装飾品店
族長達との話し合いも終り部屋に戻った俺は、明日の準備をする。
俺の明日の午後からの予定は、病院へ行って患者の治療と、勝手に決められてしまった。ただ予定を決められたのは俺だけではなかった、エルフの族長の旦那の予定も本人の承諾無しに決められ、明日の朝から竜人族の国へ早馬として走るらしい。
何でも早馬で竜人族と人魚族の国に来たエルフは、エルフ族の国と人間族の国へ、魚やヤギや牛の手配の為に早馬として走ってしまい、適任が族長の旦那さんしか居ないとの事だ。
竜人族の国へ走ってもらい貿易の為に竜人族の国から、山の幸と鶏肉を人魚族の国へ至急送ってほしい旨を伝えるらしい。
族長が勝手に決めた俺の明日の予定の中に、午後の治療の準備と、手持ちの魔石での治療可能な人数と日数の計算、それと病気の原因や症状、治療法に予防法と原因の寄生虫の詳細等を書き出し纏める様に頼まれている。
だが俺も忙しい、朝はお姉さんの乳を搾りたい、いや、お姉さんとヤギの乳絞りをしたいし、スチイとも遊びたい、魔王の相手もしないと機嫌を損ねる、そして町に買い物に出て揺れる果物を見て回りたい。だから出来る仕事は今日片付ける。
まずは簡単な事からと、今日使ってしまった命の魔石を旅の荷物の中から取り出し補充する。残りの魔石も多くは無い、数個は残すと考えて毎日午後からの治療としても五日分位か。治療可能な人数も書き加える。
魔石以外の治療に使った道具は、病院に有った物だ、俺が買って持ち込んだ物より質が良い。
そして面倒だが奇病の考察を箇条書きした後に、整理しながら書き直してゆく。
アニサキスは魚介類に寄生し、イルカやクジラの体内で卵を産み糞と一緒に海に流れ、小海老等が卵や小さな幼虫を食べその小海老等を食べた魚に寄生し、魚と一緒にイルカやクジラに食べられてを繰り返す。
寄生したアニサキスは内臓に住み着き、魚等の場合は宿主が死ぬと壁を食い破り筋肉に移動すると言われているが、血流が止まるせいか水揚げされ体温が変化するからかは分らない。
それを人間族が食べても殆どの場合は何事も無く、一部の人は約一日の腹痛を起こし、まれに激痛を訴える者が居ると言う程度で人間族の体内でアニサキスは長く生きる事は無く、筋肉内に寄生されたと言う話は無い。
人魚族の方の場合は筋肉に寄生されるも、患部が内蔵から遠く、大きな幼虫が壁を食い破ったとは考え難く、アニサキスの卵や小さな幼虫を食べた小海老や魚を生で食べ、小さな者が何処かの血流に乗って筋肉まで渡ったと考える方が妥当かと思う。
人間族にも似た様な寄生虫の脅威は居る、それは『広東住血線虫』と言い、ネズミの体内や内臓に住み着き、ネズミの糞と一緒に卵が排出され、その卵をカタツムリが食べて体内で成長し、カタツムリごとネズミに食べられてを繰り返します。
そのカタツムリを触り卵などの付いた手で何かを掴み食べて、人間族の体内に入ると脳に寄生し死に至らしめます。
線虫類が本来の宿主以外に寄生した場合に、病気を引き起こす事は珍しくないし、血流に乗る事も特定の部位に狙った様に寄生する事も有る。
ゆえに筋肉だけに寄生したと思いたいが、経過観察は必要です。
『広東住血線虫』も成虫の大きさは数cm有り、アニサキスより若干小さい程度です。原因さえ分ってしまえば不思議な事では有ない。
ただ人魚族と人間族とで種族的な違いからか、人魚族にとっても、昔から魚を食べている人間族にとっても、初めての奇病の症状に原因の特定が難しかったとのだと思われます。
アニサキスは加熱する事で死滅しますが、人魚族の言い伝えは守った方が良いでしょうし、前回お話した様に同種食いの罪で神の怒りに触れる可能性も有り。
その場合普通は心が壊されると言われ、頭の中がカラカラに乾いたのヘチマの様に成るとの事です。
治療には強い痛み止めと命の魔石が必要で、中には痛み止めの効き難い方も居ますが、モルヒネ錠の魔石を手に入れれば治療が可能だと思います。
あと何度も蒸留を繰り返した『酒』消毒液も有った方が安全です。
治療方法は口頭や文章での説明は難しく、一緒に立会い見て覚えて貰うしかない事も書き加えてとじる。
俺は族長達との話し合いで遅くなり、更に蝋燭の暗い明かりの中で資料を纏め、睡魔と疲れ目の為に鉛筆を置くと寝てしまった。
翌朝、明るい日の光で目が覚める、急ぎ着替えて部屋を出ようとした所でヤギの鳴声が聞こえてくる、少し寝坊したと思い族長の部屋は寄らずに厩舎へと向かう。
そこにはお姉さんとスチイが居た、やはり遅かったか、二人はヤギの乳搾りに一生懸命で俺には気付いて無い、静かに近付きニンマリと覗き込む。
スチイの顔にはまた白い液体が付いている、それをお姉さんが手で拭き取り舐める。何となく俺は白い色からユリの花を思い描きニヤニヤしてしまう。
寝坊したが中々に良い者が見れた、眠気も晴れて元気に成る。
スチイが俺に気付き走って来て抱き付き、一度胸に顔を埋めてから顔を上げる。
「おはよう、パパ」
「おはよう、スチイ」
「……パパ、ありがとう」
「うん? 何がだい?」
「お父さんとお母さんを治してくれて、ありがとう」
「あぁどう致しましてスチイお嬢様」
俺がそう言うとスチイは恥ずかしそうに、抱き付いて来て胸に顔を埋めてしまう。お嬢様の作法としては失格だと思いつつも、片手で抱き締め、もう片方の手で頭を優しく髪を梳かす様に撫でる。胸に熱い感触が有るが泣いているのだろうか?俺にお礼を言った事で改めて実感でもしての嬉し泣きだろう、お父さんとお母さんに再会できた時にも泣いただろうに、涙が枯れてしまうんじゃないかと心配に成ってしまう。
スチイも泣き止みヤギの乳搾りも終わったので、調理場に行き加熱処理したミルクを受け取り部屋へと戻る。
ミルクを飲んだ後に皆と一緒に朝食を頂き、また厩舎へと向かった。
厩舎に入ると魔王を外に出した、ヤギも可愛そうだと紐を掛けて連れ出す。
魔王は裏庭を走り回った後に一つ嘶くとスチイが顔を出す、魔王は後ろ足だけで立ちスチイにおいでおいでする。始はスチイの事を馬鹿にしていた魔王だが、今は俺よりスチイの方を気に入っている様に思える。
しばらくするとスチイが出て来たので、ヤギの紐を長めにして草の近くの木に縛り、スチイと二人で魔王の馬体を洗った。
この後は魔王もスチイも日向ぼっこだろう、俺は魔王にスチイの事を小声で頼み、スチイにも一声掛ける。
「用が有って出かけるから魔王とヤギの事を宜しく頼むよ」
「はいパパ」
良かった、一緒に付いて来るとか言い出すかと思ってたが杞憂だった。
俺は町に出かけるが、魔王も居るし窓からスチイの両親も覗いてる心配は無い。
お城を出て町の装飾品店を探し歩く、町の大通りは馬車がすれ違えるほど広く、風で飛ばされてくるのか海砂が薄く敷かれている。
海砂は走るには向かなそうだが、歩くと踏み締める感じが雪の上を歩く様な感触に似ていて柔らかく、『ザッザッ、サクッサクッ』と言う音も心地良い。
装飾品店は儲かるのか見た目重視なのか、お城の様に壁を白く塗っていて分かり易かった。
早速お店に入り端から見てゆくと、小さな貝殻を隙間無く繋ぎ合わせたブレスレットや、珊瑚をバラの花の様にした加工品も有り、その美しさに見入ってしまう。
でも俺が探しに来たのはスチイに似合うネックレスだ、店内を端から端まで見てゆくが真珠のネックレスは置いて無い。
町中の女性の多くが真珠のネックレスをしているのに置いてないのか?と不思議に思いながら店員に聞いてみると、真珠のネックレスはチェーンと真珠を選んび組合わせるそうだ。
言われて店の外の歩く女性の胸元を見ると、胸の谷間に真珠は輝くが首周り全てを真珠で繋いでる女性はいない、真珠は一つが多く数個付けたネックレスも有るが奇数で真ん中の真珠が大きく、数えられる位で絹糸に金糸を織り込んだ物や、金属製のチェーンに繋がれている。
絹糸に金糸を織り込んだ物は美しく見え、素材的にも軽そうだが手入れは大変そうだ、迷うが金属製のチェーンの方がスチイには良いだろう。
店内に戻り真珠とチェーンを見るが気に入る物が無い、真ん丸で大きな真珠も有るがスチイにはどうだろう?スイカの様な大きな果物を抱えた女性なら合いそうだが、スチイには似合わない気がする。
値段の高い物が良い物だろうと見てゆくが、値段が高いのは大きい物ばかりだ、丸さや輝きも有るだろうが、小さい物は別の場所に置かれている。
今度は少し小さめの物で探すと、黒いのに光り輝く物や、綺麗な虹色を返す薄桜色の真珠も有る、だが黒では白い肌の色から目立ち過ぎるだろう、薄桜色はスチイの肌に溶け込み虹色の輝きだけが残るのだろうか? でも合わない気がする。
贅沢を言っている訳では無いが妥協したくない。
お店を出て他の装飾品店も見て回る、良い物は有るが気に入る物が無い。
大通りのお店は全て回ったが今一つピンと来ない、他にもお店が無いかと探したが大通りから外れると道も分らず、お店なのか民家なのかも分り難い。
俺は地元の人に聞いてみようと……、そして同じ聞くなら大きく揺れる果物を抱えた人が良いと思い、辺りを見回し大きなメロンを抱えた女性を見つけた。
女性は深い谷間に綺麗な真珠のネックレスを下げ歩いてくる、軽く挨拶し胸に輝くネックレスも褒めてから、装飾品店でお勧めのお店が無いかと聞いてみたが、男が何を買うのかと質問に質問で返されてしまった。
少し言い淀みはしたものの、プレゼント用に似合うネックレス探し、大通りに有るお店は全て見たが、気に入る物が無いと正直に答えた、そしたら急に態度を変え近くの女性を集めだし、皆で情報を集め一件のお勧めのお店を教えてくれた。
別れ際、皆に頑張りなさいと背中を押される、頑張って探せと言うことだろうが、女性の装飾品に掛ける意気込みや思い入れに圧倒されてしまう。




