海辺、四章五十話
スチイへの贈り物を買った翌日、何時もの様に厩舎へヤギのミルクを貰いに行く。
勿論付き人のお姉さんと一緒だ、少し遅れてスチイもやってくる。
「おはよう」
「「おはよう、スチイ」ちゃん」
軽く挨拶を交わしてスチイも乳絞りを手伝い始める。
お姉さんとスチイは、一緒に乳絞りをする様に成ってから凄く仲が良い、それはもうユリの花の如く。
今日は後から来たスチイに乳絞りを任せて、お姉さんは後にしゃがんで見守っている感じだ。俺はヤギの後ろ側からニコニコ、いやニヤニヤと様子を見る。
顔にミルクが跳ねたスチイは目を瞑り、顔を横に背ける、白い液体の付いた頬をお姉さんが綺麗に舐めてから、軽くキスをした。
「美味しいぃ『チュッ』」
「ヒャッン」
それを見た俺は元気に成り過ぎて、二人まとめて抱き締めたと思ってしまう。
だが我慢だ、なるほどお姉さんの様に、スチイに聞かずに舐め取ってしまえば良いんだ、俺は聞いて許可を得てから頬を舐め様としたのが悪かったのだ。
それにしてもヤギの乳を搾るスチイの手付きも実に良い……、最近は慣れた様でヤギも嫌がる事無く、気持ち良さそうに搾られているくらいだ。そう実に気持ち良さそうに。
ヤギの乳搾りも終わり、調理場でミルクを加熱している間にスチイをデートに誘う。まぁ雰囲気的には散歩に誘う感じだが。
「スチイ朝食を食べたら一緒に出かけようか?」
「はいパパ」
嬉しい事にスチイは、返事をしながら抱き付いて来た。
最近はスチイが少し柔らかくなった様に感じる。いや体がじゃなく体に纏う空気とか雰囲気と言うか、両親に合えたせいか何処か余裕のような物が出来てフンワリと優しくなった気がする。
親に会うまでは俺が隣で守ると言っても、何処か誰かからの視線を気にする様に気の休まらない雰囲気と、若干の怯えや甘えから俺に抱き付く感じだった。
でも今は違う、同じ抱き付くでも、嬉しさを体で表現して、喜びを分かち合う様な優しく自然でとても暖かく感じる。
やはり子供には親の存在が大きいと、つくづく思ってしまう。
少し冷ましたミルクを受け取り、スチイに手を振って自室に戻る。
朝食を頂いた後、エルフの族長に午前中はスチイと出かける事を伝えた。
「楽しんでらっしゃいね」
「えっええ、そうします」
もしかしたら反対されたり、護衛を付けるように言われると思っていたが、薄笑いを浮かべながら良い返事を貰え、少し驚きつつ素直に返した。
食事を終えて部屋に戻った俺は、何時もより身奇麗にしてネックレスを忘れてないか何度も確認してから部屋を出た。
向かう先は姫様の部屋だ、食事の時にスチイは俺たちと一緒ではなかったから、自分の部屋には居ないだろう、なら姫様の部屋だと思った。
部屋の前で扉をノックして声を掛けた。中からスチイの声以外に男の声が聞こえてくる、若様も姫様の部屋に居るのだろう。
家族の憩いの時間を邪魔して悪いとも思うが、これからは何時でも好きな時に会えるのだ、俺にも幸せをチョットだけ別けて欲しい。
少し待つと扉が開きスチイが出て来た、その後ろには御両親も立っている。
スチイだけなら何も言わずに立ち去れたのだが、御両親に顔を合わせて何も言わずに子供を連れ出すのも不自然だ、少し照れるが何か言わなくては……。
「しばらくの間、スチイちゃんを御預かり致します」
「娘を宜しくお願いします」
「はいお任せ下さい」
俺が御両親に挨拶すると、声の出せない姫様は軽くお辞儀をして、若様が返事を返してくれる。
挨拶を終えるとスチイは御両親に手を振りながら、『いってきます』と元気に声を掛けて歩き出す。
御両親の目が少し不安そうに見えたのは気のせいだろうか? 一度振り向いて見たが笑顔で手を振っているので、スチイと手を繋ぎ顔を合わせて通路の角を曲がった。
何となくだがスチイが見えなくなるまで、後で手を振っていた様な気がする。
「まおうは連れて行かないの?」
スチイの言葉に少し迷う、これからデートだと思っているのは俺だけらしい。
スチイは何時もの散歩だと思っているのだろう、だが魔王も言葉は分るかもしれが喋れる訳じゃない、邪魔には成らないだろうと思い散歩に連れ出す事にした。
スチイは俺の話を聞いていた筈だが、最初から魔王とも遊ぶ気だったのか、エルフ族に貰った長袖に長ズボンに大きめの帽子で、男の子の様な見た目だ。
これで馬を引くと身奇麗にして来た俺だけが浮きそうな気がする。
厩舎へ行って魔王を出したは良いが、城から出ると町の中だ、手綱無しでは不味い、ハミを付けて鞍は迷う豪華な鞍は目立ち過ぎる、普通の鞍を借りて着けようとするも、魔王が着けさせてはくれなかった、仕方なくハミに手綱だけでお城から連れ出した。
普通の鞍とは言えお城の物を厩舎係りに言って借りようとした物で、一般市民からしたら高級な物の筈だが、魔王にも好みが有るのだろう何も言うまい。
でも、後で我侭を言った分の罰を与えてやる。
魔王の手綱をスチイに持たせて、俺は左手をスチイの肩に重さを感じさせない様に軽く乗せる、道の右側に沿って町の中を見ながら歩いて行く。
大きな馬体をした魔王の隣を、小さなスチイが歩いてるのを見ると踏み潰されそうで怖い、が馬は頭が良く視野も広い、ましてや魔王の事だからスチイを守る事は有っても傷を付ける様な事は有り得ない。そこは信用している。
それでも魔王が大きいせいか町の人が皆、振り返ってまで魔王を見ている。
スチイも視線に気付いてか、帽子を深く被り少し俯いてしまう。
「大丈夫だよスチイ、皆は魔王の大きさに驚いて見ているだけだから」「ヒンッ」
「……そ、そうだよねパパ」
俺の言葉に魔王は小さく一鳴きし、スチイは俺と魔王を何度か交互に見て、納得した様に返して顔を上げてくれた。その顔は俺と魔王に守られて誇らしそうな笑顔をしている。俺はこの笑顔を守りたい。
町の中を海へ向かって歩いて行くと、徐々にお店が少なくなり民家が間隔を開けて立ち並ぶ様に成って来た。
俺は一度足を止めスチイと魔王に話しかける。
「スチイ、魔王に乗りたいか?」
「うぅぅん、乗りたいけど……クラが無いよぅ?」
「そうだよなぁスチイ、久々に乗りたいよな」
「ヒッ……ヒッン……」
スチイは優しいから馬にも気を使う、だが俺は半ば無視して強要する様に同意を求める、が答えたのはスチイではなく魔王だった。
魔王はスチイの方を向き頷きながら鳴いた後、俺の方を見て軽く一度だけ首を横に振る。スチイは良いけど俺はダメって事だろう。
我侭を言った魔王へ、俺なりの罰の与え方だ。
鞍無しで人を乗せるのは色々な意味で大変だろう、足を掛ける鐙が無く人の全体重が掛かる背中は、擦れるし重いし痛いだろう、そして乗ってる人がバランスを崩そう者なら、手綱や鬣を引かれるから、そう成らない様に気を使う筈だ。
そして乗ってる人は落ちない様に、馬の胴体を強く足で挟み込む。
我侭を言うとどうなるか、身を持って思い知るがいい、ふっふふふ。
「そっと乗せるからな、スチイ」
「まおう大丈夫?」「ヒンッ」
スチイの問い掛けに、魔王は力強く頷き返事をする。生意気な奴め、鞍無しで人を乗せる事の大変さを思い知るがいい。
俺は色々な意味で綻ぶ顔を隠しスチイの後ろに回り込み、腰の辺りに両手を差し入れ高く抱え上げて魔王に乗せた。
「スチイ、手綱は短く持って、足で魔王に抱き付くと良いよ」
「はいパパ」
スチイが魔王の手綱を短く持ち、その手を俺が軽く逆手に掴み、何か有ったら抱き寄せられる様にする。
スチイの体制が整うのを待ってから、俺と魔王はゆっくりと歩き出す。
「遠くまで見えるよぅ」「ヒンッ」
「良かったな、スチイ」
どうだ魔王、これに懲りたら素直に鞍を着ける事だな、とニヤニヤしながら魔王を見てみると何でもない、むしろ嬉しそうな表情をしている?
少し気になった俺は、魔王の耳元に小声で話しかけてみる。
「魔王、スチイが軽いとは言え、鞍無しで乗せるのは大変だろう?」
「ニィィ」
俺の言葉を理解してないのか?、魔王は歯を見せて嘲笑っている様だ。
大変な苦労な筈だが何が可笑しいのだろう?
そして魔王が俺の方を見る振りをして、スチイの方を見た気がした。
馬は視野が広いから前を向いていても俺が見えてる筈だ、少し横を向くのは、たぶん真後ろや背中が気に成った時だろう。
何となくだが魔王の気持ちが分った気がする。
鞍無しで服を着てるとは言え直接スチイを背中に乗せて、柔らかい感触を楽しんでるに違いない、魔王にとっては罰どころか御褒美にしかなってない気がする。
さっき僅かに横を向き、背中の辺りを見たのも、スチイが背に乗り自分の体を可憐な足で締め付けているのを確認して、喜んでいたに違いない。
こいつはエッチでスケベで変態だ、しかもスチイの可愛いお尻に目を付けるとか許せん。そんな奴は馬に蹴られて死んでしまえばいい。
最初からスチイのお尻が目当てで、鞍を付けさせなかったんではないだろうか?
俺が鞍無しでスチイを乗せると言い出さなくても、スチイの服を咥えて背中に乗る様に勧める気だったのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、民家は無くなり砂浜近くに小屋が建ち、それを通り過ぎたら白い砂浜と青い海だ。
「わぁ海だ!」
スチイが歓声を上げて喜ぶと、魔王は少しだけ歩速を上げて砂を蹴散らし、海の浅瀬を力強く水飛沫を上げながら歩いて行く。
しばらくすると魔王は立ち止まり、俺とスチイの方を見る。
スチイのお尻は十分に堪能したって事だろう、俺はスチイに両手を伸ばして脇の下へと差込み、勢い良く持ち上げ、その勢いのままにグルグルと二、三度回りながら徐々に勢いを緩めると、スチイが俺の首に腕を回して抱き付いて来た。
俺も片手づつスチイの背中に回して抱き締めて、ゆっくりと自分の背中から砂浜に倒れ込む。
「パパ、だいじょぅぶ?」
「あぁ少し目が回っただけだ」
スチイが心配そうに首に回した手を離しながら聞いてくるが、俺はスチイの体を離さない、抱き締めたままで半分嘘の答えを返す。
抱き締めたままスチイの重さを感じたかっただけだ、魔王が背中にスチイを感じたなら、俺は胸にスチイの体を重ね、重さとぬくもりを感じたかった。
勝ち誇った顔で魔王の居た所を見たが、すでに魔王はそこに居なかった、かなり遠くを気持ち良さそうに走ってる。クソッ、俺の方が仲が良いんだと見せ付けてやりたかったのに。
でもまぁスチイのぬくもりを味わえたし、良しとするか。
ネックレスを渡す所まで行けると思ったのですが、少しだけ魔王が割り込んできました。
装飾品関係の話は男性陣にとっては面白い話ではないかもしれませんが、意外と多い(だろう)女性読者の為に少しだけ話数を貰いました。




