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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
四章

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百十九話 賭け

* * * *


「……この状況が『大陸十強』って人の仕業なのは分かった。ところで、学院長。ロキについて、何か知りませんか」


 チェスターの下に向かった筈のロキの所在について、ずっと気掛かりだった。

 俺達とチェスターの出会い方が出会い方なだけに、生命の危機に晒されている可能性が高い。

 だからもし、学院長が知らないのなら、俺達はまずロキを探そう。

 そう、思っていたのだが


「あの命知らずか?」


 拍子抜けしてしまうくらい、あっけらかんとカルラは答えた。

 まるで、実際につい先程まで見ていたかのような物言いだ。


「……命、知らず?」

「そうであろう? 自分を殺そうとした人間を、それでも尚、止める為にあの重体で向かうなぞ、命知らずと言わずして何と言い表せと?」


 その言葉を受けて、俺達は顔を見合わせる。


 俺達の知るロキ・シルベリアとは、そんな情熱や友情などに厚い男ではなかったから。

 どこまでも適当で、軽佻浮薄の四文字が服を着て歩いているような存在だった。


 なのに、傷付いた身体を引き摺って、意地を通そうとするなど、あまりに普段のロキらしさとはかけ離れていた。

 だが、彼にとってチェスターとはそれだけ特別な人間なのだろう。


 そう思い、俺はロキについてひとまず考えない事にした。

 生きているのであれば、問題はない。


 なら、優先すべきはもう一つの懸念事項。


「……そういう事なら、問題はレガスさん達がどうなってるか、だな」


 ダンジョン内で別れたレガスとロンの行方も、分からなくなっていた。

 間違いなくロンは致命傷を負っていた上、レガスに治癒魔法の心得はない。

 こんな事になるなら一緒にいれば良かったと思ってしまうが、この事態を予想出来るほど、俺は想像豊かでもない。こればかりは仕方がないとしか言いようがなかった。


「それは大丈夫じゃねえか?」

「……というと?」


 問題はないと口にするオーネストの意図を尋ねる。


「あいつらの事だ。どうせ、片割れも何処かにいる」


 片割れというと、〝人形師〟で知られるライナ・アスヴェルドか。

 確かに、レガス達は常に二人で行動をしている。

 彼もメイヤードにいるとすれば、人形を操るライナの能力からして、レガスの位置は把握しているだろう。

 時間さえ掛ければメイヤード中に自分の目を置く事すら出来てしまう能力。


 冷静に考えてもみれば、その可能性は極めて高いと言えた。

 だがそれでも、何事にもイレギュラーはつきものだ。


「……ライナさんがいるとすれば、まだどうにかなるか。でも、念には念をで探した方がいいとは思う」


 ここで、今から探しにいくぞ。と、威勢よく啖呵を切れない理由は、俺の酷く疲弊した身体の状態にあった。

 こうしてどうにか喋る事は出来ているが、万全とはほど遠く、クラシアからの治療を受けて尚、会話をするのが精一杯の状態だ。

 探し回る事はどうにか出来るだろうが、足手纏いになる未来しか見えない。


「……普通に考えるなら、そいつらの下に元気な護衛役一人と治癒魔法が使える人間の二人組を。それと、私を殺す手段を見つける役として、ヴァネサ・アンネローゼともう一人か二人。そして、余りの人間の三つに分けて行動をするのが妥当だろう」


 隣でワイズマンが口を開く。

 その意見は、尤もなものだった。

 圧倒的に人員が足りていないという欠点があるものの、恐らく俺達が取れる選択肢としては唯一のものだろう。

 だから、他に致命的な欠陥があろうとも、俺達はその選択肢に従う他なかった。


「────ただ、それを許してくれる状況ではなさそうだが」


 ……否、ここでは考える時間が許されていないという理由が一番適当か────。


 ワイズマンの言葉と同時、俺達の視界の景色が僅かに変化した。

 目にした事もない変化の筈なのに、程なく視界に飛び込んでくる覚えしかない「鎖」が、最悪の未来を俺に伝えてくる。


 鎖のようであって、鎖ではない。

 未だ正体不明のソレが、〝逆天〟のアヨンの時と同じと理解をして、思わず空笑いが出そうになった。

 面白くもないのに笑いが出てくる理由は、単純に、「現実の逃避」と「虚勢」である。

 

「……冗談にしてもキツイだろこれは……!!」


 まるで時空の歪みのように、空間に一本の線が複数(、、)走っていた。

 それが亀裂のようにひび割れてゆき────そこから、見覚えのある鎖と共に闇色の酷い不快感を齎す黄昏色の景色が姿を覗かせていた。

 俺の視線は、吸い寄せられるように鎖へ向く。明らかに素材が鉄ではないその鎖は何度確認しても間違いなく、〝逆天〟のアヨンの手と首に巻かれていたソレと同じと告げている。

 猛烈に、嫌な予感がした。


「…………やはり、こうなりおったか」


 傍で、苦虫を噛み潰したような表情で口にされたカルラの言葉は、この未来を予想していたと捉えられるものだった。

 それ故に、間髪いれずに疑問を俺は投げかける。そこに、苛立ちめいた感情を含めてしまっていた事は、アヨンの相手をした俺だからこそ、仕方がないものとも言えた。


「……学院長。やはりってどういう事ですか」

「勘違いをするでない。これは妾の怠慢によるものではないわ。あくまで、その可能性があると知っていただけ。そして、妾にそれを止める術はなかった。出来る事は、それが起こってしまった際に真っ先に止めに入る事だけ」


 分かっていたのなら、止める事だって出来たのではないのか。

 言葉に隠された俺の心情を読み取ったカルラは、宥めるように口にする。


「アレク・ユグレット。〝獄〟が何故、これまで数多の手の付けられない罪人達をたった一度の脱獄すら許さず閉じ込める事が出来ていたか、分かるか?」


 その存在すら、実しやかに囁かれるだけで、その実態について知る者は全くいなかった。

 それこそ、〝獄〟を創り上げたであろう張本人をよく知る人間達を除いて、たった一度の例外すらなく。

 だから、今日を迎えるまで何も知らなかった俺に答えられる問いではなかった。


「単純な話よ。〝獄〟という存在は、ユースティティア・ネヴィリムが創り上げた異空間に存在しておったからよ」

「……異空、間」

「そして、魔法の天才であったあやつの手によって完全に秘匿されておった。故に、誰も気付けなかった。故に、外からの助力すら望めなかった。脱獄など、到底不可能であった事であろう。なにせアレは、創った張本人でさえ出られないようにする事で徹底的に堅牢な檻として機能するように創られておるからの」


 たった一つの綻びすら出ないように、完全な檻の為に自分自身そのものですらも犠牲にしているのだと告げられて、その在り方を前に俺は少しだけカルラが彼女を〝狂人〟と呼ぶ気持ちが分かったような気がした。


「問題があったとすれば、〝獄〟を創る際にユースティティアが文字通り力を使い果たした事くらいであろうな。だから、こうしてその存在が明るみに出た時、〝獄〟から無理矢理に出てくる人間がいてもおかしくないと思っておった」


 ……成る程。ここが、やはりに繋がるのか。


 俺も魔法師だから、分かってしまう。

 単なる魔法ならば兎も角、複雑怪奇な〝固有魔法(オリジナル)〟に近い魔法を、仕組みも知らない人間が補修するなど、土台不可能な話だ。

 確かに、カルラの言う通り、それならば備える以外に取れる手段が存在し得ない。


「たとえそれが、限りなく小さな綻びだろうが、囚われているのは世紀の大悪党共。出られない道理はなかろうて……ただその場合、ユースティティアが〝獄〟の維持すら困難な状態にある事を意味する」

「……それの、何が問題なんだよ」


 納得がいかないとばかりに顔を顰めるカルラの言いたい事が分からなくて、オーネストは訊ねる。


「妾は、空間ごと入れ替えられる魔法師に心当たりがあると言った。であるが、そんな状況にあるあやつが、〝獄〟を後回しに、こんな真似をするとは思えん」


 こんな、とは俺達の視界に映り込むこの明滅を繰り返す光景についてだろう。

 ダンジョンの外に出て尚、その奇妙な光景は変わらなかった。


「あやつは、どこまで行っても救えないまでに〝正義の味方〟よ。何を差し置いてでも悪人を憎悪するその秤が、高々数百年で変わる訳がない」


 ある意味、それだけの信頼を置けてしまうまでに馬が合わなかったのだろう。

 だが、カルラがそう言い切るという事はつまり、この光景を生み出している張本人は、ユースティティア・ネヴィリムではない誰か。


 一体誰なのか────。

 その答えを出すより先に、変化が訪れる。


 それは、目に見えた変化。

 地震のような音を伴って、俺達の世界が文字通りズレた(、、、)


「────ぁ?」

「ちょ、どうなっ、て」


 縦の、揺れ。

 オーネストやガネーシャを始めとした驚愕の声が広がる。

 だが、決して立っていられない程のものではなく、俺はダンジョンに何かがあったのではと考えた。


 けれど、逼迫した様子で焦燥に駆られながら口にされるクラシアの言葉を前に、考えを改めざるを得なかった。


「……等価、交換……?」


 何故、この状況でクラシアの口からその言葉が出たのか理由は分からなかった。

 ただ、クラシアの視線は終始、先の揺れによって隆起し、崩れる大地へ向いていた。

 恐らく、轟音にまぎれて聞こえたクラシアの呟きがなければ、今、俺達が足をつけている大地の一部が、砂で出来た城のように風化した事実に気付く事はなかっただろう。



 等価交換とは、錬金術と魔法の鉄則である。



 望んだ結果を得る為に、魔法であれば魔力を。錬金術であれば、対価を差し出す必要がある。

 魔法は、基本的に一度限り。

 撃ち放てば、その等価交換は終わる。

 だから、一回の魔力の消費だけで終わる。


 だが、物を生成する錬金術は少し異なる。

 錬金術にて生成された物は、対価に応じて、その存在の強度。維持される期間が決まる。


 その為、対価が払えなくなった時、錬金術によって生成された物は跡形もなく風化してしまう事は周知の事実であった。

 要するに、等価でなくなった瞬間に消滅してしまう。故に、維持を続ける場合は対価を払い続ける必要がある。

 それが成されなかった場合、錬金術によって生成されたものは風化してしまう。


 正しく、大地そのものが風化するその様子は、錬金術の等価交換のように見えた。

 そして、その光景を前にして、どうしてか、ヴァネサは明らかな動揺をみせる。

 けれど、この状況で動揺する事が得策でないと理解をしてか、彼女はどうにか平静を装う。


「……どうして、貴女が蘇生をされたのか、分かりましたよ。ワイズマンさん」

「なんだと」


 一言を発するたびに、猛烈な勢いでめまぐるしく景色が変化する。

 ひび割れた空間から姿を覗かせる鎖の数も増えて、程なく人の姿までもが現れる。


 時間が圧倒的に足りていない。

 だが、これだけは伝えなければとこの状況にありながらヴァネサは言葉を続ける。


「確証がないので黙っていましたが、アンネローゼが知る秘密の一つに、都市国家メイヤードが〝賢者の石〟によって造られた国というものがあります」


 瞬間、ズガンッ!! と大きな音が轟いた。

 それは、怒り任せにワイズマンが隆起した大地を殴りつけた音であった。


「……そんな馬鹿な話があるものか」


 〝賢者の石〟がどれほど呪われたもので。

 どれほど人の手に余るもので、どれだけの犠牲を払ってでもその存在を明るみにしてはいけないと身を以て知り、秘匿した人間だからこそ、認められなかったのだろう。


 そのきっかけであり、原因が己にあると薄らと理解出来てしまったからこそ、自分のせいで更に数百。

 否、数千にものぼる犠牲があったかもしれないと想像出来てしまうが故に、その可能性を認める訳にはいかなかった。


「……ええ。馬鹿げた話です。だから、私も今の今まで信じていませんでした。ですが、そうであれば、辻褄が合うんです。何もかもに、辻褄が合うんです。この国が、こんな狂行を敢行する舞台に選ばれた理由も。ワイズマン(貴女)が蘇生された理由も。こうして、生かされている理由も。何もかもに」

「……ならダンジョンは、どう説明する」


 ヴァネサの言葉を否定する為に、ワイズマンは言葉を重ねる。


「〝賢者の石〟で、ダンジョンまで造ったとでも言うのか」

「……いえ。恐らく、メイヤードのダンジョンはダンジョンではありません。ガネーシャさん」

「……何かな」

「貴女はこのメイヤードのダンジョンで、一度でもフロアボスに出会いましたか?」

「それはどういう」

「ダンジョンコアを目にした事は? セーフティエリアに踏み入れた事は? この国で、〝迷宮病〟に罹患したという患者の話を聞いた事は?」


 この中でダンジョンに誰よりも立ち入っているであろうガネーシャに投げ掛けられた疑問。

 捲し立てるように告げられたその疑問の数々であるが、「そんなもの────」と反論しようとしたところで、ガネーシャは言葉に詰まった。


「……な、い。強い魔物と戦う事はあっても、そう言えば、なかった。どの国であっても〝迷宮病〟の話は聞く筈なのに、確かにこの国では聞いた事がない」


 ガネーシャの不手際で、一階からダンジョンに潜った俺達にもそれは言える事だった。


 言われてもみれば、ヴァネサが口にしたその全てが、このメイヤードのダンジョンには欠けていた。

 それはまるで、このダンジョンが本来のものとは異なる────それこそ、造られたものとでも言うかのように。


 気付いてしまったが最後、気持ちの悪い汗が背中をじっとりと濡らしていた。


「恐らく、この国におけるダンジョンは作り物です。そして、その最奥に、この国の核である〝賢者の石〟が隠されていた。そう考えれば辻褄が合うんです。そして、その力を使えばきっと空間転移だって出来てしまう。ただし、その等価交換として、本来の役目であったメイヤードの維持が不可能になるだけで」


 この等価交換特有の現象は、それ故。

 そして、ユースティティア・ネヴィリムの力を借りず、この光景を作り出している事にも納得が出来てしまう。


「……私は、そのスペアか」

「ええ。恐らく、貴女は万が一の際のスペアでしょう」


 空間転移を起こす際、欠かせないものはメイヤード本体。

 しかし、転移させる為には〝賢者の石〟が必要不可欠。

 その際、メイヤードが風化してしまわない為に、もう一つの〝賢者の石〟が必要だった。

 中途半端な未完成品ではなく、完成された〝賢者の石〟が。


 その為に、ワイズマンが必要だったのだ。


「……アレク。これからあたしは、姉さん達とダンジョンに戻るわ」

「正気か?」


 俺に向けられた言葉に、間髪いれずにオーネストが答える。

 確かに、ダンジョンに戻るならば、先程転移魔法を使用したクラシアが必要になるだろう。

 この中でワイズマンを除いて一番錬金術に長けたヴァネサ。そして、ワイズマン。

 三人がダンジョンに戻る事は、先の事情を知った上ならば、何もおかしくはない。

 戻る先であるダンジョンが、崩れかけの状態でなければ、オーネストもクラシアの正気を疑う事はなかっただろう。


「……それ以外に、選択肢はないでしょ。何より、今回のこれは元はと言えばあたしのせいみたいなものよ。危険だからって、あたしが何もしない訳にはいかないでしょう」


 その、刹那だった。


「オーネスト!!!」


 疲弊し切った身体に鞭を打ちながら、俺は声を張り上げる。


「おや」

「……心配すンなよ。見えてっから」


 襤褸のような外套に、包帯を全身に巻いた男が、何処からともなく現れ、オーネストに大鎌を振り下ろしていた。

 咄嗟に差し込んだ槍との間に飛び散る火花。

 金属の擦れる音を響かせながら、男は不服そうな声を漏らして飛び退いた。

 手と足には見覚えのある枷と鎖。


 ……恐らくこいつは、アヨンと同じ〝獄〟の人間────。


「余所見は厳禁、だぜ?」


 思考に割り込むように、今度はスカルマスクの男が至近距離に映り込む。

 手にはノコギリのような武器が、一対。


 それを何故か、己の肢体に食い込ませた。

 噴き出す血飛沫。


 自傷するその行為に呆気に取られた俺は、隙を晒してしまう。

 身体の疲弊とも相まって、思うように動かなかった。そんな俺を嘲笑うように、男は噴き出した己の血飛沫を得物に乗せて────。


「〝拘束する毒鎖(バインド)〟!!」

「オイオイ、随分と勘がいい(、、、、)お嬢ちゃんじゃねえか!! だが、無粋な真似をすんじゃねえよオ!!!」


 鎖によって磔の状態へ。

 圧倒的物量による鎖は、身動き一つさえも拒絶する。だが、男はそれでもと強引に力任せに鎖を解こうと足掻くも、それだけの隙を見逃してやる程、俺は阿呆でもなくて。


 アヨンと同等の相手ならば、単に魔法を撃ち放っても当たる訳がない。

 故に、咄嗟に発動したヨルハの鎖に伝導させるように、雷の魔法を展開する。


「ナイスだ、ヨルハ……!! 〝雷電駆けろ(ショックボルト)〟!!」

「っ、づぁッ、い゛ッてえじゃねえかァ!!!」


 そしてそのまま、〝天地斬り裂く(シュヴァルト)〟を発現。


 相手が俺を侮っている事は明らか。

 真面に戦って勝てる状態に俺がない以上、ここで後顧の憂いを絶っておく必要があった。

 だからこそ、


「終わりだ」


 心臓部に、躊躇いなく俺は突き刺した。

 帯電していた電撃が剣を伝って肌を灼く。

 多少の傷を負う事になろうとも、ここでこの男を殺す以上の成果はないだろう。


 心臓をひと突き。

 人であるならば、これは覆しようもない致命傷。だった、筈なのだ。


「残念。そいつの心臓は、そこじゃない(、、、、、、)


 ほんの僅かに、勝ちを確信したその瞬間、聞こえてきた言葉に自分の耳を疑った。

 オーネストを襲った包帯男の声。

 心臓が違う場所にあるなど、そんな馬鹿な話があるものかと思うと同時、限界まで圧搾された殺意が襲い来る。


 剣を伝って確かな拍動も感じられた。

 目の前のこの男は────間違いなく問題なく生きている。


「纏めてへし折れろや」

「────は」


 口端から血を溢しながらも、獰猛な笑みを浮かべ、スカルマスクの男は得物を振りかぶる。

 身を捩る事で、突き刺さったままの〝シュヴァルト〟が、更に食い込む事もお構いなし。


 その様子は、本当は痛みを感じていないのではと疑ってしまう程のもので、単なる強がりのようにも思えなかった。


「っ、〝魔力剣(ソード)〟!!!」


 突き刺した〝シュヴァルト〟を抜いていては間に合わない。

 故に俺は、剣を咄嗟につくり出す。


 そして、互いの得物が合わさった直後、ほんの一瞬の均衡も崩れて俺は力任せに後方へと吹き飛ばされる。


「……チ。上手いこと、受け止めやがったか」


 左腕が折れる感覚。

 しかしそれ以上に目を疑う光景があったせいで、痛みに喘ぐ事すら忘れてしまう。


「……あい、つ、傷が塞がって……!」


 握ったままだった〝シュヴァルト〟が、吹き飛ばされる時に引き抜かれた瞬間、確かにあったスカルマスクの男の無数の傷が一瞬で塞がった。

 それは、元々、そんな傷は存在していなかったかのように時間が巻き戻るかの如く、綺麗さっぱり、無傷の状態へと変化した。


 砂煙を巻き込みながら吹き飛ばされる中、加速する思考の中で考え抜く。

 〝獄〟の人間は、誰もが手の負えないとされた大悪党の筈である。


 彼らの生きていた時代は、数百年近く遡る必要もあるだろうが、それでも大悪党に限るならば答えを導き出す事は決して不可能ではなかった。


 そして、足と〝魔力剣(ソード)〟地面に擦れさせる事で勢いを殺し、漸く収まると同時、俺は辿り着いた。


 どれほどの傷を負っても決して死ぬ事がなく、たった一度として歩みを止めなかった戦狂いであり、救いようのない差別主義者にして虐殺者。

 純粋悪として世界を震撼させた大悪党。


 ────〝不死身〟の異名で知られるその人物の特徴は、手にする奇妙な得物といい、ものの見事に一致している。


「……〝逆天〟のアヨンといい、三百年前の大罪人までいるのは相当だな。〝不死身〟のダリオス」


 三百年前に存在した、大悪党、ダリオス。

 通称、〝不死身〟。

 俺の呟きに対する返事はないが、間違いなく彼の正体は〝不死身〟のダリオスだろう。


 ────オレを知ってんのかよ、と言わんばかりの喜色に染まった笑みがその証左。


 生涯において、どれほどの傷を負っても死ぬ事はなかったという不死身の男。

 その実態は、己の身体に高速で再生を施す〝固有魔法(オリジナル)〟によるものであり、その詳細はついぞ明らかになる事はなかった。


 一つ言える事は、先の一撃でも分かるように彼の能力が再生力だけではないという事。

 三百年も昔故に、文献の内容はあまりあてには出来ないが、決して伊達に大悪党と呼ばれている人物ではないだろう。


「……となると、そっちの包帯男も相当だな」


 〝逆天〟のアヨンに、〝不死身〟のダリオス。

 どちらも国程度は軽くひっくり返し、世界を震撼させた大悪党。

 そんな人間が続いているのに、あの包帯男だけは例外で小悪党、なんて展開が起こり得るとは思い難い。


 何より、


「……一人でも手に負えなかったのに、今度は二人か。いや、四……ご」


 アヨン一人であっても、俺だけでは手に余った。

 なのに今度は、二人である。

 そして、現在進行形で目の前の空間に更に三つ、亀裂が生まれた。

 あわせて、ここにいるであろう罪人は五人。


「学院長────」


 こうなってくると、俺達の手に負えない。

 だからこの場で間違いなく一番の強者であるカルラに、俺は指示を仰ぐべきだと判断した。

 けれど、視線の先に映り込んだカルラは、普段の余裕に染まった表情からは考えられないくらい苦しそうな様子を見せていた。


「あの檻を作っていた女もそうだが、随分と難儀な呪いを受けてるらしい。大地に呪われるってのはどんな地獄なのかね」


 包帯男の言葉だった。

 ────大地に呪われる?

 ────難儀な呪い?


 覚えのない言葉に疑問符が浮かぶ。

 しかし、その言葉を受けて、目に見えて表情を歪ませるカルラを前に、無関係の言葉でない事は明白であった。

 恐らくその言葉が、カルラがずっと魔法学院に引き篭っていた理由に関係しているのだと思った。


「……は。どこでそれを知ったかは知らんが、だとしてもお主らを相手にするくらいならば、訳が無いわ」


 同時、一斉に展開された大魔法に紛れて、カルラの声が聞こえた。


 ────一旦、こやつらの相手は妾がする。だから、ひとまずここから離れよ。数が数なだけに、守りながらは戦えん。


 アヨンと同じ化物が五人である。


 それを一人でどうにかしようとするカルラを止めようと思ったが、ボロボロのこの身体ではどうしようも出来ない。

 足手纏いになるだけだ。


 だからせめて、邪魔にならないように下唇を噛み締めながらも俺はカルラの言葉に従う。


「────ここで別れよう。ここからは、俺はオーネストと二人で行動する。ガネーシャさんとヨルハは、クラシアの補助に回るか、レガスさんを探して欲しい」

「……お前達は、どうするつもりだ」


 目を細め、ガネーシャは俺の目的を訊ねる。


「あの中に入ってくる」


 だから俺は、隠す理由もなかったからこそ、素直に答えた。


「入る、だと?」

「ああ。あれは、何処かしらに繋がってる魔法陣だ。だから、手っ取り早く解決するには入る他ない」


 視線の先には、空間形成の片鱗が窺える旋回する魔法陣。

 複雑怪奇で詳細まで理解は及んでいないが、あれはどこかに繋がっている一方通行の入口。

 故に入るだけなら意図も容易く可能だ。


 恐らくそれは、〝獄〟の性質上の設計だったのだろう。罪人を閉じ込めておく為に、入口だけは開けておく必要があったと考えれば合点がいった。


 なのに何故か、ガネーシャだけは終始複雑そうな表情を貫いていた。


「……分からないな」


 ぽつりと一言。


「お前達の本来の目的は、この時点で達成されている。ヴァネサ・アンネローゼを連れてメイヤードを後にするべきだろう。なのに何故、そうも首を突っ込もうとする?」


 俺の考えを最後まで聞いて出された答え。

 ガネーシャの言葉はその通りと言う他なく、本来、俺達はヴァネサの安否を確かめる為にメイヤードへとやって来ていた。


 親父の行方。

 知らない間柄ではないカルラの存在。


 グランに、ロキ。そして、メア。


 気掛かりな事は無数にあるが、それでも今は、ヴァネサをメイヤードから逃すことを優先して然るべきだろう、と。


 カルラにもカルラの事情があって、親父にも親父の事情があってメイヤードにいる。

 ロキだってロキの事情があったから首を突っ込んだ訳で、だからこそ、俺達が俺達の本来の事情を優先する事は何も可笑しな事ではない。


「……出来る事なら、そうするのが一番だって事は言われるまでもなく分かってるよ」


 首を突っ込み過ぎた結果、誰かが命を落とす可能性だってある。


「でも、それが出来るのは、あくまで何も事情を知らなかった時までだと思う」


 どうして、ヴァネサがメイヤードにいたのか。それを始めとして、事情を知ってしまった今、ガネーシャの言う選択肢を掴み取る事は到底、俺には出来なかった。


「……知ってしまった今、強引に連れ帰る事は出来ないという訳か。そしてだから、首を突っ込んで手を貸すという訳か。とんだお人好しだな」

「……今更、全部を見捨てられる訳もないしね。それに、勝機がない訳でもない」

「その身体でか?」

「ああ。この身体で、だよ」


 疲労困憊。

 傷だらけの身体は、とうの昔に限界を迎えている。虚勢でどうにかなる範疇を超えていた。

 だからこそ、ガネーシャは胡散臭いものでも見るかのように俺を見つめてくる。

 あんな化物だらけの魔窟で、どこに勝機を見出せるのだ。


 なまじ、優秀で強いからこそ、全てを察して手遅れになる前に逃げてしまえとガネーシャは言っていたのだ。


 ……お人好しはどっちなんだか。


「うるっせえよ、賭け狂い。アレクが出来るって言ってンだ。なら、出来るンだろ。こいつは、出来ねえ事を出来るなんてつまらん嘘を吐くような奴じゃねえンだよ」


 獰猛に笑みながらオーネストは言う。

 その大きな信頼が、今はどうしようもなく心地が良く思えると同時、俺の考える勝機が賭け要素が強過ぎる故に、少しだけ申し訳なくも思ってしまう。

 今回ばかりは、絶対の確証がないから。


「それで、どう二人で引っ掻き回してやるよ。こうなりゃ、とことん付き合ってやらあ」


 槍を握る手に力を込めるオーネストを横目に、俺は苦笑いをする。


「……まあ、ある意味そうといえばそうなんだが……ただ、俺の目的は戦闘なんかじゃない」

「あン?」


 意味がわからないとばかりに口にするオーネストに、俺は言葉を続けた。

 真正面から挑んでも、これは俺達の手に負える話ではない。


「俺達がすべき事は、今回の首謀者をどうにかする事。それと、アレをどうにかする事だ」


 空に浮かぶ旋回する魔法陣。

 〝獄〟そのものをどうにかしない限り、恐らく罪人達は際限なく出てきてしまう。


 そして首謀者をどうにかする必要がある。


「……ただ、今の状態じゃどうにもならない。だから、取引をしにいく(、、、、、、、)んだ」


 圧倒的に手が足りていないこの状況。

 逆立ちしても無理なこの状況を打開するには、多少のリスクを背負った上で賭けでもしない限り、どうにもならない。


 そして、これが俺の考える唯一の勝機。


「……アレクお前、学院長の話を聞いてたのかよ。その〝獄〟にいる狂人とやらが融通の利かない人間だってのは何度も、」

「違う。俺が取引を持ち掛ける相手は、〝獄〟を創った人間じゃない。〝獄〟に囚われてる人間だ」


 この状況を打開出来るだけの能力を持ち、かつ、己の欲求の為ならば此方に手を貸す事も厭わない人間。そして、純粋悪ではない者。

 相応の代償を払う事になるだろうが、彼女(、、)の能力を俺は身を以て知っている。

 ことこの状況において、毒を飲むくらいの覚悟がなければどうにか出来るはずもなかった。



 * * * *



「────嫌でもまた相まみえるとは言いはしたが……まさか、お主から儂に会いに来るとは思わなんだ」


 幽鬼を思わせる白髪の女性。

 身体中、白い鎖に雁字搦めにされながらも、愉楽に染まった眩しい笑みを見せる彼女を、すぐに発見出来たのは不幸中の幸いだった。


 否、ここでは見つけさせられた(、、、、、)と言うべきか。


 〝獄〟に立ち入った瞬間より、見つけてくれと言わんばかりに彼女は自己を主張していた。

 「まさか」なんて言葉を口にしてはいるが、彼女の中では俺がこの行動を起こす可能性があった事を知っていたのだろう。

 声音からは然程の動揺も見受けられなかった。


「それで一体、何の用じゃ?」


 そして、全てを理解した上で抜け抜けとそんな事を彼女はほざく。

 面白くて仕方がないと言わんばかりの笑みを絶やさないのがその証拠だ。


「……不本意極まりないけれど、あんたの力を借りたい」


 間違ってもそれは、つい少し前に殺し合いを繰り広げた相手に向ける言葉ではないだろう。

 だが、相手にとって正当と思える対価を差し出し、取引が出来るような相手を、俺は今、彼女を除いて知り得なかった。


「俺と取引をしよう。〝逆天〟のアヨン」

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