百三十八話 ノベレット・アンデイズと〝匣〟と
〝補助魔法〟アニメ、昨日無事、最終話を迎える事が出来ました!!ありがとうございました!!!
漫画版と小説版は引き続き、出版、連載していきますのでお付き合いいただけますと幸いです!
「────〝匣〟と、ルーカスの本当の死因について、ね」
ノベレットと呼ばれた彼は、オーネストの言葉を繰り返す。
真っ先に告げられたオーネストの言葉に対する驚きは多少なりあったようで、ノベレットの表情はほんの少し変化した。
けれど、あくまでそれだけだった。
その様子はやはり、〝匣〟を含む事柄についてある程度の知識がある人間のように見えた。
「どうしてオーネストが、シュトレアに戻って来てるのかと思ったけど、そっか。そういう事なんだね」
旧交を温める名目で、それとなくはぐらかす。
そんな選択肢もあっただろうに、ノベレットは至極真面目な面持ちで、先のオーネストの言葉に応える。
「全て、ではないけど、知ってるよ。オーネストも知っての通り、ルーカスの病を抑えていたのは他でもないワタシだからね」
「……てっきり、恍けると思ってたンだが」
「〝匣〟とルーカスを繋げてる時点で、オーネストが色々と知った後だって事は分かるよ。その上で恍けたとしても、もう意味がなくなってる。あくまでワタシが打ち明けなかったのは、オーネストを危険な目に遭わせたくなかったからだから」
シュトレアにこうしてやって来て、〝匣〟だなんだと動き回っている時点で最早どうしようもなく巻き込まれてしまっている。
故に、この状況に陥って尚、恍ける理由はないとノベレットは白状した。
「だから、ワタシが知ってる範囲でいいなら話すよ。〝匣〟は兎も角、ルーカスの事については、オーネストは知る『権利』がある。ルーカスにも、そう頼まれてた。それでもオーネストがシュトレアを出るまでに話さなかったのは、ワタシの我儘でしかなかった」
「ルーカスが?」
「最後のアレのせいで、オーネストは自分を責めてるだろうからって。そんな事はないと伝える為に、いつかは伝えてくれと頼まれてた」
だから、『権利』なのだとノベレットは締め括る。
「そういう訳だからオーネストの質問に答えるのは、やぶさかでは無いよ。ただし」
「ただし?」
前後の言葉が合っていなかった。
やぶさかではないと口にしたにもかかわらず、何故、ただしなのか。
「ワタシに頼み事をするんだ。それ相応の頼み方があるだろう?」
「…………」
何かを察したのだろう。
オーネストは黙り込み、露骨に酷い顔を浮かべた。まるで、死んだ魚のような目と表情だった。
「洗いざらい吐いてくれ? ノベレット・アンデイズ? 前者は兎も角、後者は違うだろう。確かに、『権利』はあると言ったとも。でも、だからといって素直に教えてやるかどうかはまた別の話だと思わないかな?」
にまにまと、それはもう素敵な笑顔をノベレットは浮かべていた。
捻くれた子供に、素直になれと諭す大人のように、微笑ましい何かを見るような眼差しで、死にかけの表情のオーネストに答えを求める。
「もちろん、ワタシも人間だ。愛弟子の頼みとあっては、それはもう喜んで話すとも。知る限りを話してあげても良いとも」
どう考えても目の前にいるだろうがと言わんばかりの態度をオーネストが取るが、ノベレットの言葉は止まらない。
彼が求めているのはそういう事ではないのだろう。
「でも、ワタシは愛弟子にはちゃんと『先生』って呼んでと口酸っぱく言い聞かせてた筈なんだよ。間違っても、ノベレット・アンデイズだなんて、ワタシを名前呼びしろとは教えなかったんだけど」
吟味し、値踏みするようにオーネストの顔を目元が細い布で覆われた状態で見ようとする。
あまりにも臭い演技で、もしや、オーネストの偽者なんじゃ……!? などと言い出す始末。
「ンなわけねえって分かってンのに、わざとらし過ぎンだろ!!」
オーネストが好き勝手振り回されるその状況があまりにも珍しかったからだろう。
後ろでクラシアは吹き出して笑っていた。
「……ったく」
溜め息を一つ。
長年の付き合いから、その一点だけは何があっても譲ってくれないと理解していたからだ、う。
不承不承ながらオーネストは若干小声で待ち望まれた言葉を口にする事にした。
「……教えてくれ、〝先生〟。これで満足か」
「うんうん! やっぱりそうじゃなきゃ! もちろん! 愛弟子の頼み事とあっては断る訳にもいかないからね。いやあ! 慕われる先生の立場も大変だなあ! でも、手の掛かる弟子ほど可愛いからね!」
いやあ、困った! 困った!
などと微塵も困った様子を見せず、ノベレットは打って変わって上機嫌になっていた。
こうして実際に目にすると、オーネストが苦手にしてる理由がよく分かる。
「とまあ、そういう訳だから話せたらとは思うんだけど────続きは家の中で、でもいいかな。色々と今はそっちの方が都合が良くて。それに、そっちの三人は多分冒険者だろうから大丈夫とは思うけど、一応ね。シュトレアの空気は、一部の人間には毒だからさ」
恐らくは、ルーカスが罹患した病に関係しているのだろう発言。
空気に対して何の違和感も感じる事はなかったが、ひとまず俺達はノベレットの言葉に頷く事にした。
* * * *
それから歩くこと、十数分。
人里から少し離れた場所に案内された俺達は、古びた木造りの小屋の前に辿り着いた。
手入れはされており、刈り揃えられた草木に囲まれた場所だった。
恐らくは、ここがオーネストが育った場所なのだろう。懐かしむその瞳には、感慨が滲んでいた。ただそれも一瞬。
「……ぁん?」
小屋の外で包帯だらけの身体を引き摺りながら、今にもその場を立ち去ろうとする眼帯の女性を見つけて、険しい顔に変わる。
明らかに尋常な人間ではなく、そして包帯の隙間から見え隠れする傷痕とそこに紛れる────見覚えしかない刻印を前に真っ先にオーネストが血相を変えた。
「…………。……っ、これ、は、どういう事だ? 先生」
視線すら寄越さず、眼帯の女を射抜きながらオーネストはノベレットを責め立てる。
見覚えのある治療痕だったからだろう。
そしてここに連れて来れる上で、治療まで出来る人間を、オーネストは一人しか知らない。
「どうしてあんたが、〝呪術刻印〟が刻まれた人間をこの場所に連れてきた? 挙句、治療した?」
俺達にとって、〝呪術刻印〟をテオドールから与えられた人間〝名持ち〟は、最早どこまで煎じ詰めても敵でしかない。
基本的に、どいつもこいつも碌でなしだ。
害をなす存在でしかない。だからこそ、どんな理由があれ、そんな人間に手を貸す行為を許容出来なかった。
「返事の内容次第では、オレさまは────」
爪が食い込み、割れんばかりに無意識のうちに力が込められていたオーネストの拳からは、今にも血が滴ろうとしていた。
今にも殴りかかりそうな剣呑な空気。
その中でヨルハが慌てた様子で割って入る。
「……待ってよ、オーネスト。ノベレットさんは、目が見えてないんでしょ?」
友であるルーカスの墓から今に至るまで、基本的に音でやり取りを行っていた。
道の先導も、わざとらしくオーネストが音を立てていた上、目は布に覆われている。
明確に見えないとは聞いていないが、盲目である事に疑いはなかった。
ならば、誰を助けたかなど確認のしようが無いじゃないか。〝呪術刻印〟持ちと分かって助けた訳ではないじゃないか。
そんな至極真っ当な一言で諌めるヨルハに、オーネストは眉根を寄せた。
「ああ、見えてねえだろうよ。先生からは、目を開ける事が出来ねえと随分前に聞いた。だが、」
「だが?」
「先生は見えねえ代わりに、オレさま達とはちげえもんが見えてる。その上、治療までしてやがんだ。そいつが、真面な傷痕をこさえてねえ時点で、治療の手を止めりゃよかった。そうしてねえのは、先生が全てを分かった上であえて治療した。それしか考えられねえ」
────答えろよ、先生。
怒りで震える声で質問を繰り返すオーネストに、ノベレットはなんの気負う様子もみせず呆れたように言葉を口にする。
それは、オーネストへの返事であり、こうして生きている事すら不思議な傷痕をこさえた眼帯の女に対する注意でもあった。
「傷が開くから、出るなと伝えていたと思うんだけどな────ルナディアさん?」
「ルナ、ディアっ、てやっぱり……ッ」
通称、〝スカー〟。
名前を、ルナディア。
テオドールから〝強欲〟の〝呪術刻印〟を与えられた人間であり、【特区】を渡り歩く〝戦争屋〟。
偶然にも同じ名前の別人であった。
そんな可能性は土台あり得ないものと断じた上で、やはりという思いで肩越しに振り向く。
ノベレットは、ルナディアの仲間なのだろうか。
オーネストの先生である事を踏まえた上で、俺達は両者に警戒心を向ける。
抜き身の刃の如き殺気を剥き出しにするオーネストに対して、ノベレットは何もしない。
取るに足らないと侮っている訳ではなく、単にそれは、話を聞いてくれと伝える為に無防備な状態を見せているようにも思えた。
「彼女の事は、少しだけ知ってるよ。知った上で、傷の手当てをした。オーネスト達が言わんとする事は分かるけど、彼女もまた、ルーカスと同じ被害者だから」
それもあって、見殺しには出来なかったとノベレットは言う。
つまり、ルナディアもまた、〝匣〟の影響を受けた被害者という事なのだろうか。
だとしても、彼女の悪名を考えれば治療は兎も角、自由にしておく事はあまりに不用心過ぎる。たとえそれが、瀕死の重傷を負っていたとしても彼女はあのテオドールが認めた人間だ。
「…………私の事を知った上で、あえて自由にしていたのか。随分と、舐めた真似をする」
俺達の考えに、当事者のルナディアでさえも同感だったのだろう。
舐められている。
その感情に全てを上書きされたルナディアの顔は怒りに塗れ、あまりに酷いものに変わる。
そして、その報いを受けさせるように全身の傷などお構いなしに突き刺す殺気が場に溢れた。それが、始動の合図。
手負いとは思えぬ獣の如き敏捷性で以て、ルナディアの姿が掻き消え、次の瞬間にはノベレットの目の前に移動を果たしていた。
「──────」
まず、い。
そんな感想を抱いた時には既に手遅れ、ノベレットの顔に引き絞られたルナディアの拳がすぐそこまで迫っていた。
危険を知らせようと、ヨルハは短い悲鳴をあげ、クラシアが咄嗟に魔法を発動する。
しかし間に合わない。
一瞬先の、凄惨な光景が脳裏を過ぎる。
けれど、やって来るはずだった未来は訪れる事はなく、どころか音すら消えて耳が痛くなるほどの静けさが場に降りる。
驚愕は、誰のものだっただろうか。
「〝拘束する毒鎖〟?」
たった一瞬。
瞬きするほんの一瞬で、魔法を発動する兆候すらなく視界を埋め尽くす程の鎖が虚空から現れ、ルナディアの身体を絡め取った。
驚くべきは、それだけではない点。
ルナディアの足元は泥濘んでおり、まるで〝雨沼残滓〟のようで。
挙句、そこに内包される見覚えのある魔法陣は────俺の予想が正しければ魔殺しと同等の効果を持っているように見えた。
それらを、たった一瞬で展開したであろうその技量は、あまりに異常だった。
「…………ノベレット、アンデイズ。その名前を聞いた時は何の冗談かと思ったが、どうやら名前を騙った偽者という訳ではないらしい。噂は本当だったという訳か」
「何の、噂かな」
「お前が生きているという事実と、ノベレット・アンデイズという男の、馬鹿げた実力と功績についてだ」
ぐ、ぐ、ぐと未だ抵抗を続けているであろうルナディアの身体が、無数の鎖に抗って抜け出そうと試み続ける。
その中で傷口が開き、出血が始まっても表情を一切変える事なくルナディアは言葉を並べる。
「かつて、ギルドの創始者であるリヴェット・アウバから全幅の信頼を置かれたパーティー〝明日への光〟。その、リーダーを務めた補助魔法師ノベレット・アンデイズ。知らないわけがないだろう。この私が、およそ百年前に行われた〝匣〟の攻略に参加した責任者の名前を、この私が忘れる訳がないだろう……!?」
暗く翳るルナディアの銀の瞳が、変色を始める。蠢くそれは、あまりに得体が知れなくて、瞳に侵食する黒は、悍ましく底知れない何かのようにしか思えなかった。
同時、彼女を拘束する鎖が耐え切れずにひび割れ始める。その身体のどこに、そんな力があるのだと叫ばずにはいられなかった。
そしてそれ以上に、ノベレットが百年前に行われた筈の〝匣〟の攻略に参加した人間であるという事実に頭の中がこんがらがる。
骸骨の男、アッシュは兎も角、ノベレットの見た目はどこからどうみても人間だ。
なのに、何故彼はルナディアの言葉を否定しないのだろうか。
「ノベレットと名乗った時点で、私と会話をする余地がなくなると分からなかったのか? 〝匣〟の攻略に参加しながら、おめおめと唯一生き残った卑怯者」
「……否定はしないよ。あの攻略の中で、ワタシだけが生き残った。それが事実だからね。ただ、言い訳をさせて貰えるなら、あの時はそうするしか出来なかった。それにワタシは、今でもリヴェット・アウバから任された〝匣〟の攻略の任を放棄した覚えはないよ」
「なに?」
「〝匣〟の攻略は、ずっと続けてる。百年前のあの日からずっと、ワタシとリヴェットで行ってる」
ノベレットは、己が逃げた訳ではないと重ねて言う。
「キミを助けた理由は罪滅ぼしからくる贖罪だけが理由じゃない。ノベレットとキミに名乗ったのも、そうする必要があったからだ。〝匣〟をどうにかする為には、ワタシとリヴェットだけではどうしても足りない。精々が現状維持だ。だから、〝匣〟をどうにかする為にキミの助力が必要だとワタシは判断した」
故に、助けた。
故に、名乗った。
故に、こうして全てを白状し、話している。
ノベレットのその言葉を受けて、ルナディアは露骨に呆れ嘲笑った。
「〝匣〟を、どうにかするだと? 〝大陸十強〟であるリヴェット・アウバでさえ、その身を犠牲に抑え込む事しか出来ないでいる〝匣〟を、お前如きがか?」
「ああ、そうだよ」
〝大陸十強〟の規格外さを彼女もまた、テオドールで身を以て知っているからだろう。
彼ら彼女らに無理ならば、俺達には土台無理な話。そう断じる気持ちもよく分かる。
「キミも、テオドールと関わりがあったなら少しは話を聞いた事があるんじゃないか。彼らに呪いを押し付けた〝楽園〟の番人────アダムとイヴの話を。多くの人間の悪感情を引き受け、呪いの塊となったイヴを封じ込めたアダムの話を」
つまりそれは、〝匣〟を誰も手の届かない場所に封じ込めようという事なのだろうか。
「〝匣〟を封じ込める為にも、キミが持つ〝強欲〟の〝呪術刻印〟が必要になる。そうワタシは結論付けた。それもあって助けた。尤も、リヴェットにはまだ何も話していないし、彼女は止めるから話す気もないけれど」
怒りに染まっていたルナディアの銀の瞳から、侵食していた黒が薄れてゆく。
その場凌ぎの話ではないと判断したのだろう。
「彼女は、優し過ぎる。これ以上、誰かが犠牲になる事は一切望んでいない。たとえそれで、〝匣〟の問題が解決する可能性がほんの僅かあるとしても、自分以外の誰かが傷つく事を彼女は間違いなくもう許容しない」
────〝聖拝者〟。
タソガレがそう呼び、心底呆れる程のお人好し。だからノベレットの言葉に疑いを持つ気は起きなかった。
「だから、彼女の反対を押し切ってこちらでどうにかするしかない。その為に、キミの協力が必要でもあった。キミなら、〝匣〟を無くす為なら協力してくれるだろう?」
「……私を、待っていたとでも言うのか?」
「キミの病状。【特区】での動き。それらを知っていればある程度予想もつく。間違いなく、シュトレアにもやって来るであろう事は。尤も、何の用意もなしに〝匣〟に足を踏み入れ、リヴェットを殺しに向かうとは思っていなかったけど」
「…………」
相容れない者同士だとしても、望む結果が同じであれば手を取り合える筈だ。
そう口にするノベレットの言葉は決して間違いではない。
その話を信じて貰えるだけの説得力さえあれば、不可能な話ではなかった。
「望む結果は同じだけれど、ワタシはルナディアの仲間じゃなければ、テオドールの味方でもないよ。強いて言うなら、オーネストや、リヴェットの味方、だね。正直、これ以上はあまり話せる事がないから納得して欲しいんだけど」
「…………納得、するしかないんだろ?」
ここでしないと言ったところで、恐らく本当に話した事が全てなのだろう。
それ以上は出てこない筈だ。
多少の不信感と納得が出来ない部分があったとしても、あとはもうこれまでの関係値を踏まえて信用するしかない。これはそういう話だ。
「……でも、だったらどうして先に話さなかった。オレさまが冒険者をしてる事は知ってただろ。その上、〝匣〟について尋ねてンだ。色々と知ってる可能性の方が高えだろ」
「それもそうだね。でも、先に話して納得してくれた?」
「それ、は」
納得はしなかっただろう。
むしろ、あの場でどうして。となって、言い合いになっていた未来しか見えない。
「オーネストの性格を考えれば、〝匣〟とルーカスの事を話して、素直に帰るとも思えない。それに、ここに来た理由は〝匣〟だけじゃないんでしょ?」
そうだ。
〝匣〟はあくまで、オーネストの都合と、シュトレアに送ってくれたタソガレからの依頼。
本来の目的は、俺達の目の前にいるルナディアから姿を消したエルダスらの居場所────ダンジョンについて聞き出す事。
「だったら、もういっそこうして全部話す方が都合がいいと思ったんだ」
伊達にオーネストの先生ではないという事なのだろう。
性格を考えれば、確かにこれが最善であったような気もする。
「あの時、〝匣〟で何があったのか。リヴェットが今、行っている事。百年前の人間が、こうして今もなお、命を繋いでいる理由も。勿論、ルーカスの正体についても。ワタシが知ってる事でよければ、全部話すよ。残ってる時間も、色んな意味でもうそんなに長くはないからね」
ルナディアへの拘束を最低限残し、ノベレットは魔法を霧散させる。
そして小屋の入り口へと向かい、扉を引き開けた。
「続きは中に入ってしようか」









