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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
五章

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百三十九話 もう一つの〝迷宮病〟

「────待て。ノベレット・アンデイズ」


 ルナディアによる制止。

 それによって、ノベレットは足を止めた。


「私との会話が、まだ途中だ。確かに私は、〝匣〟を無くす為ならばどんな協力も惜しまない。それこそ、命を落とす事になろうが、然程の躊躇いもない」


 瞳の奥には揺るがぬ決意が。

 その言葉が取り繕っただけのものでない事は明らかであった。


「だが、貴様の話は説得力に欠ける。リヴェットの手も借りず、2人程度でどうやって【匣】を抑え込む気だ? 〝楽園(エデン)〟の番人は、〝大陸十強〟をどうにか出来た存在だからこそ封じ込めたのだろうが。それをそのまま私達に当て嵌めるのは、現実的とは言い難い。条件が違い過ぎる。そもそも分かっているのか。私も貴様も、もういつ発作が悪化して〝発症〟したとしても可笑しくない状態だという事を」

「……発症?」


 疑問を口に出したのは、クラシアだった。


 度々ノベレットの口から出てきていた病状といった言葉。恐らく、ルナディアは病を患っているのだろう。しかしその場合、今、発症という言葉を使うのは不適だ。既に、発症しているが正しいはず。

 加えて、その病にノベレットまでも罹患していると言わんばかりの物言いには引っ掛かりを覚えてしまう。


 少なくとも、治癒師としての一面もあるクラシアから見てもノベレットは盲人であるだけで他に異常らしい異常はないように思えたのだろう。


 そんな俺達の反応を前にして、内心を読んだのか。

 露骨に蔑み、心の底から侮蔑した視線を向けながらルナディアは言う。


「約百年前の〝匣〟攻略時点から生きながらえている人間だ。そして、外見も然程も変わっていない。ならば答えは一つだ。あれだけ〝呪術刻印〟に過剰に反応するんだ。貴様らも、そういう人間を知っている筈だろうが」


 そこまで言われて、一つの心当たりに辿り着く。


 人間でありながら、数百年の時を生きる怪物。

 見た目も当時のまま。

 唯一、俺達と異なる部分は〝呪われた〟という点。


「……〝大陸、十強〟」


 思わず声に出た俺の呟きは正しいものだったのだろう。ふん、と息を漏らしルナディアは言葉を続けた。


「〝楽園(エデン)〟の番人によって〝呪い〟を直接押し付けられた人間が、〝大陸十強〟だ。そして、その呪いにダンジョンを通して当てられ、呪われた人間が〝迷宮病〟の罹患者で、魔人だ。ここまで言えば外の温室育ち共も分かるだろう?」


 ルナディアのその誘導に素直に従うならば、当て嵌まるのは十中八九、〝迷宮病〟だ。

 しかし、ノベレットは勿論、ルナディアにさえその兆候は見受けられない。

 理性はある上、身体の一部が魔人のような化け物に変質しているようにも思えなかった。


 罹患したが最後、魔人と呼ばれる理性を無くした化物と化し、止める術は絶命させる事だけ────それが、〝迷宮病〟の概念で、常識なのだから。


 しかし、ことこの場においてルナディアが無駄口を叩くとは思えなかった。

 意味のない言葉で惑わしている様子もなければ、そもそもそうする理由がどうしても浮かばない。


 だからきっと。


「……あり得ないわ」


 そう思いかけた俺の思考ごと、クラシアが否定する。


「それは、あり得ない」


 自分に言い聞かせるように、もう一度繰り返す。

 可能性としては、一度〝迷宮病〟を発症したものの、強引に抑え込み峠は越えたものの、いつまた再発しても可笑しくない状態が一番可能性としてはあり得るものだ。


 けれど、それこそあり得ない。

 ダンジョン(迷宮)を踏破する冒険者に必ずついて回る不治の病。それを、気が遠くなるほどの時間を掛けて多くの人間が研究し、それでも不治と諦めるしかなかった病だ。


 そもそも、〝大陸十強〟と呼ばれる化物らが、その呪いを誰一人として克服していないのがその証左だ。

 余計に分からなくなる。


「く、くふふは、ははははッ! リヴェット・アウバの情報統制もここまでいけば感服ものだな? 伝聞で、本の中で、貴様のちっぽけな世界で得た知識が、この世界全ての常識だと信じて疑っていない。どこの誰かは知らんが、〝呪術刻印〟を知る人間ならば、ある程度高位の冒険者か。それに準ずるものだろう。その人間さえ、このザマだぞ。ノベレット」


 目を背けたくなる程の傷を気にした様子もなく、ルナディアはクラシアとの距離を少しだけ詰める。


 その際、ほんの一瞬だけルナディアはノベレットを一瞥した。心の底から嫌悪を示すような敵意の視線。


 それは、リヴェットの味方をする貴様と私が交わる道はないと訴えているようでもあった。


「ノベレットは口が裂けても言わないだろうから、貴様らに私が特別に教えてやる。リヴェットが【特区】と名付けた場所が禁足地として指定され、ギルドの管理下に置かれる理由。それを知っているか?」

「……それは、【アルカナダンジョン】によって、魔物が溢れ、〝瘴気〟に満ちたせいで人が過ごせる状態じゃないから、ですよね」


 ヨルハが答える。

 別名、死んだ街と称される【特区】は、【アルカナダンジョン】の爪痕が強く残っており、ヨルハの言うように無数の魔物が跋扈し、〝瘴気〟に満ちたせいで、とてもじゃないが人が過ごせる環境ではない。


 ギルドが管理下に置くのも至極当然だ。


「間違っていないが、正しくもない。確かにそれは理由の一つだろう。だが、最たる理由じゃない」


 ノベレットは一向に口を挟もうとしない。

 元々それらを話すつもりだったのか。

 はたまた、否定すべき点がないからか。


 もしくは、隠していても意味がないと割り切ってしまっているからなのか。分からない。

 だが、ルナディアの言葉が荒唐無稽な話でない事は確かなようであった。


「貴様の話が本当ならば、何故あれほどまでの厳戒態勢を敷く? 尋常でない規制がある? 無数の魔物が跋扈? 〝瘴気〟が溢れている? 人が過ごせる環境じゃない? なあ。それは、世界に点在するダンジョンと一体何が違うんだ?」

「…………」


 ルナディアの一言に、二の句が継げなかった。


 言われてもみれば、彼女の言う通りでもあった。

 その条件だけ考えれば、何ということはない。

 冒険者が普段潜るダンジョンと、前提条件は殆ど大差がないどころか全く同じだろう。


 【アルカナダンジョン】の残骸というだけあって、魔物の質は高いだろうが、それでもどんな性質を持ったダンジョンであるかの前提条件を得てしまえばやりようはある筈だ。

 知識さえあれば、普通のダンジョンと何ら変わりはないだろう。


 そう理解してしまったが最後、ロキから告げられた言葉が脳裏を過ぎる。



 ────レヴィエルも、ローザ・アルハティアも、間違い無くそう言うよ。【特区】に足を踏み入れる許可も、絶対に出ない。



 【特区】に立ち入るには、ギルドマスターを始めとしたギルドの上層部による許可が必要不可欠。

 ここでの違和感は、Sランクパーティーといった冒険者としてのランクによる制限ではなく、上層部による許可制である点。


 筆舌に尽くし難い違和感に見舞われながら、思わず眉根が寄った。


「魔物の質は確かに違うだろう。ダンジョンの性質も、本来よりもずっと悪辣だろう。だが、あいつらが────いや、リヴェットが執拗に秘匿する理由はもっと別のものだ。いいか、よく聞けガキども。あいつらが【特区】を遠ざける最たる理由は、私や、そこのノベレットを始めとした〝迷宮病〟に罹患(、、)した残党および住人の存在を徹底的に隠すためだ」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 それでも可能性として存在すると認識していたからだろう。あり得ないと断じていた可能性が真実だと突き付けられて、クラシアは半信半疑で言葉を返した。


「……〝迷宮病〟の、罹患者ですって? でも貴女は」

「〝迷宮病〟には、二種類の人間が存在する」


 俺達の知る〝迷宮病〟罹患者の特徴と、一切合致しない事を指摘するクラシアの言葉を遮ってルナディアは言葉を続ける。


「一つ目は、貴様らも知るダンジョン内での〝魔人化〟。あれに治療法はない。なにせあれは、治療する間すらなく手遅れになるからだ」


 そこに、何らかの兆候はある。

 だが、その時点ですでに手遅れでしかなく、あるのはただ、理性を失うタイミングの個人差だけ。

 だから〝剣聖〟メレア・ディアルでさえ、Sランクパーティー〝ネームレス〟オリビアの母を、斬り殺す事しか選べなかったのだから。


「そしてもう一つが、私やノベレットのような罹患者。【アルカナダンジョン】の空気(呪い)にあてられ、〝迷宮病〟を発症したパターンだ」

「……てめえも、【匣】の攻略に参加してたって人間なのかよ」


 オーネストがそう言うと、ルナディアは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。私をそいつらと一緒にするなと心底嫌悪しているのがよく分かった。


「バカを言え。私は【アルカナダンジョン】の攻略に参加した事は一度としてない」

「でも今、あんたは」

空気(呪い)にあてられた、と言っただろうが。別にそれは、攻略組でなくとも【アルカナダンジョン】が発生した地域で生きていた住民にも言える事だ」


 己の顔が歪んでいくのがよく分かる。

 つまりルナディアは、【特区】扱いを受ける事になった【アルカナダンジョン】発生地域の元住人で。


「私は、【特区】の出身者ゆえに、〝迷宮病〟に罹患した。こうして今は理性を保ちこそしているが、私らに待ち受ける末路は〝迷宮病〟と変わりない。限界を迎えた時、私達は本格的に〝迷宮病〟が発症し、〝魔人〟に成り果てる。その事実はどう足掻いても変えられない」


 ここまで言えば分かるだろう? と自嘲と嘲笑が綯い交ぜになった表情でルナディアは告げる。


「ゆえにリヴェットは、【特区】という禁足地に指定し、徹底的な厳戒態勢を敷いた。〝迷宮病〟に罹患した将来必ず〝魔人〟に成り果てる擬きを外と隔離する為に」


 見た目の違いはなく、理性もそのまま。

 しかしある日突然発症し、魔人に成り果ててしまえば混乱の坩堝に陥る事は必至。

 だから、その話が本当であるならばある種の仕方のない事ではあった。


「私も、それが仕方のない事だという事は分かっている。理不尽な不幸は人生に付きものだからな。特にこの世界では、腐るほど転がっている。だが、それをはいそうですかと納得出来るかどうかはまた別の話だ。そうだろう?」

「…………」


 俺達は、何も言えなかった。

 言える筈がなかった。


 ある日突然、【アルカナダンジョン】の出現によって当たり前だった日常を壊され、挙句、〝迷宮病〟に罹患し、化け物と化す末路が決定された人間に、それは違う。などとは口が裂けても言えなかった。


「リヴェットが下した判断は一つだ。【特区】の徹底的な隔離および、〝迷宮病〟罹患者の、見殺しだ」

「それは、違う。彼女は、」

「違わない。私は、事実しか口にしていない。そしてその結果、多くの同類が〝魔人〟に成り果てた。不毛の地となった【特区】に閉じ込められた上でだ。まるで、命を取らないことが慈悲だとでも言うようにな」


 そこで漸く、ノベレットが口を挟む。

 しかしルナディアは聞く耳を持つ気がなかった。


「ゆえに私は、〝戦争屋〟なのだ」


 ルナディアの名前で俺達が反応した事を覚えているのだろう。ならば必然、戦争屋と呼ばれている事を知っている事を前提に彼女は告げる。


「だって、おかしいだろう? ただ〝魔人〟に成り果てるだけの人生だなんて。理不尽な不幸は仕方がない。けれど、人である以上、足掻く権利くらいはあって然るべきじゃないか」


 だから私は、そのために戦争を起こしているとルナディアは言葉を重ねる。


「不幸中の幸いとでも言うべきか、〝迷宮病〟の罹患者であるがゆえに、分不相応な力を扱う適性が私にはあった。それこそが、ノベレットの見た目の正体であり、私の悪名の最たる理由だよ」


 ────とどのつまり、〝迷宮病〟の罹患者は魔人と同様の力が扱える上、直接呪われた者たちである〝大陸十強〟と酷似した〝神力〟擬きでさえも使える。そう、締めくくられた。


「さて。その上で聞こうか。ノベレット・アンデイズ」


 どこまでも卑屈に。

 どこまでも、ノベレットが決して受け入れないであろう言葉をルナディアは紡ぐ。


「私は、【特区】をどうにかする為ならば何であっても差し出そう。犬になれと言うなら犬になろう。奴隷になれというなら奴隷になろう。死ねと言うなら首を落として見せよう。その認識に、間違いはない。ただし私にはもう一つ許せない事がある。譲れない事が、ある」


 ここまで言われれば、俺でも分かる。

 ルナディアが求める条件はきっと。


「すべてが終わった時、私の前にリヴェットの首を持ってこい。その条件が呑めるなら、私はお前の手を取ってやる。無論、譲歩はない」


 反論を言いかけていたノベレットの反応を思い出していたのだろう。


「リヴェットにどんな事情があったとしても、起きてしまった事実は変わりようがない。どんな事情があれ、どれほど正しかったといえ、リヴェットの行動のせいで、呪いを吐きながら激しい痛苦の中で〝魔人〟に成り果て死ぬ事しかできなかった友がいた。隣人がいた。幼子がいた。私は、彼らの気持ちがよく分かる。私は、彼らのような人間がこれ以上増えないで済むようにと願い、〝スカー〟と呼ばれる〝戦争屋〟に成り果てた。だからその誓いだけは、嘘にする訳にはいかない」


 リヴェットの死と、彼女が【特区】という括りを作るきっかけとなった【匣】の後始末。

 その二つを満たせない限り、貴様の手を取る事はないと告げてルナディアは踵を返した。


「その二つを満たせるなら、もう一度私を訪ねてこい。言っておくが、私の〝呪術刻印〟の前で騙くらかす事は、仮にリヴェットであっても不可能だぞ」


 それを最後に、身体を引きずるようにルナディアはその場を後にしてゆく。

 外を出歩いていい身体でない事は誰もが分かっていたが、その剣呑な様子を前にしては誰一人として行動を阻む事など出来る筈もなかった。


 やがて場に降りる静寂。

 小さく溜息を漏らし、仕方がなさそうに苦笑いを浮かべながら口を開いたのはノベレットだった。


「……一番大事な部分は粗方、彼女言ってしまった訳なんだけども」

「って事は」

「うん。彼女の言った事は概ね事実だよ。誤差程度の違いはあっても、基本的には彼女の言葉は正しい。その上で一つだけ訂正するとしたら、リヴェットは誰も見捨ててなんかない。彼女は誰も彼もを救おうとしてた。それは今もなお、何も変わらない。でも、ルナディアさんからすればそうは見えないんだろう。仕方がなくはあるんだけども」

「……なあ、先生」

「なんだい、オーネスト」

「あんた言ったよな。ルナディアが、ルーカスと同じだって」

「ああ、言ったよ」

「つまり、ルーカスのあの病も〝迷宮病〟だったって事か? だけど、オレさまはルーカスが〝魔人〟に成り果てる姿なんざ、何一つとして見てねえ」


 秘密裏に〝魔人〟と化したルーカスをノベレットが殺していたならば辻褄は合うだろう。

 しかしそれだけはあり得ない事をオーネストは知っていた。


「あいつは、オレさまが看取った。オレさまと、あんたで看取った。それは間違いない筈だ」

「……そうだね。それは、間違いないよ」

「なら話の辻褄が合わないだろ。どうしてルナディアとルーカスが同じなんだ」

「それ、は」


 境遇も違う。病状も違う。

 何もかもが違う。

 なのにどうして、同じ被害者などとノベレットが言ったのか。それがオーネストには分からない。

 やや悩みあぐねた後、ノベレットは語り始める。


「……それは、ルーカスが特別だったから。ルーカスが、アデリナの子だったから」

「アデリナ?」


 やはり、聞いた事もない名前だった。


「ワタシと同じパーティーのメンバーだった人だよ。彼女も【匣】の攻略に参加した人間で、攻略の際に〝迷宮病〟に罹患し、彼女は亡くなってる。当時は彼女も知らなかったんだ。お腹の中に、新しい命が宿ってる事なんて。知っていたら、何が何でもワタシが止めていた。参加なんて、させなかった」


 母体が罹患した病が、そのまま子にまで伝わった。

 だから、ルーカスは特別で彼もまた〝迷宮病〟の被害者であるとノベレットは言っているのだろう。


「でもきっと、知っていたとしても彼女は参加したんだろうけどね。そのくらい、【匣】は酷かった。それはもう、酷いものだったよ。自信なんてものが跡形もなく砕け散ってしまう程度には」

「…………あなたでも、ですか?」


 俺はノベレットの技量の殆どを知らない。

 名声も、功績も、殆ど何も知らない。


 しかしそれでも、ルナディアを抑え込んだあの瞬間に行使された魔法。その習熟度。技量。

 それが、尋常でない事は分かった。少なくとも、魔法師としての力量は俺よりも上だと思える程に。


 だから聞かずにはいられない。

 そんな人間が、どうしようもなかった。と口にするそれが素直に納得出来るものではなかったから。


「今はこんなナリだけど、当時はそれなりに名が売れていてね。でもそんなワタシを天狗にさせないだけの技量を持った冒険者が当時の攻略の場に、少なくとも十人はいた」


 相手を立てている訳でも、謙遜をしている訳でもなく、自信を持って背中を任せられる者が、十人はいたんだ。と繰り返される。


「そんな彼らでさえも、どうにもならなかった。情報を持ち帰る為に、他の人間を逃がすのが精一杯だった。それが、【匣】と呼ばれる【アルカナダンジョン】の実態だ」


 ただし、俺達に────オーネストに深入りさせる気は微塵もないのだろう。

 攻略に必要な情報。【匣】の特色。

 その全てだけが的確に抜け落ちていた。


「きっと、あの子がいなければ誰一人として【匣】から戻る事は出来なかっただろう」

「……あの子?」

「ワタシ達を、助けてくれた子がいたんだ。状況からして怪しい事この上なかったが、それでもあの窮地で助けてくれた少女がいた。外套のせいで顔は見えなかったけれど、攻略組ですらなかった彼女のお陰で、一部の者が【匣】から脱することが出来た」


 正体不明の少女が、【アルカナダンジョン】に足を踏み入れ、窮地に陥ったノベレットらを助けた。

 そんな出来すぎた話があるのだろうかと思うが、嘘を言っているようには思えない。

 敵意が見受けられないあたり、意図は分からないが本当にその少女は彼らを助けたのだろう。


「リヴェットは、その少女と、【匣】に取り残された(、、、、、、)者らの救助。および、【匣】に蔓延する瘴気の中和。彼女はそれをする為に、かれこれ百年もの間、ギルドを留守にし、【匣】で足掻いている」


 どこまでも献身利他に。

 自分の痛みなど度外視して己の命は誰かの為に。


 そのおよそ人間とは思えない信条を胸に今も生きているのだろう。あまりにも痛々しい様を見せつけながら、誰かを救う為に。その一心で。


 故にこそ、タソガレは俺達に取引を持ちかけたのだろう。どれだけ言葉で嫌悪しながらも、彼はリヴェットを嫌悪の対象ではなく憐みの対象として既に見てしまっているから。


「そして、ワタシはその後始末の一部を引き受けている。【匣】攻略の責任者だったものの責務として。これが、今ワタシに話せる事実。その全てだよ、オーネスト」

「…………成る程な?」


 不満が滲んだ声だった。


「あんたがオレさまやルーカスの世話を焼いてくれたのも、槍を教えてくれたのも、生きる術ってやつを、家族ってもんを教えてくれたのも、その責務ってやつから来るもんだったとしても、責める気は一切ねえよ。あんたが何かを隠してる事も、抱えてる事も知ってた。知った上で、オレさまはあんたを慕ってたんだ。理由がなんであれ、どうでもいい」


 オーネストにしては珍しく、大人な対応だった。

 理性的で、らしくなかった。

 しかしそれは勘違いだったと思い知らされる。


「でもだからこそ、気に食わねえな? 少なくともオレさまは、あんたやルーカスを〝家族〟だと思ってたンだ。あんたの問題だけなら構わねえ。だが、どうしてルーカスの問題を、たった一言でもオレさまに言わなかった……?」


 少しでも知れていたら、また違った〝今〟があったかもしれねえだろうがと憤るオーネストの言葉に、俺達が口を挟めるわけもなかった。

 感情に身を任せ、血走った目で睨め付けながらノベレットの胸ぐらを掴み上げるその様子を、力尽くで止めろと言って止める事は出来なかった。


「少しでも知っていたら────オレさまもルーカスの苦しみを多少なりもっと理解出来たかもしれねえのに」

「……悪いと思ってるよ。オーネストには、伝えるべき事だったと思ってる。でも、あの時の選択が間違いだったとは、今も思ってない」


 全てを分かった上で、ノベレットはオーネストを煽る。掴み上げる腕に力が籠り、血管が強く浮き出る変化もお構いなしに言葉を続ける。


「もし仮に伝えていたら、間違いなくオーネストは【匣】に向かった。そうでなくとも、ルーカスの為に無茶をしただろう。間違いなく、そうなればオーネストは命を落としていた。オーネストの為にも、あの子には、ワタシが話すなと言った。何があっても、話すなと────」

「────ッ!!」


 閾値が超えたのだろう。

 下唇を血が滲むほど噛み締めながら、胸ぐらを掴み上げる手とは反対の手で拳をつくり、容赦なくそれはノベレットの頬に向かって振り抜かれ彼の体は部屋の奥へと殴り飛ばされた。


「オーネストっ!!!!」


 流石にそれはやり過ぎだと、俺はオーネストの身体を拘束する。


 ノベレットが抵抗らしい抵抗も、魔法で防御する事もしなかった理由は、それがケジメだと思っているからか。口の中が切れ血を流しながらも殴り飛ばされたままの状態で起き上がろうともしていなかった。


「…………あんたの言いたい事は、分かる。危惧する事も分かる。そうなっていなかったと、言い切れる訳がねえし、きっとあんたが正しいのは分かってる。だがそれでも、オレさまは話して欲しかったよ。先生」

「……オーネスト、お前」

「言いてえ事はまだまだあるが、お互い、時間がそんなに有り余ってる訳じゃねえらしいしな。これで、ルーカスの事は一旦チャラにしようや」


 手の甲で血を拭いながら、ノベレットは仕方がなさそうに笑う。拳一発。

 けれど、それがオーネストからの一発ともなれば痛いどころの話ではない。

 随分と重い罰だねと、彼は小さくひとりごちる。


「どうにもあんたは、オレさま達に【匣】に立ち入って欲しくないらしい。だが、それは無理な話だ。オレさま達にも、事情があンだ」

「事情……?」

「〝大陸十強〟タソガレ。オレさま達は、そいつと取引をしてシュトレアにきた」


 ノベレットが瞠目する。


 〝大陸十強〟。

 その名前の重みは、ギルドの創設者たるリヴェット・アウバの側にいた人間だからこそ、ノベレットは人一倍理解しているはずだ。

 その規格外さはもとより、彼らを利用するなど土台不可能である事など。


「随分と、命知らずな事をするね」

「そうするしか選択肢がなかったンだよ。出来る事なら、あんな怪しいやつと取引なんてしねえ」

「……それも、そうだ。それで、タソガレはなんて?」

「オレさま達に持ち掛けてきやがった取引の内容は、二つだけだ。とはいっても、実質一つみてえなもんだけどな」


 リヴェットが【匣】の内部にいる以上、攻略をしなければ彼女に会う事は難しいだろう。


「タソガレからの依頼は、リヴェット・アウバへの伝言と────【匣】の、攻略だ」

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