一話 「役立たず」の補助魔法師
「今日で再確認した。補助魔法しか使えない能無しの魔法師はこのパーティには必要ない。お前はクビだ、アレク・ユグレット」
「……は?」
ダンジョンの帰り道。
突如として言い放たれたその一言は、正に俺からすれば青天の霹靂と言えるものであった。
「明日から僕は、ダンジョン30層の攻略に取り掛かろうと思っている。だが、今のままではダンジョンの攻略は厳しいだろう。何故だか分かるか、宮廷魔法師アレク・ユグレット」
煩わしそうに、日々、ダンジョンの攻略に勤しんでいた此処——ガルダナ王国の王太子、レグルスは物分かりの悪い子供にでも諭すように、俺に向けて問いを投げ掛ける。
ガルダナ王国の現国王の方針で、跡継ぎであるレグルスに王位を恙無く継承出来るようにと、箔を付ける為にもダンジョンの攻略をするようにと彼に申し付けていた。
そして、宮廷魔法師たる俺は、ダンジョン攻略を進める王太子を死なせてはならぬという王命を受けて彼のパーティーメンバーとしてダンジョン攻略を助けていた。
それも、決してレグルスを死なせるな。
という命を受けていた為に、己の実力を過信するレグルスと、その腰巾着2名の補助にひたすら徹するカタチで。
元々、補助よりも矢面に立って攻撃をする方が得意であったが、それをする余裕もなく補助に徹するしかなかった。そんな状況だったにもかかわらず、この一言である。
最早、開いた口が塞がらなかった。
「それはな、僕のパーティーにお前のような役立たずがいるからだ」
そして追い討ちを掛けんばかりの一言。
「父上が優秀な魔法師と言っていたからどれ程かと思えば、延々と補助に徹するばかり。ロクに攻撃すらしておらず、まるで役に立っていない」
侮蔑の視線が向けられた。
だが、それに構わず、慌てて我に返った俺はレグルスの言葉を否定にかかる。
「お待ち、下さい殿下……ッ! 確かに、俺がひたすら補助魔法に徹していた事は謝罪致します。ですが、それにはワケが————」
「ふん、補助魔法しかロクに使えないから補助魔法に徹していたと、素直にそう言えば良いだろうが、アレク・ユグレット。魔法学院にて優秀な成績を残し、宮廷魔法師になったと聞いていたが所詮お前は周囲の人間に助けられていただけの人間だったのだろう?」
あったのです。
と、俺がそう口にするより先に、腰巾着の一人によって言葉が被せられていた。
「やれ、これ以上先へ進むな。やれ、引き返せだ。……貴方そればかりじゃない。はっきり言いなさいよ、ダンジョンの先へ進むのが怖いって」
腰巾着の片割れの一人が、同調するように鼻で笑い、レグルスと同様に俺を嘲った。
「自分を守る魔法が使えず、補助に徹する事しか出来ないから先に進みたくないんでしょう? ……本当、そういうの困るのよ。陛下から直々に貴方をパーティーに加えろと命があったからこれまでは我慢していたけれど、如何に懐が深い殿下であろうと、もう限界なのよ。貴方みたいな役立たずと共にダンジョン攻略なんてね」
……好きで補助以外の魔法を使っていなかったわけじゃない。
俺はただ、陛下の命に従い、殿下を死なせない為に必死に補助に回っていただけだ。
それに掛かり切りだったから、他の魔法を使う余裕もなかった。
……しかし、実際に彼らと行動するようになり、一度として補助以外の魔法を使った試しが俺にはない。だから恐らく、そう言っても信じては貰えないだろう。
「そういうワケだ。分かったか。このパーティーに、お前は必要ない。ああ、それと、心配はいらないぞ? 明日からは優秀な魔法師がお前の代わりに加わる事となっているのだからな」
どんな言葉であれ、俺の言葉はレグルスには届かない。けれど、言わなくてはならなかった。
レグルスに、自分自身の実力を過大評価し過ぎている、と。そのままだと間違いなく遠くない未来に、命を落とす事になると。
「ふ、はは。明日が楽しみでならないよ。今度は『役立たず』ではなく、正真正銘の有能な宮廷魔法師を呼んだのだから」
そうだろう? と、レグルスが腰巾着二人に同意を求める。ええ、私の知る限り、彼は最も優秀な魔法師ですと首肯するその様子から、俺の代わりを呼んだのが片割れである彼女であるのだとすぐに分かった。
……だが、俺の知る限り補助系統で特別優れている宮廷魔法師に覚えはない。
魔法学院時代にならば、俺も『天才』と呼ばずにはいられなかった補助魔法に特化した者がいたが————その者は遠い地で冒険者をやっている筈だ。
きっと、彼女でも引っ張ってこない限り、間違いなく致命的な代償を払う羽目になる。
だからこそ、俺は自身をレグルスのパーティーに入れと命じた陛下にこの事を直訴する事を決める。
レグルスに言葉が届かずとも、陛下から言い聞かせて貰えたならば、まだ話は————。
そう思い、嗜虐的な笑みを浮かべる腰巾着二人と離れてゆくレグルスの背中を黙って見送る事にした。
そしてその日の夜。
陛下に直訴するという目的を果たすべく、城に赴いた俺であったが、それを成す事は出来なかった。
「————お引き取り下さい、アレク・ユグレット殿。貴方様からは、既に宮廷魔法師としての地位が剥奪されております。ご存知のとおり、王城は関係者以外立ち入る事を禁じています。どうか————」
役立たずの魔法師。
その汚名と共に、王太子の手によって、宮廷魔法師としての地位を剥奪されてしまっていたが為に、それは叶わなかった。
進言をするどころか、宮廷魔法師としての地位すらも剥奪され、茫然自失となる中。
空に蒔かれた星の輝きにあてられながら当てもなくさまよう俺に、突然、一つの声が投げ掛けられた。
「……ねぇ、もしかしなくても、アレク、だよね?」
何処か気遣うような口調。
何より、無性に懐かしく感じるその声には、覚えがあった。
視線を地面に落としていた俺は、慌ててその声の主を確認せんと、顔をあげる。
「ヨル、ハ……?」
そこには、活発な印象を抱かせる赤髪の少女がいた。
見間違えるはずもない。
どうして此処にいるのか。それは分からない。
けれど彼女は、4年前を最後に別れを告げた筈の魔法学院時代の友人のひとり————ヨルハ・アイゼンツその人であった。