第九十話、生姜焼き
遠くに町が見えて来たので、肩の上のスチイをそっと降ろして手を繋いで歩く。
道が平坦な事も有るが、姫様も大分歩き慣れた様で自分の足で歩いてる。
そして町の入り口の門で簡単な調べを受けるのだが、色々な意味で大変な事に成っている。
まずは耳の長い人が五人居る事が目を引いてしまう。しかも弓まで持っている。
一応若様は角を隠す様に帽子を被っているが、服に羽と一緒にクナイの様な武器が仕込まれていて、怪しいと思われてか、帽子も外す様に言われ角が露に成ってしまう。
そして俺は此の町の冒険者としてギルドカードを提示したが、ギルド長から借りた短剣とサバイバルナイフを持っている。
他の町や村は厳しく無かったが、このダンジョンの有る町は武器の携帯は禁止されていて、持ち込むには特別な許可を得るか、錠の掛かったケースに入れて持ち運ぶしかない。
族長が身分を明かしてくれれば、護衛として問題無く入れたかも知れないが、身分を明かす気が無いので、仕方なく門番の指示に従って武器をケースに入れてゆくが問題が一つ、エルフ族は弓を持ち歩きたいと言い出した。
弓には金属や刃は使われてないし、それで殴ったり切り付けたりは出来ないが、武器である事には変わりは無く、町の中での持ち歩きは禁止されている。
門番の説明では、弓の持ち歩きを許してしまうと、スリングッショットにも許可を出さざるを得なくなるだろう、そしたら何の意味も無くなってしまう、弓で小石等を打ち出せない事は分るが許可は出せないと言う。
ケースに入れるだけで持ち歩けると説明されているが納得が行かない様で、逆に門番に『弓を引いてみろ』と『飾り用で引けない筈だ』と言って無理を通してしまう始末。そしてエルフの弓は本当に、普通では引けない事を知った。
それでも矢はケースに入れて、飾り用? とは言え弓は見せ無い様にしてくれと言われ何とか了承を得られた。
少し、いや大分手間取ったが、俺とスチイの似顔絵や捕縛命令が出ていない様で安心した。
町の中に入ると懐かしい気持ちに成る、臭いも雰囲気も喧騒も、そして見慣れた風景がそこに有る。
「帰って来たぁ!」
スチイとの旅は楽しかった、決して旅が嫌だった訳ではないが自然と出た言葉だ。
町に入り隊列を変えて俺が先頭に、族長夫婦も馬から降りて自分の足で歩きながら通りを見ている。
馬に乗っていても走らせなければ問題は無いが、人が多いから気を使ったのだろう。
門を潜ってから結構な距離を歩き、ダンジョンから大分離れた高級宿屋を物色して良さそうな所に声を掛けてみた。
それなりの金額だが掃除も行き届いている感じだし、話を聞けば食事も出るうえ、裏に厩舎も有って馬も預かれると言う。此処が良さそうだ。
まだ冒険者ギルド長に会いたくないので、魔王も宿屋で一緒に預かって貰うとして、皆が宿屋に入って行くのを見送ってから自分の家に帰った。
本当なら真っ先にギルド長にお礼を言って、魔王と鞍を返すべきだが先送りする。
別れ際にスチイは迷っていた様だが、直ぐに迎えに来ると言って納得させた。
家に戻って荷物を置くと大の字に寝転がった、帰り着いた安心感に、ほんの数分では有るが気持ちを開放しリラックスした。
だが直ぐに立ち上がり窓を開けて空気を入れ替えをすると、着替えとタオルと石鹸を桶に入れて銭湯に向かう。
今まで銭湯に行く事は少なかった、他人と一緒の風呂に入る事に少し抵抗が有ったからだ。
だが旅で毎日の様に貰い湯をして、城では大きな風呂に皆と一緒に入ったりもして、最近は抵抗が少なく成った事も有るし、今は早く身奇麗にしてスチイを迎えに行かなければならない、夕方前の此の時間なら銭湯もすいてる筈だ。
案の定、銭湯はすいていて、ほぼ貸しきり状態でのんびりと体を洗い、気持ち良く湯船にも浸かる事が出来た。
風呂から上がると薄着のままに外に出て風を浴びる、脱衣所で団扇を扇いでも良かったのだが、長居をすると足が痒くなりそうな気がしたので直ぐに出た。
薄着で町の中を歩くのは見た目が良くないが、桶を持っていれば話は別で、銭湯帰りの人には誰も気にしない。
宿屋から家に帰り、銭湯との往復をして時間が掛かっても、スチイは長風呂だから長く待たせる事も無く迎えに行けるだろうと思うが、気分的に少し早足に成る。
早くスチイを迎えに行きたいし、早く旨い飯を食べたい。
家に戻り身嗜みを整えて再び家を出る、普段より幾分かは良い服を身に纏って。
宿屋に行き一度顔を出しただけで覚えているらしく、話をしたいと言うとスチイ達の部屋に案内してもらえた。
部屋の前でノックして声を掛けると、少し待たされ中からバタバタと物音はするしスチイの焦った声も聞こえてくる。
部屋が静かになると、スチイと御両親が顔を出した。
「ノーバン様、待ったぁ?」
出て来るなりスチイが放った一言に戸惑ってしまう、普通の待ち合わせなら『今来たところ』と言えば良いが、扉の前で待っていたのは明らかだ、難しい。
「大丈夫だよ、むしろ急がせた様でごめんな」
「うううん、ありがとう」
難しい質問に俺は腰を落とし目線を合わせて答え謝ると、スチイは首が捥げそうなほど大きく左右に振りつつも、可愛い笑顔で答えてくれる。
何に対しての『ありがとう』かは分らないが迎えに来たことに対してだろうか?
スチイの手を取り一緒に御両親に挨拶をしてから、宿屋を後にした。
何度重ねても御両親に挨拶をして、スチイを連れ出すのは緊張する。
時間的にスナックが開くまでには時間が有る、先にスチイと二人で食事をしてから、族長夫婦を迎えに来ることにする。二度手間だが仕方ない。
二人で手を繋いで町の中を歩くが、スチイは町に着いたと言うのにズボンを履いている、しかも最近は被る事も無かった帽子も被っている。
帰りが夜に成ると言ったので御両親が心配しての事だろう、男の子に見える様にとの事だろうが、旅の間中はズボンが多かったので、今日はスカートを期待していたのに少し残念に思う。
それでもスチイはスチイだ、可愛く微笑んでくれる、俺にとっての天使だ。
夕食には少し早いが食事処に着いて、そっと中に入ると店主と目が合う。
「よう、店主久しぶり」
「……元気そうで何よりだ、譲ちゃんがな」
「はい、こんにちは」
俺が小さな声で挨拶すると、店主は一瞬、顔を歪めたが、後ろのスチイを見て顔の筋肉を緩め嫌味混じりな挨拶を返し、スチイは元気に挨拶を返す。
予想以上の長旅に成り心配を掛けた自覚は有る、嫌味の一つや二つは我慢しよう。
「豚肉と野菜に主食はご飯にしてくれ……っと飲み物はオレンジで良いか?」
「はい、ノーバン様」
注文を聞くと店主は先に飲み物を出して、直ぐに料理を始める。
ココに来る前に若様に角の有る動物の事を聞いておけば……、取り合えず牛を避けて鳥か豚で良いと思ったが、長旅で疲れている今、鳥では消化するのに疲れてしまうし吸収に時間も掛かる、今日の夕食は豚にした。
店主がテーブルに料理を並べてゆく、豚の生姜焼きに屑肉と野菜の炒め物だ。
匂いを嗅いだだけで涎が出てくる、早く食べよう。
「「いただきます」」
普段なら汁物を少しだけ啜り、喉や箸を湿らした後に御飯を一口味わうのだが、今日は豚の生姜焼きから手を付けた、スチイも一緒だ。
少し厚めの豚肉を歯で噛みながら箸で引っ張り千切り噛み締め……『旨い!』
ご飯も進む、しかも何時もより肉もご飯も多めで、スチイの前にはヒジキが茶碗に半分ほど盛り付けてある。
スチイがヒジキを美味しそうに食べたのを見て、俺も少し貰って食べる、少し甘めの味付けだが旨い、もう一つまみ貰って食べた。
二人で終始笑顔で食べて、俺が店主にお礼を言うと、スチイは店主に笑顔のお裾分けをしながらも、箸を止めずに美味しそうに食べている。スチイが言葉にしなくても気持ちが伝わっただろう、店主も笑顔でスチイに答えてる。
テーブルに並べられた時は、ご飯も肉も多いだろうと思ったが、スチイは完食し俺はご飯のお代わりを貰った、旨すぎて食べ過ぎたのか少し苦しい。
スチイも満足そうな顔をしてお腹を押さえている、女の子らしくないと言いたいが、悪いのは店主が旨い物を作るからでスチイに責任は無い、怒る様な事はしない。
ゆっくり休んでから、精算して二人で『美味しかった』とお礼を言い店を出た。
帰り道は優しい店主と、美味しかった料理の話で盛り上りながら並んで歩く。
スチイもすっかり、あのお店が気に入ったらしく『また食べに行こうね』と言ってくれる。間違えなくデートのお誘いだ、嬉しくて握った手に力を入れて引き寄せて笑顔で何度も頷いた。
宿屋に着いたら今度は族長夫婦の部屋に案内を頼み、扉をノックして声を掛ける。
族長夫婦は二秒と掛からずに、ドアを開けて出て来て、早すぎる対応に俺の方が焦ってしまう。
「……お、お迎えに上がりました」
「あら? 良い匂いがするわね」
焦りを隠しながらも少し吃って声を掛けると、族長が変な返しをして来たので、思わずスチイと顔を見合わせて首を傾げてしまう。
「えっとぅ、俺もスチイも風呂に入りましたから?」
「はぁ……いえ、何でも無いのよね」
何が言いたかったのだろうか? 自分の袖の匂いを嗅いでみるが生姜焼きの匂いしかしない、香水を付けてる訳でも無く良い匂いがしたならスチイの香りだろう。
俺と族長の遣り取りに、族長の旦那さんは隠れて笑ってるのが少し気に成る。
「そんな事より、お孫さんのお店に行きましょう」
「そうね、お願いするのねノーバン」
大した用件でも無く意味が分らない時には、話題を変えるのが良いと思い、話を逸らして宿屋を離れた。
族長夫婦は孫に会うのに良い服を着てくると思ったのだが、単にエルフの民族衣装の様な物で、特に飾りつけも無く実に質素な感じがする。
人魚族の細身でキラキラしたドレスや、竜人族の様なカラフルで飾りの付いた服の方が夜に映えるだろうに、エルフの服では夜に溶け込んでしまう。
歩きながら俺は気に成る事を……、スナックに行ってママに迷惑を掛けない様にと、色々と族長夫婦に約束して貰ったり、注意する点等を細かく、お小言の様に言ってしまう。それでもまだ不安が残る位だ。
お触り無しとは言え、夜のお店で主に男の客が相手だ、長生きのエルフでも夜の仕事に偏見のある人なら何を言い出すか分らない、そもそも族長夫婦が夜のお店を如何思っているかさえ分ってないから、不安でついつい言い過ぎてしまう。
後は今日に限って……、みたいな酒に飲まれる客が居ない事を祈るばかりだ。




