断崖絶壁
危険な行為の話が出て来ますが、絶対に真似をしない様にお願いします。
竜人族の国に来て数日を町で過ごした、ここは霊峰と言われる位で空気が良く気持ち良い、そして景色も最高だ。
スチイも魔王も霊峰が気に入ったらしく毎日何処かしら出掛けるが、俺には少し空気が薄いような気がする。
そして今日も魔王を連れてスチイと一緒に霊峰の高い所まで登って来た。
魔王は馬だから心肺機能が高いのは納得出来る、馬は鼻の穴が大きく大量の空気を取り入れて、大きな心臓で全身に血液を送り出すと言われている。
今は居ないがエルフ族に関して言えば心肺機能云々よりも、根本的に違う気がする、寿命もそうだが何か木等の植物に近い気がする、酸素をあまり必要としないのではないだろうか。だがスチイはどうなんだろう?
一緒に生活して気付いた事と言えばカルシュウムを大量に摂取して日光浴が大好きで、朝の内は体温が低く、まるでワニに近いような気がする。
先祖?の竜が鱗持ちでワニに近いのだろう、でも若様の話だと『人魚が嵐で困っている時に、天に昇り雲を散らした』と言っていた、なら鳥の様に飛べた筈で鳥類の様な気嚢とか言う特殊な呼吸器官を持っているのだろうか?それとも単に竜人族が高い山に住み着いて獲得した心肺機能でも備わっているのだろうか?
後でスチイの胸をジックリ見て触らせてもらい、観察し良く調べてみよう。
後ろから胸を両手で覆う様に触り、背中に耳を当てて呼吸音を聞くのも良いかもしれない。
それとも裸にして上から覆い被さる様にして、抱き締め胸と胸とを密着させて全身でスチイを感じ取った方が良いだろうか?
呼吸を調べるなら目を閉じて口を開けさせて、スチイの可愛いお口に俺の口を宛がい、俺からスチイに空気を流し込み、それをスチイに返して貰いを口を付けたまま二人で繰り返す。等はどうだろうか、とても良い考えに思える。
苦しくなって先に口を離した方が負けと言えば、そして負けた方は勝った者の言う事を何でも聞くと条件を付けたならスチイも頑張って、俺を楽しませてくれ……いや研究や観察に協力してくれるのではないだろうか。
そしてスチイに勝てたなら、更なる要求が……いや研究が可能に成る。
だが、それらは帰ってから、そしてスチイの了承を得てからの話だ。
今は今出来る事をしようと思い、スチイを正面から抱き寄せて胸の感触、そう肺や横隔膜の動きと、耳元に聞こえる息遣い、呼吸音を確かめた。
スチイの呼吸は高所でも凄く安定して落ち着いている。
ただ意味も無く抱き付き続けるのも変だから、スチイに一声掛ける。
「大好きだよスチイ」
「ノーバン様……」
声を掛けた後も離す事は無く、抱き付いて居るとスチイの耳が少し紅く成り、呼吸も少し早く乱れて来た様な気がする。
「なんだか苦しいょぅ……ノーバン様」
「そうか?」
今日は強く抱き締めている訳では無く、軽く抱き付いているだけで苦しい筈は無いのだが、そしてスチイは『苦しい』と言いながら体の力が抜ける様に、俺に寄り掛かって来る。
俺は一度膝を付いて上体を反らすと、スチイを自分の胸の上に乗せる様にして背中と太腿に手を回して抱き上げる。
様子が気に成り顔を見様とするも、スチイは顔を背けて見せ様としてくれない。
そして抱き上げた事で更に体が密着し、スチイの鼓動が伝わって来るが何時もより早い気がする。
どうやら高所ではスチイにも変化が有るらしく安心して少し笑ってしまった。
そしたらスチイは少し怒った様に話し掛けて来る。
「何が可笑しいの?、もぅ!……恥ずかしい……」
「大丈夫だょ、スチイは可愛いな」
高所で鼓動が早くなった事を笑われたと思ったのだろうか? それとも高所で体に異変が起きた事を恥ずかしがっているのだろうか?
俺なんかココでは少し運動しただけで息が上がる、恥ずかしがる事なんて無いのにと思い、『大丈夫』と安心させるように言い、恥ずかしがるスチイが『可愛い』と素直な気持ちを言ってみる、そして苦しいと言っていたスチイが今度は自分から強く抱き締めて来て、全然顔を見せてくれなく成ってしまった。
しばらく落ち着くまでは、このままそっとしておこう。
小さな子供をあやす様に、軽く揺らしながらゆっくり歩き、数十分が経ったであろうか、スチイの抱き締める力が抜けて、自然な抱き付き方に成る。
「ノーバン様、降ろしてぇ」
「あぁそうだな」
もう少しスチイの事を感じて居たかったが無理強いは良くない、素直に降ろす。
スチイの顔が少し赤い気がするが、気のせいだろう。
俺はスチイと手を繋ぎ、見晴らしの良い所へとやって来た。
周りには安全の為のロープが張られているが俺の腰の高さ位しかない、その先は断崖絶壁で、もしも落ちたら助からないだろう。
そのロープ際の断崖に向かって歩き、スチイと魔王に話し掛ける。
「スチイは魔王の手綱を持って、魔王はその場を動くなよ」
「はい?」「ヒンッ?」
俺は右手で拳を握り込み、スチイの方へ突き出し言葉を掛ける。
「俺の手を離さない様に掴んでくれるか」
「はい……」
そう言った後に、スチイが俺の右手首を掴んだのを確認すると、身を乗り出して断崖を覗き込む様に下を見る。魔王は少し下がって手綱の緩みを無くしてくれた。
断崖の下からは風が渦巻く音が聞こえ、時には風が下から吹き上げ俺の短い髪を掻き上げる。
もしも今、魔王が動いたらスチイだけでは俺を引き止められずに、一緒に断崖へ落ちるだろう、そしてスチイが手を離しても俺は真っ逆さまだ。なにせ俺は拳を握り締めてスチイに手首を掴まれているだけなのだから。
完全に切り立った崖で、所々に岩が飛び出ている程度で百m以上は何も無い。
少し霞がかった先に緑の森と、綺麗な湖が見えて見晴らしが良い。
ほんの僅か十秒にも満たない時間だが、極度の緊張とドキドキが時間を長く感じさせる。時間の流れは一定ではないと誰かが言っていたが同感だ。
そして気が付くと、スチイと魔王が声を上げて何かを言っている。
「危ないよぅ!ノーバン様ぁぁ!」「ヒンヒン」
「二人とも、ありがとう、とっても良かったよ」
俺が乗り出した身を引くと、スチイは安心したようで全身の力が抜けた様に、その場にしゃがみ込んでしまう。そして魔王は俺の事を睨んでる気がするが目が大き過ぎてよく分らん。
少し休みスチイが落ち着くのを待ってから話しかける。
「今度はスチイの番だよ」
「えぇぇスチイはいいよぅ、怖いもん」
「見晴らしも良いし気持ち良いんだよ、絶対に手を離さないから」
「それでもスチイはいいょぅ」
「そうだよなぁ……スチイは俺の事なんか信じてないもんな?」
「信じて無く無いもん……わかったスチイもやるよ!」
スチイがやると言うので俺は右手でスチイの左手の甲側から手首を掴む、スチイは怖いのか掴まれた左手の上から右手を添えて、ゆっくりと断崖へと近付いた。
断崖近くに張られたロープは俺の腰位の高さだが、スチイにとっては胸位の高さは有る、それなりの安全は確保されてる状態だ。
「絶対に離さないでよぅ」
「あぁ絶対に離さないから大丈夫だ」
スチイは恐る恐ると言った感じに首を伸ばして、ほぼ顔だけで断崖を一瞬のぞき込むと俺の手を確認して、もう一度断崖に顔を出して下を見る。
スチイの手は少し震えるも、数秒間動かずに居ると、金色の髪が下から上えと靡く様に舞い上がる。
再び髪が垂れ下がった後に、ブルリと体を震わせてスチイが俺に抱き付いて来た。
俺の体に顔を埋めて、背中に回した小さな両手は少し震えてる。
「怖かったぁ……、でも凄かったょぅ」
「良く頑張ったな、偉いぞ、スチイ」
「ノーバン様ぁ……」
軽く抱き返して、背中を擦りながら、スチイの事を褒めてあげる。
少しはスチイに自然の凄さを見せられた様だが、それが目的ではない、スチイに俺の事を好きに成って欲しくてした事だ。
こんな事で本当に効果が有るかは分らないが、つり橋効果とかで特に女性は恐怖のドキドキと恋愛のドキドキが、一緒くたに成ってしまう事が有ると言う。
それに加えて手を離さないで欲しいと、離されたら死んでしまうと言う状況が、信頼と依存を与えて、より強く結ばれるらしい。
まぁ本気でそんな事を考えてる訳じゃないが、少しでも好きに成って貰えるなら、少しでも可能性が有るならと思ってやってみた、今は恐怖のあまり抱き付いているが、もしかしたら逆に嫌われたかも知れない、よく慰めなくては。
魔王も俺とスチイが覗いた断崖が気になるのか、ロープ際に行って首を伸ばして下を見ている。
「ブルルッ」
何でも無いかの様に鼻を鳴らすが、次の瞬間に下から風が吹き上げて鬣を上方へと靡かせると、少し驚いた様に後ずさって耳は蓋をする様にペタンと下げてしまった。魔王でも恐怖を感じる事が有るらしい。
だが此の下から吹き上げてくる風は気持ち良く、後で長いロープを持って来て、全身に浴びたい位だ。
その日の帰り道は、まだ恐怖が残っているのか何時も以上にスチイの距離が近くに感じられた。つり橋効果?まさかね。
町に戻ると一度族長の家の敷地に入り、魔王の手入れをさせてもらった。
今はスチイ達親子は族長の家に住んでいるが、俺とエルフ達は町の宿屋に部屋を借りている。
魔王は族長の家の厩舎に預けて、スチイを御両親の元へ帰す。
スチイの胸元には、あの日から常に真珠のネックレスが輝いている、何時も身に着けてくれていて嬉しく思う、プレゼントした甲斐が有る。
スチイを送って俺は宿屋に戻り、エルフの族長と今後の事を相談した。
スチイ達親子をどうするのか、何処に住まわせるのか、そしてエルフの族長の護衛に俺も今一度エルフの国に行った方が良いのかを。
そして曖昧な返事を返す族長を横目に、族長の旦那さんに顔を向けて、お孫さんの話が聞きたくないかとエサで釣る。
断崖絶壁等には近付いたり、身を乗り出したりしない様にお願いします。




