十一話 クリスタの帰還
「…………あン?」
〝ギルド地下闘技場〟からギルドへ戻るや否や、場の空気がおかしい事に気付いたオーネストが怪訝に眉を顰め、声を出す。
俺がフィーゼルのギルドに足を踏み入れたのは数十分前が初めて。
それ故に、今のこの静まり返った状況が「おかしい」という事実にすぐには気付けなかったのだが、どうにもこれはおかしいらしい。
「何かあったんでしょうか」
続いてミーシャ。
キョロキョロと忙しなく周囲を見渡せど、どうしてか彼女と同じ制服を着衣したギルドの職員は全員が何故か出払っているのか、何処にも見当たらない。
加えて、そこら辺で立ち尽くす冒険者達は冒険者達で何処か気まずそうな表情を浮かべていた。
「あの、これはどういう————」
「……あぁ、ミーシャちゃんか」
一刻も早くこれがどういう事態であるのか。
その把握をせんと、丁度近くにいた中年の冒険者に早速ミーシャは声を掛けていた。
やがて、彼女が事態を把握してない事を悟ってか、
「クリスタのヤツが帰ってきたのさ」
中年の冒険者は軽く頭を掻きながら言い辛そうに、そう答えていた。
「……クリスタって?」
「Sランクパーティーに所属してる冒険者の名前だ。三日くれえ前にダンジョンに潜りに向かってた筈のゴリラみてえな女だな」
聞き耳を立てていた俺はすかさず、オーネストに聞いてみる。
どうにも、クリスタと呼ばれた人物はSランクパーティーの人間であるらしい。
付け足された余計な情報を瞬時に切り捨てながら、俺は俺で思案を始める。
「クリスタさんが帰って来たんですか……! あれ? でも、じゃあどうしてこんなに静かなんですか?」
「帰って来たのは、クリスタ一人だけだからさ」
「……そ、れは」
帰って来たその一言に、ミーシャは言葉に詰まる。そして顔を青ざめさせ、下唇をがり、と強く噛み締めた。
ダンジョンにおいて、パーティーで潜っていた筈の連中が一人。もしくは二人で帰還して来た際、考えられる理由は二つ。
ダンジョン内で、パーティーメンバーが死亡してしまった場合。
若しくは、やむを得ない理由でその人間だけ逃げてきた場合。
後者の場合は基本的に、挑んだボスからパーティーメンバー全員が逃げきれないと悟った連中が一人、もしくは二人を地上に逃し、助けを呼んで来てもらう。といった手段を用いる際に実行に移される場合が多くを占める。
ただ、ここで問題になってくるのが、ダンジョン固有の制限。
パーティーメンバーの人数制限である。
「……あのクリスタが傷だらけで帰ってきたのさ。ついさっき、ギルドマスターのところに駆け込んで行ったみたいだが、どうなる事やら」
ギルドマスターであるレヴィエルは元とはいえSランクパーティーの冒険者。
戦力としては申し分ない人材である。
だからこそ、中年の男の言葉を信じるならば、考えられる可能性は間違いなく後者。
だが、パーティーメンバーの制限が課せられているダンジョン内に残された人間を助けに向かう事ははっきり言って現実的ではない。
「……あのゴリラ女が潜ってた階層ともなると、六十は超えてるか。だとすれば、助けに向かう。なんて行為はとてもじゃねえが現実的じゃねーな。ジジイも頷かねえだろ」
ダンジョンは一層一層、人が一週間ずっと歩き回ったとしてもその全てを把握する事は叶わないと言われるほど広い造りとなっている。
そして不定期にその経路は構造が変わる為、把握は不可能。
加えて、層を移動するたびに、毎度転移の魔法によってパーティー単位で次層に飛ばされる仕組になっている為、仮に一層で出会えたからと言って二層でも。という事態には間違いなくなり得ない。
それ故に、人数制限のあるダンジョンの攻略は大人数で出来ないこともないが、深層になればなるほどその可能性は低く、現実的ではなくなる。
それが冒険者誰しもに周知されている認識であった。
「オマケに、間違いなく助けに向かう為に必要な〝核石〟は一つしかねえ。ただでさえ向かえるパーティーは一つだけなのに、フィーゼルのSランクパーティーはどいつもこいつも今は出払ってる。完全に詰んでるじゃねえか」
ダンジョンは通常、下の階層に進む際はフロアボスと呼ばれる魔物を倒さなければ進めない仕組みになっている。
ただ、倒す以外にもう一つだけ、下の階層に進む手段が用意されており、それが先程オーネストが口にした〝核石〟を所持する事であった。
基本的に、フロアボスは相対したフロアボスより深部に位置するフロアボスの〝核石〟と呼ばれるドロップアイテムを所持している場合に限り、襲われる事なくすんなり下層に進む事が出来る仕組みになっている。
ただ、一つのパーティーにつき所持できる〝核石〟は一つだけ。
それ以上持っているとダンジョンから帰還した際に全て砕け割れるという事態になぜか陥ってしまうのだ。
その為、助けに向かうとしても、その階層に向かうことの出来る〝核石〟は一つだけ。
要するに、助けに向かう事の出来るパーティーはいちパーティーのみという事になる。
加えて、同じ階層にたどり着いても他の冒険者に出会う確率は極端に低い。
オーネストの言う通り、助けに向かう事はどう考えても現実的ではなかった。
「————だが、」
獰猛に、何故かオーネストが笑む。
瞳の奥には企みめいた感情が湛えられており、
「これは考えようによっちゃ、悪くねえ状況かもしんねえ。だからヨルハ、クラシアを呼んで来てくれ」
「…………」
その一言で、オーネストが何をやろうとしているのか悟ったのだろう。
名を呼ばれたヨルハは、明らかにソレと分かる呆れの感情を顔に貼り付けていた。
「ゴリラ女達の階層は間違いなく六十は超えてる。とするとだ、この混乱に乗じて助けに向かう事さえ出来れば、上手くいきゃあその階層の〝核石〟が手に入る。アイツらも〝タンク殺し〟を攻略してた筈だからこれで一気にショートカットっつーわけだ」
そう考えれば、これは悪くないとオーネストは言う。
だが、それはあまりにリスクの高い選択であった。それ故に、俺は同調していないし、ヨルハもオーネストの言葉に従おうとはしていない。
確かに効率で言えばこれ以上ないものだろうが、それでもその場合はそれだけ死亡率がグンと上がる。
それに、向かう階層はSランクパーティーの人間が死に掛けているであろう場所。
これを好機と言うにはあまりに危険性が高過ぎた。
そんな事を話していると、やがて、不意に奥の部屋のドアが勢い良く開かれる。
次いで聞こえて来る覚えのある声。
それは少し前まで耳にしていた声、レヴィエルのものであった。
「……あー。悪りぃ、今ギルドにいるAランク以上のやつ、ちょっとこっち来てくれるか。ちょいとオレに時間をくれ。話してェ事がある」









