百四十話 魔剣
* * * *
「どうして殺さなかったの? リヴェットさん」
伽藍とした開けた空間。
【匣】の中心に位置するそこで、鈴の音のような声が響き渡る。どこまでもそれは優しげで、友好的で、リヴェットを慮っていると分かるものだった。
外套を目深に被り込んでいるせいで、顔は見えない。身長は、リヴェットよりも低く少女と呼んで差し支えのないものだった。
ただ一つ、人とは明らかに一線を画して異なる部分があった。
少女の身体の右半身。
そこだけが、何故か結晶化していたのだ。
けれど、その点に一切言及する事なく、慣れきった光景としてのみ込んでいたリヴェットは下唇をほんの少し強く噛み締めるだけだった。
「間違いなく、彼女は障害になるよ。〝匣〟を攻略する上で間違いなく障害になる。彼女は君を心底恨んでる。どれだけ正しい行為だったとしても君の行動という前提一つで、嫌悪出来るほどに」
行動を起こすたびに、殺さなければ間違いなく立ちはだかってくる。
どうにかする方法は、拘束するか、殺すか。
しかし前者は、ルナディアを拘束出来るだけの何かを用意することが極めて難しい。
ならば残された択は後者だけ。
けれど、その真っ当とも思える言葉にリヴェットは頷けない。リヴェットだからこそ同意出来なかった。
「……それだけは、出来ません」
どう足掻いても救いようのない悪人ならば兎も角、ルナディアもまた、理不尽な不幸に晒された被害者のうちの一人だ。
リヴェットを恨む理由も、こうして世界を呪う理由も、テオドールの手を取った事も、戦争を起こしている理由も、すべて共感こそ出来ないものの、理解は出来てしまう。
故に、ルナディアを殺す事ができない。
故に、己の意思で彼女を害する事ができない。
何故ならば、リヴェットは誰も彼もの〝救済〟と〝幸福〟を願う〝聖拝者〟であるから。
未だ、そう在ろうとしているから。
どれだけ他者の目から愚かに、滑稽に映ろうとも、そこを変えるわけにはいかないと数百年掛けて己に刻み続けた誓いは、絶対的な強制力がなくともあまりにも重かった。
「貴女の誓いは、立派なものだと思うよ、〝聖拝者〟リヴェット・アウバ。その果てに貴女自身は何も得られないと分かって尚、犠牲を払い続け、痛苦を受け入れ続けるその姿は、誰であっても真似は出来ないと思う」
愚かしいと嘲る事もなく、僅かな抑揚の変化すら見られない透き通った声は、本心からそう告げていると分かるものだ。
外套の少女は、リヴェットの行動を。心のあり方を。貫き続けるその誓いを、これ以上なく称賛する。
「だけど────貴女が考えている程、世界は綺麗でもなければ、優しくもない」
具体的な言葉が続けられる事はない。
外套の少女の言葉は、ここで終わりだ。
しかし、言葉はなくとも伝わる感情はある。
────リヴェットが、〝聖拝者〟にならずにはいられなかったキッカケはなんだった。
────『聖堂院』と呼ばれる場所で、リヴェット自身が受けた仕打ちはなんだった。
────唯一の理解者にして、友であったルシア・ユグレットの最期はどうだった。
────〝大陸十強〟らが何故、呪いを引き受けなければならなかったのか。
────ここまで己に犠牲を強いているにもかかわらず、絶えず誰かに恨まれている。
そんな理不尽が。不幸が。絶望が、当然のように罷り通っているのがこの世である。
リヴェットの在り方は清廉潔白そのものだ。
それを否定する気は外套の少女にも毛頭ないが、だからこそ思わずにはいられないのだろう。
本当に全てを擲ってまで守る価値が真にあるのかと。
「……そんな事は、言われずとも知ってますよ」
幸か不幸か、リヴェットはこの世の汚濁を恐らく一番間近で一番多く見てきた人間だ。
人間の嫌悪すべき部分も、この世の無情さも。誰かの手前勝手な都合で生み出される悲劇も。
数える事が億劫になるほどに目にしてきた。
その上で尚、血の一滴まで誰かの為に。
そんな誓いを掲げる人間は、ただの自己犠牲に悦に浸る異常者だ。
本当に〝聖拝者〟足ろうとするならば、その思考停止は間違いなく罪であり、無知蒙昧な愚者でしかないと非難されて然るべきだろう。
「なら、」
「だけど────」
ただ、リヴェットは違った。
分かった上で、己を貫いている点は同じにせよ、根っこの部分は異なっていた。
キッカケはその思考停止だったとしても、これまでの関わりが確実に彼女を変えていた。
「だけど、それでも知ってしまったから。人の温かさや、紡がれる親交を。他でもないアタシがそれに触れたから。だから決めたんです。せめてアタシができる範囲でも、救おうと。貴女の言葉は尤もです。間違っているのはアタシで、貴女の言葉は全て正しい。この思考停止は本来、唾棄すべきものです。でもアタシはこれを曲げられない。他でもないこんなアタシを仲間と呼んでくれた人の前で、溢した誓いだから。命懸けで叱責してくれた友の忠告を無視してでも貫くと他でもないアタシが決めた事だから」
どれだけ愚かしいと言われようと、認識しようと、この意地だけは曲げられないと告げられては外套の少女も閉口せずにはいられなかったのだろう。
「だから、誰に何を説かれようとアタシのやる事は変わりません。たとえそれが、同類からの説得だろうと、ノベレットからの懇願だろうと、何も変わりません」
────全てを救う。
たとえ道半ばになると分かっていようとも、初めから救える人間と救えない人間を取捨選択してどうこうする気もなければ、投げ出す気もないと再三にわたって告げられ、外套の少女は呆れたように息を吐く。
しかし、そうなると分かっていたのだろう。
嘆息の後、仕方がなさそうに表情を崩した。
「…………折角、ボクが助けてあげたのに」
瞳の奥に憐憫を湛え、少女は笑う。
嘲りではなかった。
この展開に笑うしかないと諦めているようでもなかった。
寧ろ少女の反応は、どうしてかそうあって欲しいと願う人間のもののようであった。
「でも、うん。貴女はそうであるべきだ。そうでなかったら、リヴェット・アウバじゃないから」
リヴェットの為人を、性格を、信念を、深くよく知る人間のように少女は言葉を続ける。
「〝聖堂院〟における〝始まりの魔法〟に至らんが為に始まった〝オリジン計画〟。その、最初期の被験者にして、最高傑作と呼ばれながら廃棄された〝聖拝者〟リヴェット・アウバ」
機械的に淡々と告げるその言葉は、憐れみを帯びている。
しかし、感情は憐みだけではなく複雑に様々な想いが入り混じっていた。
憐憫。同情。そして、羨望と、慈愛。
本来、同居すべき感情でないものが込められていた。無論、それに気付かないリヴェットではない。
どころか、分かっていたのだろう。
【匣】が猛威を振るった凡そ百年前。
ノベレットらの窮地に駆け付けた外套の少女と、リヴェットはかれこれ百年近い時を【匣】で過ごしている。これまでこうして核心に迫るやり取りこそなかったものの、気付くには十分過ぎる時間であった。
「人かどうかも定かじゃないボクも含め、一部を見捨てればもっと楽だっただろうに。なのに、誰も彼もを救うだなんて大それた願いを貫くのはきっと貴女くらいだろうね、リヴェットさん」
「……やはり、貴女は」
欠けていたピースがリヴェットの頭の中でかちりと嵌る音が幻聴される。
〝同類〟と呼びながらも、その確証は半信半疑に留まっていた。
だが、結晶化する少女の半身を前にするたび無性に胸がざわついていた。強固な蓋をされていた記憶が蘇るようであった。
「うん。ボクは、貴女と同じ〝聖堂院〟の被験者であり──────そして貴女の監視を命じられてた」
そんな人間が、どうして【匣】の一件に首を突っ込んだのか。助けてくれたのか。
内情は窺い知れないものの、その行動の代償が半身の結晶化である事は凡そ予想出来るものであった。
「やはり、まだ存在していたんですね」
「残念ながら。ただ、貴女の頃とは勝手が変わってるけどね。それもあって、ボクに名前はない」
「……勝手が、変わった?」
「元は貴女のように素養がある人間を連れてきて、ありもしない記憶を植え付け、教育を施す事で目的を果たそうとしていた。だけど、貴女という例外が生まれてしまった」
都合の良い記憶を植え付け────あろう事か、そのせいで〝聖拝者〟と呼ばれるまでになってしまったある種の異常者。その精神性は最早、手に負えるものでも矯正出来るものでもなく、手放す他なかった規格外。
最初期の被験者にして最高傑作と呼ばれながら廃棄された〝聖堂院〟出身者。
「そして、つい百年と少し前にもう一人の例外が生まれた事で〝聖堂院〟の者らは考えを改めた。素養がある者をただ集めては第二、第三の貴女が生まれてしまうだけだと。だから、彼らは考えた。素養がある人間の、遺伝子を用いて己らに都合の良い人間を作ろうと」
ここで言う作るとは、クローンや、人工的に生み出された人間を指す。
つまりは生命の冒涜。
己らの都合と目的を果たすためだけに、人間を作り、そして消化すること。
「目を付けられたのは、一人の少女だった。ボクは、その少女の遺伝子を用いて造られた初期サンプル。ただそれもあってか、初期のボクらには感情の統率までは出来なかったみたいだけど。ただ、そういうわけだから本来、ボクは貴女と同類と言うのも烏滸がましい単なる物でしかない存在なんだ。貴女がボクまで守ろうとする理由なんてどこにも無いんだ」
「…………っ」
リヴェットは歯噛みする。
それは〝聖堂院〟に対する怒りか。
あるいは目の前の少女の悲観する在り方に対してなのか。はたまた、全てか。
「対して、貴女は〝聖堂院〟から監視されるほどの存在。それもあって貴女を助ける事が〝聖堂院〟に対する最大の嫌がらせになると思った」
ボクは、貴女と違って〝聖堂院〟の手に負えない番外になる事も、真っ向から歯向かおうとする精神も碌にないからと少女は自虐をする。
「だからボクとしては、その自殺行為をそろそろやめて欲しいんだけどな」
リヴェットの足下に大きく広がる網状の魔法陣。
薄く明滅を繰り返すそれはリヴェットによるもの。
【匣】に蔓延する〝瘴気〟。
それを、呪われた〝大陸十強〟特有の神力を用いて強引に己の元に掻き集める魔法陣であり、外套の少女の死の進行を遅らせる為のものであった。
「どれだけ痛みに強い貴女であっても、限界は分かるはずだよ」
少女は諭す。
限界はもうすぐそこで、だからこそ背中を押すように先程初めて多くの言葉を尽くしたのだろう。
「ボクの延命の為に命を削り続けても、何も変わらない。それは、この百年で思い知った筈だ」
これまでも、幾度となく告げてきた言葉。
「【匣】の汚濁の大半を抱え込んだボクを殺した上で、【匣】の攻略を再開する。可能なら、確実に邪魔をしてくるであろうルナディアさんもどうにかする。方法は、それしかないよ」
殺すを前提にする理由は、リヴェットが魔法陣の発動を止めた時点で間も無く外套の少女が絶命すると分かっているからだ。
そして抱え込んだ汚濁によって、〝楽園〟の番人たるイヴと同様の暴走が起こる可能性が極めて高い。
だから、進行を限りなく遅らせられなくなった時点で道は殺す以外に残されていない。
なのに全てを救おうとするリヴェットだからこそ、外套の少女を見捨てられない。
ルナディアをどうこうすることも出来ない。
出来ることはただただ、現状維持をしながら打開出来る可能性を模索する事だけ。
しかしそれも、限界がすぐそこにまで迫っていた。
「仮に、ノベレット・アンデイズさんが攻略を奇跡的に成功させたとしても、そのあとはどうするの。〝聖堂院〟の出身者で、いつ爆発してもおかしくない時限爆弾。そんなものを側に置き続ける訳にもいかない」
どうあっても、道は殺すしかないのだ。
だったらまだ、ギリギリまで粘ってしまう事でリヴェットと共倒れになる前に殺してくれと懇願する。
それによって汚濁が漏れ出したとしても、今、少女の側にはリヴェットがいる。
何一つとして懸念はない。
心置きなく攻略を始められるじゃないか。
どこからどうみても。
誰がどう考えても、最善はこれしかない。
そう、どこまでも少女はリヴェットを正当化する。
「……そうだとしても、アタシは。アタシだけは、それを受け入れる訳にはいかない」
脳裏に浮かび上がるは、かつての情景。
少女と似たり寄ったりの言葉を尽くし、自己犠牲に自らの意思で走ったお人好し。
ルシア・ユグレットとの会話が思い起こされる。
────リヴェットは、何も悪くなんてない。これはただ、誰が一番適任か。それだけの問題だったから。
誰も責めないで済むように、誰に相談する事もなく、自分一人で犠牲になると決めた挙句、そんな言葉を残して血を吐いて死んで逝った〝大陸十強〟ルシア・ユグレット。
彼女の死が無駄ではなかったと誰もに認めさせる為にも、こうして今を生きる人間の一人がリヴェット・アウバでなければならなかったと示し続けなければならない。
「アタシは〝聖拝者〟で、ルシアさんに生かされた人間でもあるから。だから、彼女に失望される訳にはいかない。それだけは、絶対に」
唯一、己の馬鹿げた理想に共感してくれた友だった。それもあって、一度吐いた誓いだけは曲げられないのだ。
誰もを救う。その信念に、どうあっても殉じる以外に道を見出さない。どれだけ愚かしいとしても、己がリヴェット・アウバである限り。
「どうあっても、貴女を殺さない。救ってみせる。アタシが、必ず」
「……全く、救いようがないよ。こんなボクの為にさ」
〝始まりの魔法〟に至る為の道具として生み出されただけの存在。
【匣】をどうにかした理由も、〝聖堂院〟への嫌がらせ程度の意味しかなかった。
なのに、どうしてかそれが今こうなってしまっている。おかしな事もあったものだと思うと同時、それに欠片ほどの心地良さを感じているのも事実だった。
仕方がなさそうに首を傾げ、少女はどうあっても考えを変えない強情なリヴェットを前に笑った。
瞬間、微かに覗く少女の素顔。
どこにでもいそうな、快活そうな赤髪の少女だった。
だが、それはリヴェットにとっての感想で、もしここにアレク・ユグレットらがいたならば全く異なる感想を抱いていただろう。
何故ならば、かつてノベレットを【匣】で助けたであろう外套の少女の素顔は、同じパーティーメンバーであるヨルハと瓜二つであったから。
「……だけど、貴女ならやってのけてしまいそうな気もする。【匣】を含む、すべての【特区】に住まう罹患者を救おうと試みる貴女なら」
外套の少女のその一言に対する返事は、小さく笑むだけだった。
リヴェットは徹頭徹尾、一貫して全てを救う為だけに動いている。何一つとして見捨てられない人間。
見捨てていいはずがないと決めつけている人間。
そんな彼女が〝特区〟と称して厳重な情報統制及び、制限を設けたのも、すべて助ける為だった。
【アルカナダンジョン】の空気にあてられた人間から、その呪いを引き受ける為に。
リヴェットを以てしても、魔法陣の範囲は精々が【特区】の地域を覆うのが限界だった。
だから罹患者に【特区】から出られるとまずいのだ。
助けられるものも助けられなくなるから。
「ほんとうに。本当に、馬鹿げてる。〝聖堂院〟が、匙を投げたのもよく分かるほどに」
ひとりごちるように、外套の少女は呟いた。
全てを助けようとしているのだ。
だから、そもそもルナディアと手を取り合う道はある筈なのだ。なのに、リヴェットは何一つとして語ろうとしない。言い訳をしない。懇願もしない。そのせいで何処までもすれ違って、誤解が解けない。なのに、一向にリヴェットはそれを改善し保身に走ろうとはしなかった。
何故ならば、全てが終わったあと、すべての責任を取る形でルナディアに裁かれる事を彼女自身が望んでいるから。そうあるべきだと思ってしまっているから。
故に、【特区】に厳戒態勢を敷き、住民を【特区】の外に出さない理由も、【アルカナダンジョン】で身を削り続けている事も、何もかもを言い訳がましく語らない。元を正せばすべての原因は自分にあって、きっと己にもっと力があれば全てが救えたと信じて疑っていないから。
だから責められる事は当然で、ルナディアの言葉は何一つとして間違っていないと捉えている。
極め付けに、当人は救う義務はあれど自分がその対象になる可能性をちっとも考えていやしない。
否、そんな選択肢はそもそも頭にすらなかった。
その様子は、見るものによっては痛々しさしか残らないものであった。
だから少女は思うのだ。
「……どうか」
ぽつりと。
「どうか、誰か。リヴェットさんを────」
────止めてくれないだろうか。
彼女によって救われようとしている人間とは思えないその願いは奇しくも、リヴェットと同じ〝大陸十強〟に名を連ねるタソガレが転移の傍、ほんの一瞬の間にアレク達へ告げた伝言の内容と瓜二つであった。
* * * *
「────分かっ、た」
タソガレが条件の一つとして挙げた伝言。
その内容をノベレットに打ち明けた直後、散々頑に認めようとしていなかったソレを、彼は受け入れた。
そのあまりの変わりように、怪訝な様子でクラシアが尋ねる。
「……いいの?」
「あのタソガレがそう告げたのなら、ワタシは認める他ないさ。その伝言を君達に託したことに、相応の意味があるとワタシは考える。それに、手詰まりだったのも事実だからね」
ルナディアに拒絶された時点で、ノベレットの計画は破綻している。
彼女をどうにか説得をして────そう考えはするが、そうするにしても時間が既に尽きかけている事をノベレットは知ってしまっている。
だから、全ての真実を懇切丁寧に話した上で、何かを担保に協力を願い、そうして可能な限り時間を浪費する。それよりもずっと、リヴェットと同じ〝大陸十強〟たるタソガレがある種、実力を担保したとも言える存在と協力した方が良い。
それがノベレットが下した判断だったのだろう。
「だけど、二つだけ約束をして欲しい」
ただしそれでも譲歩出来ない一線が口にされる。
「身体に異変を感じたら、すぐにワタシに知らせる事。それと、仮にワタシの身に何かがあったとしても絶対に、助けようとはしない事」
前者は恐らく、〝迷宮病〟絡みなのだろう。
だが後者をあえて語気を強めて口にする理由が俺にはまるで分からなかった。
それでも、これだけは絶対に守ってくれと言わんばかりの様子を前に、とてもじゃないが拒絶出来るはずも無かった。
「…………分かった」
不承不承ながら、オーネストがノベレットの言葉に同意する。形だけの同意ではなく、本当に受け入れたような様子であった。
「これはあくまで、ワタシらの問題だから。君達が最後まで首を突っ込んで心中する必要は何処にもない。それだけは、覚えておいて欲しい」
そんな前口上ののち、ノベレットは言葉を続ける。
「【匣】と言っても、やる事は基本的にダンジョンと殆ど変わらないんだ。異なる点はただ一つ、深部にあるダンジョンコアを破壊する事。ただそれだけだよ」
通常のダンジョンの場合、深部にはフロアボスと呼ばれる門番たる魔物がいて、それを倒し、ダンジョンコアを得ることを攻略及び踏破と呼ぶ。
ただし、【アルカナダンジョン】は本来存在しない筈の特殊ダンジョン。
その消滅の為にダンジョンコアの破壊は必要不可欠なのだろう。
「【匣】の門番は、刈り取る者。つまりは、幽体系だ」
「……それで、【猜疑】の【アルカナダンジョン】か」
実体のない霊体系の魔物が扱う攻撃手段は主に、猜疑を絡めた現象系の魔法であった。
合点がいったことでつい、俺は口に出してしまう。
耳敏くそれを拾ったノベレットが、驚いた様子で尋ねてきた。
「……それも、タソガレからの情報かな?」
「いや、これはアッシュから聞いた話です」
「アッシュ?」
俺の言葉にノベレットは眉根に皺を寄せる。
「ここに来る途中で、変わった骸こ───つ、もが、っ、んんん、んー!? んー!」
ありのまま話そうとしたところで、強引にクラシアに口を塞がれモガモガと言葉にならない声を漏らしてしまう。
────喋る骸骨なんて、ここで特殊な〝迷宮病〟があったとしても、異端中の異端よ。悪い骸骨ではなかったけど、あれはどう見ても厄介ごとよ。分かったら…………喋んな。
言葉はなかったものの、鬼気迫る様子で必死に視線で訴えるクラシアの言いたい事を凡そ感じ取り、俺は咳払いを一度。
あからさまに怪しい事は承知の上で、言い直す事にした。
「こ、ここにくる途中で出会った人に聞いたんです」
大きな括りで言えば骸骨も人である。
嘘はついていない。
そう正当化する俺であったが、思いの外、ノベレットは気にしていないようだった。
寧ろ、骸骨の部分ではない別のところに気を取られているようだった。
「…………アッ、シュ。か。いや、まさかね」
ほんの少し、アッシュの身元なりがノベレットに話せば分かるのではないか。
そんな可能性もチラついたが、今は考えないようにする事にした。
「そうだ、先生」
「うん?」
「〝古代遺物〟とまでは言わねえが、頑丈な剣を余らせてねえか」
「頑丈な剣? それはまたどうして」
槍使いのオーネストがあえて剣を求める理由はない。だから、その理由は俺にあると思ったのだろう。
ノベレットと目が合った。
「アレクの剣が、壊れちまっててよ。だから、攻略しにいく上でその代わりを用意しときてえ」
「……なるほど。その子の剣、か。とはいえ、そんな都合よくほいほいと出せる訳が……いや。いいのが一つあったかもしれない」
そう言ってノベレットは、部屋の奥に引っ込んで物置をひっくり返し何かを探し始める。
「間違ってもオーネストには持たせられないものなんだけど、魔法師の君にピッタリな剣が確かあった筈」
「……魔法師って、俺名乗りましたっけ」
「ううん。でも、歩調とか、雰囲気でなんとなく分かるよ。あまり共感は得られないけど、そういう独特の空気があるからね」
そんな事を口にしながら、ぽいぽいと乱雑に放り投げられる武器の山。
「つぅか、オレさまには持たせられねえってどういう事だよ」
「言葉のままだよ。別に意地悪をしたかったわけでもないよ。というのも、ワタシの昔の友達が、ソレをよく集めていてさ。いらないからって事で昔、ひと振りだけ押し付けられたんだ」
まさか、呪われいるだとか曰く付きのものじゃないだろうなと、不安に駆られる中、ノベレットの口から告げられた言葉は意外にも覚えのある言葉であった。
それは、〝古代遺物〟を超える剣を作ろうと試み、その生涯を費やした一人の鍛冶師による作品。
彼に始まり、彼の一族が製作する剣の出来は、時に〝古代遺物〟すら超える事もあったと謳われている。
「あぁ、あったあった。これだこれ」
自身で使う気は全く無かったのだろう。
鞘に収められたそれは、見事に埃被っていた。
「ところで君達は、〝魔剣〟って言葉に聞き覚えはあるかな」









