十二話 過去は何処までも付き纏う
「ギルドマスターから呼ばれてるぞ。二人は行ってこいよ」
レヴィエルの言葉を耳にし、何故か一斉に俺に向いた二つの視線に対して言葉を返す。
俺は確かに、ヨルハからパーティーを組もうと言われてフィーゼルにまで来てしまった身であるけれど、実際はまだパーティーの加入の手続きすら終えてない上、深部に潜る為の通行証すらまだ持ち合わせていない。
だから、俺はお呼びじゃないだろ。
そう目で訴えているのに、ヨルハとオーネストは不服なのか、
お前も行くぞと言わんばかりの、視線を俺に向けている。
「それに、俺はフィーゼルの事を何も知らない。ギルドの中を色々と見て回りたくもあったし、お前達が話を聞いてる間に俺は俺に出来る事をしとくからさ」
それにどうせ、ヨルハ達と一緒に話を聞いたところで何にも知らない俺はただ時間を無駄にする事になるだけ。
だったら————。
「折角だし、そこのミーシャって子に色々と話を聞いとくよ」
だから、お前達はギルドマスターのところに行っててくれと言外に言う。
「……何言ってんだ、アレク。てめえも、」
「————分かった」
被さる二人の言葉。
本来であれば「てめえもついて来るに決まってんだろ」と紡がれる筈だったであろうオーネストの発言は、ヨルハによって見事に遮られていた。
ただ、不機嫌そうに睥睨するオーネストとは異なり、ヨルハは別段俺の言葉に怒っている様子は見受けられなかった。
「それじゃ、いくよ、オーネスト」
そしてそう言うや否や、ヨルハはオーネストの腕をガシリと掴み、その小柄な体躯からは信じられない力で引っ張るようにレヴィエルの下へと向かっていく。
「ちょ、おいッ!? ヨルハ、てめ、何考えてんだ!? アレクも連れて行けばいいだろうが!」
てっきり、ヨルハも自分と同じ考えであると信じて疑っていなかったのか。
綺麗に割れた二つの声。
その片割れであるヨルハに対し、焦燥感を滲ませながらオーネストは声を荒げていた。
同じパーティーメンバーなんだし、仲間外れは良くねーだろ!
などと、クラシアの事は頭数に入れていないのか。さらりと仲間外れにするオーネストは相変わらずであった。
「はいはい。別にアレクがどっかに行くわけじゃないんだし、今回は、ね? ほら、行くよ」
そして、ジタバタと暴れながらも最後の最後まで俺を巻き込むべく抵抗していたオーネストであったがその努力も虚しくヨルハに引っ張られ、相変わらずだなと呆れるレヴィエルの下へ連れて行かれていた。
程なく、再び場に沈黙が降りる。
「……ついて行かれなくて、良かったんですか」
どこか気遣うように。
控え目に俺にそう問い掛けてきたのはギルドの関係者であるミーシャであった。
「オーネストさんが無理矢理連れて来たって事であればきっと、ギルドマスターも分かってくれてたと思うんですけど」
————それと、アレクさんってオーネストさん達のパーティーに加わるんですよね?
などと、続けて確認もしてくる。
「まぁ、ね。その為にヨルハは俺をガルダナまで迎えに来てくれたみたいだし」
パーティーに迎えてくれるのであれば、その厚意に甘えさせて貰うつもりだった。
それに、冗談の類としか認識してなかったが、ヨルハとは約束もしていた。
いつかまた、パーティーを組もう、と。
ヨルハやオーネスト、クラシアが受け入れてくれるのであれば、また一緒に攻略を。
それは嘘偽りのない俺の心境であった。
ただ、それとこれとは話は別。
「でも、今ついて行ったところで話が拗れるだけだよ。他のAランクの人間から、こいつ誰だよってね。通行証なんて仕組みのあるフィーゼルなら尚更。ギルドマスターが呼んだ人間が俺の知り合いだけなら良かったんだけど、そうじゃないっぽいしね」
オーネストやヨルハの他に、十人程度の冒険者と思しき者達が向かっていくのを目にしている。
だから、ついて行くべきじゃないと思った。
「……別に、ここにいる冒険者は貴族とは違うし、あのギルドマスターも、とやかく言うような人じゃないと思うんだけど……でも、どうしても警戒しちゃうんだよ。……あー、本当に嫌になる」
4年前だったら、何も考えずにオーネストの言葉に俺はきっと従っていた。
でも、出来る限り目を付けられないようにと過ごしていた宮廷魔法師時代に身に付いた処世術がその行動を拒んだ。
出来る限り波風を立てないで済む選択肢を選ぶべきだと、思ってしまうのだ。
本当に、宮廷魔法師になんてなるもんじゃない。前々からその認識はあったが、改めてそう思った。
「……嫌になる、ですか?」
「自分の考えの筈なのに、それがどうしても好きになれないんだ」
「……?」
「あぁ、いや、何でもない。変な愚痴を漏らしてごめん。それは兎も角、ちょっと聞きたい事があるんだけど、教えて貰えないかな」
首を傾げるミーシャの態度を前にして、漸く我に返る。初対面の人間に聞かせるような話じゃなかったと自責をし、俺は強引に話を逸らす事にした。
「私に答えられる事でしたらなんなりと!」
「それは助かる。じゃあ————」
————此処、フィーゼルに存在するダンジョンの数。それと、各々の最高踏破階層を教えて欲しい。目指す先は、早めに知っておきたいから。
* * * *
「……はぁん。アレク・ユグレットは不参加かい」
訳知り顔でそう口にするのはギルドマスター、レヴィエルである。
「だが、その行動は正しかったと思うぜ。直に手を合わせたオレは兎も角、まだ全員がアイツを認めてるわけじゃねェしな」
だからこういう場には今はまだ、あいつが出しゃばるべきじゃないと言葉を付け加える。
「助けに向かおうって時に、得体の知れねェ奴が一人紛れ込んでると間違いなく面倒になるからなぁ。そういう意味じゃあ、気の回るやつだよ、テメェと違ってな」
「……うるせえ」
ムスッとした顔を浮かべるオーネストに対し、向けられる言葉のトゲ。
ただ、それが正論と彼も理解しているのか、口答えをする様子は無かった。
「————〝五色〟の魔法使い」
そんな折。
ヨルハでもなく、オーネストでも、レヴィエルでもない第三者の声が唐突に割り込んだ。
「……ガルダナ王国王都のダンジョン最高踏破数68層を叩き出したパーティー。その魔法使いの一人、〝五色〟と呼ばれていた人間が丁度、アレク・ユグレットという名前だった筈」
「……物知りじゃねえか、クリスタ」
そう言って、オーネストは会話に割り込んできた女性————クリスタの名を呼ぶ。
つんと澄ましたその相貌は、まるで陶器を思わせる程に愛想とは無縁。
声にも抑揚は薄く、ただ淡々と彼女は言葉を並べていた。
「へえ。あいつ、そんな二つ名で呼ばれてたのかよ」
それに乗っかるレヴィエル。
「68層のフロアボスが多頭竜だったんだ。で、その多頭竜の攻略方法が五つ存在する頭部にそれぞれ適した属性の魔法を同時にぶつける事で漸くダメージが通るようになるっていう頭おかしいボスでね。アレクが〝五色〟って呼ばれだしたのは丁度、その攻略の後の話」
五つの属性の魔法を同時に展開し、同時に命中させ続けるという頭のおかしいとしか言いようのない行為をこなし、見事倒してみせた事から〝五色〟と呼ばれるようになったのだとヨルハが説明。
「ほぉ。でもどうしてクリスタがその事を?」
「……王都のダンジョンにも挑戦した事があった。でも、相性の問題で68層は踏破出来なかった。だから、踏破したパーティーの事を調べた」
だから、アレク・ユグレットの名を知っていると、クリスタが答える。
そんなこんなと話している間に、部屋には十人近い冒険者が集まり終えていた。
指を指してレヴィエルが一度人数を数え、「……まぁ、こんなもんか」と口にし終えるや否や、注目を得るべく、バンッ、と力強く机に積み重ねられていた書類の山を叩いた。
ひらりと何枚かの紙がその衝撃によって落ちるも、レヴィエルはそれを気に留めた様子もなく、言葉を続ける。
「もう大体、オレがお前らを集めた理由は分かってるとは思うが、改めて。場所は〝タンク殺し〟の64層。今からそこにいるクリスタのパーティーメンバー、その救出に向かうパーティーを構成する」
だが、ひらりと落ちた書類のうちの一枚は偶然にもヨルハの目に映っていた。
レヴィエルの性格をよく知る彼女だからこそ、積み上げられていた書類の山、その全てが、面倒臭がりのギルドマスターに後回しの烙印を押された可哀想な書類であると知っている。
だから、気に留めなかった。
優秀な治癒師の派遣を求めていたその書類に対して。
ダンジョン内にて重傷を負ったレグルス王太子の治療の為、治癒師として音に聞こえたフィーゼルの副ギルドマスターの派遣をガルダナが求めるその書類に対して、それがガルダナの王太子の名前とは知らないヨルハは何事も無かったかのように落ちた書類から視線を逸らし、レヴィエルの言葉に耳を傾けた。









