第八十話、孤児院の話
病院前での説明会を終えて、お城に戻ってからお昼まで少し時間が有った。
スチイの事を考えながら旅に備えて荷物をまとめる。もしスチイが残ると言ったら俺はどうすべきだろうか?
モンモンとした気持ちのままに昼食を済ませ、午後から厩舎へと向かった。
魔王を厩舎から出したは良いが、洗う気力は無くお城の敷地内に放す。
魔王の蹄の音を聞きながら、大きな木に寄り掛かって腰を下ろした。
そして何となく見上げる先は、いつもスチイが顔を出す二階の窓だ。
今頃スチイが何をしているのかと、考えずには居られない。
今頃はきっと御両親に甘えて居るのだろう、呼んで邪魔してはいけよな。
そうだ、『御両親はまだ病気だから甘えない様に』と言って『その代わり俺に甘えて良いよ』とか言ってみるか?……そんな事言える訳が無いけど……。
木陰で休んでいると魔王が帰って来た、何処を走ってきたのか? 顔にはクモの巣を貼り付け、体には葉っぱを乗せている。
「今、綺麗にしてやるからな」「ヒンッ」
魔王を連れて厩舎近くの洗い場に向かって行くと、魔王は立ち止まり何時もスチイが顔を出す二階の窓を見ている、俺は魔王の馬体を叩き首を横に振る。
魔王は俺と二階の窓を交互に何度か見てから、また歩き出した。
桶やブラシを用意して魔王を洗い始める。
魔王の馬体も洗い終わり、タオルで何度も拭き上げた頃にスチイが現れた。
スチイは魔王に近付いて、怒った様に頬を膨らませて一言。
「何で呼んでくれなかったの?」「ヒッ…………」
スチイに詰め寄られた魔王は、大きな馬体を小さく見せて俺の方を見る。
まぁ俺が魔王を止めたせいだから仕方ない、でも怒ってるよな。
「スチイ、ごめん俺が止めたんだ」
「何でぇノーバン様ぁうぅぅ」
スチイは頬を膨らませたまま上目遣いに睨んでくる、魔王は静かに歩き出して俺の背中を尻尾で叩いて、何処かへ逃げようとしている。がスチイに呼び止められる。
「まおう、待って!」「ヒッ……ヒッン……」
大そうな名前の馬の割りに、スチイに掛かっては形無しでだ、頭を下げてその場で立ち止まる。
でもスチイと魔王の体格差は大きい、スチイも何もで出来ずに立ちつくす。
俺はそっとスチイに近付いて、魔王の背中に乗せた。
「ありがとう、ノーバン様」
「魔王」「ヒンッ」
スチイは少し機嫌を直してくれた様で、明るい声でお礼を言ってくれ、俺はスチイに見えない様に、左目でウィンクしながら『魔王』と名を呼んだ、魔王も理解したのかスチイをあやす様に宥める様にゆっくりと歩き出す。
スチイに笑顔が戻った頃を見計らいながら、静かに声を掛けてみる。
「スチイは御両親と一緒に居たんじゃないのかい?」
「ぅうん一緒に居たけどお父さんもお母さんも、少しは二人きりに成りたいみたいだし、スチイもまおうと一緒に遊びたいから」
気を使って二人きりにしてあげるとは、ずいぶんと大人な対応だが、俺の名前が出て来ないって事は、まだ少し怒っているのかも知れない。
俺は右手でスチイの左手を掴み、魔王に声を掛けると少しだけ歩を早めた、そして俺も早足に付いて行く。
「まおう、早い早いぃ」「ヒヒンッ」
スチイの機嫌が良くなった所で、二人と一頭で日向ぼっこをする。
そして俺はスチイに聞かれない様に、小声で魔王に『ありがとう』とお礼を言った。魔王も気を利かせて鳴く事も無く、一つ頷いて返して来る。
「スチイは何で御両親が二人きりに成りたいと思ってると思ったんだい?」
「ぅうん二人だけで目で話をしているから?」
スチイは答えてくれるが、自信無さそうに最後は語尾が上がっている。
「それじゃぁ今日は俺と一緒に寝ようか?」
「はい、ノーバン様」
駄目元で半分冗談のつもりで言ってみたが、スチイは笑顔で『はい』と言ってくれた。これが大人の女性相手だったなら……。
いやいや俺はスチイの事が大好きだ、他の女性とは比べられはず様も無い。
そして浮かれた気持ちのままに、俺は余計な事を言ってしまう。
「夕食後、姫様の部屋に迎えに行くから待ってるんだよ」
「はい、ノーバン様」
言ってしまってから思ったが、スチイが俺の部屋に来る様に言うべきだった。
まぁ言ってしまった事は仕方ない、連れ出す時は御両親にも挨拶するか。
しばらくして魔王の馬体も乾き、スチイも十分に日を浴びてから二人と一頭で日が傾くまで遊び、今一度魔王の足元だけ綺麗にしてから別れた。
風呂に入り夕食後、俺は緊張しながら姫様の部屋の前に立つ。
もう十五分以上はそこに居る、そして意を決してドアを叩いた。
ドアが開き御両親が前に、スチイは若様に押さえられる様に後ろに居る。
スチイ一人だけが出て来る事を少しは期待したが、有り得ないと言う事も分っていた。
姫様は優しい顔をしているが、若様は少し怖い、俺は何もしない、スチイと一緒のベッドで寝て少しだけ抱き締めたり、体に触れるだけだ。
そう男女が一晩抱き合って、いや一方的に抱き締めて?過ごすだけで何も悪い事はしない。つもりだ。
「ぉ、お嬢様をお迎えに上がりました」
「あ、ああ…………、娘を宜しくお願いします」
俺は緊張のあまり、声が若干上ずってしまうが何とか言えた、一瞬若様に睨まれた気もしたが、姫様が若様の肩に手を添えると表情が少し柔かく成り、『よろしく』と言ってスチイを前に出してくれた。
俺はスチイと手を繋ぎ御両親に対して、一緒に御辞儀をしながら、お休みの挨拶をしてその場を後にする。
緊張した、もしも『娘さんを下さい』なんて言ったら殺されるだろうと思った。
死ぬ思いをして手に入れたスチイとの大切な時間だ、心ゆくまで楽しもう。
その日の夜はスチイと一緒のベッドにもぐり、今まで聞けなかった事を聞いた。
そう孤児院での事を、辛い思い出かもしれないが、御両親に会えた今なら、幸せな未来が待ってる今なら大丈夫だと思ったからだ。
そしてスチイは夜遅くまで、孤児院での色々な事を話してくれた。
孤児院に入れられてからはシスターマリアとシスターサンビカに良くして貰ったと、だがそれ以外の人には中々馴染めなかったと言う。
多分、馴染めなかったとは、仲間外れや苛めにあったと言う事だろう。
スチイが辛かった事を、頑張って話してくれている、俺はそっと抱き締める事しか出来ない、もちろん下心は無い。
ただ少しでも話し易く成ればと、苦しみを分かち合えればと思っての事だ。
そして院長のシスターマリアは何時もスチイには声を掛けてくれたと、よくスチイの事を見に来てくれていたと言う。
スチイも他の馴染めない人よりも、シスターマリアやサンビカと話をしたと言う。
何だか少し違和感は有るが、スチイはマリアやサンビカの事が好きならしく、二人の事を話す時は少しだけ笑顔に成る。
そんな顔をされては二人の事を悪く言う事が出来ずに、静かに話を聞いた。
スチイは眠く成ったのか話もゆっくりに成り、欠伸も出始めたので切の良い所で話を終わらせて寝る事にした。
俺もスチイを抱き枕にして、気持ちよく寝るのだったが、夜中に大事な所を蹴られて起きてしまう、忘れて居たがスチイは向かい合って寝てはいけないのだった、スチイに背中を向けさせて後ろから抱え込む様にして再び眠りに付いた。
柔らかいお腹の感触に、胸に伝わるスチイのぬくもりを感じて良い夢が見れた。
日の光で目が覚めたが寝た振りをしつつ、スチイの体を堪能していたら、頬に何かを感じて目を開けると、スチイの顔が近くに有り俺の方を向いている。
「ありがとうスチイ、チューして起こしてくれた?」
「キスだよぅノーバン様」
何だか前にも同じ事を言われた気がするが、キスで起こすなんて童話か何かで読んだのだろうか?それなら唇にする筈なのだが。
「キスして起こすのは誰かに教わったのかな?」
「ぇえっとお母さんがお父さんを起こす時にするの」
なるほど夫婦なら有りだろう、白雪姫を読んだ訳では無いらしい。
「唇じゃなく頬にするのかい?」
「そうだよ、するとお父さんが起きるの」
あぁそう言えば姫様は声が出せないんだった、それでキスの挨拶なのかもしれない、そして夫婦と言えど子供の前では唇にキスはしないと言ったところか。
このままでは御両親の唇同士のキスを見たら、真似して誰かにしないとも限らない、今の内にスチイの初めてを無理矢理にでも奪った方が良いのではないだろうか? 嫌がり暴れるスチイを押え付けて身動き出来ない様にして、無理やりに初めてを奪う……、なんて事は俺に出来るはずも無く、今は待つしかない。
すっかり目が覚めた俺とスチイは、寝巻きのままヤギのミルクを貰ってから、姫様の部屋まで行った。
スチイを送り届けた後に一つ忘れていた事に気が付いた、スチイは一緒に旅に出るのだろうか?聞く時間は有ったのに、すっかり忘れていた。
朝食後にエルフの族長に話し掛けようとしたら、族長から話して来た。
「昨夜はお楽しみだったのかしらね?」
「何が言いたいのか分りませんね」
いや本当は言いたい事は分るが、単にからかって楽しんでるだけだ、まともに聞いてはいけない。
「あら、スチイちゃんと一緒だったのよね?」
「スチイはまだ子供ですよ、むしろスチイを俺が預かった事で楽しめた人が居るんじゃないですか?」
「それもそうよね」
よしよし矛先を逸らす事が出来た様だ、このまま話を変えよう。
「それより旅に出る人員は決まりましたか?」
「ええ決まったわよ、あとはノーバン次第なのね」
俺次第?族長に詳しい話を聞いてみると、エルフの族長と付き人、狩人とエルフのおば……お姉さん、若様に姫様、俺とスチイ、と八人らしいが、問題は姫様だ。
治療してから一週間も経ってない、旅が出来るのか俺の判断次第だと言う。
スチイが一緒なら俺は何処にでも行くし、姫様の面倒も見る、何か有っても治療が出来る分の魔石も残しているし、問題無い。
その事を族長に話して、八人で旅に出る事が決まり、部屋に戻った。
急いで旅の荷物を持って、魔王の居る厩舎に行って話しかけるも、俺の嬉しさを理解してないのか、それともスチイが一緒に旅をする事が当たり前だと思っているのか? 顔を横に向けて聞いている。
魔王にハミと豪華な鞍を着けてから、厩舎の外へと連れて歩き出す。
スチイの話を聞いて、主人公には何か思う所が有ったようですが、終わった事です。




