第七十五話、心からの贈り物
俺はスチイを抱き締めたまま目を瞑り、色々なものを感じていた。
スチイの体の、いや命の重さと海からの風、少し甘い香りと潮の香り、肌の温かさと冷たい波飛沫、静かな息づかいと波の音。
スチイに対して高揚する俺の心を、自然と言う大きな存在が和ませる。
スチイは俺が離してくれないと諦めたのか、力を抜いて大人しく俺に体を預けている。顔を横に向け胸に耳を当てて、心臓の音でも聞いているのだろうか?
少しでも油断してスチイに気を取られたら、俺の心臓は早鐘を打つだろう、そう思ってハッと気が付いた、右手でスチイの左手首を軽く握り俺の頬に掌を当てさせ、時が止まった様に心を深く落ち着かせる。
するとスチイの脈拍が俺の右手の親指に伝わって来る、が脈は速くない、とても落ち着いている様に思う。俺の中で何かが崩れた様な気がした、ほんの少し位は俺の事を異性として見てくれていると、感じていると思ってた。
いや俺もスチイの事を女性と見ているのか? 自分の子供の様に可愛く思っているのか微妙だ、抱き締めれば嬉しいし僅かに緊張もする。
だが庇護欲より恋愛感情の方が強いとは言い切れない。混同しているのかもしれないし、そうでないかもしれない。
懐いてくれるから当然の様に、可愛く思えるし好きにも成る。
今も気を抜けば早鐘を打つだろうと思っている、だが良く考えてみれば当たり前の事で、まだスチイは幼さ残る少女だ、そしてスチイにとっての俺は恩人であり一時の親代わりなのだろう。
最近に至っては両親の病気を治してくれた人、ととか思っているかもしれない。
今はスチイの表情を見るのが怖く、目を瞑ったままでグルグル恩人、親代わり、と考えていたら、耳元に魔王の足音が聞こえて来た。
目を開けると大きな馬の顔が近付いて来て、スチイの顔をペロリと舐めた。
普段なら羨ましいと思う光景も、今ばかりは少しだけ助かったと思う。
スチイを開放してやると、元気に魔王と駆けて行った。
「パパぁ」「ヒヒーン」
仰向けに寝転がっているとスチイと魔王が呼んでくれる。
俺は両の頬を手で二度ほど叩き、起き上がってスチイの元へ走り出した。
何もかもを忘れる様に、邪念を振り払う様に全力で砂浜を走った。
スチイと魔王の居る所まで辿り着いて、スチイを抱き締めたくも有るが戸惑い、誤魔化す様に魔王の馬体を軽く叩く。
スチイは俺を見上げながら首を傾げ、魔王が俺の背中を押してスチイに寄せる。
押された俺は、バランスを崩しながらスチイの方へよろけ出る。
そんな俺を、スチイは小さな体で強く抱き止めてくれた、あぁ良い、やっぱり俺はスチイの事が大好きだ、我慢出来なくなり、いや我慢する必要など無いとスチイを優しく抱き締めた。
スチイの体を抱き締めていた手を解き、両肩に添えて腕の長さに体を引き離した。
片膝を砂地に着けスチイに目線を合わせ、正面から見つめて言葉を紡ぎだす。
「俺はスチイのことが好きだ、スチイと一緒に旅がしたいし、一緒にダンジョンにも行きたい、スチイと一緒に居たい」
「一生一緒だよ、パパ」
俺の言にスチイは嬉しい葉を返してくれる、会って間もない頃に言った言葉をまだ覚えていてくれたのかと感動する。
そして今受けた言葉に対して、素直な気持ちを声に乗せて伝える。
「スチイは世界一可愛い、大好きだよスチイ」
「スチイも大好きだよ、パパ」
せっかく話し易い距離を持ったのに、言葉と共に体が自然とスチイを抱き寄せてしまった。
強く抱き締められたスチイは少し苦しそうにしながらも、『大好き』だと言ってくれる。その言葉にネックレスを贈りたいと思う気持ちが、最高潮に達する。
抱き締めた手を離して、ネックレスの入った貝殻を取り出し、スチイの目の前で開いて見せて、優しく問いかける。
「これを受け取ってくれるかい?」
「……ありが……とぅ、パ……ノーバン様」
スチイの様子が何時もと変わった、少し震えた声でゆっくりとお礼を言ってくるが、両親の前でも無いのに俺の事を名前で呼んだ?
スグにでもネックレスを掛けたかったが、貝殻を持ったまま抱き寄せてスチイが落ち着くまで待つ。泣いていると思った……、声が震えていたのだから。
よほどネックレスが欲しかったのだろう、考えて見れば装飾品の類は身に着けていなかった。孤児院に居たのだから当然なのだが、幼くとも女性なら着飾りたいだろう、ましてや髪を短く切り帽子を深く被った生活をして来たなら尚更だ。
この国に来なかったら、俺はスチイにネックレスを買わなかったかもしれない。
もっと早くに気付いて、装飾品の一つも買ってあげるべきだった、少し遅くなったが心からの贈り物だ。
スチイが落ち着いた所で、帽子をそっと外して声を掛ける。
「後ろを向いてくれるかい」
「はい」
スチイの髪は出会った時に比べ大分伸びている、ネックレスを掛けられなくはないふが、女性らしさを身に着けて欲しいと思い、言ってみる。
「少し髪を上げてくれるか」
「……えっ……はい」
スチイは自分の短い髪に少し戸惑った様だが、俺の言葉は理解した様で、スグに髪を上げてくれた。
自分でお願いをしておいて何だが、少女が自分で髪を上げて首筋をさらけ出した姿を見るのは初めてで緊張する。
透き通る様な白い肌に、染め残した生え際の金色に輝く産毛、髪を掻き上げる小さな手と細い指。肩越しに見える鎖骨の張り出しと、そこに出来る深い谷、その谷から競り上がる首筋。
首を前に傾ける事で浮き出た頚椎、首の骨の隆起が少女の美しさを際立たせる。
少女とは思えない程に色っぽく艶かしい、今なら吸血鬼の気持ちが分る様な気がする。なんと表現して良いか分らないが堪らない。
少しの間、見惚れて待たせてしまったかもしれない、慌てて貝殻の入れ物からネックレスを左手で取り出し、右手の貝殻はポケットに仕舞う。
ネックレスを女性の首に掛けるのは初めてで、スチイの首に掛けようとして迷う。
髪を掻き上げた腕や手が障害に成る、考えた末に、肩と腕の隙間から触れない様にそっと手を差し入れる。
両手を差し入れたら今度は手探りに、スチイの胸元でネックレスの端と端を手繰り寄せ、左手には輪を右手に留め金の細工が来る様にして持ち直す。
そっと手を引き寄せて、少女とは思えない様な艶っぽい首筋を眺めながら、ネックレスの留め金を掛ける。今日のスチイの服に合わせる様に短めに鎖を調整した。
「髪を下ろしてコッチを向いてくれるか」
「どぉう……かな?」
振り向いたスチイは恥しそうに、少し俯いて上目遣いに聞いて来る。
もしそんな風にお願いをされたら、何でも言う事を聞いてしまうほど可愛い、だが今は何かをお願いされている訳じゃない、そしてスチイが可愛いのは何時もの事だ。
鎖骨を通る白銀の鎖が輝き、少女の色香を大人の艶やかさへと変え。
スチイの白くて薄い、いや薄く微かに骨の浮き出る胸元に、浅瀬の海の様な色の真珠が煌いている。つい見惚れてしまった。
「とっても良く似合ってるよ」
「ありがとう……一生一緒だね」
「ああ一生一緒だ」
「ノーバン様大好きぃ」
「俺も大好きだよスチイ」
スチイがネックレスをした感想は色々有るが、多くを語る必要は無いと思った。
そしてスチイは先程と同じ言葉を投げ掛けてくれる、どうやら此のフレーズが気に入っている様で、俺も特に否定する事無く同意する。
御両親に会えた今、俺の元を離れてスチイは家族と一緒に過ごす事に成るだろう、それでも一緒に居たいと思う気持ちに嘘は無い。
そしてスチイは「好き」だと言ってくれた、今はそれだけで良い、どんな意味の好きかなんてどうでも良いと思った、俺すらも分らないのだから。
今日のスチイは泣き虫で、涙を零しながら抱き付いて来た、俺の左肩に顎を乗せ、左手を首に回して右手は脇の下から背中に回し、強く抱き締めて来くる。
俺もスチイの事を抱き返した、しばらくして泣き止んだ様でスチイの力が抜けて来くる、背中に回した左手は残し、右手だけを下げてスチイの柔らかい太腿に添えて抱き上げ、その場で目が回るまで何度も回った。
息を切らしながらスチイをそっと砂浜に降ろして、俺は大の字に寝転ぶと、スチイは俺の左腕を枕に、魔王は俺達の風上に寝転んだ。
スチイは、お父さんの赤い髪と目の色を宿した赤い瞳に、お母さんの金色の髪をそのままに受け継いだ、そして今、お母さんの青い瞳の色がスチイの胸元で輝いている。
だが、その事を告げるのはもう少し先に成りそうだ、白く染めた髪のスチイには今はまだ言えないと思った。
日の光を浴びた俺達は、早めにお城へ帰る事にした。
起き上がったスチイも魔王も砂だらけだ、魔王は尻尾で砂を払い、俺はスチイの後ろに回り体に付いた砂を払う。
髪は梳く様に払い、肩を撫で払った後に、肩から胸の下まで優しく丁寧にゆっくりと微かな膨らみに沿って手でなぞる。
腕は片手で横に引き伸ばして、片手でマッサージする様に優しく強めに摩る。
もう片方の腕も同じ様にして、脇の下から二の腕、手首まで丁寧に摩る。
お腹は少し叩く様にして払い落とし、腰は骨盤に沿って骨を撫でる様に優しく前からと後ろから手を這わす。
太腿は少し強めに内側の股の深い部分から、丁寧に片足づつ両手で揉む様に撫で回し。膝から足首に掛けては、両手で包み込む様にして撫で下ろした。
今度は前に回り、抱きしめる様にして肩から背中、腰までを何度も擦る様に撫で下ろし、お腹に抱き付きながら手を交差して、右手と左手を反対側のお尻に届かせて砂を払い落とす。
「ヒャッン」
「ごめんごめん、もう少しだから」
スチイが色っぽい声を上げるが、俺は手を止めない、止まらない。
お尻と太腿の付け根まで、スチイの体の線に合わせて丁寧に撫でて砂を払い落とす。
「終わったよ」
「もぅ、エッチ!」
スチイは『エッチ』と言いながら、砂だらけの俺に軽く抱き付いて来た。
あぁあぁまた砂が付いてしまうと思ったが、何とも言えない幸せな気分だ。
最後は、やり過ぎたと思ったがネックレスの効果か言葉ほど怒っていない様だ。
そもそも俺は砂を払い落としただけで、下心なんて少ししかない。
スチイを軽く引き離して帽子を乗せ、今度は魔王の背中を綺麗にする。
毛並みに沿って、風が馬体を駆け抜ける様に丁寧に砂を払った。
魔王に一声掛けてからスチイを背中に乗せて、今度は二人で魔王の首や鬣の砂を落としてゆく。
魔王の砂も払い終わり、手綱をスチイに渡して歩きながら自分の砂を払い落として行く。
帰りにスチイは、何度も自分の胸元に視線を落として微笑んでいた。
少女から女性へと変わる瞬間だったのかもしれません。
でも筆者からしてみれば、まだまだ子供ですね。
話中には出て来ませんが、少し離れた浜辺に桟橋が有り漁師が居て、他にも遠くの岩場に海女さんが海藻等を採っているようですが、主人公にの目にはスチイちゃんしか映ってないようです。




