十五話 〝タンク殺し〟64層 始
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「————ッ、お、らァァぁぁァアアッ!!」
己を鼓舞するかのような大声を伴い、振り下ろされるは所々真紅に染まった一本の黒槍。
その一撃に全力を注ぎ込む勢いで対象を力任せに撃ち砕き、捻じ伏せる。
是も否も唱える暇を与えない。
力でもって。才能でもって。真正面から誰であろうと叩き伏せられてしまう。
それが、オーネスト・レインという『天才』。
力、技術、速度、勘、反射神経。
戦いに必要とされる要素、その全てが最高峰。
4年という月日が経とうとも、その事実に微塵の揺らぎも存在していなかった。
「鬼に金棒とはよく言ったもんだ」
凄まじい轟音響く中、あまりの衝撃の大きさに立ち上る砂煙越しに見える割れ目。
視界に捉えるまでもなくオーネストの槍を叩き付けられていたであろう魔物の末路を察しながら、俺はそう口にする。
「————〝貫き穿つ黒槍〟、か。まさか、オーネストまで〝古代遺物〟を手にしていたとは」
フィーゼルがダンジョン——〝タンク殺し〟64層。
〝死霊系〟のフロアボスらしく、常ならざる空気漂う階層。
本能的に忌避感を抱いてしまう闇に薄らと染まった64層にて、オーネストは可能な限り騒がしく槍を振るっていた。
『今回の目的は、あくまで救出。間違っても踏破じゃない。だから、助けるに当たって此方の存在を向こうに知らせる必要がある』
無駄にだだっ広いダンジョンの中で入れ違いだけは避けたい。だから、此方の存在を終始示し続けなきゃいけないと、ダンジョンに足を踏み入れる数時間前にヨルハは主にオーネストに対してそう説明をしていた。
フロアボスの〝核石〟さえ手にしていれば、次層に転移する際、自動的にダンジョン内に存在する複数の次層に続く道、そのうちの一つに勝手に転移をしてくれる仕組みとなっている。
だから、64層にたどり着く事自体には然程時間を要さない。
肝心なのは64層にたどり着いてから。
1週間歩き続けてもその全てを把握する事が叶わない程に一層一層が広いダンジョンの中。
複数存在する65層に続く道、その一つを探り当て、今も尚、対峙しているであろう人間と出会う確率は果たしてどれ程だろうか。
そして、ダンジョンに溢れる多くの魔物。
浅層とは比べものにならない程強力な魔物を排しながら、探し続ける。
……下手をすれば、フロアボスを相手にするよりもその難易度は高いものになっているだろう。
「壊れ難くてよく斬れる。たったそれだけの権能を持った〝古代遺物〟であるけれど、あのバカにはピッタリでしょう?」
細められた黒の瞳が映しているのは、槍を振るうオーネストの姿。
……張り切り過ぎなのよ。と、半ば呆れるクラシアの目が口ほどにものを言っていた。
「違いない」
発せられた言葉と、彼女が思っているであろう感想。その二つに対して肯定の意を示す。
「でも、良かったのか。『可能な限り、お前らは節約しとけ』なんてオーネストの言葉に従って」
雑魚は全てオレさまに任せとけ。
いざという時にお前らが、ガス欠でした。なんて事態だけは何があろうと避けねえといけないだろうが。
そんなオーネストのもっともな言葉に、ヨルハが頷き、今に至っていた。
敵は〝死霊系〟。
決定打足り得る魔法を撃ち込める人間の疲労は、可能な限り避けたいと。
「良いのよ。それに、心配せずともあたし達の出番もすぐにやって来るだろうから」
そう口にするクラシアの頰は、心なし僅かに引き攣っているようにも思えて。
「何せここは、Sランクパーティーが壊滅状態に追い込まれるような場所。だから、」
何の脈絡もなく、————突如として頭上に全身を覆い尽くすほど大きな影が落ちたような。
そんな気がした。
そしてクラシアの言葉がそこで不自然に俺の中で途絶える。
まるで危機的状況に陥ったかの如く限界まで引き延ばされる意識。
「————」
周囲一帯を覆うように広がる筆舌に尽くし難い嫌な予感。滲み出した脂汗がじっとりと背中を濡らし、そして————。
「〝雷鳴轟く〟————ッ!!」
殆ど反射的に肩越しに振り返り、己の考えを整理するより先に言葉が口を衝いて出てきていた。
続け様、そこら中から突として溢れ出した殺意の奔流に声を出すまでもなく〝魔力剣〟を右手に創造。
後ろに控えるヨルハと、隣にいたクラシアに当たらないように展開した魔法陣からは意識を逸らし、何もないと分かっているにもかかわらず、俺は手にした剣を斜め上の頭上に位置する虚空に向かって思い切り振るう。
……死線に、立たされている。
思わず抱いてしまうその感想を容赦なく斬り捨てんと振るった剣はやがて、何もない筈の場所で重なり合う。
遅れて轟く剣同士が合わさったかのような金属音。かつてない衝撃が柄を伝って身体に届く。
「……なんだコイツ」
姿は見えない。
しかし間違いなく、敵はそこにいる。
カタカタと鬩ぎ合う音が忙しなく鼓膜を掠める。
次第に見えてくる不可視の敵の正体。
剣を合わせた感触から考えるに、これは剣ではなく恐らく————
「っ、なる、ほど。コイツ、〝死神〟かッ!!」
————その得物は、大鎌。
これまでの経験則からそう導き出し、それを扱う〝死霊系〟の名を叫ぶ。
「はんッ」
しかし、俺の叫び声に反応した声はひとつだけ。それも、あろう事か喜悦の滲んだ笑い声。
オーネストのものだ。
「ほらみろ。腕なんてちっとも落ちてねえじゃねえか!!! なぁ! アレク・ユグレット!?」
「お前……ッ!!」
背を向けたまま叫び散らすオーネストのその言葉のお陰で全てを悟る。
オーネストは間違いなく、浅層とは異なり、姿を消す事の出来る〝死神〟が64層に潜んでいるという情報を事前に知った上で、あえて、俺に話していなかった。
きっとその理由は俺の実力を不意打ちで測る為。その行為の必要性は分かる。分かるが、今このタイミングでやるような事かよ……!?
……確信犯、やりやがったなコイツ……ッ。
「おいオイ!? 勘違いしてくれンな!! オレは確かに見えねえ敵がいるとは聞いてたが、その対処法については全く聞いてねえよ! 脳筋ゴリラからは勘で何とかしろとしか言われてねえしな!!」
脳筋ゴリラとは恐らく、Sランクパーティー所属であるクリスタの事なのだろう。
だから、意地悪で黙っていたワケではないのだと押し寄せる魔物を捌きながらオーネストは言葉を繰り返す。
「それに、アレク・ユグレットにゃ、そのくれえ余裕で防いで貰わねえとオレが困る!!」
『天才』であるオレさまが認めた魔法師なら、そのくらいは余裕だと思った。寧ろ、下手に情報を与えてしまうとかえって邪魔になると思った。
そう言ってオーネストは綺麗に纏めやがった。
つまり、これは期待の、信頼のあらわれであるのだと。だからこそ、こうして試すような真似をしてしまったのだと。
……成る程。
それであるならば確かに納得をしても————。
「————って、納得するわけねえだろうがぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
立ち上る怒りの感情と共に、いまだ膠着状態の続いていた鬩ぎ合いに終止符を打たんと、力任せに剣を振り切る。
力を試すにせよ、ならせめて事前に最低限の情報を話すのが筋というものだろうがと叫び散らす。
すると、ちょうど視界の端に映り込んでいたヨルハが魔法を発動させようとしていたのか。
彼女の側に魔法陣が浮かび上がっていた。
……滅茶苦茶申し訳なさそうな表情を浮かべるヨルハを見る限り、彼女は反対したがオーネストがそれを強行した。といったところなのだろうか。
「……帰ったら覚えとけよオーネスト」
「くははっ、つー事はだ。じゃあ、生きて帰るしかねえよなぁ?」
「……ったく」
あの程度で死ぬとは毛程も思っていなかった。
一切悪びれる様子の感じられないその言葉は、まるでそう言っているようにも思えて。
「……思った以上に厄介だな、64層は」
「その分、攻略した時の喜びも一入ってだけの話じゃねえか」
「……あのさ、オーネスト。何回も言ってるけど、ボク達は今回、ダンジョン踏破に来たわけじゃないからね」
「バカに何を言っても理解出来ないわよ。だって、バカだもの」
「オイ、クラシア。今オレさまの事バカ呼ばわりしただろ!?」
敵がまだいるにもかかわらず忙しなく行き来する会話の数々。
……後で覚えてろよ……ッ!!
ついさっき俺が口にしていた言葉をなぞるオーネストに、それは俺のセリフだろうが。
などと、呆れながらも、未だ健在であろう押し返しただけの敵を感覚で見据える。
久しく忘れていた和気藹々としたこの空気を前にして、本当に、彼、彼女らのパーティーに戻って来たのだと。改めてそう思わされた。
……勿論、オーネストの件は許してないが。









