十四話 『伝説』の続きを
パーティー名のルビを変更しております。
旧『ラストピリオド』
新『ラスティングピリオド』
————曰く、64層のフロアボスは〝死霊系〟。
物理的な攻撃は勿論のこと、魔法攻撃ですら高確率で回避する上、補助魔法の一種として知られる〝弱化魔法〟も殆ど通じないと、〝核石〟らしき物を机の上に置き、円を描くようにヨルハとオーネストも椅子に腰を下ろし、そう教えてくれる。
そして、
「だから、〝タンク殺し〟の64層は、恐らく68層の時と似たり寄ったりの展開になると思うんだ」
高揚しているオーネストだと穴だらけの説明になると判断してか、ダンジョンの詳細についてはヨルハが説明してくれていた。
68層とは魔法学院時代に4人で叩き出した最高踏破層。その時のことを言っているのだろう。
「荷物になる気はないけど、フロアボスの性質的にまず間違いなくアレク頼りになる」
ヨルハは補助の魔法特化。
クラシアは回復の魔法特化。
オーネストは近接系の攻撃特化。
そして、俺が攻撃の魔法特化。
だからこそ、今回のフロアボスが相手である場合、相性を考えれば俺頼りになるとヨルハが指摘する。
「だから、オーネストは、ああ言ってるけど64層に向かうかどうかはアレクが決めて。今回のフロアボスと戦う場合、負担が大きいのは間違いなくアレクだから」
……このやり取りも、随分と懐かしく感じた。
決まって俺達は、次の階層に進むかどうかは一番負担が大きい人間が決定権を持っていた。
……持久戦になるなら、クラシアが。
近接攻撃が有効であるなら、オーネストが。〝弱化魔法〟が欠かせない時はヨルハが。そんな、感じに。
「少し腕が落ちてるかもって不安を除けば、何も問題ないよ」
「どの口が言ってやがンだ」
俺は本心からそう思って言葉を紡いだのに、オーネストがそれを否定にかかる。
そんな事言ってっと、割とマジになってお前と戦ってたジジイが泣くぞ。
なんて言葉も程なく付け足された。
「んじゃ、最低限の確認も終わった事だし、ジジイ共に先越される前にとっとと向かうぞ」
オーネストが勢いよく立ち上がる。
彼からすれば何気なく発せられた一言だったんだろうが、クラシアにとっては意外だったのか。
「……もしかして、ギルドマスターも64層に向かうの?」
「うん。今回は2パーティーで向かう事になってるから。向こうはギルドマスターと副ギルドマスター、それとクリスタさんともう一人、Aランクパーティーのリーダーを務めてるアタッカーの人で構成された臨時パーティー。それと、ボクらって感じ」
まるでオマケのように己らを付け足すヨルハであるが、実際にそのとおりで俺らはオマケなのだろう。
続け様、本当はダメと言う事で話が進んでたんだけど、どうしてか、アレクが頷いたらって条件付きでギルドマスターが許可してくれてね。
と言って、ヨルハは苦笑いを浮かべていた。
「アレク抜きの3人なら死んでも許可しなかったが、魔法学院時代の実績を考えれば、4人揃ってんなら無謀ってわけでもねェか。だってよ」
実際にそう言われたのだろう。
レヴィエルの口調を真似て、オーネストが許可が下りたワケを教えてくれた。
「それと、アレクなら間違いなく『行く』っつーと思ってパーティーの申請は済ませてンぜ。これで〝終わりなき日々を〟完全復活ってワケだ」
けらけらと笑う。
嬉しそうに、楽しそうに。
その日が来るのを心待ちにしていたと言わんばかりの眩しいオーネストの笑みが、俺の視界に映り込む。
「さぁて、伝説の続きといくか」
喜悦の感情を表情に滲ませ、俺らにとって馴染みのある言葉が紡がれた。
「……また、懐かしい言葉を持ち出すね」
その言葉に対して真っ先に反応を見せたのはヨルハであった。
魔法学院時代。
一年次の頃の時点で当時の歴代魔法学院生による王都ダンジョン最高踏破階層に届いてしまった俺達のパーティーの事を指して、誰かが言ったのだ。
————お前ら、伝説を築きやがったな、と。
それが、始まり。
気付けば同級生は勿論、教師までこぞって俺達のパーティーの事を伝説呼ばわりするようになっていた。
結局、その伝説は最終的に68層まで踏破してしまったのだから、本当に伝説とはよく言ったものだと思う。
そして、オーネストはその頃の思い出を待ってましたと言わんばかりに持ち出していた。
『伝説の続きといくか』、と。
だからつい、笑みが溢れた。
「当たり前だろうが。伝説はまだ終わってねえンだよ。王都のダンジョンなんざ、序章も序章だっつーの。というか、あの時の続きをする為に、3人で潜り続けてたんだろうが」
「え、そんな事ボクは知らなかったけど」
「あたしも知らなかったわね」
「はぁぁぁあああ!?」
反射的に。
そうとしか言い表しようのないタイミングでオーネストの発言をヨルハが否定し、クラシアがそれに続く。
その反応に堪らず、冗談じゃねえ! と叫び散らすオーネストが少しだけ可哀想に見えてしまった。
「またいつか、4人でダンジョンに潜れたら。ボクはそう考えてただけだから」
だから向上心と自尊心の塊であるオーネストのような考えは持ち合わせていないとヨルハが言う。そして、クラシアもその言葉に同調。
世に名を知らしめる為、魔法学院時代のように伝説を築くのだと。知らぬうちに大それた計画を立てていたはいいものの、それはオーネストの一人歩きでしかなかったらしい。
「ぷっ、くくくっ」
「オイっ! てめ、笑ってんじゃねえ!!」
意見の不一致具合に堪らず吹き出すと、めちゃくちゃオーネストに睨まれ、怒られてしまった。
「……まぁ、なんだ。待たせて悪かった」
考えは異なっていたけれど、根本は3人変わらず。まさか、4年もの間、3人でダンジョン攻略を進め、待ってくれていたとは夢にも思わなかった。だから、謝る。待たせて悪かったと。
「……オレらが好きで待ってただけだ。だからそんな事でいちいち謝ってんじゃねえよ」
フィーゼルに来る前。
そしてフィーゼルに来てからも。
本当に俺はあの時、差し伸べられたヨルハの手を取っても良かったのか。
度々そう疑問に思っていたけれど————その考えを、彼方に追いやる。
……そんな事を思っていては、いつか間違いなくオーネストにぶん殴られると思ったから。
だから、強引に振り払う事にした。
「それに、お前以外じゃあどいつもこいつもオレさまにゃ、足手纏いに見えちまって仕方がねえんだよ。このパーティーの四人目は、お前しかあり得ねえ。だから、気にすンな」
辛気くせえ顔をしてんじゃねえと。
……俺の内心を見透かしてなのか、言葉の真意は分からなかったけれど、何となく、そう言われている気がした。
変なところで鋭いところも相変わらず。
敵わないと、つい、そんな感情を抱いてしまう。
「つーわけだ。さぁ、やろうぜ。〝タンク殺し〟の64層! オレらの新しい門出としちゃあ悪かねえ!!」
声を上げる。
周囲の人間の事なぞ知った事かと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべながら吐き散らす。
「今度は魔法学院だなんてちっぽけな場所じゃあねえ。世界にだ。世界にオレらの名、轟かせてやろうや」
これが、その足掛かりであると。
故に深層だろうと、ただの踏み台でしかないのだと言外に言ってみせる。だから、64層だろうが。Sランクパーティーの者達が死に掛けている場所であろうが、恐るるに足らないと。
どこまでも不遜に、傲岸に、徹頭徹尾、自信家のオーネストらしく。
「度肝を抜いてやンぞ、〝終わりなき日々を〟」









