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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
五章

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百三十二話 忍び寄るもう一人の〝十強〟

『────タソガレさん!! あなたもアタシと共に聖拝の友になりましょう!!』


 それは今から、数百年前の話。


 〝大陸十強〟などという呼称が定着する前。

 誰もがまだ呪いを受けていなかった頃の話。


 人を見るや否や布教を始める変わり種の少女に、今日もまた絡まれていたタソガレは深い溜息を漏らした。


『……何百回と断られ続けていればいい加減気付くものではないのか。それとも、数を重ねれば吾輩が貴様に同情して首を縦に振るとでも思ったか』

『はい!』

『…………』


 悪意のない純真無垢な笑顔で、勢い良く頷いた少女にタソガレはドン引きであった。

 面食らったように一瞬呆けた後、我に返った彼はお馴染みとなった言葉を口にした。


『何回聞かれようが答えは変わらない。断るのだよ』

『そんなあ!?』


 小動物のような反応を見せながら、キャソックに身を包む小柄な白髪の少女はガーン、と効果音が聞こえそうな様子で肩を落とした。


 何がどうあれば頷くと思ったのか。

 お花畑にも程があると呆れながら、タソガレはいい加減に諦めろという意味も込めて説得をする事にした。


『……そもそも何故、吾輩なのだよ。どう考えても布教する相手としては一番ナシだろう。吾輩は錬金術師であり、研究者だ。理屈のないものを頑迷に信じられる人間ではない』


 布教なら他を当たれと、にべもなく切り捨てる。しかし少女、リヴェット・アウバは引き下がらない。そもそもここで引き下がるならば、かれこれ数百にも届く勧誘をタソガレに行っていない。


『……ええ、それは、はい、分かってます。分かってるんですが、他はそもそも話すら聞いてくれない人ばっかりなんですよお』


 今にも泣き出しそうな様子でリヴェットは顔をふにゃりと歪める。

 幼子を相手ににしているような感覚を覚えたタソガレは顔を顰めた。

 事実、〝大陸十強〟と呼称される者の中でリヴェットだけが圧倒的に若い。

 歳の差を考えれば、タソガレにとってリヴェットは幼子といっても間違いではなかった。


『ルシアあたりなら寄り添って話を聞いてくれそうだが』


 度が過ぎたお人よし。

 誰にでも好かれる性格をしているルシアだけは、無下にしないだろうという信頼があった。


 そしてそれは間違いではなかったのだろう。

 言いにくそうに、リヴェットはぽつぽつと語り出す。


『……ルシアさんは、その、なんか違うといいますか。間違ってるといいますか。そもそもど天然で話がちゃんと伝わらないといいますか。話を聞いてくれる事には聞いてくれるんですが、致命的にズレてるといいますか』

『あぁ……』


 ルシア・ユグレットは善人である。

 しかし、やや天然が行きすぎるきらいがある。しかも本人にその自覚はなく、だからこそどうにもならない。


 その覚えがタソガレにもあったからこそ、言わんとすることは理解した。


 ────だが、誰彼構わず聖拝の友になろうと勧誘する貴様にとってそんな事は些事ではないか。


 タソガレがそう言いかけるも、タイミング悪く言葉が重なった。


『でもそれ以前に、ルシアさんがど天然じゃなかったとしても、彼女は聖拝の友にはなれなかったと思います』


 それは拒絶であった。

 己とは違うものとして線引きが終わっている相手に向ける言葉(感情)だった。


 一番誰からも好まれそうで、〝大陸十強〟などという破綻者達の中で唯一まともとも言える人間を、なぜかリヴェットは駄目だと言う。


『彼女は、此方側(、、、)ではありませんから』

『此方側?』

『はい。ルシアさんは、何があろうと縋る側には回らないでしょうから』


 大前提として────ルシアは弱者ではない。


 目に見えた膂力。魔法。それらを引っくるめた戦闘能力という話ではなく、精神面の話。


 彼女は、自分の持って生まれた能力を正しく認識している。正しく認識して、それは困っている人の為に手を差し伸べるための力であると決めつけてしまっていた。

 だからルシアは誰もに寄り添うし、助けてと言われれば迷わず手を差し伸べる。それが、力を持ってしまった者のあるべき姿。自分のすべき事。それを正しいと信じて疑わない。


 何より、ルシアは自身を助け続ける(向こう)側であると断じてしまっている。


 だから少なくとも彼女が、誰かを頼る事は殆ど一切ないだろう。大抵の事は無茶をすれば何とかなると理解している上、自分よりも他者という献身利他に近い精神性だから。

 自分に手を差し伸べるくらいならば、他の誰かに。それがルシアの思考回路の根幹だ。


 その考え方は、清廉だろう。

 その行動は、高潔だろう。

 彼女が善人である事は疑いようのない事実で、〝聖人〟という言葉があるならば、きっと彼女のような人間にこそ与えられるべき称号だろう。しかしだからこそ。


『聖拝者とは────弱者の為の、縋る場所です。縋れる、最後の砦です。それは本来、誰しもに当て嵌められる場所です。場所、だった筈なんです。でも、ルシアさんだけは違った。彼女は、縋る先を求めてません。心の底から、徹頭徹尾、ルシアさんは自分が救う側だと決めつけてる。だからきっと、彼女は聖拝の友にはなれません。なってはいけないんだと思いました。その道はきっと、彼女を苦しめるだけだから』


 あれは光だ。

 目を焼くほどの光だ。

 自己犠牲を是として、何の躊躇いもなく誰もを救おうと試みる人間が、眩しくない訳がない。焦がれない訳がない。

 縋られない────訳がない。


 その姿に誰もが彼女を希望として、光として、英雄として認識をする。


 そしてルシアという光が定着した結果、彼女の自己犠牲だけが是とされ続ける。

 体のいい犠牲者の出来上がりだ。


 しかしそんなものは、聖拝者のあるべき姿ではなかった。だから、リヴェットは拒絶した。


 ルシアは、聖拝の友にはなれないと。


『…………』

『一人の力には、限度があります。誰もが目の前の困難を乗り越えられる訳ではないんです。腐るほど転がった不幸に、誰もが立ち向かえる訳じゃない。だからアタシ達は〝縋る〟んです。共に手を取り合い、お互いに縋りながら聖に祈りを捧げ、そしてまた縋りながら乗り越えるんです』


 タソガレの顔が酷いものになる。

 ありもしない形而上の存在に縋る。

 それ以上に無益で、無意味で、馬鹿らしいことも二つとしてないと決めつけているから。


『タソガレさんの反応は尤もです。それはある意味で正しいとアタシも思います。ですが、それでも縋る先は必要なんです。何があろうと差し伸ばされた手を拒まない。振りほどかれない場所があるだけでも、時にして人は救われるんです。少なくともアタシは、そうでしたから』


 リヴェット・アウバはどこまで煎じ詰めても弱者の味方である。

 彼女は何があろうと縋る人間を見捨てない。

 リヴェットだけは何があろうと手を差し伸べる。共に助け合いましょう。という麻薬のような方便を振り撒きながら弱者を助け続ける。


 それこそが彼女が信じる聖で、その信仰に今も尚救われ続ける人間であるから。


 ────馬鹿馬鹿しい。


 たった一言。

 そう切り捨てられたならばどれほど楽であったか。どこまでも真っ直ぐな瞳で頑迷に信じ続ける眼前の少女の態度に、タソガレは思わず言葉を飲み込んだ。

 たとえそれが、他の人間にとっての「間違い」であったとしても彼女はそれが間違いでないと既に答えを出している。


 だから、何を言っても言葉の浪費にしかならない。


 ただその上で、タソガレは確認をした。


『貴様は……』

『はい?』

『貴様は、助けてくれと手を差し伸ばしてきた相手が悪人であったとしても、変わらずそう宣うつもりか』

『そんなもの、当たり前(、、、、)じゃないですか』


 リヴェットの瞳はあまりに澄んでいて、ある種、狂気を思わせるものでもあった。

 タソガレはその様子で全てを悟る。


『誰であろうと、縋ろうとする人間をアタシが見捨てる事はありません。たとえそれが悪人であろうと、助けてくれと切に願ったならばアタシは迷わず手を取るでしょう。誰しもが平等に〝縋れる〟場所。それが、聖拝者の存在意義だとアタシは考えていますから』


 あまりに愚かな回答だった。

 悪人にまで手を差し伸べるという事実に対する危機感がまるで感じられない答えだ。


 たった一つの悪すら許さなかった正義の味方、ユースティティア・ネヴィリムが聞けば発狂するであろう思考回路。

 しかし、誰が何と言おうとリヴェットはその考えを曲げはしないだろう。

 無意識の深度で、そうしなければならないと己に刻みつけてしまった後だから。


『アタシは、全てを救いたいんです。助けを求める弱者、その全てを』


 きっと、あまり理解はされないんでしょうけど、と小さく呟きしゃらりと笑った。


『……その考えは、遠からず破綻するのだよ。全てを救うなど土台無理な話だ。取捨選択をしなければ、救える者も救えなくなるだろうに』


 たった一人を救う為にリヴェットが尽力する間に、もしかすると救えたかもしれない不特定多数を見捨てる事になる。

 身体は一つしかない以上、必然的にそれは起こり得る。


『確かにそうかもしれませんね。ですが、その合理的判断でアタシ達が見捨ててしまえば、その人は一体、誰に縋ればいいんですか』


 現実、リヴェットには力がある。

 無理を承知でありとあらゆる人以外の犠牲を受け入れれば、一時的には全てを救えるのかもしれない。そういった破綻者の呼称こそが、他でもない〝大陸十強〟なのだから。


『聖拝者とは、弱者にとっての最後の砦。それだけは、誰に何と言われようと変えられません』


 思想が原因でユースティティアは勿論、他の〝大陸十強〟から時には殺されかける事になっても終ぞ考えを改める事はなかった。


 どこまでも弱者の救済を願い、この世界に弱者の為の救済措置としてギルドを創設した聖拝者。それが、リヴェットの正体であった。



 * * * * * * * 



「────別に珍しい話じゃあないでしょ」


 ロキが言う。

 あえて口にした理由は、タソガレが露骨に嫌悪の感情を言葉に滲ませていたからだろう。


「よくある話だ。よくいる人種だ。研究者とは水と油かもしれないけどね」


 何事にも理屈を求める研究者────錬金術師と、空想と希望で物事を語る信仰者の相性は最悪を極めていると言ってもいい。


 だからタソガレはただ、同意すればいいだけの話だった。

 語るべき事は既に語った後。

 これ以上は単なる個人の感想で、語る必要のないものであったからだろう。


 一瞬、肯定の言葉を口にしかけて、けれども何故かタソガレは口を閉じた。


「……〝聖拝者〟とは弱者の為の縋る場所」

「ぁン?」


 ぼそりと聞こえたタソガレの声に、オーネストは片眉を跳ねさせる。


「だから〝聖拝者〟とは人々の希望で、光でなくてはならない。誰もが手を伸ばしている。助けてくれと。救ってくれと。アタシは、その手を取り続ける光となりたい────だったか」


 物思いに耽っているようだった。

 途中に口にされた一人称を考える限り、タソガレではない誰かの言葉なのだろう。


「嗚呼。よくある話だとも。よくいる人種だとも。救済を求めて神を信じ縋る者はごまんと見てきた。だから、それが必要である事も分かっている。その上で、吾輩はアレを嫌っている。あいつの思想だけは、最後まで微塵として理解が出来なかった故」


 だから嫌悪しているのだと言う。

 信心深い人間である事はお構いなしに、リヴェットだからここまで悪感情を抱いているとタソガレは言葉を重ねる。


「……随分だな」

「当然だ。悪人であろうと、縋る弱者に一切の例外なく手を差し伸べようとする人間を、他にどう言い表せと」


 冷静さを少し欠いているのか。

 早口に捲し立てられる。


「矛盾だろう? 弱者を救いたいと宣いながら、悪人にすら手を差し伸ばす。本当の弱者を助けたいのなら、ユースティティアのようにたった一つの悪すら許さない正義の味方になるべきだった。なのにアレは、そうはしなかった。悪人ですら縋ろうとする弱者ならば、手を差し伸べようとした。アレは底抜けの愚か者だ」


 タソガレの中では、答えが出ていた。


 彼女の考えは理想で、あまりに優しいものだった。悪くいえば現実が見えていない子供の戯言といったところか。


「とはいえ、リヴェットは愚か者であったが弱者ではなかった。少なくともこの思想のせいでユースティティアやクゼアと度々衝突しても、毎度相討ちスレスレにまでは持ち込んでいた」

「……クゼア?」


 知らない名であった。


「クゼア・ラヴネッド。極度の自己愛者で、どんな理由があっても誰一人として信じようとはしなかった死骸操者(ネクロマンサー)にして〝大陸十強〟の一人。条件次第では、カルラとユースティティアを同時に相手取っても勝てる強さを持ったろくでなしだった」

「あの、二人をか?」

「嘘をついてどうする」


 俺が見た事があるのは、手を抜いたカルラの魔法と、死に掛けの重傷を既に負っていた頃のユースティティアのみ。

 その状態にあって尚、戦えば勝てるとは口が裂けても言い切れなかった。


 そんな二人を万全の状態の時に同時に相手取れる人間と相討ちまで持ち込める存在。

 それがリヴェットであるらしい。

 にわかには信じられなかった。


「たった一言でも、ユースティティアやクゼアの前で取り繕ってしまえば良かったのに、最後まで意志を貫き通して何度も死に掛ける羽目になっていた奴だ。今更、その考えを曲げるとは吾輩には思えん」


 タソガレが何を言わんとしているのか、漸く悟った。なのに一向に明言をしない理由は、こちらに言わせたいからなのか。


 時同じくして察したオーネストが、不機嫌な表情のまま口にする。


「だから────【匣】を作ったのはリヴェットじゃねえと?」

「たった一人の犠牲も受け入れなかった奴が、一時的に多くを救えるからと言ってそんな代物を残す行為を受け入れるとは吾輩には到底思えない」


 どれだけ不慮の事故に見舞われようと、不本意だろうと、リヴェットは許さない筈だ。

 誰に借りを作ることになろうが、命を落とす事になろうが、守るべき弱者を死に追いやる事になる結果を彼女は死んでも許さない。

 そういう人間であると、誰よりも嫌悪する人間だからこそタソガレは信頼しているのだろう。


「そしてそれ以上に、奇妙な事が一つある」

「奇妙なこと?」

「貴様らが聞いてきたその話をした人物、メレア・ディアルとやらが嘘をついている線も無きにしも非ずだが、残念ながら、風の噂で聞こえてきていた内容も似たり寄ったりであった。だから恐らく事実なのだろう。故に奇妙だ」


 煮え切らない発言に対し、ロキがため息混じりに告げた。


「……おかしい事なんて何もないでしょ。どれだけ強い人間がいようが不測の事態はつきものだ。リヴェット・アウバがいようと、【匣】ってアルカナが攻略出来ない可能性だって、」

「それじゃないのだよ」


 同じ〝大陸十強〟として、その力量に信頼を強く置いている故の違和感を抱いていると思ったのだろう。


「吾輩は、言ったであろう。百年前からずっとリヴェットは【匣】の中にいるだろうと。この場合、〝(スカー)〟とやらの殺害未遂は一体どこで起こった?」

「…………。ぁ、時系列、が」


 言われて漸く気づく。


 真実だとすれば、明らかにおかしい。


 百年前から【匣】の中にいるのにどうして、〝(スカー)〟によるリヴェットの殺害未遂の話がそもそも生まれているのだろうか。

 可能性としては、〝(スカー)〟が百年以上生きている線。

 罷り間違って【匣】の中で起こった出来事の可能性も一応あるが、話の内容の広まり方を考えるに、リヴェットが地上にいる時に起こった出来事である筈だ。


「てめえが間違ってたんだろ」


 百年前からずっと【匣】の中にいるという前提条件が間違っていたとすれば、全てが解決する。しかし。


「いや、恐らくと言ったが、十中八九吾輩の言葉は正しい。吾輩は、〝大陸十強〟の半数に居場所が分かるよう細工を施している」

「さいく」

「当然だろう。吾輩は、あくまで研究者だ。カルラやユースティティアのような人間に襲われてみろ。ひとたまりも無い。だから、最低限の自衛は必要なのだよ」


 だから、そもそも出くわさないようにする。

 その為に密かに細工を施したタソガレの行為はある意味、理に適っていた。


 俺だってテオドールのような人間と出会わなくて済むなら間違いなくそうしている。


「故に分かる。アレはここ百年の間、地上にはいなかった。恐らくとつけた理由は、地上にいないだけで場所の特定が出来ていないからなのだよ。だがその背景を聞く限り、リヴェットの行き先はそこで間違いない。アレの性格上、絶対に留まっている」

「……なら、〝(スカー)〟が殺そうとしたリヴェットは、一体誰だ?」


 メレアは嘘をついていない。

 なら、


「さあ。そこまでは知らんよ。だが、その真偽がどうであれ【匣】にはリヴェットもいるであろう。その〝(スカー)〟であれ、あの聖拝者であれ、何かしらは知っている可能性が高いな」


 姿を消したエルダスと、学院長。

 そしてグラン・アイゼンツを探す為にも避けては通れない。何より、


「────決まりだな」


 オーネストの事情を汲むと、目を逸らす事は出来なかった。


「オレさま達は、この足でシュトレアに向かう。そこの〝クソ野郎〟と〝賭け狂い〟はレヴィエルにそう伝えとけ」


 我関せずを貫いていた〝賭け狂い〟と呼ばれる女、ガネーシャは溜息を。

 ロキは、それでも止めようとしたのだろう。

 オーネストは無理にしても、クラシアやヨルハを説得すればまだどうにか────と思って視線を動かしたその時だった。


「──────」


 ずずず、と大地が突として揺れる。

 地震だ─────と、思うにはあまりに不自然で、遅れてやってくる筈の崩落の音が同時に聞こえてきた。

 続け様、その感覚は正しいと言わんばかりに何かが爆ぜる音が凄絶に響き渡った。




 * * * * * * * 



 走る。走る。走る。

 血相を変えて走るのは、アレクの父ヨハネスだった。


 その手にはくしゃりと握り潰された紙が一つ。指定された読み手以外には白紙にしか見えないというそれなりに希少な魔道具だった。


 それを握りつぶすヨハネスの頭には、ふざけるなという思考しかする余裕がなかった。



 ────端的に言おう。お主の息子の眼を、どうにかする方法は一応、ある。いや、あったと言うべきか。



 タソガレが言ったように、カルラはちゃんと万が一を考えて保険を残していた。

 ヨハネスがメイヤードにいたそもそもの理由。アレクの魔眼の封について。


 彼女の所在は大雑把に、その一点だけは丁寧に手掛かりを残していた。



 ────妾が知る限り、〝魔眼(レジェレ)〟を完全に制御出来ていた人物が一人だけおる。名前をルシア・ユグレット。あれは、術式で強引に制御しておった。



「……厄介ごと、どころの話じゃねえだろこれは……!!」



 ────しかし、ルシアは既に死んでおる。故に、直接教えを乞う事は出来ん、が、やり方は恐らく知る事が出来る。他でもないテオドールならば間違いなく、ルシアの蘇生を試みていた(、、、、、、、、)であろうから。アレは間違いなく、どういう訳かルシアの亡骸を握っておる。間違いなくな。



「頼んだのはおれだ、探してたのもおれだ。だが、最後の最後でこれをぶん投げるのはいくら何でも聞いてねえぜクソ魔女さんよぉ!」


 ────もしテオドールが下手を打った場合、ルシアの亡骸は、メイヤードのダンジョン擬きと共に埋められなかった事にされる。その手筈になっておるであろうよ。

 だから、その前にルシアの亡骸を見つけてアレの眼に刻まれた術式を息子に教えてやれ。

 それが、恐らく唯一の〝魔眼(レジェレ)〟の制御方法だ。


「手掛かりらしい手掛かりには感謝するがな、無茶振りが過ぎるぞ……!!」


 場所のヒントはただ一つ。

 ダンジョンの中、それだけ。


 無茶振りにも程がある。

 何より、ここまで分かっているのなら、カルラが探し出してその術式をアレクに伝えてくれれば良かったじゃないか。

 そう思わずにはいられなかったが、肝心のその部分は念を押すように理由が記されていた。



 ────ルシアの事は、誰にも言うでないぞ。タソガレにも、息子にも。ルシア・ユグレットの亡骸には、お主が思っている以上に価値がある。動けば足がつく妾ではどうにもならん。故に、誰にもその事を悟られるなよ。

 露見したが最後、妾やユースティティアより厄介な奴がやってくる羽目になる。

 否、もう既におるやもしれん。

 出会ったら、即座に逃げろ。其奴の名は、





「おやァ?」


 粘着質な声。


 ヨハネスが振り向くと、そこには切れ長でつり上がった所謂狐目の男がいた。

 見慣れない人間だった。

 何より、その格好に目を惹かれる。


「……喪、服?」


 一時期は作業員に扮した身格好をしていたヨハネスが言えた義理ではないが、狐目の男もダンジョンの中にあるまじき服装だった。


「おかしいねえ、ここにはもう誰もいないはずだったんだが。取り残されていた? いやいや、そんな都合の良い(、、、、、)事があるかあってな」


 疑問に答える様子はない。

 自問して────自答。

 只管その繰り返し。


 まるでこの場に己以外誰もいないのではと錯覚させるような言動を続ける。


「すん、すんすん」


 男は鼻を動かす。

 視線の向きはヨハネスにあった。


 この得体の知れぬ男に対し、ヨハネスはどうすべきか悩んでいた。

 斬り伏せるにしても今はあまりに、敵意が感じられなさ過ぎる。


 かといって人畜無害な一般市民とは何というか、纏う空気が違い過ぎる。

 何よりカルラが忠告していた人物の特徴とあまりに似通っていて。


 ざり、と足音を響かせながら様子を見つつ、ヨハネスがその場を一旦後にしようとしたその時だった。


「懐かしい匂いだ。これは────ふざけた研究者の匂いも混じってるがァ、一番濃く匂うのは……」


 瞬間、男の姿が掻き消え一瞬にして十数メートルあった距離がゼロへ。

 ヨハネスの目の前にやって来て男はどこからか取り出した得物と共に冷ややかな笑みと共に言葉を突きつける。


「カルラ・アンナベルだ」

「チ、ィ────ッ」


 互いの得物が跳ねて、青白い光芒が生まれる。都度、三回。


 痩躯かつ、身動きが取りにくいであろう喪服染みた服装にもかかわらず、膂力はこれまでヨハネスが剣を交わした中でも三指に入る程。


 だから、その現実に目を疑った。


(…………〝喰尽(ヴァルヴァ)〟が効いてねえだと)


 強制的に使い手は勿論、周囲の魔力を発散させる〝古代遺物(アーティファクト)〟。

 明らかに何かしらの補助を受けているとしか思えない膂力だというのに、〝喰尽(ヴァルヴァ)〟を使って尚、何一つとして弱まる事がなかった。


「カルラの弟子、にしては魔力の反応が薄過ぎるねえ。差し詰めこれは、協力者ってとこかァ? 少なくとも弟子ならそんな魔法師殺しなけったいなもん、持たせねえもんなあ」


 たった三合。

 それだけで得物の効果を読み取られる。


 同時、ヨハネスは顔を顰めた。


 効果が露見したならば、間違いなくそれは効いている証。効いてこれなのか。

 はたまた、抜け穴でもあるのか。

 兎も角、魔法師に対して得られる優位性はここでは得られないと仮定すべきだろう。


 そう認識をしてヨハネスは一度距離を取る。


「……あんた、何もんだよ」

「僕か? 僕はァ……カルラの友人、じゃないねえ。アレを友人と思った事はないし、きっと向こうもそれはない。強いて言うなら、昔の顔見知りくらいだろうねえ」


 彼の相手をおちょくるような間延びした口調は、地であった。

 だが、今はそんな事に苛つく暇などなく、ほぼ確定しつつある最悪の可能性にヨハネスは内心でくそが、と言葉を吐き捨てる。


 〝喰尽(ヴァルヴァ)〟の効果をすぐに看破した上で、ヨハネスの攻撃を平然と受け流せる人間。お互いに本気ではなかったとはいえ、それが出来るような怪物をヨハネスは十人と知らない。


「別に、そう警戒する必要はないだろぉ。誰でも彼でも殺す気なんざないからさ。たった一つ、質問に答えてくれればそれで良い。なぁに、もう分かってるだろぉ? キミの〝古代遺物(アーティファクト)〟は、僕とは地獄的(、、、)に相性が悪りぃ。出来れば平和的解決ですんなり事を終わらせたいんだが」

「質問、か」

「うん、質問だ。至極簡単な、キミがカルラの手駒なら答えられるであろう質問さ」


 カルラの手駒扱いを受ける事に、ヨハネスは若干の苛つきを覚えるが、甘んじて受け入れる。

 万が一を想定した時、相手には間違った情報を掴み続けて貰っていた方が都合が良いからだ。そして、質問がやって来た。




「────ルシア・ユグレット(お嬢)はどこだァ?」




 やはりこうなるのか。

 予想通りの質問を受けて、ヨハネスは自嘲めいた笑いを一つ。続け様に息を吐いて、彼は嘘を吐いた(、、、、、)


「それは、答えてやれないな」

「はァん?」


 ヨハネスは男に誤認させる。

 その返答は、知っている人間がするものだ。


 ただ、ヨハネスは何も知らない。

 断片的な情報だけで、他は何も。


 しかし立ち回りとしてはそれが正解だった。

 男が求めるものが露見し、こうしてブラフを張った今、真偽が分からない以上男はヨハネスを躊躇いなく殺す事が出来ない。


 情報を抜き取る為に、ここで再度戦闘に発展したとしても殺せない可能性が生まれた。

 その条件下ならば、まだ勝ちの目がある。

 ヨハネスはそう考えた。


「……カルラに義理立てしてるんなら、やめといた方がいいよ。キミじゃあ、僕には勝てない。僅かの可能性すらなく、勝ちの目はない」


 繰り返し説得のような言葉をかけられる。

 それ程までにルシア・ユグレット(お嬢)とやらが大事なのか。

 はたまた、今のヨハネスの行為を愚かだと蔑んでいるだけなのか。


 だが戦闘の基本とは、如何に相手の嫌がる事をするかにある。

 故にこれは、正しいものであった。


「カルラに義理なんてものは全くねえよ。だが、ルシア・ユグレット(お嬢)とやらは渡せないな。そいつの身柄がおれも必要なんだ。アレクを助ける為にも、必要なんだよ」

「────」


 テオドールが気を利かせてか。

 はたまた、何か意図があってか、眼の封をしてくれていた。

 しかしあれはその場凌ぎのものだ。

 いずれまた、眼は露見する。


 その時、アレクの母であるアリアもいなければ、テオドールももういない。

 眼の力に振り回されて、破滅するのが先か、力尽きるのが先かのチキンレースに身を委ねる事になる。だからこそ、カルラの言葉を信じるならば、ルシアの身柄が必要だった。


 だが、ことこの場においてその理由はあまりに悪手に過ぎた。


「────誰かを助けたいだァ? キメェ。きめえよ、キミ」


 何故ならば、それこそが男にとって地雷だったからだ。

 かつて男が、親の仇以上に嫌悪し、幾度となく侮蔑した人物、リヴェット・アウバと分かり合えなかった理由がコレだった。


「人間ってのはな、自己愛の塊だ。それを差し置いて助けたいとほざく奴は、とんだ碌でなしと相場が決まってる。僕はァ、そういう奴が死ぬほど嫌いでねえ……?」


 男の中から冷静さがガリガリと恐るべき速度で削り取られていく。

 青筋が浮かび上がり、声が震える。


 短気のようにも思えるが、男を知る人間は口を揃えてこう言うだろう。

 彼にとってその言葉が特別、嫌悪を催す対象であるだけだと。


「だから。まあ。情報が得られないならさっさと殺そうかァ。キミみたいな人間を視界に入れてると、僕の目が腐る」


 膨れ上がる魔力────のような何か。

 致命的にどこかが異なっているソレであったが、起こりは魔法と同じ。


 故に邪魔をするべく今度はヨハネスが距離を詰め、剣を振るう。


「〝喰尽(それ)〟は、魔力を発散させるだけのものだ。だから、既に仕込み(、、、)が終わってる相手には何の効力もない」


 丁度、僕みたいな奴には特に。



 歯を剥き出しに、獰猛に笑みながら男は吐き捨てる。


 再び剣身が噛み合い、青火が散る。

 繰り返し、繰り返し。

 何度も何度もその焼き増しが行われる。


 そしてその最中、ニィと見せつけるように破顔しながら男は告げた。




「────〝 幽寂閑骸(レヴァナント)〟────」




 ぶわりと巻き起こる濃霧。

 瞬く間に席巻したそれは、隆起する地面と音を限界まで煙に巻いた。


 数は、数十どころの話ではない。

 何より、その中にはゾッとするような感覚を伝えてくるような奴も混じっている。

 間違いなく彼は、カルラやテオドールのような化物側の人間だった。


「さぁて、望み通り殺ってやるよ碌でなし。僕ァ、キミや、リヴェットのような偽善者がどうしようもなく嫌いなもんでねえェ!?」


 口上が聞こえると同時、ヨハネスの頭の中にカルラからの忠告が思い起こされた。



 ────其奴の名前は、クゼア。〝大陸十強〟の一人にして極度な自己愛主義者の、くそ野郎だ。





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