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百三十四話 禁足地と呼ばれる場所

本日、10/4テレビ朝日系全国24局ネット“IMAnimation”枠にてよる11時30分より本作のアニメが放送されます。

Abema U-NEXTアニメ放題では深夜0時より放送されますので、ぜひご覧いただけますと幸いです!

「────『聖堂院』とは、癌だ(、、)


 タソガレはやや悩んだ後にアヨン問いに答えた。とどのつまり、彼女との取引に応じた。


「癌?」

「吾輩も詳しくは知らん。何処にその拠点があるのかは勿論、誰が創始者なのかも、全く。だが、アレの目的だけは知っている。数百年前からそれだけは不変であるのだよ」


 数百年前から存在し、そして今も尚、それは存在し続けているのだろうとタソガレは踏んでいた。目的を達するまで決して歩みを止めないのだろうと言い切れるだけの狂気さを、タソガレの目から見てもあの連中は持っていたから。


「〝始まりの魔法〟に至る事。連中の目的は、ただそれだけだ」

「〝始まりの魔法〟……?」

「吾輩もそれについては知らん。だが、連中はその為なら手段を一切選ばない。素養がある人間を見付ければ、どんな手段を講じてでも引き入れる。そして教育を施す。そいつが〝始まりの魔法〟とやらに至れるように」


 単なる魔法は勿論、〝古代魔法(ロストマジック)〟よりもずっと古い原初の魔法。

 タソガレでさえも知らないソレは、伝え聞く限り「生命の創造」だとか、「世界をあるべき姿に戻す」だとか、馬鹿げた内容であった。


「……詳しく知らないと言う割に、随分と知っておるではないか」

「吾輩は、リヴェットの記憶を覗いた事が一度だけある。故にここまでならば知っているのだよ」


 忌々しそうに半眼で過去を思い返しながら、タソガレは言う。

 

 タソガレはリヴェットが嫌いだ。

 嫌い────だった(、、、)と言うのが正しいか。


 好きになった訳でも、友好的な関係になった訳でもない。彼女の性格と思想は未だに理解の埒外にあると断言出来る。リヴェットが信ずる思想はやはり嫌悪しかない。


 けれど、最後の最後。

 リヴェットの記憶を覗いたが故にタソガレはその日からリヴェットを頭ごなしに毛嫌いする事は出来なくなった。


 決して口にする事はないが、アレク達にあんな頼み事をした理由はきっとそれが原因なのだろうという自覚がタソガレにはあった。


「『聖堂院』には素質があると見込まれた子供が多く集められる。その子供が最大限、才能を発揮出来るような理由を強引に与えた上で教育が施される。故に恐らく、ユースティティアは貴様を『聖堂院』の出身者だと告げたのだよ。それが一番、筋が通っているからな」


 そして、タソガレは記憶が消えてるならその素質が〝始まりの魔法〟に至らないと見放されたのだろうと続ける。


「だが、貴様はマシな部類なのだよ。その記憶が完全に消えているなら、随分とマシだ。少なくとも、リヴェットよりはな」


 『聖堂院』という癌に目をつけられた事は不幸だろうが、リヴェットを目の当たりにしている分、アヨンはまだマシな部類に映った。


「リヴェット・アウバは、〝始まりの魔法〟に至る為に、悪しき過去を植え付けられた最大の被害者だ。人の過去を覗き見て吐き気を催したのは、間違いなくあいつが最初で最後だ」



 ──────生かされたこの身は、血の一滴まで誰かの為に。アタシはそう思っています。



 反吐が出る程の献身利他。

 そうなるように弄られ、そうとしか生きられなくなったと自覚して尚、生き方を一切曲げられなかった聖拝者。


「ユースティティアが貴様を憐れんだ理由は、リヴェットを目の当たりにしていたからだろう。あいつと同類というだけで、吾輩らにとっては憐憫の対象だ。それ程までに、痛々しさしかなかった故に」


 誰かの為だけに生き、自分の身など毛ほども顧みず行動する聖人。

 まるで絵本の中のヒーローのような行いは、物事を知らぬ子供には眩く見えるのだろうが、世界の残酷さを知った大人の目にはあまりに痛々しくしか見えようがなかった。


「……それと、別に吾輩らは隠し事をしている訳ではない。確かに多くを知っている。吾輩らは、多くを見過ぎ、知り過ぎた」


 気が遠くなる程の年月を生きた事も影響しているだろう。それでも。


「だが、それだけよ。意図的に秘匿している事実など何一つとしてない。あるとすればそれは、口を封じられているか。はたまた、見て見ぬふりをしているだけよ」



 * * * *



 ────誰も彼もを救いたかった。


 それが、願いだった。

 それが、祈りだった。

 それが、誓い(、、)だった。


 それだけが、生きる理由のすべてで、奔走する理由だった。

 だから、苦しみに喘ぐ弱者の為に〝ギルド〟を創設した。


 戦うすべを持たない人間の為に、理想とする世界のために自身が持ち得るすべてを注ぎ込んで創り上げた組織。

 唯一、共感をしてくれた友たるルシア・ユグレットとの義理を果たす為にもそれだけは何があっても譲れなかった。


 たとえ、血を吐くように渇望したこの願いが、自分ではない誰かによって植え付けられたものであったとしても。

 それを理解した上で、リヴェットはその身を余す事なく他者の為に使うと決めた。


 タソガレを始めとした面々に、愚かしいと蔑まれて尚、その考えだけは変えられなかった。

 変えるわけには、いかなかった。


 なぜなら、他でもない己自身がそう希い、かくあれかしと願ってしまったから。

 そんな人間が、一人でもいてくれと一度でも望んでしまったから。



 だか、ら。



「貴女の頼みを、聞く事は出来ません」


 シュトレアに位置する【匣】と呼ばれる【特区】。その、中心部。

 【アルカナダンジョン】の残滓が色濃く残る場所で、二人の人間が邂逅を果たしていた。

 剣呑な空気が漂っており、間違ってもそれは友好的なものではなかった。


「たとえ間違いであったとしても、アタシは無くす訳にはいかないんです。ギルドという拠り所を、無くす訳には」


 懇願する。

 理解をしてくれと祈り、少女は言葉を尽くす。


「アタシは、全てを救わなきゃいけない。全てを助けなきゃいけない。助けを求め、手を伸ばす弱者、その全てをアタシは救うと誓ったから。約束をしたから。そう生きると他でもないアタシが決めたから────」



 そう口にする少女は、目の前の女性に向けて話すようで少し異なっていた。

 まるで自分自身に語りかけるように、己の誓いを溢し、そして説得を試みる。


「だから────どうか、引いて貰えませんか。ルナディア(、、、、、)さん」

「そう、か。なら、話は終わりだなリヴェット・アウバ」


 慈愛の感情を瞳の奥に湛え、リヴェットは婀娜として満ちた月光がごとき光に照らされながら、死に体の眼帯の女性────ルナディアに懇願し、当然のように袖にされた。


 通称、〝戦争屋〟。

 〝スカー〟の名で知られる彼女は、何も知らない人間からすれば一級の悪人で、〝呪術刻印〟をテオドールから与えられている事実を踏まえれば、誰もが彼女を悪と断じるだろう。


 けれど事実はほんの少しだけ異なっていた。


「────〝追奏(カノン)〟────!!」

「まっ、て下さい……!! アタシは貴女と戦う気は……!!」


 風が、吹き荒れる。

 その程度の攻撃では、リヴェットは倒せないと知りながら行使した理由は拒絶の意思のあらわれ。現実、薄皮を斬り裂くだけで事態の好転は微塵として得られなかった。


 ルナディアは強者だ。

 少なくとも、彼女に真正面から挑み勝ち切れる人間などごく僅かだろう。

 しかし相手が悪かった。


 〝大陸十強〟リヴェット・アウバ。

 幼い少女のような見た目と異なり、その経験値、技量は〝大陸十強〟の名に一切恥じないものである。

 そこには偶然の運や、試行回数などで補い切れない隔絶した実力差があった。

 思わず笑ってしまう程に、絶望的な差であった。


「……貴女のこれまでの行動の理由は、分かっています」


 ぷくりと頬に赤色の線が走る。

 簡単に避けられるだろうに、あえて攻撃を受ける理由は、敵意がないと示す為か。はたまた、それが罰とでも捉えているのか。もしくは、傷ですらない(、、、、、、)と考えているからか。


 どうあってもそれらは、ルナディアの神経を逆撫でるだけの行為であった。


「貴女がこうして、【特区】の周辺で度々戦争を引き起こす理由も、テオドールと接触した理由も、アタシを、恨んでいる事も全て」


 目を伏せる。

 手段として、あまりにそれはリヴェットと相容れないものだった。

 けれど、その上で理解は出来ると彼女は受け入れる。ルナディアがそうするしかなかった事をリヴェットは理解を示す。


「全部、アタシの不徳の致すところです。そこに、言い訳なんてある筈がありません」

「……当然、だろうが」


 犬歯を剥き出しに、荒い息で身体を上下させながらルナディアは肯定する。

 せり上がる吐き気と共に、血を吐き捨てながら恨みがましく睨め付けた。


「お前の、せいだ。お前の、ギルドがあったから。ギルドが【特区】なんて括りを作ったから、私はこうするしかなかった」


 暗く翳るルナディアの銀の瞳が、蠢く。

 ず、ず、ず、と何かに侵蝕でもされるかのように、瞳に割り込む黒。


 その様子をリヴェットは申し訳なさそうに(、、、、、、、)見詰めながら────眼帯を身につけた右目にルナディアが手をあて、押さえつけて圧迫した途端、黒は蜘蛛の子を散らすように薄れて消えた。


「……そんな目を、向けるな……!! 発作は、今に始まった事じゃない」


 堪え切れぬ憤怒を煮え立たせながら、ルナディアは血を吐くように言葉を吐き散らす。


「アタシが言える義理ではない、けど、もう貴女は魔法を使わない方が」

「だま、れ」


 どうしようもなくルナディアはイラつきを覚える。本来ならば今すぐにでもこの場から立ち去りたいと思う程にリヴェットとの会話が彼女にとっては苦痛だった。


 口にされる言葉の一つ一つが、建前でも嘘でもなく、本心であると分かるからこそ、余計に苛立ちが抑えられない。


「魔法を使うな、だ? それは発作が繰り返されればコレ(、、)が進行するからか? だが、それがなんだという。散々お前らが無視を続けていた事だろうが……?」


 眼帯で隠された瞳。

 そこにある事実に、ルナディアが〝スカー〟と呼ばれる〝戦争屋〟となった理由その全てが詰まっていた。


「今更、私一人を救って聖人気取りか? ふざけるなよ、リヴェット・アウバ」


 リヴェットは知っている。

 知っているから、こうして今更ながらに動いていた。

 ルナディアの眼帯に隠されたそれは、【アルカナダンジョン】の残骸たる禁足地【特区】の住民特有の病だった。


 治療法など一切ない【アルカナダンジョン】から溢れ出した〝瘴気〟によって齎される病。

 同時にそれは、ごく一部のみが知る【特区】が禁足地指定を受けた理由の一つでもあった。


 ────〝迷宮病〟。

 それは、ダンジョン特有の病である。


 ダンジョンに蔓延する瘴気にあてられて発症する冒険者の病。

 治療法はなく、発症したが最後、化け物に姿形が変わったソレを人は〝魔人〟と呼んだ。


 潤沢な魔力を持ち、冒険者としての適性が高い者達は耐性が高く、その為、〝瘴気〟にあてられても〝迷宮病〟が発症する確率は極めて低い。故に、恐れられてはいるが多くの者がダンジョンに足を踏み入れている。

 しかし、冒険者としての適性に恵まれなかった者達はそうではない。


 故に、【アルカナダンジョン】によって生まれた【特区】から漏れ出した〝瘴気〟にあてられたただの人間が一体どんな末路を迎えるのか。

 そんなものは、決まっていた。


 ただし、【アルカナダンジョン】が生み出した〝瘴気〟は通常のダンジョンから生まれる〝瘴気〟とは少し異なっていた。

 それにより、症状は本来とは異なった。


 身体の一部の、魔人化である。


 行き着く先は本来の〝迷宮病〟と変わらないが、過程がまるで違った。故に、救う手立てはあったはずなのだ。

 にもかかわらず、【特区】の禁足地化という対応で以てギルドは助ける方法を模索する事なく、蓋をするように呆気なく見捨てた。

 だからこそ、ルナディアは憤りを隠せない。


 自分もまた、その罹患者であるからこそ、ギルド(リヴェット)を恨み、自分の同類の為に度々戦争を引き起こし続けた。


 隔離された【特区】を、外に出さないようにする国やギルドの目から解放させる為に。


 それが、〝スカー〟の正体であった。


「【アルカナダンジョン】の攻略の失敗は、仕方がない。それは認めてやる」


 ギルドは高位の冒険者を召集し、やれるだけの事は常にやっていた。

 そこにルナディアも文句はない。


「だが、助けられたかもしれない命を見捨て、見て見ぬふりをし続けた事実は何があろうと許せない」


 ギルドの対応は、間違っていない。

 曲がりなりにも〝迷宮病〟ならば、被害は増えるだけ。手っ取り早く蓋をして拡大を防ぐのが先決だ。ルナディアも頭ではそれを分かっている。けれど、当事者と客観的意見が相容れる事はない。


 結果、多くが死んだ。

 魔人に成り果てたもの。

 自ら命を絶ったもの。

 殺されたもの。


 それぞれの悲劇の末路を辿った。


「全てを、救いたい。全てを、助けたい。大層立派な信念だ。願いだ。命を削りながら【匣】の後始末をしながら、ギルドの創始者としてその願いに向かって突き進む。テオドールから聞いていた通りだ。お前は清廉潔白な人間なのだろう。それは、認めよう」


 最早、恨み辛みでどうにか心の臓を動かしているようなルナディアはあろう事か、リヴェットを認める。

 それがまともな人間の在り方かどうかはさておき、リヴェットは善人だった。


「だが、それでもお前の言は聞けない。もう決めた事だ。私は、お前とは相容れない」


 妥協があるとすれば、最早機能はしていないとルナディアが判断したギルドの解体。

 加えて、


「私が止まるとすれば、それはお前がギルドを解体し────そしてお前が自刃する事(、、、、、)。それ以外、あり得ない」

「…………っ」


 前者は誓いで、約束だった。

 だから、それを壊す訳にはいかなかった。


 そして後者も、受け入れる訳にはいかなかった。リヴェットは死が怖い訳ではない。

 彼女は、自分が死ぬ事で全てが救われるのなら喜んでその生を手放した事だろう。

 しかし、〝大陸十強〟として呪われたあの日にリヴェットは死ぬ事が出来なくなった。


 それは、〝大陸十強〟特有の呪い。

 どうしてそれをルナディアが知っているのか。恐らくテオドールが喋ったのだろう。

 そう予想しながら、かぶりを振る。


「……それだけは、出来ません」

「だろう、な。ダンジョンの大元たる存在の、呪い。その、一部負担。お前の呪いを考えれば、頷くとはそもそも思っていない」


 リヴェットに与えられた呪いの正体を、ルナディアは口にした。

 それが、いまだにダンジョンが存続される最たる理由で、リヴェットが負った呪い。


 故に、ルナディアは死ぬ事が出来ない。

 死ねば最後、命懸けで救おうとしたルシア・ユグレットの努力は勿論、助けられるかもしれない存在を見捨てる事に繋がるから。


 そして、間違いなく決壊するであろうダンジョンの奥底に押し込められた存在。


 自分が死ねば〝大陸十強〟ですら蝕まれた〝瘴気〟が少なからず溢れ出すと正しく認識しているからこそ、ルナディアの言葉にリヴェットは何があろうと頷けない。


「そこまで知っているのなら、」

「求めるなと? だが、事態が好転する可能性もあるはずだ。ジリ貧に、私のような犠牲者が世界のどこかで生まれながら、それに見て見ぬ振りを続け、生きていく。それよりよっぽど良いと思うが」


 少なくとも、全てを助け救いたいと宣う人間にあるまじき行動ではないかと非難を続ける。


「だが、お前は勿論、誰もそれをしようとしないだろう。だから、私が代わりにそれをしてやろうと言ってるんだ。お前を殺す事は土台無理な話だが、手段はそれだけじゃない。ダンジョンの仕組みを考えれば、抜け道はある」

「……どうしても、それはやめないつもりですか」

「当然だ。だがもし、それでも止めたいというのなら────私を殺して止めてみせろよ、リヴェット・アウバ。誰もを救いたいとほざいた上で、出来るものならな」


 それだけは、出来るはずがなかった。

 リヴェットにそれだけは出来ない。


 それは、己の存在意義を根本から揺るがす行為に他ならないから。


 しかし、時間は待ってはくれない。


「それが嫌なら、私に殺されるか、黙ってみていろ……っ!」


 病に食い荒らされ、とうの昔に限界を迎えた身体。けれども強い意志で以て強引にねじ伏せてルナディアは叫び散らす。


「────〝強欲の果てに(グリード)〟────ッッ!!!」


 テオドールが与えた力──〝呪術刻印〟がリヴェットに牙を剥く。

 それは際限なく奪う魔法。

 生命力も、魔力も、ありとあらゆるものを強烈な身体的負担を前提に行使される技。


 人間の体ではまず耐え切れないそれは、〝迷宮病〟に侵され身体が作り変わりつつあるルナディアにだけ許された〝呪術刻印〟。

 しかしその代償に、果てしない痛獄と避けられない病状の進行が付き纏う。


 死人と変わらぬ幽鬼のような顔色で、ルナディアは告げる。


「分かるだろう、リヴェット・アウバ。私も、引けないんだよ。私と同じ犠牲者の為に、【特区】を管理する国で、散々戦争を引き起こした。人を殺した。ギルドも襲撃した。散々に、暴れた。だがそれは全て、一人でも私のような人間が救われて欲しいと願ったからだ」


 向けられた言葉にリヴェットは顔を歪める。

 話し合いは、土台不可能。

 荒れ狂う程の殺意と共に降り注ぐ魔法。


 心臓が鼓動を止め、思考が完全に摩滅し死を迎えるまで止まらないだろう熱と意地がそこにはあった。


「だから、その為にテオドールの助けさえも求めた。私は止まらないぞ。殺すか、殺されるか。それ以外、あり得ない。お前の思う理想を押し通したいなら、その手を血で染めろよリヴェット・アウバ!!!」






 * * * *



 タソガレの魔法によって独特の酩酊感に襲われながらすげ替えられる景色。

 程なく全身を覆ったのは、異様なまでの浮遊感であった。


 それは奇しくも、数百年の月日を生きるタソガレが転移魔法の印を残したのは一体いつの事なのだろうか。随分と前の話なら、地形ごと変わっていてもおかしくないのではないか。

 あれ? その場合って俺達はどうなるんだろうか。という疑問を抱くと同時であった。


「────え」


 しかし、不幸中の幸いか。

 俺達が転移した先は、何らかの物に埋まる訳ではなく、魔物といきなり出会う訳でもなく、海の中でもなかった。


 最悪の事態は避けられた。

 そう安堵したのも束の間、違和感に気付く。


 建物の中という訳ではない。

 空が見える。

 痩せこけ枝だけになった木々が見える。


 けれども────少しばかり視界がおかしすぎないだろうか。

 具体的に言うならば、その視界の高さ。

 まるで、鳥類が見ているような景色。

 なのに、高台にいるにしてはあまりに周囲のものが無さすぎはしないだろうか?


「随分ときれいな場所に────」


 まだ何も気付いていないヨルハが、出てきたね。と言葉を続ける直前で、漸く違和感が現実のものとなる。

 強い重力と再度の浮遊感。

 視線を下に向けるより先に間も無く始まる落下。全身の汗腺が一斉にぶわりと開き、冷ややかな汗が背中を撫でる。

 まず真っ先に堪らず声を上げたのは他でもないオーネストであった。


「ちょっと待てええええぇぇええ!?」


 どこに転移するのか分からないと予め注意を受けていた。だとしても、どんなマーキングの付け方をすれば空中に放り出されるなんて事態に見舞われるのだろうか。

 そもそもこれならば、予め教えられたのではないだろうか。

 各々が恨み言を吐きたい気持ちを後回しにし、即座に落下に備える。


「ぇ、〝補助魔法(エンチャント)〟!!!」


 まさかの事態に涙目になりながら、ヨルハが補助魔法を行使。

 何重にも重ね掛けされる魔法。


「あンの野郎ッ!! 次会ったら絶対にしばく────!!!」


 上昇した身体能力を用いて、罵倒を吐き散らしながら落下に備えようとしたその時だった。


 普段の要領で身体を捻り、手を伸ばしたその瞬間、オーネストの動きが止まる。


「──────」


 最中、顔に走る苦悶の色。

 まるで糸にでも絡め取られたかのように動きが硬直した。その理由を考える間も無く、伝染するように俺の身体も悲鳴をあげ否応なしに理解をさせられた。


「……オー、ネスト? アレク?」


 不安を隠し切れないヨルハの発言は、まだ事態に理解が追いついていない人間のソレであった。


 俺達は、タソガレから渡されたポーションを服用した。

 それでも、全快をした訳ではなかった。

 ポーションとは基本的に、傷を癒すもの。

 決して本来の役目は蓄積した疲労を元の状態に戻す事ではない。


 けれど、〝大陸十強〟の化物が作ったものであったから普通のポーションよりもずっと効果が強かった。

 本来ならば鉛のように重い筈の体が、普段に近づいたと思える程度に。

 そんな勘違いを引き摺っていたオーネストは、即座に行動が出来なくなっていた。

 それは俺も同様で、故に今ここで頼れるのはこの事態を危惧していたであろう呆れ返るクラシア一人しかいなかった。


「二人して、無茶な事ばっかりするからでしょうが────!! 〝風よ(ウインド)〟!!」


 俺とオーネストの状態を見抜いたクラシアは、勢いを殺し、着地の際の影響を限りなく抑えるべく地面に向かって風の魔法を発動した。


「ぅ、るせえ!! 少し力の加減を間違えただけだ! 少し時間がありゃ、どうにか出来てた!! ったくあの野郎、どんな思考回路してりゃ、空に魔法陣を描くなんて発想に────」

「あっそう。なら、あたしの助けも要らないわよね」

「────は?」


 安全が確保された事で再び、タソガレに毒を吐くオーネストであったが、非を認めない発言をした事でクラシアが発動した魔法の範囲を弄る。

 少なくともこの高さならば死ぬ事はないだろうという調整のもと、痛い目をみて反省しろという意のもとオーネストだけ風の抵抗が失われ急速に落下を始めた。


「ち、ょ、っと待て!! オイ、〝潔癖症〟!! 流石にこの高さは今はまずいだろうが!?」


 一人だけ地上に刻一刻と迫り、俺達との距離が膨らんでゆく。おかげで声も遠くなり、聞こえなくなり始める。

 泣き言のように叫び散らしながら、最後は自分悪かったとクラシアに懇願していた。

 殆どそれは聞こえなくはあったが、視線だけで助けた方がいいんじゃないかと訴えてみるも、返事はあまりに非情なものだった。


「バカは痛い目をみなきゃ学ばないもの。だったら、ここでちゃんと痛い目を見ておくべきでしょう?」


 そうして、相応の衝突音を伴ってオーネストだけが地面に突き刺さった。


「間一髪だったわね」


 数秒後、風魔法によってふわりと着地をしたクラシアが、側で埋もれるオーネストの事はいないものとして振る舞いながら口にする。


「……覚えてやがれ」


 これが硬い地面であればオーネストは間違いなく瀕死の重傷を負っていたに違いない。

 けれども、足下は砂であった。

 故に最低限の傷を負うだけで済み、だからクラシアもオーネストを助ける事をやめたのだろう。そんな彼は、砂まみれながらむくりと立ち上がり文句を垂れていた。


 やがて身体についた砂を乱雑に払いながら、周囲を見回す事数秒。

 変わり映えのしない枯木と砂ばかりの景色。

 それが果てしなく、地平線の彼方まで続いているように見える。


 生物の気配もなく、まるでここだけ世界から隔離された空間とすら誤認してしまいそうだった。


「ところで────ここはどこだ?」


 現実、シュトレアを知る筈のオーネストですら眉間に皺を寄せていた。

 これでは面影もあったものではない。


「まさかあの野郎、オレさま達に出まかせを言いやがったんじゃ」


 真っ先に思い浮かぶオーネストのその考えは、誰もが共感出来るものであった。


 その場凌ぎで、タソガレが別の何処かに俺達を飛ばした。そう考えるのが普通だ。

 しかし、責め立てるべき存在はここになく、この終わりのない砂漠をどうにかして脱出する方法を模索する他ない。


 そう思い、行動に移そうとした時だった。


「────待って、オーネスト。何か、聞こえない?」

「音?」

「うん。なんて言うか、砂を蹴る音?」


 その場を離れようとしたオーネストを、ヨルハが制する。

 同時、聞こえる軽快な足音。


 ただそれだけならば動物や魔物を疑ったが、それに金属のようなものが擦れる音が混ざっていた。これは恐らく、人の足音だ。


 音の出どころを探し、肩越しにオーネストが振り返る。しかしそこには枯木があるだけで何も見当たらない。

 〝補助魔法〟の影響で聴覚が普段よりも冴えているとはいえ、何も見当たらないのは如何なものなのか。


「……もしかして、さっきの音を聞きつけてきてくれたのかな?」


 次第に大きくなる足音は、こちらに近づいて来ている事を示していた。

 先程のオーネストが落下した衝突音を聞き、近くにいた人が駆け付けてくれたのだろう。


 普段ならばそう考えて然るべきであった。

 けれど今のここは、砂漠で、枯木しか見当たらない場所。人が住んでいるとも到底思えない。故に、警戒をする他なかった。


「万が一がある。下がってろ、ヨルハ」


 俺は音の出どころを探し、そこに相対するように前に出てヨルハを後ろに下がらせる。


「それは、分かるけど……でもここはシュトレアだよ?」


 ヨルハだけは、まだタソガレの言葉を信じているらしい。

 ここはシュトレアなのだから、人が駆け付けても何らおかしくはないと。


「アレク達の懸念も分かるけど、でもボクは、彼は嘘をついてないと思う」

「目の前のコレを見てもかよ」

「うん。ボク達に随分と都合のいい話だったから気持ちは分かるけど、きっと彼は、嘘をついてない」


 一体どこからその信頼はやってくるのか。

 しかし交わした会話もごく僅かだろうに、ヨルハの声音からは、都合のいい事以外に見て見ぬふりをし、信じたいものだけを信じようとする馬鹿のソレは感じられなかった。


 ヨルハなりの確信を持てるだけの材料があの僅かな時間の中で得られたのだろう。


 だから俺達は、愚直にヨルハの言葉を信じる訳ではないがその可能性がある事だけは頭の中に入れる。


 そしてそれから十数秒。

 すぐそこにまで迫った足音が消えると同時、周囲の空気が発せられた声によって震えた。




「────あのぉ……凄い音が聞こえて慌てて駆け付けたんですが、大丈夫ですか?」




 間延びしたやる気を感じられない声。

 しかし人間味のあるソレは確かに声の主が人間である事を示していた。


 ただ、どうして今も尚変わらず姿が見えないのだろうか。

 右に、左にと視線を忙しなく動かしても見当たらない声の主の存在。

 その対応は慣れたものだったのか、苦笑い混じりに言葉が続けられた。


「あぁ、ここです、ここ。いやぁ、すみません。僕ってば影が薄いらしくて」


 それでも姿が見当たらない。


「てっきり、〝瘴魔(、、)〟にでも襲われたのかと思いましたが、どうやら違うようですね。安心しました」


 透明人間か何かだろうかと疑い始めたあたりでちょん、とヨルハの肩を叩いたのだろう。


 やっぱり、透明人間などいる訳がない。

 影が薄いという自認があり、本意ではなかったとはいえ随分と失礼な真似をしてしまった。


 俺と同様の感想を抱いていたヨルハが、愛想笑いを浮かべながら振り向き、謝罪の言葉と共にここが何処なのかを尋ねようとする。


「す、すみません。中々気付けなくて。ところで、ここってシュトレアで合ってるんでしょうか? そもそもどうしてここはこんなにも荒れ果てて、砂漠だら、け、なん……でしょう、か?」


 次第に萎んでゆく声音。

 それは、顔をあげて声の主たる人物の顔を目にすると同時の出来事だった。


 服装は、軽装の冒険者のようなもの。

 腰に下げられた剣や言葉遣いから最早、人間であることに一切の疑う余地が消えていた。

 だから余計に驚愕で、言葉を失い硬直してしまったのだろう。


「………………」


 時間と共に回復する思考回路。

 これ以上なく速く回るソレが事実を認識した瞬間、堪らずヨルハは周囲を憚る事なく叫び散らしていた。


「で、でででででた────ッ!?」


 ヨルハの視界に映り込んだのは、人のシルエットではあった。

 ただし首から上が普通とはかけ離れていた。


 それは、白骨化した骸骨であった。


「魔、物……!? オーネストッ!!!」

「分かってらぁな! そら、言わんこっちゃねえだろうがヨルハァ!!」


 乱暴にヨルハの肩を掴み後方へと押しやる。


 最中、「や、ばっ。そういえば今はマスクをしていないんでした……っ」なんて人間味溢れた焦燥感に駆られた声が聞こえるも、右から左に素通りする。


 俺の手の内で顕現する〝古代遺物(アーティファクト)〟。

 疲弊した身体に鞭を打ち、剣線を走らせようとしたところで骸骨が両手を突き出し、あまりに人間味のある言葉を口にした。


「ちょっと待って下さい!! タ、タンマ!!」


 魔物が人間に擬態をしている────にしては随分と精巧な会話技術。

 弱々しいそれを前に、思わず一瞬手を止めてしまう。


「色々思うところはあると思いますが、僕は決して怪しい人間(、、)じゃ────!!」


 そこまで言ったところで、その発言が怪しい人間特有のものであると自覚したのだろう。


「……それ、大概怪しい人間が言う言葉よ」

「ぐ、確かに」


 クラシアの追い討ちのような言葉も受けて、骸骨は堪らず顔を逸らした。


 ちゃっかり肯定もしている。仮にこれが演技の延長だとすれば杜撰にも程があるだろう。


「じゃあ、ぇと、その、僕は怪しい人間ではあるんですが、貴方達を害する気は一切なくて……!!」


 仕切り直して、一言。

 もう無茶苦茶極まりないそれに俺達は毒気を抜かれながら、俺は気になっていた部分に対して指摘を飛ばす。


「……そもそも人間ですらないように見えるんだが」

「……そうでした。今の僕、骸骨でした……」


 自身の顔へと手袋を嵌めた手を伸ばし、骸骨は顔をペタペタと触って確かめる。

 なんと言うか、人を騙すにしてはあまりに鈍臭い魔物であった。


 見た目が骸骨故に、警戒を全くしない訳にはいかないが、それでもこの鈍臭さならばと4人で顔を見合わせる。

 言葉はなくとも、視線を交錯させるだけで全員の意見は一致した。



 目の前の骸骨は少なくとも意思疎通は問題なく可能。ならば、この骸骨から情報を得てみるのもありなのではないだろうか。



 目に見えて気落ちし、しゃがみ込んだ骸骨に俺は問い掛ける。


「な、あ」

「なん、でしょうか?」

「音を聞いて駆け付けた、ってあんた言ったよな。一体どこから、あんたはやって来たんだ」


 見渡す限り、果てしなく広がる砂漠の如き荒野。障害物は勿論、人が暮らせるような建造物の欠片すら見当たらない。

 生物の気配も目の前の骸骨を除いて一つとして感じられなかった。


「……ぁぁ、そういえばそちらの方も、それをお聞きになられてましたね」


 驚く直前にヨルハが尋ねていた事を思い出したらしい。


「まさか、外の人間がいらっしゃるとは思いもしてませんでしたが、お察しの通りここはシュトレアで、僕はシュトレアからやって来た人げ────いえ、骸骨です」

「ここが、シュトレアだと?」


 オーネストの疑問に、骸骨はええと頷く。


「厳密には、シュトレアの側に位置していたアルケトラと呼ばれていた小さな国だった場所、ですが。【匣】と言った方が今は伝わりやすいでしょうか」


 言われてもみれば【特区】の特徴にここは幾つか類似している。


 ただし、【特区】と呼ばれる一番重要な特徴がここは抜け落ちていた。だから俺は今の今までここが【特区】であると確信が得られなかった。

 否、その選択肢を真っ先に消していた。


「いや、ここが【特区】な訳がない」


 なまじ知識があるからこそ、信じられない。

 何故ならば。


「ここには、肝心の〝瘴気〟がない」


 ダンジョンの大元。魔物の発生源。

 ここが【特区】ならば、必ずあるソレが、どこにも感じられない。魔物の気配すら一切感じられないここは、〝瘴気〟とはあまりに遠い場所であった。

 ここは食い荒らされ、萎びた大地が広がるだけの荒野だった。


「【特区】っていうのはある種、見捨てられた場所だ。【アルカナダンジョン】攻略に集められた上澄の冒険者から人の手に負えないと判断された場所だ。経年や、人の手が加わったところでその形跡が消える訳がない」


 ここが本当に【アルカナダンジョン】の影響で溢れ出した〝瘴気〟によって、手に負えなくなり禁足地と化した場所だとしたら、その残滓がどこかしらにある筈だった。


「たとえそこに、〝大陸十強〟の手が加わったとしてもだ」


 心なし、その一言で骸骨の眼窩が窄んだような気がした。


「……確かに、今のここは【特区】とは思えない程に〝瘴気〟が払われています。ですが、これはあくまで一時的なものでしかありません」


 今も尚、ここが【特区】と認識され続けている理由を考えるべきだと骸骨は警告する。

 どういう訳か、今は何らかの方法で〝瘴気〟が払われただけの状態であるらしい。


「あと二、三日もすれば、想像通りの景色が戻ってくると思います」


 会話の最中、骸骨の足下で小さな紫がかった靄があらわれる。毒々しいそれは俺達にとっても覚えのあるものだった。


 魔物が出現する兆候。

 しかし、濃度が薄いからだろう。

 その魔物はあまりに弱々しいものだった。


「……確かに、てめえの言う通り〝瘴気〟が完全に消えた訳じゃないらしい」


 オーネストがそう発言すると同時、視線が足下に向けられていた事に骸骨は気付く。

 そして何気なく顔を動かし、魔物と骸骨の目と目が合う。


 俺達視点では、単なる魔物同士の邂逅にしか見えない光景。しかし、ぴしりと骸骨の身体は硬直。それはまるで見てはいけないものを見た時のような反応であった。


 そんな中、魔物は骸骨の足下によじ登り、魔物らしく害意をぶつけようとする。

 まさにその瞬間であった。


「……で、」

「で?」

「でたぁぁぁぁぁあああああああ!?!?」

「うぉわぁぁあ!?」


 その驚きようといえば、ヨルハの比ではなかった。

 咄嗟の行動だったからだろう。

 腰に下げた剣を使う事なく、恐るべき脚撃で魔物を蹴り飛ばしていた。

 流星のごとき速さで彼方に消えてゆく魔物を見届け、骸骨は大きな溜息を吐いた。


「ああああ危ないところでした」

「……別にそんな驚かなくても、貴方も似たようなものでしょうに」


 クラシアの一言は、まごう事なき正論だった。魔物の出現に驚いたあまり、肩で呼吸をしながらふぅ、と骨しかないおでこを手の甲で拭う骸骨の行動こそがおかしなものであった。


「何を言ってるんですか! その油断が後々取り返しのつかない失態に繋がるんですよ!?」


 とはいえ、骸骨の言葉も間違っている訳ではなく、「え? これ、あたしが悪いの?」とクラシアは困惑する羽目になっていた。


「いやあ、危なかった危なかった」


 心なしか、骸骨の身体は震えているようにも見えた。それは、俺だけの勘違いではなかったのだろう。


「…………」


 何事もなかったかのように進めようとする骸骨をよそに俺達は視線で会話をする。

 そして思っていた事を、先ほど責められていたクラシアは口にした。


「……もしかして貴方、魔物が怖いの? そのナリで」

「…………。そ、そんな訳ですから、ここは危ない場所なんです。貴方がたも手遅れになる前に元いた場所へ戻るべきです。今はこの状態ですが、ここが【匣】である事に変わりはありませんから」


 強引に骸骨は脱線した話を戻す。

 それはもう、清々しいまでに露骨だった。


「……露骨に話を逸らしたな」

「骸骨なのに魔物が怖いなんてあり得んのか?」

「あり得るも何も、ボク達の目の前にそれがあるからそうなんじゃない……?」


 魔物を見る疑いの目から、珍獣を見るような視線に変わる。

 居心地が悪かったのだろう。


 骸骨は咳払いを挟み、その場を後にしようと試みる。


「……兎に角、忠告はしましたから。その上で留まるというなら僕に出来る事はありません。それでは」


 俺達を心配して駆け付けてくれた事は確かなようで、最後の最後まで心配をして骸骨は去ってゆく。


「一体、なんだったんだあの骸骨は」

「さぁね。でも、人らしい人も見当たりそうもないし、ダメ元であの骸骨に〝スカー〟って人の事を聞けばよかったかもしれないわね」


 怪しい事この上なかった為、聞く事を憚られたが、人に出会う事すら困難に思えるこの状況ならば、確かに聞いてみるのもありだったかもしれない。


「……それもそうだったな。素直に見送ってしまったけど、人里がどこにあるかとか、聞いてみるのもありだったな」

「別れて間もねえし、今ならまだ追いつくんじゃねえか?」


 問題は、あまりに影が薄い事くらい。

 だが、唯一の手がかりであるあの骸骨を追い掛けるのは選択肢としてアリだった。


 オーネストの言葉に従い、俺達は骸骨が去っていった方向に歩み進めようとしたその時だった。


 再び足音が聞こえる。

 今度は、砂を蹴るような軽やかなものではなく、地鳴りのような音。

 心なし足下から振動すら感じられる音だった。


「────そう、言えば!! もう一つ伝え忘れていた事がありました!!!」


 遅れて聞こえて来る人の声。

 それはちょうど、先ほどまで聞いていた声とそっくりなもの。あの骸骨の声だった。

 ただし、その声は涙声に近かった。


「……逃げるぞ、お前ら」


 真っ先に事態に気付いたのはオーネストだ。


 振り返ると、全速力で走って来る骸骨と────俺らの知る数倍はあるであろう特大のワームが鋭利な牙を覗かせながら骸骨を追い回していた。


「ぁンの野郎、魔物を連れてきやがった……ッ」

「【匣】では油断すると、こういった魔物と遭遇するので、気を付けて下さいいぃいイイやあああああああぁぁああ!!!」

「ウソつけ!! 単に逃げてきただけだろうが!!?」

「あっちに逃げろよ!? なんで俺達の方に向かって来るんだよ!?」

「気持ち悪いいいぃいい!! 助けて下さいぃぃい!!!」

「やっぱ怖がってンじゃねえか!? 初めの大きな音を聞きつけてやって来たてめえはどこに行ったよ!?」


 俺達は脱兎の如く走り出した。

 振り向きざまに魔法を撃ち放ってみるが、皮が途轍もなく厚いのだろう。

 効く様子は微塵もなかった。


「あああああれは、格好つけただけで、僕も迷っちゃってたんですよ!! 音が聞こえたので、人がいるかなあと思って!! 寂しかったんですよ! 悪いですか!?」

「こいつゲロりやがった!! 寂しがりの骸骨なんて聞いた事ねえよ!?」


 認識を修正。

 やはり、あの骸骨はとんでもないやつかもしれない。

 そんな事を思いながら、俺は並走するクラシアと視線が合う。


「なぁ、クラシア。丁度いい案を思いついたんだが」

「奇遇ね。あたしも丁度いい案を思いついたの」


 あの特大ワームに魔法は効かない。

 だが、そもそもあのワームは骸骨を追いかけてやってきた魔物だ。


 ならば、俺達に魔物を押し付けようとする骸骨の足を魔法で撃ち、囮に使うべきじゃないだろうか。そんな考えのもと、俺とクラシアの視線が示し合わせたかのように骸骨の足下に向く。


 これが人間なら躊躇いを覚えたが、対象は骸骨。そもそもこちらに押し付けるように逃げて来る時点で悪意しか感じられない。


「アリね」

「ありだな」

「ち、ちょちょちょちょっと待って下さい!! 話し合いましょう!! 平和に行きましょう!! 暴力反対!! 見捨てるの反対!!」


 色々と察した骸骨が身振り手振りで制止を促しながら、必死に叫び散らす。

 しかしその訴えが俺達に届く事はない。

 

「さん、に、いちで俺は左足を」

「ならあたしは右を」

「よし、それで行こう」

「話を少しは聞いてくれてもいいじゃないですか!?」


 骸骨なのだから、死にはしないだろう。

 折角の情報源を失うのは残念だが、これ以上いい案が思いつかなかった。


「さん」


 そして無情にも過ぎる時間。


「に」


 刻まれるカウント。


「いち」


 同時に放たれるまさかの此方からの攻撃。

 骸骨は決死の覚悟で身を捻り、


「ぃやああああああぁぁああああ!!!」


 すんでのところで回避しながら、周囲一帯に響き渡る声量で悲鳴をあげていた。

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