ヨルハ。正直なところ、あいつの事は何処まで信頼出来る」
俺達にその事実を告げた後、今度はクラシアに用があるのか、彼女を呼んで2人だけで何やら企みめいた話し合いを始めていた。
クラシアは露骨に嫌な顔をしていたにもかかわらず、敢行するあたり、ロキは相当に面の皮が厚いらしい。
そして彼が側にいない事をいい事に、俺はそうヨルハに問い掛けていた。
やがて、
「性格的に『信頼』は出来ないけど、でも『信用』は出来る。そんなところかな」
「『信用』?」
「うん。ロキ、一応、2年前に【アルカナダンジョン】の司令塔やってたから。その時、誰1人として死なせなかったんだ。だから、少なくとも『信用』は出来ると思うよ」
【アルカナダンジョン】
それは、1年に1度、世界の何処かに出現する1層しか存在しない特殊ダンジョン。その難易度はもし存在するならば、迷宮都市フィーゼルダンジョンの80層にあたるなどと噂される程の高難易度ダンジョンであった。
その為、複数パーティーによる〝合同討伐〟————つまりは、大規模ダンジョン攻略が推奨されている特殊ダンジョンの1つ。
それ故に勿論、俺も知識として【アルカナダンジョン】の存在は知っている。
そして、その攻略に参加する連中の殆どが一癖も二癖もあるSランクパーティーであり、〝合同討伐〟とは名ばかりで、統率なんてものはあったもんじゃない攻略である事も。
にもかかわらず、死者を1人も出さなかった。
だから、『信用』は出来るとヨルハが口にしたのだろう。
「それに、ロキのパーティーのリーダーさんは有名な人格者だしね」
きっとだから、ギルドマスターがすぐさま救出の為のパーティー編成をしたんだろうし。
と、言葉が続く。
ロキは信頼出来ずとも、そのリーダーは信用も信頼も置ける。だから、信ずる事も出来なくはないと。
「Sランクパーティー〝緋色の花〟。アレクも名前くらいは聞いた事あるんじゃないかな」
口にされたその言葉には、少しだけ覚えがあった。特に、そのパーティーが結成されたキッカケの話はかなり有名であったから。
……確か、何処かのダンジョンに自生する〝緋色の花〟を取ってきて欲しいという依頼の為に組んだ事がキッカケ、という話だった筈。
そして意外にもメンバー同士の相性がよく、その場の流れでそのままパーティーを組む事になり————ついたパーティー名は組むキッカケとなった〝緋色の花〟をそのまま。
そして、メンバー4人の頭文字を取って、〝緋色の花〟。
残念ながら、俺に〝緋色の花〟のリーダーとの面識はないけれど、パーティー名だけでもその者が人情に溢れている。
という事は、何となく分かる。
「……ま、死んでこいと言われたわけではないし、ヨルハがそう言うなら俺は指示に従うだけなんだけどさ」
とはいえ、宮廷魔法師としてダンジョンに潜っていたこれまでと比べれば、この状況は万倍マシである。
一番の敵は無能な味方。
とはよく言ったもので、それを身をもって味わっていたからこそ、この現状は随分と恵まれていると思う自分がいた。
「なあ、オーネスト」
「あン?」
離れた場所にて、腕を組んで立ち尽くしていたオーネストに声を掛ける。
目を瞑っていたから寝ているのかとも思ったけれど、どうやら起きていたらしい。
「成り行きで俺、剣で戦う事になった。だから————久し振りに〝アレ〟やるか」
「くはっ」
あえて明確な言葉にしなかったというのに、オーネストはアレが指す意味を一瞬で理解したのか。堪らず吹き出し、仏頂面から一転して破顔する。
「おいオイ、無理すんなよアレク。ブランクあンだろ? 先に言っとくが、やるとなったら勿論、ハンデはやらねえぜ?」
「そもそも期待してねーよ」
組んでいた腕を解き、ゆっくりと歩み寄りながらもくくくっ、と笑いを堪えるオーネストを見据え、ぶっきらぼうに言葉を返す。
「……4年経ってもまだやるんだ」
これ以上ない呆れの感情が込められたヨルハの言葉。しかし、込められた感情とは裏腹にその言葉はどこまでも弱々しい。
否、諦念してしまっている。といった方が正しいか。
「聞き捨てならねえなあ、ヨルハぁ。ここはダンジョンだぜ?」
だから何。
と、まるで鋭利な刃を思わせる冷たく澄んだヨルハの眼差しがオーネストを射抜くもどこ吹く風。
「どうせなら、愉しまなきゃ損だろ」
そして抜け抜けとそう言い放つ。
キッカケは俺がつくり出してしまったとはいえ、いっそもう清々しい。
俺がオーネストなら、多分ちょっとくらい躊躇してしまっていただろうから。
やがて、ヨルハの視線は俺に向く。
「張り合いが出るんだよ。そっちの方が」
言い訳を一つ。
オーネストはどうせなら己が持てる力を全て出し尽くした上で、精一杯愉しみたい。
俺は張り合いが出て、そうした方が上手くいく事が多いから。という理由で近接武器を扱う時に限り、俺とオーネストとの間で度々、〝勝負〟を行なっていた。
言い換えると、それは〝賭け事〟ともいう。
「流石はアレク。ダンジョンの楽しみ方をよぉく分かってる!」
ルールは単純明快。
先にぶっ倒れた方が負け。
たったそれだけの耐久が問われる脳筋ルール。
そして敗者には勝者からの罰ゲームが待ち受けているという素敵仕様。
過去、オーネストが敗北した時に罰ゲームをクラシアに決めて貰う。などという秘策を繰り出した際、とんでもない事態に陥った事もある程にハイリスクハイリターンなこの勝負。
あの時聞こえてきたオーネストの断末魔といったら実にひどいものであった。
しかし、もう一度アレが見てみたいと思う俺が心の何処かにいるのもまた事実。
何より、勝負を吹っかけたからには何としてでも勝たなくてはならない。
「覚悟しとけよオーネスト」
「くくっ、まあさっきはああ言ったが、特別にアレクはブランクがあるって事で、今なら出血大サービスでオレさまの不戦勝で見逃してやってもいいンだぜ?」
「……へえ。って、それ俺が損するだけだろうが!?」
「チッ、気付きやがったか」
てっきり、ブランクを考えて俺の不戦勝に。
なんて話かと思ったらただオーネストに勝ちを譲るだけの内容で、慌てて声を荒げる。
「…………はあ」
肩を竦め、半眼で此方を見詰め続けるヨルハの溜息は、待ちわびていたものに漸く巡り合えたと言わんばかりに喜悦に満ちた笑い声を漏らし続けるオーネストによってすっかり上塗りされてしまっていた。









