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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
四章

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百話 裏街騒動

 だが、メアの言う父とは一体誰なのか。

 そもそも、メアは何者なのか。


 明瞭になっていない部分があまりに多過ぎて、悲痛な叫びのように思える懇願に二つ返事で頷く事は憚られた。

 そうこう悩んでいる間に、かなり小さくはあったが、地面を蹴るような音が鼓膜を揺らす。


 場所はかなり遠いが、それは紛れもなく人の足音であった。


「……逃げて来た、って言ったよな」


 逃げて来た、という事は彼女は誰かから追われる立場であったのだろう。

 とすれば、この足音の正体は。


「捕まえて聞き出せばいい気もするが、ちょいと不確定要素が多過ぎるわなあ?」


 俺の聞き間違いではなかったらしい。

 オーネストの反応から、確信する。


 現時点において一番の不確定要素は、メア。

 次に、この得体の知れない空間。


 オーネストの言うように、今はまだ不確定要素が多すぎる。

 不用意に戦闘にまで発展させる事は褒められた事ではないだろう。

 それを分からないオーネストではないからこそ、彼の頭の中にも戦闘という選択肢は真っ先に消えていた。


「……だな。話はまずここを離れてからにしよう。だから、先に一つ質問に答えてくれ」


 メアと向き直り、俺は言葉を投げ掛ける。


「一体君はどうして、追われていた?」


 誰に追いかけられていたのか。

 この際それは後回しで良い。

 問題は、彼女がどうして追われているのか、だ。


「…………」


 俺の質問に、メアは露骨に目を逸らす。

 言いたくないのだろう。


 けれど、今ここで答えなければ最低限の協力すら得られないと割り切ったのか。

 真一文字に引き結ばれていた薄紅色の唇が開かれ、言葉が紡がれる。


「……わたしが、お父さんにとっての枷だから。それ、と」

「それと?」

「きっとわたしが、『ホムンクルス』だから」


 メアの口から告げられた『ホムンクルス』という言葉に、俺達は覚えがなかった。

 だが、彼女の手の甲にある〝賢者の石〟擬きと、これまでの情報を統合すれば、それが何を意味する言葉であるのか、予想する事は可能だった。

 しかし、近付いてくる足音が逼迫した状況を作り出し、冷静さを削り取る。

 故に、メアが言い直すまでその事に気付けなかった。



「わたしは、既に一度死んだ人間なんです」



 メアが告げると同時、地響き伴う轟音が周囲一体に突如として容赦なく響き渡り、


「な、に、あれ」

「……おいおいおい。流石に数が多すぎやしないか……!!」


 驚愕に染まったヨルハとガネーシャの声は、最後まで耳に届く事なく掻き消される事となった。

 そんな彼女らの視線の先には、黒々と染まった黒い何かが無数に映り込み、蠢いていた。

 少なくともそれは、人のような形をしてはいたが、間違いなく人ではなく、もっと底知れない────空恐ろしいナニカだった。



 * * * *


「────カジノを留守にしてるから何処に行ったかと思えば。随分としみったれた場所にいたもんだ。ねえ? チェスター」


 時は、アレク達がダンジョンに足を踏み入れる少し前にまで遡る。

 ヴァネサ・アンネローゼからの手紙にあったカジノのマークの意図を探るべく、カジノに向かったロキであったが、すれ違いか。

 生憎の留守であった。


 身を隠さなければいけない。

 そんな事を言っていた割に、外に出かけるなんて余裕だなと思いつつも、久々の故郷に懐かしみながら向かった先に燃え尽きた灰のような、白髪の男────チェスターはいた。


 カジノで出会った時とは髪色も顔も違うのは今、彼が〝人面皮具〟と呼ばれる〝古代遺物(アーティファクト)〟のレプリカによって作られた容姿でなく、本来の彼の姿であるから。



 そして、ロキが言うように、そこはあまりにしみったれた場所で、所々漂う腐敗臭に鼻は曲がる。常人であればここに寄ろうという考えを抱く事はないだろう。



 メイヤードに位置するスラム地区。

 通称、裏街。



 そこは、ロキとチェスターが幼少期を過ごした場所であり、彼らが初めて出会った場所。

 無意識のうちに足を運んだその場所に、偶然にもチェスターはいた。


「身を隠す場所としても、ここは悪くねえんだ。なにせ、ここなら普通の奴らは近寄りすらしねえし、真面な地図もねえ。抜け道という抜け道を網羅してる俺チャンからすれば、カジノの中よりもずっとこっちの方が身を隠すのに適してる」


 ひしゃげた建物が重なった瓦礫の山。

 そこに腰掛けていたチェスターが、ロキの姿を視認するや否や立ち上がる。


「昔と違って、それなりの金を得た。地位も得た。人望も得た。でも、どうにも俺チャンはこのしみったれたドブ臭え場所の方が落ち着くらしい。これが、拭えぬ性分ってヤツなのかね? なあ、お前はどう思うよ、ロキ」

「そんなもん知るかよ。自分の胸に手を当てて聞いてみろっての。それよりもだ。僕はお前に聞かなきゃいけないことがある。答えろよ、なあ、チェスター。キミは、何に手を出した(、、、、、)? 何を知ってる(、、、、)? 何を、隠してる(、、、、)?」


 お互いに短くない付き合い。

 アレク達の前では殆ど触れなかったが、彼らは腐れ縁のような幼馴染だ。

 あえて言葉にせずとも、お互いの思考はある程度分かってしまう。

 そんな仲にある。


 だから、彼らの会話に遠慮という二文字は入り込む余地はなかった。

 ロキはチェスターからの他愛ない質問を当たり前のように切り捨て、己の用事を済ます。

 

 適当な扱い極まりないが、ロキがメイヤードにいた頃はよくある光景だった。


「それじゃあまるで、俺チャンが悪事に手を染めてるかのような言い草だなぁ?」


 やれやれと息を吐き、動揺した様子もなくチェスターは勘弁してくれよと言わんばかりに受け答えをする。

 そこに勿論、違和感などあるはずが無い。


 ただ、チェスターを「優しくない」と言い表せる程度に、彼の為人をよく知ってるロキだからこそ、受け答え一つで信じる程、馬鹿では無い。


 チェスターの信条に、「嘘」は吐かない。

 というものがある。


 しかし、これは文字通り本当に嘘をついていない訳では無い。

 あくまで、チェスターの立場で嘘をついていないというだけだ。


 たとえば、チェスターが嘘の情報を嘘だと知らず、誰かに教えたとする。

 その時、チェスターは嘘の情報を教えてしまったという結果が付随してしまうものの、チェスターからすれば、知っている情報をありのまま伝えただけ。

 意図的に嘘をついている訳ではない。


 その場合、チェスターからすれば落ち度こそあるものの、嘘を吐いたという事にはならない。


 チェスター自身の思想も然り。

 故に、付き合いが長ければ長いほど、チェスターの信条に嘘がないと言い切れる反面、全幅の信頼を寄せる訳にはいかないという警戒心までもが育まれる。


「……ついさっき、僕はヴァネサ・アンネローゼが残した手紙を確認してきたんだよ」

「あー、ロキの連れが探してた奴か。良かったじゃねーか。これで、ヴァネサ・アンネローゼが見つかるといいな」

「ああ、うん。そうだね。ただ、引っ掛かる部分が幾つかあったんだよ」

「……成る程。それで俺チャンを探してたって訳だ。つまり、俺チャンは容疑者って訳か。いいぜ、幼馴染に不信感を抱かれるのは俺チャンとしても悲しいもんがある。聞きたい事があんなら遠慮なく聞けよ? 本来なら対価を要求するところだが、カジノでロキの連れから多めに代金を貰ってたからよ。あれの続きとして特別に答えてやんよ。勿論、ロキは知ってるだろうが、俺チャンは『死んでも』嘘は吐かねえぜ」

「じゃあ、遠慮なく。キミがここに居るのは、単なる偶然か? それとも、僕がここに来ると分かっていたからか?」


 意外にも、ロキの問いはヴァネサに関するものではなかった。

 まるで無関係な質問にも思える。


 しかし、ロキとチェスターにとってはそうでなかったのか。

 チェスターはここで初めて苦笑いを浮かべ、前髪を掻き上げ、掻き混ぜる。


「……付き合いが長えってのも考えもんだよな。初対面の人間ならスルーするであろうその部分をまず先に聞くんだからよ。ああ、そうだ。俺チャンがここに居るのは偶然……じゃねえ。ロキが俺チャンを訪ねてくると知っていたから、あえて場所を変えさせて貰った」


 カジノでは話せない事情があったのか。

 はたまた、それ以外の別の事情があったのか。


 だが、ロキからすれば、その部分はどうでも良かったのか。それとも、どんな問い方をしてもチェスターは答えないと察していたからか。

 掘り下げようとする様子もなく、反応らしい反応は僅かながら目を細めただけであった。


「なら、次だ。どうして。どうして、チェスターは今も〝人面皮具〟をつけてるんだ?」

「──────」



 そこで初めて、チェスターは動揺らしい動揺を見せた。

 苦笑いをしていた時も、まだ彼には余裕があった。恐らく、ロキからのその問い掛けも予想の範疇を超えていなかったのだろう。


 しかし、今回は違った。


 ロキと会う為に、彼に対する信頼を示す為、あえて素顔を晒した────筈の状態で、何故かロキは未だに〝人面皮具〟をつけていると見抜いた。

 その事実に、チェスターは驚愕の感情を隠しきれなかった。


「……俺チャンとした事が、どこで下手を打っちまったかね」

「僕の手癖の悪さは、チェスターが一番知ってるだろ? だから僕はいろんな国の、いろんな技術を盗んで自分の物にしてきた」


 決して褒められた行為ではない。

 事実、所属するパーティー〝緋色の花(リクロマ)〟のリーダーであるリウェルからは、今後一切、そういう事は禁止とまで告げられている。


 ただ、それ以前までにロキは様々な国で多くの技術を目にし、自身の能力向上に努めてきた。


 これは、本当に単なる偶然であった。


「その過程で、僕は〝人面皮具〟のオリジナルを目にした事がある」

「……成る程。流石にそれは予想外だった」

「強奪は出来なかったけど、その代わり、〝人面皮具〟の情報を頭に入れてきた」


 右の人差し指で己の頭を指差しながら、ロキは言う。


「だから、ある程度の癖は見抜けると自負してる。キミが、まだ〝人面皮具〟をつけている事も」


 恐らくは、ロキに対する信頼を伝える為にあえて素顔に変えてきたのだろうが、〝人面皮具〟の知識を有していたが故に、それは悪手となった。


「その様子を見る限り、どうにも僕の思い違いってわけでもないらしい。じゃあ、最後の質問だ。キミが身を隠してる事はもう聞いた。情報屋なんだ。誰かに恨まれる事もあるだろうねえ」


 ……だから俺チャンは情報屋じゃねえっつってんだろうが。


 そんなチェスターの抗議を聞き流しながら、ロキは彼らしくない真剣な面持ちで最後の質問を告げる。


「……ただ、気になってるのはそこなんだ。チェスターは、誰から身を隠す為に〝人面皮具〟を使っている? 今回の、一連の騒動を起こした連中から逃れる為か? それとも、その騒動の解決に動いている者から隠れる為に? ……そもそも、レプリカとはいえ〝人面皮具〟をどうやって手に入れた……?」

「……最後と言いながら、質問が随分と多いじゃねーか。まあ別にいいんだがよ」


 〝人面皮具〟の一件で見せた動揺も、既に表情から跡形もなく消したチェスターは、小さく笑いながらも答えてゆく。


「最初の質問についてだが……これは、そうだな。そうとも言えるし、そうじゃねーとも言える」

「どういう事だ」

「一連の騒動を起こした連中の一部に対しては、姿を隠す理由がある。んで、解決に動いてる連中に対しても、俺チャンは隠れる理由がある。ただ、まあ、隠れる必要のねえ奴も中にはいるがな。つーか、ちゃんと事前に身を隠してるって言っておいたろ。……それと、〝人面皮具〟についても既に言ったが、大金を積んで手に入れたもんさ。正規のルートじゃ、売ってすら貰えなかったんで、相当な金がぶっ飛んでいきやがったがな」


 オリジナルを直に目にし、その有用さ故にレプリカでも構わないからとロキも〝人面皮具〟を欲した過去があった。

 しかし、手に入れる事は終ぞ叶わなかった。

 金額が高過ぎて手が出せない以前の問題で、そもそも売ってすらいなかった。

 どころか、レプリカであっても一国が厳重に管理している程のものであった。


 だから、金を積んで手に入れたと言うチェスターの言葉がロキからすれば信じられなかったのだ。

 あれは、それこそ殺して奪うくらいの事をしなければ手に入らない代物だと思っていたから。


「なあ、ロキ」


 全ての質問に答えたチェスターが、ロキの名を呼ぶ。何処か哀愁漂うその声音に、ロキは嫌な予感を覚えた。


「俺チャンとお前、気付けば随分と長え付き合いになっちまったよな」


 ボロ雑巾のように子供は捨てられ、無法者が溢れ、犯罪が日常に溶け込んだこの裏街において、人の命はあまりに軽かった。

 その日出会った人間が、次の日には死体になっていた、なんて事もさほど珍しくない。


 そんな地獄で、ロキとチェスターは育ち、そして生き残った。

 歩んだ道は違うものの、彼ら自身もここまで長い付き合いになるとは出会った時は思いもよらなかった事だろう。


「まっずい飯を食って、腐った水を啜って、喧嘩して、ボコられて、殺されかけて」


 懐かしむように、チェスターは言う。

 何も知らない人間が聞けば、誇張していると指摘をしただろうが、ロキはそんな指摘をしなかった。

 何故ならば、それが嘘偽りのない事実であると身を以て知ってしまっているから。


「なんというか。よく生きてたよな、俺チャン達」


 何らかの要素が一つでも加わっていれば、間違いなく命を落としていた。

 彼らは運良く、薄氷の上を進む事が出来たに他ならない。


「ロキはよ、十年前に俺チャンが言った言葉を、まだ覚えてっか?」


 十年前、ロキはこのメイヤードを後にした。

 その際に、ロキとチェスターはある約束を交わしていた。


「……この国を変えたい、だったかな」

「応よ。俺チャンは、この腐り切った国を変えたかった。裏街っつー地獄で過ごしてきた人間だからこそ、余計に、な」


 裏街で育った人間同士だが、ロキとチェスターの思考回路、性格はまるで違う。

 それは、冒険者の両親が帰らぬ人となり、裏街に身を寄せる事となったロキと、悪辣な人間の奸計によって家族を失い、裏街にて生きる事を余儀なくされたチェスターの経緯の違いが浮き彫りとなったが故のものであった。


 だからこそ、ロキは生きる為に必要ならば何の躊躇いなく嘘を吐くし、それを自分の武器として扱おうとする。

 やがで彼は、今は亡き両親の影を追って冒険者となる為に国を出た。


 だが、チェスターは違った。

 何より、己をどん底に叩き落とした張本人のような汚い人間にはなりたくなかったから、嘘を吐かないという信条を掲げ、己のような人間がこれ以上生まれないように、国を変えたいと願ったのだ。


 けれど、何をするにも、何を変えるにも。誰かを動かすにせよ、全て、金。金。金。金。

 金がなければ何も出来ない。


 人は信用しない。

 信じられるのは、金だけ。

 金だけは裏切らない。


 故に、チェスターは拝金主義者となった。


「ただ、これが難しくてよ。内部から変えてみようと頑張っても、どうにもならねーの。俺チャンがどれだけ頑張って、足掻いても、クズは変わらず、そこにのうのうと生きてやがんだ。んで、膿のように増えやがる。全く、クソふざけた話だよなあ?」


 自虐めいた表情で、チェスターは笑う。

 それは、己の力のなさを憂いたが故の自嘲だったのやもしれない。


「……で、そんな時だった。俺チャンは、あいつに出会った」

「あいつ?」

「ああ、得体の知れねー悪魔みてえな野郎だ。ただ、あいつの語る理想は悪くなかった。悪くなかったんだよ」


 同じ言葉が繰り返される。

 いやに感情が込められていた。


「だから、俺チャンはあいつに協力してやる事にした。それに、押し付けられたようなものとはいえ、恩もあったしな。極論、俺チャンは俺チャンの理想が遂げられるなら、別になんでも良かった。差し伸べられた手が、誰のものかなんてものもよ」


 物思いに耽るように、チェスターは空を見上げる。


「実はよ、俺チャンもロキに用があったんだわ」

「……僕に?」

「ああ。ちょいと、頼み事がしたくてよ」


 力を貸してくれという事であれば、今はヴァネサ・アンネローゼの捜索にかかりきりだからと断ろうとするロキであったが、


「今日中に、メイヤードから出ていっちゃくんねーか、親友(、、)


 呼称が言い換えられる。

 そこにどういう意図があるのか。

 今のロキには分からなかった。

 どころか、疑問符が思考を埋め尽くす。


 チェスターも、ロキがヴァネサを捜す事に協力しているのは知っている筈。

 なのに、どうして。


「お前の連れは、正直どっちでもいい。だが、お前は。ロキとだけは殺し合い(、、、、)をしたかねえのよ」


 まるで、メイヤードに滞在を続けていればチェスターと殺し合いをする事になるような言い草であった。

 故に、ロキは眉を顰める。


「……イヤだね。僕としては誰かの思惑通りに動く事は嫌うところだし、何より、そうじゃなくてもそのお願いにだけは頷けない。僕にも、あの子達には借りがあるんだよねえ。だから、キミがヴァネサ・アンネローゼを連れて来ない限り、そのお願いは聞けないかな」

「そのせいで、俺チャンと殺し合いになるとしても、か?」

「僕は自他共に認める嘘吐きの〝クソ野郎〟だ。ここで生きていた時に、そうやって生きるって僕自身が決めた。ただ、そんな〝クソ野郎〟にも守るべき一線はあるのさ。よく言うだろ? 恩を掛けられれば犬でも報うってさ。〝クソ野郎〟であっても、恩を仇で返す事はしねえのよ。つぅか、僕と殺し合いをする事になるって、キミ、今どういう立場に────」


 あるんだよ。


 本来ならばそう告げていたであろうロキの言葉は、最中に〝人面皮具〟を外したチェスターの行為によって中断させられた。


 己の知っている顔でなくなっていたからではない。ロキの知るチェスターそのものだった。

 チェスターの顔の右半分に、ある意味見慣れたタトゥーが入っていた事を除きさえすれば。


「……悪い冗談はやめなよ、チェスター」


 そのタトゥーの意味を、ロキはよく知っていた。冒険者ならば、誰もが知っている。

 何故ならば、そのタトゥーは。


「俺チャンがそういう冗談を言わねえ人間ってのはお前が一番知ってるだろ、ロキ」

「……脅されてるのかい」

「んや。これは俺チャンの意思だ。誰を人質に取られた訳でも、強制された訳でもなく、俺チャン自身が選んだことだ」

「……なら余計に、出て行けなくなったねえ」


 表情を歪めてロキは言う。


「ああ。やっぱりこうなっちまうか」

「ようやく、色々と合点がいった。裏街で僕を待ってた理由は、騒ぎを起こしても問題がないからか。ひと1人殺しても(、、、、)、誰にも気付かれないからか」


 目の前の事実を否定したい気持ちで溢れている。だが、認めてしまえば全ての行為の辻褄が合う。合ってしまう。


「見ない間に、僕よりずっと〝クソ野郎〟になってんじゃねえの……!!」

「だから言ってるじゃねーか。メイヤードから出て行ってくれって」

「そのお願いを聞いて欲しいなら、もう少し情報をべらべら喋って貰わないと無理だねえッ!?」


 魔法陣を、展開。


 白銀の魔法陣が、左右上下、虚空にまで一斉に描かれる。

 才能の暴力とも言えるアレクのような圧倒さは真似出来ないが、それでも補助魔法師としては突出した才をロキもまた持っていた。


「そういう事情なら話は別だ。大怪我しても悪く思わないでくれよ!? キミには、洗いざらい吐いて貰う!!」


 殺す気こそないものの、身柄はここで拘束する。そのつもりで展開した魔法陣。

 しかし、絶体絶命の立場にあるはずのチェスターは、焦る様子もなく言葉を続ける。


「流石は、ロキだ。魔法の運用に無駄がねえ。だがよ、俺チャンが、そんなお前の前に何の策もなく立つと思うか?」


 ピシリと亀裂が走る音が聞こえる。

 その、重奏。


 どこか一箇所からではなく、複数から。

 周囲を見渡すと、展開された筈の魔法陣に亀裂が生まれており、程なく形を留めていられなくなった魔法陣が霧散してゆく。


「それと、最早この会話に意味はねえと思うが、誓って俺チャンは嘘は吐いてねえ。カジノでお前達に答えたアレは、ミスリードこそ狙ってはいたが、嘘偽りのない真実だぜ」


 目の前で起きた現実を信じられなかったロキだったが、悠然とした足取りで近付いてくるチェスターに対し、魔法を捨て、剣を生成する。


 近接戦は専門外ではあるが、護身程度の心得はロキにもあった。


 ────〝魔力剣(ソード)〟。


 そのまま肉薄し、せめて足を使えなくしようと斬りかかったロキであったが、まるで蜃気楼のように今度はチェスターの姿が掻き消えた。


「……どうなってるのかなあ、コレ」


 幻術のような現象。

 しかし、これまで培った冒険者としての勘が、ロキにこれは幻術ではないと訴えている。

 何より、


「それに、キミは魔法が碌に使えない人間だったと思うんだけど」


 ロキとチェスターが、それぞれの道を進んだ理由の一つがそれだった。


 ロキには類い稀なる魔法師としての才があった。しかし、チェスターにはそれがなかった。


「ああ。俺チャンに魔法の才はない。それは、今も変わらずだ」


 言い切った。


 ならば恐らく、本当にこれはチェスター本来の魔法ではない。

 では、これはなんだ。

 幻術のようなこれは。

 魔法陣を刹那の間に打ち砕いたアレは。


 思考が────巡る。

 そして、考えて、考えて、更に考えて。


 やがて、ロキは答えに辿り着いた。


 簡単な話だった。

 魔法が使えない人間が、魔法のようなものを使っている。

 ならばそれは、自前ではない何かだろう。


 そんなものに心当たりは一つだけあった。



 それは、骨董品のような廃れた技術。

 使っている人間は、それこそ〝名持ち〟と呼ばれる〝闇ギルド〟の人間を除けば世界に両手で事足りる程だろう。


 その正体の名前を────〝呪術刻印〟。


「────っ」


 気付くや否や、ロキはその場から飛び退いていた。得体の知れないものに相対した時、起こり得る出来事に対応出来るよう、間合いを保たなければならない。

 体に染み付いたそんな当たり前を、無意識のうちにロキは行動へと移していた。


「……随分と、凶悪な能力っぽいねえ。だけ、ど……ッ」


 だが、肝心の能力がロキには分からない。

 魔法陣を無力化し、幻術のような真似事を可能にする能力。

 ……少なくとも、あと幾つかの手札を隠していると踏むべきだろう。


 足下に〝転移魔法〟の仕掛けを施しながら、ロキは苦笑いを浮かべる。


 しかし、手札が不明瞭であるのはチェスターも同様のはず。

 条件は、ほぼ同等。

 地の利に関しては、ロキがチェスターよりも戦闘慣れをしているという点で帳消しだろう。

 ならば、勝てない相手ではない。


 そう────思っていた(、、、、、)


「悪いが、俺チャンにも時間がねえんだ。だから、ロキが譲らねえってんなら、容赦はなしだ」


 チェスターが、手を掲げる。

 そして、その行動に連動するように足下に黒い澱みが一瞬にして広がった。

 悍ましいその闇から、何かが這い出てくる。

 まるで一貫性のない魔法の連続。


 ただ、この場にアレクの父であるヨハネスがいたならば、目を見開いて驚き、眼前の現象に向かって声を上げた事だろう。


 何故ならば。



「────〝影法師(ドッペルゲンガー)〟────」



 告げられた魔法は、〝怠惰〟の名を冠する男、ロンが使用していた限りなく〝固有魔法(オリジナル)〟に近い魔法であったから。

 そして、圧倒的な物量の闇がロキに襲い掛かる。

 多少の小細工など、知らん死ねよと言わんばかりの力技を前に、一瞬にしてロキは劣勢に立たされる。


「…………わりぃな、ロキ。俺チャンにも、譲れねえ事情があんだ」

「ッ、ふざ、けんな。ふざけんなよ、チェスタぁぁぁぁぁあ!!!!」


 だが、それで終わるロキではなかった。最中に聞こえた謝罪のような呟きに苛立ちのような感情をぶつけながら、己を鼓舞するかのように大声をあげ、押し返しに掛かる。


 そして再び、魔法陣を展開。


 先の幻術のような手段があるならば、あえて魔法陣を壊す必要はなかった。

 しかしその上で壊したという事は、壊さなければいけない理由がチェスターにあったから。

 

 この逼迫した状況下にありながら、どこまでも冷静だったロキは、その考えのもと、魔法を再度繰り出す。

 勝ちを確信していたチェスターだったが、その往生際の悪さに。

 頭の回転の速さに、笑みを浮かべた。


 まるでそれは、流石だと称えるように。


 そして程なく、耳を劈く衝突音。爆発音。地鳴り。

 ありとあらゆる轟音が、裏街に響き渡る事となった。

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