百五話 ブックメーカー
「……だけど俺は、あの子が演技をしているようにはとてもじゃないが見えなかった」
父を止めてくれ。
そう告げたあの悲鳴のような言葉は。
慟哭のような懇願は、俺には演技に見えなかった。
正真正銘の本心だと思った。
でなければ、俺達もメアの言葉を馬鹿正直に信じ、手を貸そうと考える事はなかっただろう。
「そうだ。それが問題なんだよ。だから、これはおれの考え過ぎであると考えていた……が、あいつのさっきの反応からして、『無関係』である可能性は殆どゼロに変わった」
となると、可能性として〝ワイズマン〟が彼女自身に絡んでいる確率が極めて高い。
どうにか出来る人間は、その原因である〝賢者の石〟に精通した者だけだろう。
……成る程。
だから、ヴァネサが生命線なのか。
「……説得の線は」
「無理だな。そもそも、それが通じるなら今おれは血を流してすらねえよ」
メアが利用されていると知れば、ロンを抑え込めるのではないか。
メアの本心を伝えれば。
そんな考えが浮かんだが、「論外だ」とでも告げるように、外套の男に一蹴されてしまう。
「……あの様子だと、あの少女を引き合いに出すだけ無駄だな。寧ろ、余計な怒りを買うだけだろう」
メアをメアとして認識していない以上、メアの想いを伝える行為は火に油を注ぐ事と何ら変わらないとガネーシャが言う。
ならば、残された手段は一つだけ。
力尽くで止める。
これに収束してしまう。
だ、が。
「……倒せるのか。あれを」
「さぁな。だが、倒せないにせよ、最低でも足止めをしなくちゃいけないなあ?」
らしくない弱音が無意識のうちに俺の口を衝いた。
理由はどこまでも単純明快だ。
外套の男が与えた傷。
先の攻撃によって加わった傷。
万象一切を凍らせる威力で放たれたガネーシャの氷撃。
たとえ、相当な手練れが相手であっても、致命傷に近いダメージを負っていた筈だ。
なのに、視界に映り込むロンは、視界を覆い尽くす氷を影色の何かで侵蝕させながら、何事もなかったかのように立ち尽くし、歩き始める。
それだけならば良かった。
何もかもが、まるで「夢」であったかのように、無傷に変わっていなければここまでらしくない弱音を俺が吐く事はなかっただろう。
「……とは言ったものの、流石に『夢魔法』。禁術指定になるだけあって、聞きしに勝る悪辣さだな」
ガネーシャも既に口にしていたが、外套の男の言葉のお陰で、理解する。
これが、〝異端魔法〟の中でも特に「最悪」と名高い禁術指定魔法────『夢魔法』。
言ってしまえば、ロンは「其処に在る」と思い込む事で、妄想を現実に投影させている。
とはいえ、ここまでなら幻術と同じだ。
だが、『夢』は、根本的に違っている。
アレは、己の願望を現実に昇華させるもの。
幻術のように、「在るように見せている」のではなく、実際に其処に在るのだ。
だから、ひどくタチが悪い。
故に、思い込みさえすれば、身体の傷すらも「なかった事」に出来てしまう。
故に、どう足掻いても、正面から勝負を挑んで勝てるビジョンが浮かばなかった。
ただし、その対価として莫大な魔力を必要とする。
勝ち筋があるとすれば、相手の魔力の枯渇だけだろう。
ただ、その欠点を知っているからこそ、違和感があった。
ロンの魔力の残量に、微々たる変化すら生まれていないのだ。
考える。
その種は。仕掛けは。
一体、何なのだろうか。
思考を巡らせる事、数秒。
外套の男がロンを〝怠惰〟と呼んでいた事を思い出す。
幸か不幸か、俺は〝名持ち〟と呼ばれる人間と既に出会い、そして実際に戦った。
フィーゼルダンジョン〝ラビリンス〟で出会った〝憤怒〟と呼ばれる男は行使していたではないか。普通の魔法とは異なるあの────。
「…………、っ、〝呪術刻印〟、か」
答えに、たどり着く。
かつてみた〝呪術刻印〟は、単に攻撃の手段でしかなかった。
だから、無意識のうちにソレは攻撃の手段なのだと可能性の幅を狭めてしまっていた。
けれどもし、そうでないならば。
〝怠惰〟と呼ばれる〝呪術刻印〟が、魔力量の上限という名の枷を外すものである可能性は十分にあるのではないか。
詳細は分からない。
分からないが、物凄く嫌な予感がした。
そんな時だった。
────どくん。
不意に、心臓が大きく脈を打った。
続け様に、ざりざりと音を立てて思考にノイズが走る。
覚えのない痛みと違和感に俺は顔を顰め────俺ではない誰かの記憶が強引に俺の頭の中に割り込んで侵蝕を始めた。
鮮明に映り込んだ光景は、多くの人間の侮蔑の眼差し。堆く積み上げられた屍体。黒く濁った鮮血。篠突く雨が降る、夜の景色。
そこから始まる胸を締め付ける記憶の数々。
誰のものかも分からない心象であり、誓いという名の杭を己に打ち付けた誰かにとっての、原風景であった。
これは────一体なんだ。
一体、なんの。誰の、記憶だ?
疑問を抱いた直後、誰に言われるまでもなく本能的に理解する。
遅れて、流れ込んでくる記憶が教えてくれる。
これは、ただ家族との平穏を願った男が、珍しくもない惨劇に巻き込まれ、世界に斬り捨てられたかつての鈍色の景色なのだと。
実際に味わい、感じた記憶でないにもかかわらず、悪意と敵意が濃密に絡みついてくるような不快感を前に、俺は堪らず、胃に溜まったもの全てを吐き出してしまいそうになった。
どうしようもなく不快で、心地が悪くて、シャットアウトしたくて、どこまでも悲しい記憶だった。
「────ッ、ぅぐ」
「……どうした、アレク・ユグレット」
鮮明に喚起される異臭と惨状が否応なしに網膜に焼き付けられてしまった俺は、口元を抑え、胃の内容物の逆流を防ごうとする。
そんな俺の行動に、ガネーシャが気付いた。
目尻に涙が滲む。
どうしてこんな記憶が俺の頭の中に混ざり込んできたのか。
原因は不明だが、こんな状況で不安を煽る事はしたくなかった。
「なん、でもない。気にしなくていい」
……ロンの仕業だろうか。
一瞬、そんな思考が俺の頭の中を支配する。
だが、ガネーシャや外套の男までもが俺と同じ現象に見舞われた様子は一切なかった。
肝心のロンは────まるで能面を被っているかのような無感情の貌で此方を射抜いている。
感情が、全く読めない。
だから、気にしないようにしよう。
そう割り切ろうとするが、先の記憶が俺の中でべったりとへばりついて離れない。
どころか、スライドショーのように場面が移り変わる。
次から次へと、記憶が移り変わる。
時間にして数秒にすら満たない時間。
しかし、俺の中では数分以上もの濃密さで以て脳裏に映し出される。
そして、破鐘の悲鳴によって全てが黒く塗り潰されて────謎の回顧は終わりを告げた。
ロン・ウェイゼンという男の生き様をまざまざと見せつけるだけ見せつけて、終わりを告げた。
ただ、妙な違和感があった。
吐き気は治った。
だが、焼けるように両の目が痛かった。
「────……〝魔眼〟、だと」
無感情だったロンの貌が、呆ける。
まるで、信じられないものでも目にしたかのような表情で、馴染みのない単語が彼の口から溢れでた。
ロンのその発言の意図。
行動の理由は気になる。
だが、それよりも今は彼を止める事が最優先だ。幸いにして、先の回顧のお陰でロンの〝呪術刻印〟のカラクリは凡そ理解した。
同時に、〝夢魔法〟との戦い方もまた。
〝異端〟と呼ばれる魔法とはいえ、それは結局、突き詰めればどこまで行っても〝魔法〟でしかない。
ならば、使えない道理はない。
ここに残ったのが、俺で良かった。
実力的な問題ではなく、相性問題。
きっと、俺も残っていなければ、ロンを止める事は叶わなかっただろうから。
だから俺は、馴染みのある魔法を紡いだ。
遍く事象を凍らせる氷を扱うガネーシャ同様、『夢』にとって天敵とも言える魔法、を。
「────〝反転魔法〟────」
* * * *
「それで、どうするつもりだお主」
ところ変わって、メイヤードに位置するある場所にて、妙齢の和装女性────カルラ・アンナベルは、ヨハネスに言葉を投げかける。
「どうするもこうするもねえだろ」
そもそもの話。
ヨハネスは、ヴァネサ・アンネローゼと違い、〝賢者の石〟の一件を嗅ぎつけてメイヤードに滞在していた訳ではない。
そして本来、ロン・ウェイゼンを追っていた訳でもない。
ヨハネスがメイヤードにいる理由は、正真正銘、己の息子であるアレク・ユグレットの為。
感性が善人であるヨハネスは、〝賢者の石〟生成という狂行に見て見ぬふりが出来ず、加えてカルラが〝賢者の石〟に拘ったからこそ、調べていたのだが、当初の目的は全く異なっていた。
「連中に、アレクの〝魔眼〟がバレる前に対策を打つ。アリアと同じ末路を辿らせる訳にはいかねえ。封が剥がれ掛けてる以上、おれにはこうする以外にやってやれる事がない」
〝魔眼〟とは、限りなく固有魔法に近く、限りなく〝呪術刻印〟と酷似しているもの。
そして、過去にそれを持ち合わせ、扱えた人間はここ百年遡っても一人だけ。
アリア・ユグレット一人だけであった。
ユグレットとはそもそも、〝魔眼〟を持つ一族。
ただし、あくまでそれは、数百年単位で前の話。最早風化した話でしかなかったのだが、つい最近、それが覆された。
所謂、〝先祖返り〟と呼ばれる体質であったアリア・ユグレットの存在故に。
そして、アレク・ユグレットはその血を色濃く受け継いでいる。
本人に自覚はないが、適性に恵まれた魔法、その全てを驚異的な速さで習得していた理由がそこに全て詰め込まれていた。
ただ、それでもまだ『天才』という域に収まっていた理由は、アリア・ユグレットが「封」をしていたから。
己がそれ故に命を狙われる事になっていたと知っていたから、生前にアリアはアレクに封を施した。
しかしその封も、二十年近い時を経た事で殆ど解けかかっている。
アリアだけが特別だったという前提が崩れかけている。だから、再び封を施す為にヨハネスはメイヤードへとやって来ていた。
「……あの日おれは、アリアを止められなかった」
エルダス・ミヘイラが巻き込まれたあの時。
あれは決して、偶然起こった出来事ではない。ある意味、必然的に起こった出来事だった。
連中の目的は〝神降ろし〟であり、エルダスであり、そして、アリア・ユグレットの『魔眼』であった。
アリア・ユグレットの持つ善性を見抜いた人間からすれば、「無関係な」人間を彼女の目の前で巻き込むほど有用な手段もなかった事だろう。
彼女の性格を考えれば、間違いなく見て見ぬふりは出来ないから。
引き起こされた原因に己がいた場合、もうどうやっても止められない。
「今でも後悔してる。だが、あの時は……あれが、最善だった。そう、思ってる」
エルダス・ミヘイラを助けられた。
最悪の事態も避けられた。
その時の傷が原因でアリアは命を落とす事になったがそれでも、これが最善であったと納得していないと一目でわかる表情で、苦々しげにヨハネスは告げる。
「だから、アリアの分までおれが面倒を見てやらねえといけねえだろ」
アレクの傍を────ガルダナ王国をヨハネスが後にした理由は、決してアレクの世話になりたくなかったからではない。
〝魔眼〟の封が解けかかっている事に気が付いたから、ヨハネスは国を出た。
アリア・ユグレットの代わりに、封を施せる人間。もしくは、代わりとなる魔導具を探していた。
故に、ヨハネスはメイヤードにいたのだ。
そして今、この混沌化にある中で、多くの人間の悪意と思惑が入り混じる中で、封を施せる人間の確保に急いだ。
ロンは、ヨハネスがロンへの私怨。
もしくは〝賢者の石〟を阻止する為に動いたと捉えていたが、そうではない。
本当は、〝賢者の石〟の生成にあたって攫われていた人間の一人に用があった。
場所が不明だった為に、その場で何ヶ月も足踏みをさせられていたが、ヴァネサからの手紙を始めとした手掛かりの事もあり、漸く辿り着いた。
だが─────。
「だから、どうするもこうするもねえんだ。おれがやる事は何も変わんねーよ。たとえ手掛かりが死んでいたとしても、おれは次の手掛かりを探すしかねーんだ」
目の前には人間だった〝ナニカ〟が転がっている。
〝ナニカ〟と形容した理由は、その屍体がただの屍体ではなかったから。
心臓をくり抜かれ、体内にある筈の血液。
その大半を失っていた。
言うなれば、ミイラに近い。
「……ただ、こうなってくるとアレク達が心配だ。だから、」
そんな屍体が複数存在していた。
何かが起こっている。
だからと、足を動かし、行動を再開しようとするヨハネスであったが、
「〝魔女〟?」
カルラが足を止めていた。
視線は、足下へ。
黒ずんだ血で描かれた斑模様のナニカを注視していた。
「ヨハネス」
「……悪いが、無駄話は後にしてくれねーか。見ての通り、時間が」
「お主は一度、〝闇ギルド〟の頭領を見ていた筈よな。特徴をもう一度教えろ。それと、名前もだ」
「……。理由を聞かせろ」
カルラが意味もなく、そんな事を言う人間でない事をヨハネスはよく知っている。
寧ろ、彼女は無駄をとことん嫌う人間だ。
だから、ヨハネスもまた、足を止めた。
「妾の、古い友人が関わっている可能性がある。……否、関わっておる。断言してもよい。間違いなく、この一件に関わっておる」
魔法陣とも、錬成陣とも程遠い斑模様で何が分かるのだろうか。
一瞬、頭に浮かんだその感想を飲み込みながら、ヨハネスは眉間に皺を寄せた。
「……二百年近く前にいた友人の一人が、こういったものをよく使っていた。所謂、〝古代魔法〟。その、更に原種よな」
普通の魔法と、〝古代魔法〟の違いとは、とどのつまり、「魔法陣」を使うか否か。
この一点に帰結する事だろう。
最近は、魔法陣を用意するという最適解が生まれてしまっているが、一昔前までその最適解は存在していなかった。
存在していた最適解は、魔法陣の代わりに文字を用いる発動方法。
グラン・アイゼンツの使用方法こそがその典型的な例と言えるだろう。
「ただ、これはあやつではない。あやつにしては粗末に過ぎる上、あやつは既に生きていない」
カルラの古い友人とはつまり、『大陸十強』。
その人間が用いていた魔法を使っているということはつまり、同類である可能性が高いと言いたいのだろう。
カルラは、〝闇ギルド〟の頭領が『大陸十強』である可能性が高いと言っているのだ。
「……餓鬼だった。眼帯をした、餓鬼だ。名前は、テオドールって呼ばれてた。魔法は、わりぃ。殆ど見てねー。というより、使う魔法その全てが、ありふれたものしか使ってなかった」
相手に情報を与えたくなかったのか。
はたまた、それしか使えなかったのか。
分からないが、少なくとも特徴的な魔法を行使する姿をヨハネスは目にしていない。
「手札を見せたくない、と以前までは捉えておったが、恐らく違う。単純に、使えなかったのであろう。妾と同じ、〝呪われ人〟であるから。その上で、あやつの魔法を見ていて、模倣出来るような人間となる、と限られるよな」
「……あやつ?」
「お主も噂くらいは聞いた事があろう? 罪人達の監獄である〝獄〟を作り上げた張本人よ」
「……本当に存在したのか」
「存在しておる。もっとも、〝獄〟という名の檻を作り上げた人間は妾をして、『天才』呼ばわりする程の人物であった。アレが都市伝説の類になる理由もよく分かる。なにせ、アレの存在は徹底的に秘匿されていた故な。存在を意図的にバラさない限り、露見のしようがないわ」
檻であるならば、投獄する人物が必要だ。
恐らく、信頼出来る一部だけが知っているのだろう。
「ただし、例外が一つだけ。あやつの魔法を知っている人間ならば、こじ開ける事は不可能ではない。ただし、あくまで不可能ではないというレベルであるが。そして、それをしでかす可能性と、出来るだけの技量を持ち合わせた人間を、妾は一人だけ知っておる」
相手は、『大陸十強』。
カルラがここまで言うのだ。
勘違いの線は薄いだろう。
〝闇ギルド〟の名持ちを相手にする事とは訳が違う。
同時、ヨハネスとアリアという腕利きが二人いて尚、完全には止められなかった理由が判明する。最後まで得体の知れなかったあの少年の皮を被った存在が、『大陸十強』ならば全てに合点がいく。
自らの意思で表舞台から姿を消したとはいえ、国がはじまって以来の「化物」と。
天稟や天才。天賦の才という言葉すら生温いとまで言われ、多くの天才に認められた正真正銘の〝怪物〟───アリア・ユグレットがいて尚、エルダスを助け出す事が精一杯であったかつての記憶。
仮に、腕利きが二人、三人いたところで焼け石に水だ。それが無謀である事はヨハネスが一番、身をもって知っている。
……やはり、アレク達が危険だ。
懸念がヨハネスの頭の中を支配する。
そんな中、カルラがテオドールと呼ばれていた男の正体を告げようとして、
「名を────」
「……オィオィ、本当にいるじゃねえか。あの無精者で引き篭もりな学院長が出歩いてやがるよ」
聞き覚えのない声が鼓膜を揺らした。
否、メイヤードに本来いる筈のない声だったが故に、聞き覚えがないと反射的にカルラの頭は認識した。
ヨハネスが知らずとも、カルラはその声の主を知っていた。
何故なら彼らは、魔法学院の卒業生であったから。しかも、オーネスト達のような問題児であったから。
事実、こうして驚いていなければ彼の失礼極まりない物言いに対して、拳骨の一つをくれてやっていた事だろう。
「……レガス・ノルン、か?」
記憶が確かならば、かつて教師を務めたローザ・アルハティアが赴任したレッドローグに彼らは拠点を構えていた筈だ。
ローザが魔法学院を後にする際、そういった話をしていたからカルラはそれを思い出す。
しかしだからこそ、解せないとばかりに眉根が寄った。彼らは何故、ここにいるのか。
「俺の名前を一発で当てるあたり、偽者って訳でもなさそうだなァ? オイ、ライナ。見つけたぞ」
レガスの肩の上で浮遊する人形にも、カルラは覚えがあった。
これは、彼の相棒であったライナ・アスヴェルドの人形。
常に二人で行動する人間だったが故に、分かりやすかった。
やがて、人形と入れ替わるように新たに現れる人影。
「……こいつらは、お前の知り合いなのか」
「魔法学院の卒業生だ。お主の息子といい勝負するくらいには手を焼かせられた」
「あ、アレクも偶に周りが見えずに無茶する奴だからな……」
それで────。と、カルラが言葉を続け
「こんなところまで、何の用だ。偶然、とは言わんよな?」
「勿論。僕達は、ローザちゃんに頼まれてメイヤードにまでわざわざやって来たんだよ、学院長」
「頼まれた?」
「これを、渡して欲しいんだと」
人形と入れ替わったライナが、そう言って書類の束をカルラに渡す。
「……こんなものをどこで手に入れおった?」
「敵の敵は味方って言うだろォ?」
要するに、〝闇ギルド〟に恨みを持つ人間から得たものだと告げられ、カルラは一応の納得をする。
だが、即座に目を通した書類の中には到底見過ごせない内容がずらりと並んでいた。
特に、
「この情報は、確かなのであろうな?」
「少なくとも、ローザちゃんは間違いねえって確信してたぜ。勿論、裏を取った訳じゃねえ。だから、信じるか信じないかはあんた次第だ。学院長」
「分かった。ならば信じよう。確かに、ローザが確信していなければ自分の教え子をわざわざこんな場所に寄越す筈もないわ。……状況が変わったぞ、ヨハネス。ここからは、二手に分かれる」
「ああ? ……おい、なんで二手に分かれんだよ。つか、なんて書いてたんだよ〝魔女〟」
一人、状況を飲み込めていないヨハネスが、押しつけられるように書類を押しつけられる。
「メイヤードに、〝ロン〟以外の名持ちがおるそうだ。しかも、よりにもよって〝嫉妬〟よ」
幻術を扱う────と、噂をされている名持ち。普通に考えれば、一番脅威でない人間だ。
何故ならば、固有に近い〝異端魔法〟などでない幻術には、歴とした対策が既に存在しているから。
だが現実、一番得体が知れず、脅威と思われている名持ちの人間は、〝嫉妬〟であった。
何故ならば、彼には全ての魔法が使えるという情報を除いて何も情報が無かったから。
幻術使いという部分も、単にその情報から予想された憶測でしかない。
つまり、彼に関しては何も分かっていないのだ。何も分からない敵ほど、恐ろしいものもないだろう。
「そして〝嫉妬〟と呼ばれている人間の名前は、」
ただ、腕利きが三人掛かりで相手をすれば、どうにかなるレベルではあるだろう。
勝てないにせよ、どうにか勝負らしい勝負になっていた筈だ。
ただしそれは、その相手が正しく敵であると認識出来ている場合に限る、が。
「チェスター・アナスタシアだ」









