十話 ダンジョン〝タンク殺し〟
「そういえば、クラシアは?」
服にこびり付いていた砂を手で払いながら、俺はすぐ側にまで歩み寄っていたオーネストにそう問い掛ける。
魔法学院時代にパーティーを組んでいた最後の一人。クラシア・アンネローゼの所在を訊ねると、案の定、オーネストの眉間に皺が寄っていた。
「……アイツなら今頃、宿に帰ってるだろうよ」
理由は言わない。
でも、オーネストとクラシアの間に何かがあったのだとすぐに察する事が出来た。
「つーか、そんな事よりだ。アレク、お前宮廷魔法師を辞めさせられたんだって?」
「……耳が早いな」
あんなヤツ、放っとけと言わんばかりにすぐさま話題転換。
オーネストとクラシアの仲はどうにも4年前からこれっぽっちも進展も改善もされてないらしい。
ヨルハの時とは打って変わってその遠慮のないオーネストらしい物言いに、俺は苦笑いを浮かべる。すると程なく、
「なら話は早え。じゃあ、見返してやるか」
俺の肩に、腕が回される。
「それがいつになるのかは分かんねえが、オレらが世界で一番つええ冒険者になればよ、アイツらもきっと国難にでも見舞われた時、真っ先にオレらを頼る筈さ。そん時に土下座でもさせてやろうぜ。地べたに這いつくばらせて懇願させてやんのさ。お願いします助けて下さいってな。どうだ? これでスッキリすんだろ? くくくっ、あの高慢ちきな貴族共に〝NO〟と断ってやるその瞬間が楽しみで仕方がねえぜ」
「……いや、待て。別に俺はもう気にしてないからな。というか、性格悪すぎだろ、それ!?」
全く気にしてない。
と言えば嘘になる。
けれど、何処の魔王だよ、それ!? と思わずツッコミたくなるオーネストのその提案には声を荒げずにはいられなかった。
「……というより、ハナからいつかはこうなるって分かってた。だから、別にいざ追い出されたからといって敢えてどうこう言うつもりはねーよ」
寧ろ、4年も宮廷魔法師として勤められただけラッキーと考えるべきだ。
給金の為に。
宮廷魔法師を志願した第一の理由でもあるソレは、結局、「子供の世話になる程落ちぶれてねえ。変な気を利かせんな」といって宮廷魔法師になるという進路を最後まで反対していた親父があろう事か、他国へ離れてまで反対の意思を貫き通してしまったせいで結局、意味を成さなかったが、それでもお陰で金に困る事はなかった。
「おいオイ、やられたらやり返すのが常識だろ」
「それはオーネストの中の常識であって間違っても世間一般の常識じゃねーだろ」
会話を聞いていたのか。
ミーシャとヨルハも俺のその発言に深々と頷いている。
そしてミーシャと呼ばれていた少女は、何やら口パクでもっと言ってやって下さい。としきりに訴え掛けてきていた。
……恐らく、それで苦労しているのだろう。
しかし悲しきかな、言って直るものならとうの昔に直っている。
魔法学院の頃の教師達が挙って矯正しようとした結果がコレなのだ。もう個性として受け入れるほか無い。そう目で訴え返しておいた。
「……そ、そんな……!!」
……何やら悲痛に塗れた声が聞こえてきた気がしたけど、きっと気のせいだ。
気にした分だけ俺の胃まで痛くなる。
だから仕方がないのだと言い訳をして、俺は見て見ぬ振りを敢行した。
「それに、そんなくだらねー話はさっさとやめにして、話を振るならもっと明るい話を振れよ」
「あン?」
「ダンジョン。攻略してるんだろ? 色々と教えてくれよ、オーネスト」
少しだけ、物言いたげにジッ、と見詰められる。でも、それも刹那。「……ンじゃ、お前が気にしてないなら、代わりにオレさまが根に持っとくわ」と、意味不明な発言を残し、オーネストは話に乗ってくれた。
「オレらが攻略を進めてんのはフィーゼルの西にあるダンジョンで、回復魔法が一切使えねえって制限がある事から、〝タンク殺し〟っつー名前で呼ばれてるとこだ」
回復魔法が禁止。
という事は、傷を癒す薬であるポーションを除いて回復する手段が許されていないダンジョン。
一手に相手からの攻撃を引き受ける〝タンク役〟と呼ばれる者達からすれば、回復する手段が限られてるダンジョンに挑みたくはないだろう。
〝タンク殺し〟。
だから、その名前はピッタリであると思った。
「————で、52層までは3人で進めたんだが、そこで詰まっちまった」
「理由は」
「パーティーの火力が足んねえ」
「火力、か」
「ああ。フロアボスがアホみてえに耐久力のあるゴーレムだったんだよ。回復魔法があればごり押しも出来たんだが、ダンジョンの制限のせいでそれが出来ねえ。つーわけで、アレクを呼ぶ事にした」
ゴーレムとは鉱石などによって構成された物理的な攻撃に対して特に耐久力の高い魔物。
その名前である。
基本的に攻撃は魔法による攻撃しか通じず、加えて、ゴーレムという魔物は数多く存在する魔物の中でも特に耐久性に長けた魔物であった。
その為、長期戦を強いられる事が常であり、そして回復魔法が禁止されているダンジョンであれば、耐久力の高いゴーレムは強敵と言い表す他ない。
持ち込めるポーションの数にも限りはあるだろうし、火力不足であるとため息を吐くオーネストの気持ちもよく分かる。
「……まぁ、ゴーレムは兎も角、ダンジョンの性質的に……よくまあそのダンジョンに挑もうと思ったな」
この場にいない唯一のパーティーメンバーであるクラシアは回復魔法に長けた魔法師である。
その為、回復魔法が不可であるダンジョンでは本来の彼女の力はどうやっても発揮されない。
攻撃手段が一切ない。
というわけではないが、クラシアの本領は回復魔法にこそある。だからこそ、彼女にアタッカーのような働きは期待出来ない。
火力不足。
先のオーネストのその言葉に対し、そりゃ当たり前だと無性に言ってやりたくなった。
「クラシア反対してただろ。絶対」
「一週間くらい喚いてたっけか? でも、もう一つ挑もうとしてたダンジョンが、そっちは補助魔法が禁止だっつーことで多数決2対1で強行した」
ヨルハか。クラシアか。
無くて困るのはどっちだと天秤に掛け、オーネストはヨルハを取り、そして荷物になるのは嫌だと拒んだヨルハがオーネストに同調した、と。
「……だがまあ、アイツもアイツなりにダンジョンにもう適応してるぜ。回復魔法が使えないってんで、今じゃ弓を使ってやがる。だから、そこらの冒険者より余程アタッカーとして優れてんだ。認めたかねえがな」
ただ————。
と、言葉が続く。
「それでも、火力が足んねえんだ。つーわけで、お前を呼ぶかって話が上がった」
————何より、ゴーレムを倒すのはアレクの特技の一つだったろ?
と、笑い混じりにオーネストが言う。
「……まぁな」
「兎も角、詳しい話は後でちゃんとするとして、ひとまず〝闘技場〟から出るとすっか。全部事細かに話し終えたってなるとクラシアが面倒臭え事になる。拗ねられると面倒だ」
————潔癖症。
ただの綺麗好きなだけだと俺は思っているんだが、オーネストはよくクラシアの事をそう呼んでいた。
犬猿の仲がこうして4年も変わらず続いてるワケは、間違いなく性格が気持ちいいくらいに正反対である事が原因である。
色々と大雑把な性格をしているオーネストと、綺麗好きで、それでもって事なかれ主義のクラシア。
厄介ごとと隣り合わせで生きるオーネストと彼女の仲が良くない事はある意味当然でもあった。
「拗ねる云々はさて置いて、一人だけ仲間外れってのもアレだからな。それに、クラシアとも久し振りに話したい」
「おー、そうかそうか。ンじゃ、現在進行形で絶賛機嫌が悪りぃだろうからそのフォロー頼むわ」
そう言って、眩しいくらいの笑みを向けられる。
魔法学院時代、オーネストとクラシアの間をヨルハと俺が取り持ちながらなんだかんだと馬鹿やってた記憶がふと、蘇り——破顔する。
「そうやって押し付けるとことか、4年前と何も変わってないのな」
「4年で変わるもんなんてたかが知れてるっつー話だろ、ええ?」
「……まぁ、違いない」
やけに上機嫌なオーネストにバシバシと背中を叩かれながら、俺はヨルハ達と共に〝闘技場〟を後にした。









