百五十話 ルナディア・アーサスの決断
「あ、んの、馬鹿が……っ!! 何をしてるリヴェット・アウバぁぁあああああ!!!」
狂行としか思えないリヴェットの行動に、共にルナディアの相手をしていた筈のローザが言葉を選ばす、強烈な怒声をあげる。
そしてそのまま血迷った行動を咎めるべくローザが咄嗟に動こうとして、しかしそれを許すルナディアではなかった。
「余所見とは随分余裕だな、ローザ・アルハティア」
「………っ」
たった一瞬。
意識をリヴェットに向けた隙に身体に走る強烈な痛み。走る赤線。
ルナディアの攻撃がローザの身体を貫き、喀血。
苦悶の表情と共に立て直そうとして、しかしそれすら許さずルナディアの追撃がローザの身体を意図も容易く斬り裂いた。
「ローザちゃん!?」
万全ではなかったとはいえ、リヴェットとローザを相手にしながらルナディアが持ち堪えられていたのは、彼女にここで命を使い切ってでもどうにかするという不退転の覚悟があったからだ。
この時、この瞬間しか得られない力関係。
それでも、リヴェットはローザとリヴェットを同時にどうにか出来る存在に昇華していた。
それを甘く見るべきではなかった。
そしてその代償を支払う羽目になったローザを見て、クラシアが叫ぶ。
冷静さを欠きながらも真っ先に治療に向かおうとして、しかし次の瞬間、彼女の目の前にローザによるマークが外れたリヴェットが移動を遂げていた。
「…………っ」
黒黒と濁った人間とは思えぬ瞳。
その手には、視覚化された濃密な風の刃がひとつ。
「治癒師は不用意に動くなと教わらなかったのか」
「生憎、じっと出来る性格じゃないのよ……ッ」
許されるだけの戦闘能力がクラシアには備わっていた。だから、普段ならば問題はなかった。
けれど、今回に関しては相手があまりに悪過ぎた。
たった一瞬、軽く手を翳すだけで生まれる不可視の風の刃。咄嗟に弓を持ち出して、その攻撃を受け止めようと試みるも、程なく弓が弾かれクラシアは無手となり、死に体に。
「なら、運良く生き延びたならしかと胸に刻む事だな」
言葉の最中には既に退路は風の魔法によって遮られており、彼我の差を理解して距離を取ろうと試みたクラシアの下に一切の容赦を削ぎ落とされた脚撃が迫っていた。
ルナディアの目的はあくまでリヴェットただ一人。
それもあって、クラシアはローザの治療が出来ない程度に痛めつければそれで良かった。
故の、力の節約。
故の、加減。
だからこそ、クラシアに攻撃が当たる寸前に彼は間に合った。
「全くもってその通りっすねえ。まあ、悪いのはどう見てもあのリヴェット・アウバっ、すけど、ねえッ」
ルナディアとクラシアの間に身体を差し込むように、ヒツギヤが己が腕を盾に。
衝突する彼の腕と、ルナディアの脚撃。
接触した瞬間に響き渡る金属同士がぶつかり合ったと錯覚してしまう程の鈍い音。
その後、勢いを殺しきれずそのまま蹴り飛ばされたヒツギヤが壁と激突。
身に纏っていたキャソックの一部は破け、露になる右腕。ぷらりと垂れ下がるそれを見てルナディアは一言。
「…………その腕。人間の腕ではないな」
「ええ。まあ。単に丈夫なだけの身体っすよ。タネも仕掛けも何もねえっす。ただ、今は一瞬を稼ぎさえすればそれで良かった。そうっすよね、アレクくん」
義腕であった。
それも機械仕掛けのような、複雑な構造の、何か。
「ああ。今なら、一瞬あれば十分だ」
言いたい事は山ほどあったが、それでも優先順位を間違う事なく俺はリヴェットに背を向け、ルナディアに対峙。
「ローザちゃんを頼む、クラシア!!!」
「言われ、なくても……ッ!!」
今、必要なのはルナディアを倒す魔法ではなく、ここに足止めをする為の魔法。
故に瞬時に選び取ったのは氷雪系の魔法。
「──────〝凍ル世か〟────」
「私、の事は後でいいッ!!! あの馬鹿を止めろ、アレク、クラシア!!!!」
しかしそれが成る直前に、ローザの怒声が響き渡った。
目を離した隙。
その一瞬であの疲弊し尽くしたリヴェットに一体何が出来るのか。
オーネストも、アッシュもいるというのに、どうしてそんな焦燥に駆られた様子で叫ぶのか、一瞬理解に苦しんだ。
そして、己の思い違いについて分からされる。
「────ごめんなさい、ノベレット。それと、アセビ」
この喧騒の中にあって、その鈴の音のような声はいやに響いた。
「でも、こうするしかなかった。これ以上、アタシ以外の誰かが死ぬだなんて認められる訳もないから」
諦念に塗れたその声は、現実を思い知った人間のそれだ。どれだけ願おうと、祈ろうと、力を持とうと、叶わないものはある。
だからせめて。せめて、手の届く範囲。
自分の目の前で誰かが死ぬ事だけはもう二度と許容する訳にはいかない。
そう言わんばかりに、紡がれる。
次いで、一言。
「ひっくり返せ、〝リバースエントロピー〟」
リヴェットによる、効果の発動。
ソレによって生まれるは、体力と気力の回復。
かつての自分の投影は、それすら可能とする。
そしてそのまま再生を試みる〝刈り取る者〟へ向き、
「…………〝傾秤ノ抱呑〟」
左の人差し指で〝刈り取る者〟の額を軽く小突いた後、変化があらわれる。
リヴェットの身体に、見間違えようのないくっきりとした黒の斑点が幾つも浮かび上がってゆく。
まるで引き受けるように。
それごと抱き呑むように。
「今のアタシは、〝刈り取る者〟を止める為に力を消費する訳にはいかなかったから」
内包される瘴気をどうにかしない限り、根本的な解決はないと理解していたからこそ、こうするしかなかったと彼女は言う。
「………あの馬鹿が……ッ。幾ら万全でなかろうが〝大陸十強〟を容易く出し抜ける訳がないだなんて少し考えれば分かるだろうが……!」
ノベレットの考えは、リヴェットには筒抜けだったのだろう。
だから彼女は、この展開になるまで極力、力を温存しこうして場が整った今、動き出したのだろうとローザが指摘をした。
「アレク…………っ!!」
アッシュが叫ぶ。
リヴェットが己の命を捨てるつもりで行動を起こしたであろう事は明白で、だからこそアッシュの意図もすぐに理解した。
〝炎鬼残緋〟の力で〝瘴気〟を燃やしてくれという叫びだったのだろう。
それが叶うならば、リヴェットはここで命を落とす必要がなくなるから。
しかし言葉にすらしていないのに、頭の中でも読んだかのように的確な返事がリヴェットの口から言い放たれる。
「不可能です。それがどれだけ優れた《魔剣》であったとしても、可能なのは精々、【猜疑】を燃やすところまで。〝瘴気〟の元となった神力まではどうにもなりません。根本的な解決を望むなら、こうするしかない。他の〝大陸十強〟でさえも誰一人として呪いを克服は出来なかった。だから、不可能なんです」
誰かが一手にそれを引き受け、そのまま共に封じられるか。消滅するか。
それしかあり得ないとリヴェットは言う。
そして、その言葉が正しいと証明するように〝炎鬼残緋〟の力を使っても何の変化も生まれない。どころか、〝瘴気〟を燃やそうと試みたことで多少なりの干渉の結果、俺の中にそれが僅かながら侵ってくる。
筆舌に尽くしがたい不快感。嫌悪感。
内臓に手を突っ込まれて掻き回されるような感覚。
「……っ、ぅ、ぉえッ」
思わず膝をついて吐瀉する間に、〝刈り取る者〟から〝瘴気〟の大半を引き受けたであろうリヴェットが、ルナディアに向き直った。
そして屈託のない笑みを浮かべながら彼女は言い放つ。力なく笑うそれは、死を受け入れてしまった人間のソレだった。
「アタシには、全てを救う義務がある」
たとえそれで非難を受けるとしても。
それがどれだけ間違った選択だとしても。
その想いだけは曲げる訳にはいかないし、曲げられないとリヴェットは言う。
「たとえ、人間ですらないと言う人でも。死を受け入れてしまった病人だとしても。アタシを恨む人であったとしても。誰であっても、アタシには救う義務がある。遠い昔に、アタシのその想いを肯定してくれた友人との思い出を嘘に変えない為にも、アタシ達を助ける為に進んで命を落としたルシアさんの為にも、アタシは全員を救わなくちゃいけない。もとより、〝聖拝者〟とは最後の砦。なのに死んでもない癖にアタシが諦めるだなんて、それこそあり得ない。そう。人は救われなきゃいけない────!!!」
不幸のまま死にゆく人間がいていい訳がない。
後悔を抱え、理不尽に喘ぎ、死こそが救済であると諦め切る人間がいていいわけがない。それを肯定したくなかったから、アタシは〝聖拝者〟なのだ。
そう叫ぶリヴェットの慟哭は、ルナディアの神経をどこまでも逆撫でるものであった。
「ふ、っざ、けるなぁぁぁああああああ!!!」
目を怒らせ、割れんばかりの怒号があがる。
額に血管を浮ばせ、瘧のように身体を震わせながら、限界を迎えようとする身体の事も度外視してルナディアは怒った。
リヴェットが噂に違わぬ聖人である事は彼女も理解をしていたはずだ。
それがどこまでも愚直である種、救えない清廉潔白な人間である事などとうの昔に認めていた筈だった。
それでも、この期に及んでルナディアであっても未だに救われるべきで、救うべき対象であると宣うリヴェットの神経が分からなかった。
その怒りは、きっと恐怖でもあったのだろう。
理解出来ない者に出会した人間がとる一種の防衛本能だったのだろう。
わなわなと唇が震え、肩も震えていた。
同時、心の許容範囲も超えたのだろう。
錯乱したように〝神力〟混じりの魔力の放出を行っていた。
「誰であっても救われなければならない? ならば何故、あいつらは死ぬ必要があった!!! 殺されねばならなかった!!!! 貴様のような高尚な理想を語るだけの人間がいるから、多くの不幸が生まれるのだと何故分からない!!!!」
荒れ狂う感情の奔流に従うように、風が吹き荒れる。確かな凶刃となってリヴェットに殺到を始めた。
それを見て真っ先に行動をしたのはローザだった。
「……ッ、く、そっ─────〝暴風騒めく〟────!!!」
傷口を強く抑えながら魔法を行使。
身体の負担を度外視してでもリヴェットを助ける事が優先だった。しかし、ローザの魔法は直撃する寸前でまるで何もなかったかのように掻き消える。
打ち消されたというより、消滅した。
そんな表現が正しいであろう変化。
「…………いくら何でも、タイミングが悪すぎやしないっすかねレヴィエル……!!」
ヒツギヤのその一言で、理解する。
レヴィエルがガルダナから借りてきたある物が今の現象に関係しているのだろう。
記憶の奥底にしまい込んでいた知識を漁って────偶然にも、その答えに俺はすぐに辿り着いた。
「………よりにもよって〝不戦血帯〟か……!!」
な、ら──────。
詳細の殆どが秘匿された〝伝承遺物〟。
開示されているのは魔法の使用の制限が生まれるという部分だけ。
なら、魔法以外の力ならば。
「〝炎鬼残緋〟────!!」
《魔剣》に力を込め、これならば。という思いで力を行使しようとして、不意に脳裏に声が響き渡る。
荒れ果てた荒野で出会った鬼の少年。
〝アグニ〟の呆れの声だった。
────残念ながら手遅れだ。そも、〝不戦血帯〟は膠着を強制する〝伝承遺物〟。その対象は、我の力であっても例外ではない。その上で無理矢理、禁を破ろうとすれば。
説明されるより先に、喉元を駆け上がる何か。
窒息に似た感覚の後、言葉にならない激痛が身体中に走った後、目から。鼻から。口から血が溢れた。
「っっっ─────!?」
後先考えてられず、行使を始めたいつかのヨルハの禁術も。クラシアの魔法も。
何もかもが掻き消されてゆく。
残ったのは、リヴェットを殺さんと撃ち放たれたルナディアの魔法。ただそれだけ。
一瞬先のリヴェットの死を確信し、目を背けようとしたその時だった。
「随分と不自由な身体になってしまったけれど、意外と使い道もあるもんだね」
リヴェットを庇うように、それはヒーローのように現れた。黒い外套に身を包む小柄な人間。
声は少女のようで、どこか聞き覚えのあるものだった。
あろう事か、身体を盾に使って攻撃、その全てを防いでみせた。その現実離れした状況に空いた口が塞がらなくなりそうになるも、リヴェットの顔が露骨に歪んだ事が、何よりも印象的で頭の中から掻き消える。
「…………アセ、ビ」
「そんな顔をしないでよ、リヴェット。ボクは初めから一貫してるでしょ。何を犠牲にしてでも、君を守りたいだけだって」
外套の少女の登場は、ルナディアにとっても予想外な事であったのだろう。
「誰、だ」
「誰でもないよ。ボクは、何者でもない。でもあえて言うなら、リヴェットになる筈だった存在。かな」
ルナディアの攻撃を身体で受け止めた少女の腕は、まるで何事もなかったかのようにほんの少しの後退をしただけで霧散させた。
その様子は、如何なる攻撃も無効化させたテオドールのような────。
「……〝大陸、十強〟?」
だから思わず、そんな言葉が口を衝いて出てきたのだろう。
「それは、違う。今は紛らわしい身体をしてるけどね」
目深に被り込んだ外套のせいで、口元が辛うじて見えるだけのアセビと呼ばれた少女が仕方なさそうに笑う。
直後、俺の頭の上に何かが落ちた。
砂のような、石のような。
ほんの僅かな、何か。
気のせいとも思えるそれは、しかし次の瞬間、確かな音となって俺の鼓膜を揺らす。
「一体、なんの、」
「…………【崩壊】か」
答えたのは、ローザだった。
「主に、【アルカナダンジョン】が攻略された時に引き起こされる現象だ。だが……これは少し違うな」
「違う?」
「私が知っている【崩壊】とは、少し異なっている。何というか────【崩壊】だとすれば、その進行があまりにも緩やかだ」
「当然でしょう、ローザ。このままただ【崩壊】させてしまえば死ぬべきでない人までも死ぬ羽目になる。アタシは、アタシの目の前で誰かが死ぬ事を許容しない。アタシは、全てを救わなくちゃいけない。たとえそれが誰かの思惑通りだったとしても。誰かを悲しませる結果になるとしても、アタシがリヴェット・アウバである限り、それを曲げる事だけは出来ない」
死相を浮かべるリヴェットが、説明をする。
だがその言葉はまるで自分自身に言い聞かせているかのようで、一種の強迫観念からくる行動であると言われても否定出来ない様子であった。
「最後に縋れる聖拝者であり続ける為にも、アタシが誰かを見捨てるだなんてあり得ない」
およそ正気とは思えなくなった混濁とした瞳が、微笑む。その向かう先はルナディアで、アセビで、あるいは俺達で、瘴気に侵された〝迷宮病〟の罹患者で。
そして次の瞬間、俺達の足下に濃密な見た事のない魔法陣が展開される。
展開をしたのは、リヴェットだろう。
〝不戦血帯〟がある以上、俺達はろくに魔法は使えない。
どういう理屈で潜り抜けているのか定かではないが、それがただでさえ削られていたリヴェットの命を容赦なく減らしている事だけは分かった。
次いで、変化が生まれる。
アセビの半身の結晶化の、緩和。
加えて、ルナディアの顔色。
それらが和らぎ始め、そしてリヴェットの顔に浮かぶ斑点がその範囲を広げてゆく。
慌てて俺は止めようとして、しかしその行動を見えない何かが遮った。それは、アセビとルナディア、そしてリヴェットの三人を内部に残した結界だった。
「リヴェッ、ト……!! 貴女は……ッ!!!」
それが意味する事を理解したアセビの口から悲鳴のような叫び声が聞こえた。
「……〝大陸十強〟でさえ苦しめられた〝瘴気〟の大半を貴女が引き受けてくれ続けたから、この百年の時間が生まれた。最小限の被害でとどめ続けられた。そして、〝盤上不敗〟ノベレット・アンデイズ。彼がいたから、こうして形になりました」
少なくとも何か一つでも欠けていたなら、アタシはこの選択肢をこうしてとる事はなかっただろうと彼女は言う。
恐らくこの場にいる誰よりも、リヴェットはノベレットの力を信じている。
〝盤上不敗〟と謳われた彼の力量を信じ抜いている。だからこそ、彼女自身をきっと彼は出し抜くであろう事すらも信じていたし、だからこの状況になる事も想定の内だったのだろう。
その上できっと、リヴェットは全てを仮定した。
「これまでの全ての責はアタシにあります。そこに言い訳などあるはずが無い。そしてあなた方は。あなた方も、救われるべき人間だ。嗚呼だから────」
────アタシが必ず救います。アタシの手の届く限り、一人でも多くの救済を。それが〝聖拝者〟を掲げるアタシの使命で、道標だから。
まるで壊れたブリキ人形のように、変わらぬ信念を口にする。
タソガレが匙を投げたと言ったのも、よく分かる気がした。いわばこれは、魂の芯まで強烈な己が〝誓い〟で以て束縛をしている。
これまでの生涯で絶えず己に刻み続けたそれは、一種の呪いだ。誰がどう諭したところで最早、変えられるものではないその献身はあまりにも痛ましかった。
「ノベレットがアタシを助けられると踏めるだけの戦力として集めた人達なら。きっと万が一の時もその逆が出来る事でしょう。ならば万が一の時の心配もない。だから、アタシはこうして踏み切れた。アタシの死でもってこの長い戦いも、漸く終わる」
嗚呼、ほんとうに。
ほんとうに良かったと心の底から安堵するリヴェットの表情を前に、心の中の何かがぐちゃぐちゃに掻き乱される感覚に見舞われた。
それは至極真っ当な悲観だった。
「みなさん本当にありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。アタシが至らないばかりにこんな面倒事を押し付けてしまって」
このまま何もせず立ち往生すれば、リヴェットは間違いなく命を落とす。
そうなれば、ノベレットの努力も。
そして俺達に伝言を託したタソガレの想いも、何もかもが水の泡だ。だからがむしゃらに俺は叫んだ。
「────〝魔殺しの陣〟────!!!」
リヴェットを止めなければならない。
彼女が命を落とさずとも、もっといいやり方はある筈なのだ。もっと別の結末を迎えられる未来もある筈なのだ。だから目の前のソレを否定しようとして、しかし俺の魔法は意図も容易く硝子が割れるように甲高い音を残して崩壊した。
遺物の効果によって跳ね除けられ、それでもと意地を張る。
「……なん、で、どうにもならないんだよっ……!!」
構築。崩壊。構築。崩壊。構築。崩壊。
何度試しても、無情なまでに何も変わらなかった。
だから、魔法がだめならと殴りつけてでも止めようとして行動を起こそうとした瞬間、俺の身体から力が抜けた。
(…………は、? 〝リミットブレイク〟の効果はまだ────)
十分に余裕がある筈だった。
頭の中で言葉を組み立てて、一体どういう事だと原因を探ろうとした直後、答えがやってくる。
「気を抜くな、アレク!!! 【猜疑】までもぜんぶ消えた訳じゃない!!!」
ローザの発言を受けて見回す。
気付けば手で口元を抑え、蹲るオーネスト達の姿があった。それでもと覚束ない足取りでどうにかしようとしていたが、【猜疑】の影響でろくに動けない様子だった。
やがて、側に移動を遂げたローザが小声で説明をひとつ。
「……リヴェットがやった事は、あのボスから〝瘴気〟を一部取り除いただけだ。一度に全てを取り除いてしまえば【匣】は崩壊し、あいつの言っていた助けたい人やらも間違いなく落命する。だから、完全に無力化をした訳じゃない。ぜんぶを救う目的のために、限界まで【匣】の維持とあのボスの延命を行う筈だ。全員を救うなら、一番それが都合いいだろうからな……ッ」
意識を失った事で【猜疑】の能力は暴走状態に近い形になっていた。その濃度は、俺の《魔剣》でどうにかなる範疇を既に超えており、そしてそれは、リヴェットに有利に働く。
己が目的を果たす上で、【猜疑】の効果によるものだろうが、邪魔が入らない状況というものは願ってもないことだからだ。
そしてそうこうしている間にも、事態は目まぐるしく移り変わっていた。
リヴェットによる結界に閉じ込められたアセビと、ルナディアによる対峙。
アセビはルナディアを助けたいのに、時間を掛ければかけるほど引き取った筈の瘴気がリヴェットのもとに流れ込む。
それを止めようにも、ルナディアからリヴェットを守る必要がある為、どうにもならない。
そこまで手が回らない。
とどのつまり、お手上げだった。
「…………なぜ、そうまでしてリヴェットを守る」
幾度かの戦闘を経て、ルナディアはアセビを睨め付けた。
「決まってる。ボクがそうしたいと思ったから。それ以上でも、それ以下でもない。ただそれだけ」
「……分からないな」
「分かってもらう気もないよ」
思考を加速させながら、どうすればリヴェットを止められるか。恐らくはそれを必死に考えているであろうアセビが仕方がなさそうに笑う。
「君にだって、命に変えてでも守りたい人間がいた筈だ。ボクにとってのそれが、リヴェットだっただけの話。もっとも、ここまで必死になる気は元々無かったんだけどね」
「…………」
「ボクの命なんて、あってないようなものだった。そもそも、命と言えるかすら分からなかった。だから、せめてもの憂さ晴らしに彼女を使う。ただそれだけの理由で助けたっていうのに、気付けばこのザマだよ」
そのあまりの眩しさに、目を焼かれたと言わんばかりに自嘲気味にアセビは笑みを深めた。
「大馬鹿だと思った。救いようのない阿呆だと思った。〝聖拝者〟という生き方に全てを捧げ、その為なら自分の身体も、感情も、誤差としか思っていないその生き方は、あまりにも愚かで、理解する気も起きなかった。だけど、何の価値もないと思っていたこの命を、大事だと言ってくれる人には死んで欲しくない。そう思った。きっかけはとても褒められたものじゃないんだけどさ」
心当たりがあったのか。
ルナディアの動きが鈍くなる。顔が歪む。
一等大事な思い出が過ったのか、悲壮に表情が染まり、そして無理矢理それを掻き消すようにルナディアは叫ぶ。
「……リヴェット・アウバが生き延びる事で、救われる命はあるだろう」
〝大陸十強〟の看板は伊達ではない。
〝聖拝者〟として生きる彼女が救ってきた命は、文字通り数え切れないほどだ。
「だと、しても。リヴェット・アウバがいたせいで犠牲になった命がある限り、私はその清算をする義務がある!!! 生かされた人間として、私はそのケジメだけは何があろうとつける義務がある!!!」
血を吐くような叫びだった。
どこまでもアセビとルナディアは相容れないと分かる主張で、そしてそれを当の本人たるリヴェットは受け入れていた。
「はい。ですから、私にそのケジメを取らせてください。何より、あなた方はここで死ぬべき人間じゃない。アタシなんかよりもずっとずっと、生きるべき人達です」
────だからどうか、生きてほしい。
当たり前のようにそう言葉が続けられる。
己の首に刃を当てられ、殺気をぶつけられ、恨み辛みをぶつけられて尚、溢れんばかりの慈愛でもって言葉を返すリヴェットは、ルナディアからすれば最早、一種の怪物のようにしか思えなかったのだろう。
わなわなと震える唇がその証左。
ここで恨み言の一つでも返されていたなら、また違った対応が出来たのだろう。
ここにきて初めて、ルナディアの行動に迷いのようなものが見えた。
きっとこのタイミングしかない。
なのに、打開策が何も思いつかない。
絶えず行使する魔法は、どこまでも届かない。
身体に回る【猜疑】をどうにか押し留めるのが精一杯。そんな時だった。
「……諦める、だなんてらしくねえ真似はすンじゃねえぞ、アレク」
理性的なそれは、オーネストのダミ声だった。
先程まで蹲って【猜疑】に苦しんでいた筈だったが、今はずっと楽になっているように見える。
疲労感こそ隠せていないが、【猜疑】の影響は限りなく受けていないようにも見えた。
その事実に対する驚きが顔に出ていたのだろう。
程なく答えがやってくる。
「【猜疑】、なんて仰々しい名前をしていても、結局は毒と変わらないわ。なら、時間さえあれば、魔法が使えずともやりようはある」
側で、「…………ぼ、ボクのとっておきのハバネロくんが」などと放心するヨルハの様子から、アレも使ったのか。と呆れるものの、クラシアが錬金術で一時的に解毒する方法を見つけたのだと理解。
「そういうこった。ヒツギヤは…………ガス欠みてえだし、ここからは三人でどうにかするしかねえなあ?」
後先考えず行使してくれた先の魔法のせいで、脂汗を額に浮かせながら取り繕った笑みを浮かべるヒツギヤは、確かに限界が近そうであった。
何より、万が一の時のために彼には後ろで控えてもらっておいた方が賢明だろう。
「どんだけ強固な結界だろうが、必ず穴はある。つぅわけで、だ。いけるか、ローザちゃん」
「誰に物を言ってるつもりだ」
「魔法師からすりゃ、この状況は死そのものだろ?」
「貴様は阿呆か、ばかたれ」
俺達は教師としてのローザ・アルハティアしか知らない。魔法師としての、彼女しかしらない。
だからその心配は当然のもので、しかし彼女の功績を知るものからすればその言葉はあまりにも不適に過ぎた。きっと後ろで笑うヒツギヤの行動は、それ故だったのだろう。
「奥の手の一つや二つ、あるに決まってるだろうが」
それを使うところまで含めて、〝盤上不敗〟の思い通りに事が運んでいる気がして色々と釈然としないが。そんな呟きと共に言葉が続く。
「道はひらいてやる。その代わり、あのリヴェットに一発お見舞いしてこい」
そうしてローザが取り出したのは、拳大の何か。
コアのようなソレを右手で握った直後、力任せにバキン、と握り割る。漏れ出る黒い靄。
それがローザの手に纏わりついてゆく。
砕き割った握力にヨルハが目を丸くしていたが、そんなものに構ってる暇はないとばかりにローザは言う。
「幾ら穴があるとはいえ、リヴェットが展開した魔法だ。〝大陸十強〟の魔法は、〝大陸十強〟の魔法で破る以外、道はない。そうだろう、カルラ・アンナベル」
魔法学院創始者。
〝大陸十強〟カルラ・アンナベル。
その名を呼びながらローザは魔法を展開。
何故、魔法が消えないのか。
恐らくは〝神力〟が関係しているのだろうが、そんな事は最早、関係なかった。
「あの魔女から保険としていつだったか、受け取っていたものだ。威力は保障してやる────〝流星群〟────!!!」
頭上に浮かぶは、黒い流星。
リヴェットごと殺してしまうのではという危惧すら抱くそれは、遠く離れた場所ですらその余波によって肌を灼く。
しかしそんな懸念を無視するように降り注ぐ黒い流星が結界に触れるや否や、当たり前のように消滅。
僅かな衝撃音だけを残して、消え失せる。
「────ちッ。やはり、借り物の力では、無理か。それと、私の状態も影響した、な。だが、今のリヴェットの魔法ならばこれでも穴をあけるきっかけくらいにはなる筈だ」
傷口を押さえながらも口にする彼女の言葉に背中を押されながら残る力を振り絞って俺達は駆け出す。
先の一撃でアッシュも力を使い果たしており、魔法抜きで動けるのは俺達二人だけだった。
「合わせろよ、オーネスト!!!」
「誰に物を言ってやがる!!!!」
オーネストがついさっきローザに向けた言葉と同様のそれを口にした事でお互いに顔が綻ぶ。
魔法は使えない。
なら、残るは剣技だけ。
けれど俺は碌な剣技を学んでいない。
師らしい師すらいない第二の戦う手段でしかなかった。だが、こと今回に至っては幸か不幸か剣技を識っていた。
上段から繰り出すそれは、〝燃ゆる骸炎鬼〟が生前使っていた名もなき剣技。
壊す事に特化したそれは、あるいは剣技とすら言えないものだったかもしれない。
それでも、事この状況においては何よりも適していると思った。
気炎を吐き散らすように俺達の声が重なると同時、耳を劈くほどの轟音が響き渡った。
「「壊れ、ろ、くそったれがぁぁぁあああああ!!!」」
* * * * *
「…………全く、勘弁して欲しいもんだ」
普段ならば叩くことの無いであろう言葉。
しかし、まるでこうなる事を予見していたかのように、結界を壊すや否や現れるその姿を前にしては俺の口も止まってはくれなかった。
「ここまで、あんたの予定通りか? 〝盤上不敗〟」
「オーネストの友達にまでそう呼ばれると、クるものがあるね。でも、ああそうだ。幾つかの選択肢はあったが、ここまではそうだよ。想定の範囲内だ」
ノベレット・アンデイズ。
またの名を、盤上不敗。
言葉がいい終わると同時に展開されるナニカ。
正体は分からないが、それは先ほど、必死に俺達が壊した結界よりも何故かずっと得体が知れず、どうしようもないナニカのように思えた。
そしてその予想が正しいと言わんばかりに、その隙を狙おうとしたルナディアの行動が不可視の何かによって封殺される。
「無駄だ、リヴェットさん。これは、君であってもちょっとやそっとでどうにかなるものじゃない」
虚勢の類とは思えなかった。
おそらく、俺達が動こうとしてもルナディアと同じように行動を封殺されて終わるのだろう。
その予感があった。
「後は、ワタシとアセビで全てを引き受けるだけだ。リヴェットほどうまくはやれないが、その為の準備はどうにかし終えてきた。良かった。これで悔いなく、みんなのもとに逝ける。これで漸く、ルーカスに少しは申し訳が立つ」
分かっていた。
初めからノベレットがここで命を使い切るつもりだということは察していた。
だけど、その理由だけは言ってはいけなかった。
「…………あんた今、なンつったよ」
聞き間違いである事を祈るように。
しかしそれだけはあり得ないと悟りながら、オーネストは聞き返す。
「申し訳が、立つと言った。あの時、死んだメンバーと。助けられなかった、ルーカスに」
幼馴染の名前を持ち出されて、オーネストの怒りは頂点に達する。
「ルーカスが、それを、望んだのかよ?」
「いいや。あの子がそれを望むことはないだろう。たとえ罹患した病の原因の一端がワタシにあると知ったとしても、口が裂けてもそうは言わなかった筈だ」
「だったらどうして!!! そんな真似をしてルーカスに申し訳が立つだなんてほざく!? あいつはそんな事、これっぽっちも望んじゃいねえよ!? ふざけてンじゃねえぞ、ノベレット!!!」
どんな人間にも終わりはやってくる。
終わりだけは、誰であっても避けられない。
しかし、最後の最後。
本当の最後の終わり方だけは、ある一定数の人間は選ぶ事が出来る。
選べない人間もいる中で、決して選んではならない終わり方を選ぼうとするノベレットを、オーネストは許せない。
「……ふざけてなんか、ないさ。ただ、通したい義理と、守りたいものが人より少し多いだけなんだ。きっと、このまま【匣】を引き摺って、いつかオーネストまでがルーカスと同じ病に罹患すれば、ワタシは後悔してもしきれない。そしてみんなが慕ったリヴェットも守れる。これ以上ない選択だ。だからどれだけ罵倒されようが、ワタシはこの行動を曲げる気はない」
だから、悔いなく逝けると言ったのだと。
申し訳が立つと口にしたのだと。
そう言うノベレットに、オーネストは何も言い返せなくなる。そこに己自身もいたせいで、何も言えなくなる。
そして気付けば、リヴェットの身体中に広がっていた斑点が薄れていた。
その代償はノベレットに向いていた。
斑点などという生半可なものではなく、もっと目に見えた代償として。
まるで砂で出来た城が風で風化していくように、その指先が消え始めていた。
「ルナディアさん」
「…………」
「頼みがある」
その声音は、敵であっても胸の奥を揺さぶるほどの熱があった。
「可能な限り、ルナディアさんの呪いも取り除くと約束する。だからもしもの時は、君の能力で助けてくれないか」
もしもの時とはつまり、ノベレットとアセビの二人で手に負えなかった場合の話だ。
「…………リヴェットに与する者の願いを私が聞けと?」
「少なくとも、あの子達は【匣】に関係がない。巻き込んでおいてお門違いな願いなのは分かってる。でも、それでも守りたいんだ。君ならこの気持ちを、分かってくれると思った。だから恥を承知で頼んでる。ルナディア・アーサス」
「…………」
彼女もまた、その願いによって救われた人間と知っていたから。
恥も外聞もなく情に訴える。
ノベレットに、残されたものは最早何もなかったから。
しかしそれについて怒る様子もなく、ルナディアは瞑目を一度。瞼の裏で思い起こされるのは、いつの記憶か。
程なく見開き、静かに一言。
「ふざけた奴らだ」
それは、拒絶だった。
「全くもって、ふざけている。誰が。一体誰が、いつ、助けて欲しいと願った。助けてくれと言った」
静かに告げられるそれは、慟哭のようだった。
「たとえ助けられるとしても、それは決してお前らの手によるものではない。お前らに救われるくらいなら、私は命をドブに捨てた方がまだマシだ。お前らに救われる命などハナから持ち合わせていない。そもそも、今更救われたところで、何の意味がある」
声は震えていた。
「今更助かったところで、何も残っていないというのに。それに、私は誓ったんだ。こんな碌でなしであっても、手を差し伸べ救ってくれた家族に。【匣】は、必ず私が殺すと。だから私はそれを許さない。自己犠牲に浸りながら、満足感を得て死ぬ? そんな上等な死に方は、許さない。何も残せず、何も守れず、後悔を抱えて死ぬしか出来なかった者が多くいたというのに、お前らだけそんな上等に死ぬなど、許せるものかよ!!!」
そう告げるルナディアの視線は、だが、時折その視線は何故かオーネストに向いていた。
「……だから代わりに、私がお前らに呪いを掛ける事にした」
──────〝強欲の果てに〟──────。
行使されるのは、〝呪術刻印〟。その能力。
「ここまでお前の予想通りだったならば、殺してやりたいが、どうにもそういう訳ではないらしい」
〝瘴気〟の、強奪。
筆舌に尽くし難い痛苦を伴って行われるそれを前に、笑いながらルナディアは言う。
「これは、呪いだ。リヴェット・アウバ。お前を殺すのも悪くはなかったが、きっと私の復讐としてはこれが一番、適当なのだろうな」
つまらん最期だ。
私も耄碌したな。
そんな言葉を残すルナディアの行動によって、片腕が既に風化していたノベレットの進行が止まる。
「【匣】は、私が殺す。だからお前は黙って見てればいい。誰も彼もを救おうとして、目の前で死なせ、救われるしかないこの現実を。重ねて言おうか。これは呪いだ。死ぬまで貴様は救い続けろ。責任を持って、最期までな」
当人が望んだものではないとはいえ、あの悲劇を生み出した人間に対する罰としては些か緩い気もするが、これ以上はあるまいとルナディアは己を納得させる。
「碌でもない人生だったが、それでも人には恵まれていた。気付いたのは、全てを失ってからだったが」
だからこそと、続く言葉は何故かオーネストに向いていて。
「だから、ほんの少しだけ感謝してやる。気付かせてくれた礼だ、そこの槍使い。あのお人よし共もきっと、あの結末は望んでいなかっただろうから」
全てを強奪してゆくルナディアの身体に変化が起こる。それはどこまでも顕著に、取り返しがつかないほど早く。
やがてルナディアはオーネストから視線を外して天井を見上げた。
崩壊が進み、外の光が差し込む空を。
「全くもって納得のいかない終わり方だ。どいつもこいつも、誰かを救うために行動しやがって。まるで私が悪者のようじゃないか」
「……実際、動機はともかく、悪者側の人間だろあんた」
「………………。それもそうだ」
まさかここでど正論が返ってくるとは思わなかったのだろう。ルナディアは自嘲するように鼻で笑う。
「一体、何が正解だったのやら」
「何が正解であってもいいと思うよ。少なくとも、貴女の中の正解を、最後に選べたなら、それで十分じゃないのかな」
半身が結晶化していたアセビが、会話に割り込む。
その半身は元通りに────なっている訳でもなく、そこもまた風化を始めていたがそれを気にする様子もなく彼女は言う。
「……そういうことに、しておこうか」
ルナディアの身体が、崩れ去ってゆく。
「そう言えば。私に初めて会った時、何か言いたげだったが、何か私に聞きたい事でもあったか?」
残された時間はこの通り、全くないが。
言葉こそなかったが、表情の変化でそう告げてくるルナディアに対して、俺達はここにきた本来の目的を思い出す。そして問うた。
「…………ああ。一つだけ、あんたに聞きたいことがあった。裏ダンジョンについて、聞きたい事がある」
「……裏ダンジョン。あぁ、あのよく分からん仕組みの事か。だが残念だな。私はそれについて殆ど知らん。言っただろ。私は、リヴェットを殺す事。ただそれだけに全てを注いできた。その他は知らん。それでも一つだけ、分かる事もあるがな」
「それ、って」
「だが、その答えはもう持ってるだろう?」
その視線は《魔剣》に。
「その《魔剣》が知っている事以上のものは、私から出てくることは無い。諦めろ。ああ、でも、その上で一つだけ言える事もあったな」
半身を超えて、風化の範囲が顔にまで達する。
「テオドールが口酸っぱく私に言っていた警告だ。ダンジョンに踏み入り続けるのなら、〝顔無し〟の男には、気をつけろ」
「────は?」
疑問を投げる前に、ルナディアの身体は完全に崩れ去ってしまう。
その存在が、完全に消え失せた。
そしてそれを見届けてから、俺達に向かって声が聞こえてくる。
「終わり方は兎も角、一件落着、と言いたいところだけど、【匣】を出る前に確認しておきたい事がある」
そう言いながら、アセビは目深に被っていた外套を脱ぎ捨ててゆく。
やがてあらわになる素顔に、俺達二人は言葉を失った。
「どうして君達が、シュトレアに来たのか。それを話して欲しい。裏ダンジョンについてであれば、それ次第で、ボクは君達の力になれるかもしれない」
その素顔は、見間違いようもなく、ヨルハと全く同じものであった。









