百二十九話 最悪の再会と、行方不明
* * * *
転移魔法とは少し異なる酩酊感。
意識が何処か遠くに飛ばされるような、不思議な感覚が己が身に降り掛かり、酔いに似た症状に見舞われる。
続く事、体感は十数秒。
気づいた時には既に破壊され尽くした景色から一変し、メイヤードに来たばかりの時に目にした光景に挿げ替えられていた。
あまりに奇妙で、常識離れしたこの変化。
明確な答えを俺は知っていた。
「……〝暗夜遡行路〟」
ぽつりと、思わず俺の口を衝いて言葉が出る。
────時間を巻き戻す。
そう聞いてはいたが、実際にこの禁術を目の当たりにしては驚かずにいられなかった。
禁術指定の、大魔法。
それなりに魔法を学んだ俺であっても、笑い飛ばしたくなる程に馬鹿げた理屈の魔法だった筈だ。
大気中に存在する魔力には、必然的に流れというものが存在している。
そしてそこにはある程度の規則が存在しており────その規則を読み取り、強引に捻じ曲げて過去の流れと全く同じものにしてしまえば自ずと事象もそれに引っ張られて元通りに戻る。結果として、時間の遡行が完成する。
そういうレベルの、あまりにふざけた禁術指定魔法。本当に使える人間がいたのかと驚愕を覚えながらどうにか我に返った。
「あんた、は」
やがて、少し離れた場所に外套を目深に被り込んだ中性的な顔立ちをした黒髪の人間がいる事に俺は気付いた。
彼から感じられる普通の魔法とは異なる〝古代魔法〟に似た残り香。
明らかな異質な雰囲気。
ある程度経験を積んだ魔法使いであれば看破出来るであろう、彼から感じられる魔法使用の痕跡ゆえに目を逸らせない。
他にも魔力を使い過ぎた際に起こる欠乏症。
その典型的な症状である死人のような顔色の悪さ。
そこから俺は、彼がテオドールの言っていたタソガレであると判断をした。
同時、俺と同じ結論に辿り着いたのか、彼の名前を呼ぶ人間がいた。
「きみが、タソガレか」
「……ああ。吾輩の名前は確かにタソガレだ」
「そうか。なら、良かった。一つ、聞いておきたいんだけれど────」
答えを聞いて声の主であるロキは何を思ってか、タソガレの胸ぐらを掴み掛かった。
横顔からは、助けられた事に対する感謝と、煮え滾るような怒りの感情が綯い交ぜになった複雑な表情が見てとれた。
理由は、続けられた言葉に詰まっていた。
「────キミほどの力があれば、チェスターも助けられたんじゃないのか」
ロキの手足はボロボロに焼け爛れており、応急処置されたであろう包帯は新たな血で赤黒く変色をしていたにもかかわらず、そんなのは知らないとばかりに吐き散らす。
テオドールと戦っていた際、ロキの姿はなかった。恐らく、ロキはロキでチェスターを助けようとしていたのかもしれない。
そして、助けられなかった。
瀕死の重傷を負いながらもこうして動いている理由は、ある種の意地なのだろう。
だからこそ俺は、身体が危険な状態だからと強引にロキをタソガレから引き剥がす事が出来なかった。
「吾輩と貴様に面識はなかった筈だが────いや、そうか。聞いたのか。吾輩が、そう誘導したと。ならばその憤りはある種、当然とも言えるか」
ロキの怒りを買っている理由を彼なりに噛み砕いた後、タソガレは先の問いに答えた。
「出来なくは、なかっただろう」
聞こえてきたのは掠れた声。
力の行使の代償だろう。
口の端から血が溢れるタソガレも満身創痍で、言葉を発する力すら殆どないように見えた。
「吾輩の禁術が成功する確率を下げれば、アレ一人ならば助けられたかもしれない。だが何故、吾輩が悪人如きの為に不要なリスクを抱えなければならない?」
被害者。巻き込まれた側。
幾ら建前があろうとも、彼がテオドールに手を貸し多くを殺そうとした。
この事実は覆しようのないものだ。
ゆえに、こればかりはタソガレの言い分が正しかった。
どれだけロキと親しい人間だろうが、あの場では助けようとしなかったタソガレが正しい。
「それに卑怯な言い方をすれば────仮に手を差し伸べていたとして、アレは助けを必要とはしなかったであろうよ」
その言葉を受けて、図星であると肯定するようにロキは顔を露骨に歪めた。
そしてだからこそ、胸ぐらを掴む手をロキは今も尚、離さないのだろう。
────そこまで分かっているなら尚更に、止められる人間は、「力ずく」という選択肢を持ち得るお前くらいしかいなかったと分かるだろうに。
……きっとそう言いたかっただろうから。
「アレは、ローゼンクロイツ・ノステレジアを見捨てる事だけは何があってもしなかった筈だ。それこそ、己が命を落とす事になるとしても。仮に吾輩に助ける気があろうと、アレは拒絶しただろうよ。ゆえ、吾輩はそれを利用したまで。そもそも吾輩はアレに対して、それでも尚と助ける義理はない」
悪びれもせずにタソガレは言い切る。
何故ならば、現状こそが彼にとって最善であったから。何一つとして間違った選択をしていないから。
「ロン・ウェイゼンや、ワイズマンもそうだ。アレらは全て、必要な犠牲だった。この結果を得る為には、アレらは死ぬしかなかった」
「……ッ、そんな言い方をしなくても────っ!!」
敢えて挑発をするような容赦のない一言に、黙っていたクラシアがタソガレに向かって激昂する。
けれども、彼の言葉は正論だった。
彼らが死を許容しなければ、間違いなく被害は悪化し、他の誰かしらが死ぬ羽目になっていた事だろう。
この結果になったのは力不足が原因。
他でもなく────俺達のせい。
言い返す権利などある訳もなくて、瘧のように震える身体を押さえつけるように俺は下唇を血が滲む程に強く噛み締めた。
「気に召さないなら、こう言えば良かったか? アレらは、お前達の無力さに殺されたのだ」
その一言が、決定打だった。
ロキの手から力が抜ける。
凍てついた太陽のようなタソガレの瞳の輝きは、共感は愚か、同情もしてくれない。
どこまでも冷徹に、此方を責め立てる。
全ては、力のないお前達が悪いのだと。
……ただ、底冷えするその瞳はどこか悲しいものを見るかのように微かに揺れていた。
まるでそれは、同じようなものを何度も見て、実際に自分自身が経験してきた人間のように。
「此方の力が足りないならば必然、誰かが割を食って死ぬしかない。これが道理だ。吾輩が生きてきた数百年の中で、この道理が覆された事はたった一度としてない。誰かを死なせたくないなら、強くなるしかない。……尤も、」
──── その為に強くなり、真っ先に自己犠牲に走って死んだお人好しもいたが。
後悔に塗れた声音で漏れたその一言は、辛うじて聞こえてきた。
誰かを守るために強くなった結果、その誰かを守り切った代償に自分自身が死という避けられない運命を肩代わりする事になった。
……それはあまりに堂々巡りで、救いようのない話だった。
なまじ歳を食ってきたからなのだろう。
言葉には揺るぎない諦念があった。
奇跡という不確定要素が助けてくれる事など殆どなく、だからこそ、求める結果を得たいならば誰かしらが相応の犠牲を払い続けるしかないのだと。
「この道理に納得がいかないのなら、道理を覆せる程に強くなってからほざけ。それが出来ないなら答えは一つよ。全て、力の足りない手前が悪い。問答は終わりだ。いい加減この手を離せ」
手に込められた力は失われ、どうにか胸ぐらを掴んでいるだけの状態。
少しの力であっても容易に振り払えるだろうに、そうせず言葉で退かそうとするタソガレの真意は一体何だろうか。
薄らと気付きながらも、俺が言い出せないでいる中、絞り出すような声音でロキが言葉を紡ぐ。
「分かっ、てる。言われずとも、分かってる。悪いのは、僕だ。あいつを止められなかった僕が一番悪い。僕の力が足りなかった事は自分自身が一番分かってる。でも、だけど、それでも僕は、」
どうにかして、助けたかったんだ。
そんな言葉が続けられようとした時だった。
「────カルラを、見なかったか」
当たり前の日常に紛れた駆け出す足音。
それは雑踏にのまれる事なく俺達の鼓膜を揺らして、やがてその音の主は喉を震わせた。
焦燥を感じさせる、どこか乾いた声音。
親父の声だった。
「……おや、じ?」
慌てて俺は振り返る。
そこには生傷を負った親父がいて、本来ならば駆け寄って傷の心配の一つでもする場面の筈だった。
しかし、それよりも先に親父の焦燥が俺にまで伝染をして告げられた言葉が頭の中で繰り返される。
学院長を見なかったか、とは一体どういう意味なのだろうか。
「……おいタソガレ。お前は何か知らないか」
何処かそれは、メイヤードのどこにもカルラ・アンナベルが存在していないと確信を得ているかのような物言いだった。
「万が一を想定して、おれはカルラと居場所を共有出来るようにしていた。なのに、あんたの魔法が発動された直後にカルラの反応が消えた。手持ちの魔道具で場所を探ったが、何処にもいねえ」
「……吾輩を疑っているのか?」
「可能性は高えだろ。……だが、その様子を見る限りどうやら違うらしい」
彼としてもカルラが消えたという事については把握していなかったのだろう。
親父はタソガレの反応を見て、彼の可能性を頭の隅に追いやっていた。
「……もしかして、最後にワイズマンがやっていたあの行為に関係しているのでしょうか」
心当たりがあったのか、ヴァネサが言い辛そうに視線をロキとガネーシャに向けた。
テオドールとの戦闘の際、近くにいなかったのはロキとヴァネサ、そしてガネーシャの3人。
チェスター達の行動の最期を彼らは見届けていた筈だ。
「……最後?」
「……チェスター・アナスタシアからの頼み事を、私達で叶えようとしたんです。このメイヤードに、ノステレジアという贄を必要とするシステムを取り除こうと。……ただ、私達は助力をするだけでその殆どはワイズマンが行っていましたが」
露骨にロキが目を伏せた。
彼の身体の傷は、チェスターを止める為に負ったものではなく、その時に負ったものなのやもしれない。
ただヴァネサが口にしたその懸念はタソガレによってあっさりと否定をされた。
「〝賢者の石〟絡みだからこそ、ワイズマンのその行為が影響を及ぼしたとでも考えているのだろうが、その可能性は薄いな。仮にそうだとしてもワイズマン程の人間がその想定を出来ない訳がない」
「……じゃあ、他にどんな理由が」
「あるのだよ。一番、簡単なやつが。カルラ・アンナベルが下手を打ったという単純な理由がな」
テオドール程の存在が相手ならば、学院長が下手を打つのも分からないでもない。
だが、肝心のテオドールは俺達に掛かり切りだった筈だ。
「……テオドールを始めとして〝闇ギルド〟の連中は全員、出揃ってたぞ」
オーネストが指摘する。
問題児であったオーネストを、学院生時代に軽くあしらい続けてきた学院長の実力は恐らくオーネストが一番身をもって理解していたのだろう。彼女を止められそうな存在は何処にもいなかったと彼は言う。
「そうだな。だが、もう一人だけいるのだよ。カルラを出し抜けそうな化物が」
「は」
「カルラは馬鹿じゃない。アレの頭の回転の早さは吾輩も認めるところだ。しかしだからこそ、アレは不用意に足を突っ込んでしまう」
何を言っているのだろうか。
そんな感想が真っ先にやって来たが、やがて理解が追いついてゆく。
俺の場合、色々と視てしまった人間だからタソガレが答えを言い終わるより先に理解出来てしまった。
「簡単な話よ、テオドールを裏から操っていた存在なら、カルラであっても出し抜ける。吾輩はそう判断した」
「ぁ」
あまりに気の抜けた俺の声が漏れたのは、タソガレが答えを口にしたと同時だった。
呪いによる制限のせいで口外は出来なかったのだろう。
しかし、だからと言って何も知らない道理はない。テオドールを〝神の操り人形〟と呼んでいたのは他でもない〝大陸十強〟なのだから。
「……そう、いえば、アダムは」
思い立って見回す。
けれど、何処にも彼はいなかった。
テオドールを操っていた存在を、恐らく知る唯一の人物である彼の助力があれば。
そう思って口を衝いて出てきた言葉は、恐らくこの場において一番冷静なタソガレによって切り捨てられる。
「〝獄〟が消え、テオドールや〝夢魔法〟の使用者であるロンも消えた。アダムが存在出来る前提条件が覆されればアレは元の居場所に戻る他あるまい。勿論それは、〝逆天〟のアヨンも同様だ」
最後の最後まで手を貸してくれた協力者であるアヨンも、側から消えていた。
本来であれば悪人に分類される彼女がいなくなった事を歓迎すべきなのだろうが────俺の場合は、それよりも申し訳なさが勝った。
俺は彼女との約束を、果たしているとは言い難いから。
「……それで、カルラは殺されたのか?」
「ンな事はあり得ねえ。あの化物だぞ。あれが死ぬなんざ、天地がひっくり返ろうがあり得ねえよ」
沈痛な親父の呟きに言葉を返したのはオーネストだった。
希望的観測を求めていない今、そんな感想を親父が求めていないと理解して尚、オーネストがあえて口にしたのは彼女の規格外さを身を以て知らしめられ続けた彼なりの願望だったのやもしれない。
だからこそ、親父は意味のない一言であると安易に切り捨てはしなかった。
「────死んでいない。そう断定出来るだけの証拠はないが、それでも吾輩も、そこの金髪男の言葉に同意する」
「……正気か? パスが切れてるんだぞ。魔道具が壊れたんじゃなく、あいつとのパスだけが、綺麗に!!」
「貴様が手にする魔道具の性能は知らんが……それでも一つ言える事は、仮に万が一があったとしてもアレは必ず『何かしらの手掛かり』は残すだろうよ。何もない事はあり得ない」
捲し立てていた筈の親父は、タソガレの言葉を受けて黙り込む。
そしてややあった後、再び口を開いた。
「……。確かに、そうだ。あいつは何もなしに消えるへまをする程、弱くない」
重傷ではないにせよ、少なくない傷を負っている親父であったが、その言葉を最後に踵を返して何処かへと向かってゆく。
「……邪魔をしたな」
恐らく、タソガレの言う何かしらの手掛かりを探すのだろう。
「なら俺は、こっちを探してくるよ」
だから俺は、声を張り上げながらどうにか立ち上がろうとして。
その際、俺の傷の状態を遠目からでも理解していたクラシアから責め立てるような声が投げかけられるも、それに被せるように言葉を続ける。
「安心してくれ。は、おかしいか。でも、この身体で動く気は俺もない。そもそも、動けないしな」
だから。と言って俺は意味深にタソガレへ視線を向けた。
〝賢者の石〟を作り上げた世紀の大天才にして大悪党。ワイズマンを、唯一凌げるだけの実績を持つ研究者、タソガレ。
書庫を底からひっくり返し、読み漁る程度には得られる知識を全て得ようと試みた俺だからこそ、名前だけは元より知っていた。
そんな彼が、ポーションの一つや二つ、作れない訳がない。常備していない訳がない。
親父がテオドールとの戦闘の最中に託してくれたあのポーションの出所が間違いなくタソガレであると断定しながら、俺は強請るように言葉を続ける。
「ポーションを分けてくれ、タソガレ。あんたのポーションなら、この傷だろうと何とかなるだろ?」
「…………そうだが、吾輩が貴様に施すメリットはないと思うが」
持っている。
俺がそう確信をしていた為に白状するタソガレだったが、返ってきた言葉は拒絶だった。
一度目のあれも恐らく、テオドールの足止めをさせる為に渡しただけの利害の一致だったのだろう。
「メリットなら、あるさ。あんたの大切な知り合いの行方の手掛かりも、俺が探してくる」
脳裏に浮かべた人物は、赤髪の男────グラン・アイゼンツ。
厳密な二人の関係は知らないが、それでも無関係ではなかった筈だ。
なのに、今ここにいないという事はカルラと同様の面倒事に巻き込まれた可能性が高い。
「……成る程な。吾輩としてもアレにはまだやって貰わねばならん事が多い。アレの事だ。どうせ面倒事に巻き込まれているのだろう。本来、吾輩にとって戦闘は門外。敵と接触する可能性のある役割は、貴様らに任せるべきか。確かに、そう言われては断る理由がない」
────受け取れ。
懐に仕舞われていたポーションの入った容器が乱雑に投げ渡され、俺は受け取った。
数は、二つ。
予備という事なのだろうか。
そう思って一本は仕舞おうとする俺だったが、ひょい、と容器を掠め取られてしまう。
誰の仕業かと振り返ると、そこにはオーネストがいて、文句を言うより先に中身を口の中に放り込んでいた。
「オレさまもついて行く。テオドールみてえな化物が出てくる可能性がある以上、二人の方がいいだろ」
「……まぁ、そうか」
だからこそ、疲弊し切ったヨルハ達の下にオーネストがいてくれると安心なんだが。
そんな言葉が浮かんだが、傷付くだけ傷付いて散々心配を掛けた俺の言えた台詞ではないと飲み込む事にした。
「そういう訳だからさ。俺らはこっちで学院長の行方の手掛かりを探してくるよ、親父」
俺が変に言葉を口にしたせいで、足を止めていた親父に告げてから進む事にした。
最中、クラシアとヨルハの口から溜息の音が聞こえて来たのは恐らく気の所為ではなかったと思う。
* * * *
「それで」
少し時間が経ち、誰も聞き耳を立てられない程の距離が生まれたところで、そろそろいいかとばかりにオーネストが言う。
「何か手掛かりでも見つかったのかよ」
「いや、まだ探し始めて間もないだろ」
少し歩いただけ。
それで何が得られるのだと苦笑いを湛えて答えると、オーネストが露骨に呆れた。
「てめえの身体の事は、一番てめえが分かってるだろ。幾らすげえポーションを飲んだとしても、精々が傷の治癒と魔力の回復程度だ。蓄積されたもの全てが元通りって訳じゃねえ。何より、信用し切れてねえやつが作ったもんにまで頼ってる時点で答えは一つだろうが」
何一つとして言葉を尽くしていない筈なのに、オーネストは俺の内心を見透かしていた。
「そうしてでも、動く理由があった。それも、てめえの親父さんにも任せられない何かがな。もしくは、タソガレとやらに聞かれたくない何かがあった、とかか」
図星だった。
だから俺は、口を真一文字に引き結んだまま、碌な言い訳ひとつ出来なかった。
「ヨルハ達から心配をされると分かっている上で、こうして動いてンだ。だったら、あの時点で何かしらの手掛かりを見つけたンだろ」
「……オーネストお前、探偵にでもなれるんじゃないか」
「てめえが分かりやすいだけだ」
口にも顔にも出してないつもりだったのに、自分の行動理由が丸裸であった事に最早、笑う他なかった。
「それで、こっちにゃ何があンだよ」
「…………俺の記憶が確かなら、俺達の知ってるやつがいる、かもしれない」
観念して、答える。
初めはただの気の所為だと思っていた。
テオドールとの戦闘の際に扱った〝神力〟。
それらの影響が残っていたのだろう。
タソガレの禁術が成った本当の直後まで、感覚が普段よりもずっと研ぎ澄まされていて鋭かった。
故に気付けた小さな既視感。
学院長であるカルラが消えたという知らせがなければ恐らく、俺はただの気の所為として明日には忘れていた事だろう。
「……随分と変な言い方をしやがる」
味方ではなく。友人でもなく。
敵と断定もしない俺の物言いに引っ掛かったオーネストの反応は正しいものだ。
そう認識して貰うために敢えてこんな言い方をしているのだから。
「……ただ、そんなに警戒をする必要はないかもしれない」
「あン?」
「恐らくだけど、そいつも俺達と似たり寄ったりの状態な気がする」
要するに────重度の手負い。
その上で治癒魔法を使えるクラシアを連れて来なかった。
導き出される答えは────俺達にとって限りなく敵側に近い人間。
「だからこそ、におうだろ。何かしら、知ってるんじゃないかって」
「…………。おいアレク」
「なんだ?」
「オレさまは今、とんでもねえやつを頭ン中で浮かべてるンだが」
「多分、それであってると思う」
カルラを倒せるような化物と、〝大陸十強〟と呼ばれるカルラ本人。加えて、ロン・ウェイゼンを足止め出来るグラン。
彼らの中に混ざれる程の力量を持ち、かつ俺が味方と断じない人間。
ここまで言えば答えなどもう殆ど出ている。
それでもオーネストが名前を口にしなかった理由は、勘弁してくれという意味合いが強かったからだろう。
俺達が二人がかりで、あれだけ苦戦を強いられた相手が満身創痍であるかもしれないなど、俺だって信じられないのだから。
やがて、数十分と歩いた先。
鮮烈に鼻をつく鉄錆の────血の臭いを撒き散らしながら木の根元に腰を下ろし、凭れ掛かる和装の男と俺達は出くわした。
「嫌な予感ってのは、得てして当たるもんだ」
出来れば幻術の類であって欲しかった。
けれど、目の前の男は紛れもなく本物であると一度彼と剣を交えた俺の本能が告げている。
現実逃避をする余地すらなかった。
「……あんたが、何でここにいる。その傷は、一体誰にやられた。学院長は、どこにいる」
想像はしていた。
でも、実際に目の当たりにしては驚かずにはいられなくて。
あんた程の人間が、何があったらそうなるんだという驚愕と動揺が、俺から冷静さを意図も容易く削り取った。
故に、捲し立てるように頭の中に浮かんだ言葉をそのまま俺は口にする。
しかし男は答えない。
もう少し質問を上手く纏められないのかと呆れながら笑うだけだった。
「いいから答えろ────メレア・ディアル」
言わずと知れた〝剣聖〟で知られる傑物。
ダンジョン〝ラビリンス〟で敵として出会った男が、ボロ切れのような状態に成り果てて、そこにいた。









