二話 宮廷魔法師の道を選んだ日
* * * *
————それは、アレク・ユグレットが宮廷魔法師になる4年も前の話。
「俺は、宮廷魔法師になるよ」
6年通った魔法学院。
その卒業式の終わりに、特に親しかった友人達の前で、俺はそんな事を呟いていた。
「親父には反対されたけど、それでも、ね」
口元をほころばせ、微笑を唇のふちに浮かべる。特に親しかった友人達だったからこそ、俺のその進路を、親父が反対している。という事実は以前にも彼ら彼女らに伝えていた。
きっと、だからだろう。
誰も彼もがやれやれと言わんばかりに力なく笑い、微かに肩を竦めていた。
でも、もう何を言っても無駄と悟っているのだろう。誰も、「やめておけ」という言葉を返してくる者は無かった。
「親父には、楽をさせてやりたいんだ」
俺の母は、数年前に流行病によって命を落としている。俺は親父に男手ひとつで育てて貰い、こうして高い学費を出して貰って魔法学院に通っていた。
————子供が金の心配すんじゃねえよ。やりてえ欲しいなりたいってな。子供は我儘いってなんぼなんだよ。頼むから、遠慮だけはしてくれるな。
己に魔法の才能があると分かっても、はじめは家計の事を考えて魔法学院に通う気など無かった。
でも、押し殺そうとしていた欲を他でもない親父が尊重した。だから、俺は6年もの間、魔法学院に通っていた。
そして、こうして仲間にも恵まれた。
「……宮廷魔法師は、給金が良いものね」
名誉とか、地位だとか。
そんな大層なもの欲しさでなく、俺が宮廷魔法師になると言い出した理由が、給金の高さ故であると知っていた少女————クラシアは黒曜石を思わせる深黒の瞳で俺を見つめていた。
その言葉に、俺は目を伏せる。
「本当はみんなで冒険者に。って思ってたけど、冒険者は安定してないからなあ」
これが、ボクらがSランクパーティー冒険者って事なら気兼ねなくアレクを誘えたんだけど、やっぱり今はまだ無理強い出来ないね。
ショートボブの少女————ヨルハは何処か寂しそうに呟いた。
彼女は最後まで、冒険者になろうと俺を誘ってくれていた。瞳の奥は我儘を言う子供のような、強請るような色を未だ帯びていたが、それと同時に諦観めいた感情も表情の端々から見え隠れしていた。
「アレクが入ってくれりゃあ、最強パーティーの完成だったんだがなあ。魔法学院始まって以来の『天才』4人による最強パーティー!」
「……自分の事まで『天才』呼ばわりなのね」
「うるっせえ! 今年じゃなきゃオレ様は間違いなく首席だったって教師どもも口揃えて言ってんだよ! なんか文句あっか!!」
「……文句しかないわよ、四番さん」
「てめぇだけはいつかぶちのめす……ッ」
己の事を事あるごとに『天才』呼ばわりする変わり者の少年————オーネストも、同様に惜しんでくれていた。
クラシアとは馬が合わず、相変わらずの犬猿っぷりを見せ付けていたが、その言い合いを見るのも今日で最後かと思うと物寂しく思ってしまう。
そんな彼らのやり取りを微笑ましく感じていた俺に、また声がかかった。
「でもね、アレク。これだけは覚えておいてよ」
声の主は、ヨルハだった。
「進む道は違うけど、だからといって縁がこれきりで切れるわけじゃない。何なら、冒険者としてボク達が大成したら宮廷魔法師からアレクを引き抜くつもりでもいるし」
「……おいおいおい」
……確かに、宮廷魔法師という職業に心の底から俺が憧れを抱いてるわけでない上、何を差し置いてでも。と、固執しているわけでもなかったが、ヨルハのその言葉には驚きを禁じ得ない。
「だからね————」
すぅ、と息を吸って、ヨルハは俺に向かい
「————困った事があったら、ボク達を頼ってよ。そしてまたいつか、パーティーを組もう。約束、してくれる?」
魔法学院で行われていた戦闘実習の一つに、ダンジョン攻略というものが存在していた。
本来は冒険者と呼ばれる人が生計を立てるために行うダンジョン攻略であったが、浅い層に限り、生徒の能力向上の為に、授業の一環としてダンジョン攻略が取り入れられていた。
そして、
俺と、ヨルハ。クラシアに、オーネストの4人はそのダンジョン攻略にて、この6年間ずっとパーティーを組んでいた。
6年前、燦然と煌めいていた歴代の魔法学院生徒による王都に位置するダンジョン最高踏破記録——37層。
6年前まではこの先10年は破られないであろうと呼ばれていたその記録を、塗り替えに塗り替え、最終的な踏破層は驚異の————68層。
現役の冒険者によるパーティーであっても、最上に位置するSランクによるパーティーでなければその記録を超える事は不可能だろう。
学院生であれば、再び、規格外の『天才』が同期に4人集まる事がない限り、塗り替える事は不可能であると誰もが断じた記録。
パーティーメンバーは、首席卒業を果たした
アレク・ユグレット。
次席のヨルハ・アイゼンツ。
3席、クラシア・アンネローゼ。
4席、オーネスト・レイン。
パーティー名————〝終わりなき日々を〟
「……そう、だな。ああ、またいつか、一緒にパーティーを組もう。それがいつになるかは分からないけど、それでも、うん————約束だ」
いつまでも、4人でいられますように。
そんな意味から付けられたそのパーティー名は、魔法学院の伝説となった。
……そんな懐かしい思い出が、どうしてか不意に俺の脳裏を過っていた。