百四十三話 ドリームチーム
「そういう事だから。色々と目を付けられる前に急ぐよ」
言い終わるや否や、俺達の返事を待たず────どころか、返事を聞く気がないと言わんばかりに目の前に広がる断崖絶壁から当然のようにノベレットは身を投げた。
しかも、よりにもよって咄嗟に俺の手首を掴んだ状態で彼は飛び降りた。
「ち、ょ──────」
そのあまりの躊躇いのなさに。
突拍子のない行動に、場に動揺が走った。
しかし、ノベレットからすればどこ吹く風。
落下を始めたことで最早、オーネストらの動揺など視界にすら映らない。
そして、これは一体どういう事なのだと問うより先に手首から手を離されながら言葉がやってきた。
「アレクくん。で、良かったよね。これから、リヴェットの下に辿り着くまでの間の時間でワタシが知る全てをキミの頭に叩き込む」
「────は」
何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
突然のこと過ぎて、頭が上手く発言を理解してくれない。けれど、映り込むノベレットの横顔はとてもふざけているようには見えなくて、その言葉が本心から告げられている言葉だという事だけは浮遊感に見舞われながらも理解出来た。
「勿論、全てとは言っても今、必要な事だけなんだけどね。リヴェット風に言うなら〝神力〟についてと、ここからの動きについてだ」
〝神力〟。
その言葉に思わず俺の片眉が跳ねる。
〝大陸十強〟に名を連ねたテオドールに、ユースティティア・ネヴィリム。彼ら彼女らが呼称していたその言葉は忘れようにも忘れられないものだ。
だが、タソガレとの接点こそ口にしたものの彼はメイヤードで起こった一連の騒動について何も知らない筈である。故に俺が〝神力〟に触れる機会があったかどうかも知り得ない筈だったのだ。
なのにノベレットはまるで俺が〝神力〟について知っていると分かっていたかのように話す。
特別カマをかけている訳でもなく、そうであって欲しいと希望的観測が篭っている訳でもなかった。
彼なりに、知っているだろうと確信を得ているような声のトーンだった。
だから余計に、頭の中で疑問符が際限なく浮かぶ。
しかし、その内心の動揺を見透かしたように俺の表情すら確認する事なくノベレットは言葉を続けた。
「キミとこうして二人きりの時間を作った理由は、だからこそだよ」
言っている意味がまるで分からなかった。
「これでも、こんな身体になってから百年以上生きてるせいで、ある程度の事は分かるようになった。ワタシと同類のような存在の事は、ある程度ね」
ノベレットのように〝迷宮病〟を患った覚えはなく、かと言って本来の人間の寿命を大きく超えて生きている事もない。
その上で俺を「同類」と呼ぶ理由など一つしかあり得ない。
「キミの中に、ワタシ達を苛むソレと同じものがある事はすぐにわかった。言葉では上手く説明できない感覚的なものではあったけど」
今でこそ自覚の外にあるものの、テオドールとの戦闘で使わざるを得なかったソレが完全に消滅した訳でなく、〝魔眼〟と共に奥底に仕舞われているだけであるという事は分かっていた。
だが、それを俺本人の自覚すら超えて認識されるとは思ってもみなかった。
そもそもそんな事が出来るとも思っていなかった。
「そしてそれが、自覚の外で自然発生で生まれるものでない事も、よく知っている。だから、キミが一番話が通じると思った」
「話が通じる……? 一体、あんたは何を言って」
「どういう経緯でキミの中にそれが生まれたのかは知らない。でも、およそ真面な過程を辿っていない事は分かる。〝神力〟は、使う側も使われる側も碌な末路を辿らないからね。それ故に、綺麗事が通じないとキミが一番理解してくれると思った」
それは暗に、オーネストやヨルハ。クラシアでは納得しないであろう考えを行動に移す心算だと言っているようであった。事実、そうなのだろう。
「時代の亡霊たるワタシが醜くも生にしがみついていた理由は、この日の為だ。この清算を遂げる為に、ワタシは己の命を後生大事に取っておいた」
故に、その命をここで擦り潰し、使い切る事に微塵の躊躇いすらなく。
思い知った側だからこそ、そうでもしなければ指先が掠れる程度にすら届き得ないと知っているのだと。
「共感してくれとまでは言わない。でも分かってくれるだろう? こうしなければ、ワタシは百年前に死んだ仲間達に申し訳が立たないんだよ」
────そこで漸く、すとんと腑に落ちた。
ノベレットは、ハナからこのつもりだったのだ。
恐らくはオーネストと出会った十数年前から。否、それ以上前からこの末路を頭の中で描いていたのだろう。彼に手を差し伸べ、師のような関係になったのも元を辿れば贖罪から。
リヴェット・アウバと共に攻略を続けている理由も贖罪から。
オーネストの親友だったルーカスの面倒を見ていたのも、ここで留まっていた理由も。
こうして命を使い切ろうとするのもぜんぶ、ぜんぶこの日の為。贖罪ゆえ。
ルーカスの事を白状し、素直にオーネストに殴られた理由も己がそれだけ碌でもない人間だと告げる為であったならば。
そうする事で、ここで責任をもって命を使い切り、ケジメをつける事が残された唯一の使命なのだと告げた気でいたのなら、全てが繋がる気がした。
「それでも、オーネストは許さないだろう。あの子は、優し過ぎるから。他の二人の女の子も、許してはくれなかっただろう。そしてアレク君。キミもね」
ノベレットのその予感は間違っていない。
オーネストは勿論、ヨルハもクラシアも、死に向かおうとするノベレットの行動を許容する事は何があろうとなかった筈だ。
彼が命を捨てる事で全てが丸く収まるとしても、困難を受け入れてでも違う道を模索した筈だ。
赤の他人ならばともかく、ノベレットはオーネストにとって掛け替えのない存在だと知っているから。
「だけど、世の中にはどうしようもない事だってある。少なくとも、ワタシの命くらいは懸けなければ土俵にすら上がれない事だってある。キミならその意味が分かると信じて言ってるんだ、アレク君」
顔が歪むのが分かった。
手首を掴まれ身を投げる寸前にノベレットから口にされた言葉が頭の中で繰り返される。
────深部に辿り着いてからのボスの相手は基本的にワタシに任せて欲しい。
とどのつまり、そこで命を懸けるにあたってオーネスト達という邪魔を、お前がどうにかしろと言っているのだろう。
思わずふざけるなと叫び散らしたくなった。
〝大陸十強〟と呼ばれる人間の規格外さ。
彼らが扱う力の逸脱具合。
その全てを俺は知っている。
ほんの一瞬、目にしただけだったものの、ノベレットの魔法の技量が俺をはるか凌駕するものと知った上で、その彼が始まる前から心折られる程のものだと知った上で尚、到底容認出来るものではなかった。
「……オーネスト達があんたを止めようとすると分かった上で連れてきた理由は、俺がいたからか」
「ああ、そうだとも。加えて言うなら、リヴェットを逃がしてくれる人間が必要だった。彼女とタソガレの関係は……ほんの少しだけ知ってる。だからタソガレがの息がかかった人間なら、リヴェットを任せられると踏んだ」
ノベレットは徹頭徹尾、リヴェットのことを優先して考えていた。それが特別な感情からくる行動なのかはさておき、心の底から彼女を助けたいと考えている事は容易に見てとれた。
その感情を、俺は否定するつもりはなかった。
汚濁を啜り、それでもと命を繋いでいた理由がこの日の為であるならばそこに心血を注ぐ彼の行動自体を非難するつもりは毛頭ない。
かつての責任者としての責と、先に死に逝った者らへの義理を通そうとする姿は彼の人間性そのものなのだろう。称賛すべき人格者だ。
しかし────しかしだ。
その行為がある種の正しいものだと理解し、仕方がないものだと受け入れながらも俺は血が滲むほどに下唇を噛み締める。
そして戦慄く唇の隙間から息を吐き出し、俺はそのまま思い切り息を吸い込む。そんな時だった。
「─────」
降下による着地が近くなってきた事もあり、どこからともなく花の匂いに誘われる虫のように俺達の下に魔物が無数に殺到を始めていた。かつて喋る骸骨アッシュと共にいる時に目にしたワームのような魔物に、昆虫のような魔物。
ダンジョンで一度として目にした事のない異形の魔物らによる不快な呻き声と、鼻をつく独特の刺激臭。
それらを前にして対処しようとするノベレットよりも一歩先に、胸中で渦巻いていたやり場のない彼への感情をあらわにするようにほんの一瞬目を伏せたのち、魔法を行使しながら俺は割れんばかりの怒号を放った。
「ッ、ふっ、ざけんなぁぁぁああああ!!!!」
僅かな間隙すら許さず行動を制限するように雷鳴と共に雷撃が迸り、地面ごと魔物らの身体を刺し穿った。
そしてそのまま着地する寸前に俺はノベレットに近づき、その胸ぐらを乱暴に掴み上げ地面に押し付けるように着地した。遅れて俺達を追うように身を投げたであろうオーネストらの動揺の声が伝わってくる。
しかし関係がなかった。
彼らを気にするよりも先に、俺には言わなければならない事があった。
「……オーネストがあんたを止めようとするから、それを俺がどうにかしろ? オーネストにとってあんたがどういう存在なのかを分かってる癖に、なんでそんな事が言えるんだよあんたは……ッ」
黒黒と濁った瞳が俺を見据える。
悲しそうに細められる瞳は、額に血管が浮かぶ程にキレる俺の感情を正しく認識しているのだろう。
その上で、達観した表情で言葉はなくとも意思を伝えてくる。
仕方がないじゃないか。そうするしか道はないのだと諦念にまみれた感情をどうか理解してくれとどこまでも共感を求めてくる。
「〝大陸十強〟が。〝神力〟が、どうにもならない事は俺だって知ってる!! だけど、ハナから全てを諦め切るのは、それは違うだろうが!?」
ノベレットの中では、ここで全てを清算し、過去の因縁に決着をつけた上で過去の亡霊たる己が死という形で退場する事がケジメだとでも思っているのだろう。
それに至るまでにどれだけ苦しんで、傷付いて、どれだけの覚悟を。決意を秘めて死地を駆けようとしているのかを理解した上で俺は哮る。
「あんたがそうして死んだ後、あのオーネストがどういう行動を取るのか。それを知らないあんたじゃないだろ」
「…………」
幼馴染との約束の為に今を生きているような人間だ。そんな人間にとって唯一残された肉親のような存在が目の前で死んでもみろ。
間違いなく、碌な未来は待ち受けていないだろう。
「自己満足の為にオーネストに手を差し伸べておいて、手前勝手に自分だけ満足して死のうとするのはずるいだろノベレット・アンデイズ!」
たとえ死ぬとしても、それが許されるのは仕方がなかった時だ。どうしようもなかった時だ。
仮にノベレットの言う通りだとしても、生きようとすらせず僅かな可能性すらハナから消して動く事は許せなかった。
「……それに、リヴェット・アウバもあんたの命を投げ捨ててまで助かろうとする気もないだろ」
タソガレから聞く限り、間違ってもその選択を許容する人ではない筈だ。
寧ろ、己の為に犠牲を強いるならば必要ないと拒絶するような人間に思えた。
そしてその感覚は正しかったのだろう。
図星をつかれたのか、気まずそうな沈黙が挟まれる。
「…………。随分と、好き勝手言ってくれるね」
遠回しに、そういう事ならリヴェットを助ける事についても素直に頷けないと伝えたからだろう。
不機嫌そうに、ノベレットの表情が険しくなる。
敵意すら込められるその圧を前に、俺は萎縮する事すらなく躊躇いなく言い切って見せる。
「当然だ。同じパーティーメンバーである前に、オーネストは、俺の親友だ。だから、あいつが悲しむ姿は見たくない」
そう言うと、ノベレットは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を一瞬みせ、滲ませていた圧を霧散させた。
「アレク────ッ!? てめ、何やって!?」
遅れて、数秒遅れて身を投げたであろうオーネストが着地し俺の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
顔には焦燥と動揺が浮かんでおり、胸ぐらを掴み上げていた俺はそれを見て手を離した。
「……親、友か」
ぽつりとノベレットは一言。
それはオーネストの耳に届く事はなく、かろうじて俺の耳に届いて薄れて消える。
「……仮にキミの言う通りにするとして、その場合の勝算はあるのかい」
何もノベレットは自殺願望故に命を投げ捨てようとしていた訳ではない。
そうするしかないと諦めしかなかったから結果的にそうなっていただけでもあった。
事態を飲み込めていないオーネストをよそに、俺とノベレットの間で会話が進む。
その間に、飛び降りを躊躇っていたであろうヨルハらも遅れて着地し駆け寄ってくる。
「本来ワタシは、自分の「病状」を悪化させる事で自分自身を擬似〝大陸十強〟に昇華させた上で、ワタシが時間稼ぎをしている最中にルナディアさんの〝強欲〟を使って源である〝神力〟をダンジョンボスとリヴェットから奪って貰う気でいた」
しかしそれが叶わなくなった以上、力尽くでボスを打倒するしかなくなった上、リヴェットについては彼女本人に丸投げをするしかなくなった。
だから余計に、己が命を投げ捨てずに済む訳がないと信じて疑っていなかったのだろう。
ノベレットの瞳は、お前がルナディアの代わりを出来るのかと問うているようでもあった。
それもあって、俺は首を横に振る。
「俺はルナディアさんの代わりにはなれないだろうけど、それでも一応、貴方の言う通り〝大陸十強〟が扱ってたあの力については散々思い知らされたから」
嫌という程に思い知らされて、嫌というほどに心を折られかけた。
「その上で、こうして生き延びてる。〝大陸十強〟が相手なら兎も角、同じ力を持つだけの存在なら俺でもサポートくらいは出来る」
「だとしても、」
「それに、何事もやってみなくちゃ分からない」
「失敗が許されない場合は、その限りじゃない」
「そうだとしても、無理だと決めつけて選択の幅を狭める方が愚かだ。何の努力もなしに、貴方の命を投げ捨てる事が最善だなんて俺は認める気はない」
「…………」
どこまでも平行線。
お互いに譲る気がないのは明白だった。
ここまで思い通りにいかず、俺に譲る気がないのは想定外だったのだろう。
ノベレットは俺の言葉を受けて若干吟味するように黙り込み、やがて彼は仕方がなさそうにため息を吐いた。
俺がオーネストを説得もとい、止める気がないのであればもうどうしようもないとついに諦めたのか。
はたまた、ぎりぎり芽があると踏んだのか。
「……オーネストの親友を名乗る子は、どうしてこうもみんな強情なんだろうね」
仕方がなさそうにノベレットは笑う。
どこか昔を思い出すような様子であった。
恐らくはオーネストの幼馴染────ルーカスも一筋縄ではいかない人だったのだろう。
いつだったか、オーネストの口から語られたルーカスについてを考えれば、確かにそういう人だったのだろうなと予想出来た。
「…………知らねえよ。二人で好き勝手話してたくせに、急にオレさまに振るンじゃねえ」
剣呑な空気故に心配をしてか、じっと見守っていたオーネストであったが、一触即発の空気でないと察してから黙っていたオーネストが口を曲げる。
「だけど、アレクの意見にオレさまも同意だ。そもそも、どうしてオレさまの命の事は散々気遣った癖に、逆はさせてくれねえンだよ」
ルーカスの一件で恨まれてでもオーネストの為にと秘匿し嘘を吐いたノベレットの行動は、あくまでオーネストを慮っての事だった。
守りたいが故のものであった。
だからこそ、オーネストは言わずにはいられない。
どうして己がそれをする機会はくれないのかと。
「それ、は」
「だから、オレさまもオレさまで勝手にさせてもらうつもりだ。かつてのあんたがそうであったように。そもそも、いつまでもガキ扱いしてンじゃねえ」
あんたに気遣われずとも、自分の身くらいはもう自分で守れるのだと告げながらオーネストが歩き出す。
向かう方向が目的の場所であったならば格好がついたであろうに、事もあろうか方向音痴が発動してあらぬ方角へ歩み進めたものだから絶妙に格好がついていなかった。
しかしその様子を前に、ノベレットは言葉による説得は無理だと諦めたのだろう。
元より、一人では成功する可能性が低い賭けと思っている節もあったのだろう。
どこか諦めたように嘆息を一度。
別々に行動するよりは受け入れた方がマシと捉えてか、口を開き、言葉を口にしようとしたところで突として変化が生まれた。
「──────」
突如として足下に、昏い影がぶわりと広がる。
まるでシュトレアに位置する〝匣〟全域を呑み込むのではと錯覚する程の規模の影。
何かしらによる魔法という事だけはすぐに判断がついたものの、その突然の変化に身構える。
やがて、術者たる存在による攻撃を今か今かと待ち受けたところで、それは俺の耳朶を掠めた。
「────全く。うちのギルドマスターはおれを便利屋か何かと勘違いしてませんかねえ?」
身の丈以上の棺を背負う黒装の坊主頭の男。
迷宮都市フィーゼルを活動拠点とするSランクパーティー〝ネームレス〟。
謎に包まれた修道士めいた彼は、苦笑いを浮かべながら這い出るように影から姿をあらわし地面に足を掛ける。
「一応これでも、敬虔な信徒だというのに」
首から上以外は神父にも見える彼は遠回しに、日々、祈りで忙しいのだと自慢げに告げるも、「はぁ~!?」と胡散臭そうに声を上げながら野太い声が間髪いれずに聞こえてきた。
「てめえが敬虔な信徒なら、世の中は全員信心深いを超えた得体の知れない何かになるぞ」
碌に神など信じていない本性を指摘しつつ、続くように影から姿を現したのは大柄の男。
フィーゼルに位置するギルドのマスター。
レヴィエル・スタンツであった。
「…………ギルドマスターに、ヒツギヤ?」
「流石にそこまで言われるとおれも傷付くんすよ? 折角、こうしてボランティアで手伝ってるってのに。そもそも────って。若干一名ほど知らない人間はいますが、座標はバッチリってとこっすねえ? お久しぶりっす、みなさん」
ぺこりと一礼。
そんな彼らの存在に真っ先に気付いたのはクラシアだった。
遅れて俺らも気づく。
しかしよりにもよってどうしてここに、このタイミングでレヴィエルとヒツギヤが現れたのか。
それがよく分からなくて、一瞬、このダンジョンの性質である【猜疑】を疑ってしまう。
「……これは、【猜疑】じゃない。けど、一体どうやって」
「おれの魔法如きじゃ、リヴェット・アウバが立ち入りを禁ずる為に展開した結界を潜り抜ける事は出来ねえす。ただ、それはあくまで上側だけ。下から潜るだけなら、意外とどうにかなるんすよこれが」
目を見張るほどの規模の影を展開し、そこから潜るように忍び込む方法ならばその限りではないとヒツギヤは言う。
「ところでギルドマスター。もう一人の協力者はちゃんと合流出来るんすか? ここの結界、結構強力っぽいっすけど」
「安心しろ。座標は伝えてある。それに、あいつもあいつで化物染みたやつだ。場所を伝えて問題ないって返ってきたんだ。なら、大丈夫だろ」
仮にダメだったとしても、それはそれで面白いじゃねえか。あのちんまい幼女の事を腹を抱えて笑ってやろうぜ? 指差して、こう。わははははってな────!!!
などと軽口を叩いた瞬間、どかん、とはるか上空から流星の如き勢いで飛来し、強烈な衝突音を伴ってそれは着地した。
何処からともなく現れたそれは、無理矢理に【匣】に干渉した代償なのだろう。
不幸中の幸いか。否、不幸中の不幸か。
それは地面に直撃する事はなく、ちょうど方向音痴を発動して歩いていたオーネストにダイレクトで突き刺さり、彼が地面に頭から埋まる羽目になっていた。
身体がぴくぴくと痙攣をしているあたり、命に別状はないのだろうが、それにしてもであった。
立ち昇る砂煙。
当たり前のようにオーネストの身体に尻餅をついていたそれは、服に付着した砂を払いながらゆっくりと立ち上がる。
「い、一体、どこのどいつが────」
怒り心頭に先の衝撃の原因を探るオーネストであったが、続く言葉に思わずさあっ、と血の気が引いた。
それは身体に嫌というほど叩き込まれた声だった。
「学院時代に仕置きをする為に付けておいたマーカーがこんなところで役に立つとは思わなかった。お陰でこんな登場の仕方にはなってしまったが、全く、私の言う事を一切聞かないのは相変わらずだな」
恐らくそれは、学院を卒業する前に〝大陸十強〟には手を出すなとも言われていた忠告に関してなのだろう。
声の主の正体を悟ってからというもの、オーネストのさっきまでの勢いは何処に行ったのか。
すっかり萎えて視線を逸らしていた。
「ひとまず説教は後だ。どうにも懐かしい顔も一つあるが、それも後にしよう。取り敢えず、だ。手を貸しにきてやったぞ、教え子共」
俺達の元担任教師────ローザ・アルハティアはそう言い放った。









