族長へ一矢
俺は治療室の確認をして、治療道具と薬品に痛み止めの検証も出来た。
この病院の医師と看護師のおかげだ。本当にありがたい。
エルフの族長が一度部屋を出て、人魚女王と姫様とスチイの三人を連れて来た。
そしてエルフの族長の話では、ここで姫様の治療を行ってもらい、それを他の患者にも見せて欲しいとの事だ。その話に女王も頷いている事から決定事項だろうと思う。
俺は姫様に視線を向けるが、姫様も聞かされていたのか頷いて答えてくれた。
そして俺は、治療中に着る様に言われて黒く薄い布を渡される、医師や看護師は汚れが分り易い様に白に近い服を着ている、何故俺には黒? と思って首を傾げてみたが誰も異を唱えない、何か意味があるのだろう。そんな事よりも診察と治療の手順を頭の中で、整理しなければと気持ちを切り替える。なにせ公開治療の上に本番一発勝負だ、それに比べたら黒布など細事だ。
エルフの族長の話が終わると、俺は姫様に診察台の端に腰掛けてもらい、診察を始める。痛み止めを飲んだ後では診察は出来ない、飲ませる前に必要な診察は全てしなければならない。順番を間違えたら何も出来なくなってしまう。
診察には手前の、カーテンで仕切られていない通常治療用の診察台を使う。
先ずは今日の体調から確認した、姫様は俺の質問に首を縦に横に振る事で答えてくれた。念の為に自己申告だけではなく、大きく口を開けてもらい咽の腫れが無い事や舌の色に歯茎の状態も確認した。
首筋から顎付近のリンパ節に、目に充血が無い事、手足のむくみの状態、そして体温、体温は相手の体を自分の手で触り、暖かく感じるか冷たく感じるか、その程度だが必要な事だ。
今まで人魚族として認識して触れたのは、スチイと姫様と今日の看護師だけだ。
スチイは朝、体温は低いが、昼、夕方等は俺と変わらない、ただ竜人の血も入り何より子供だ、参考には成らない。
姫様は昨日も今日も変わらず俺より少し体温が低い、そして参考にするのは看護師の体温だ、俺は念入りに看護師の柔肌に触れて体で覚えてる、その為、皆に白い目で見られたのは仕方の無い事だ、言った所で言い訳にも聞いて貰えず、相手の気持ちを逆撫でするだけだ。
そして看護師も姫様と同じ位に体温が低い、種族的なもだろう問題無しと判断する。
少し気に成った内臓への寄生の有無も、今出来る範囲で確認する、治療中には何が有るか分らない、暴れられても困る心配事は潰しておく。
「姫様、服を捲りお腹を見せて貰えませんか?」
「……」
俺は姫様だけを見つめてお願いしてみたが、姫様は少し俯き俺を睨む様に見上げて縦にも横にも首は振らない。
周りの視線が熱い気もするが無視だ。更に言葉を重ねる。
「姫様のお腹を見て触りたいのです。とても恥ずかしいお願いですが、診察したいのです」
「……」
姫様は完全に俯き、自分のお腹に手を当てている。もう少しか?もう一押ししてみるか。
「姫様『ノーバン』診さ……つ。……はい! 何でしょうか? 族長」
姫様を説得しようと声を掛ける俺に、被せる様にしてエルフの族長が話しかけてくる。俺は少し上ずった声で返事をしてから、用件を伺った。いや、そうせざるを得なかった。
「恥ずかしいのはノーバンかしら? それとも姫様かしらね?」
「勿論、恥ずかしいお願いをする俺ですよ、顔が赤くなりそうです」
族長の言葉には怒気が含まれ、目も細い目を更に細めてる。少し怖いので族長から目線を逸らして、姫様の胸に抱えるメロンに目を向け少し微笑む。そして俺の恥ずかしさを正直に答えた。
「お腹を見せる姫様の気持ちはどうなのかしらね?」
「そうですねぇ、体型も美しく肌も綺麗で、自慢する事は有っても恥ずかしがる事は無いのでは?」
族長の質問に俺は、メロンだけを見ていた視線を引いて姫様の全身を観察しながら、思ったままを述べてみた。俺も時には正直だ。姫様は俺の視線に気付いてか、近くに有った毛布を手に取り体に巻きつけてしまった。
「はぁあ、ノーバン!」
「…………分りました。服はそのままで良いですから、少しだけお腹を押させて下さい」
体に毛布を巻き付けた姫様と、怒気を含み、睨む様に見てくる族長が相手では折れるしかないだろう、姫様の体は諦めた。
今は医師に看護師、スチイに女王様まで居る、直接お腹を見ながら触りたかったが、服の上からで我慢しよう。そう我慢だ。
俺はお腹に触れる事と、力を抜いてくれる様に姫様に言ってから触診した。
触診と言っても簡単な物だ、指でなぞり、強めに押して……放す、これを各所で行い、掌でも同じ事をして反応を見る。
診察したが特におかしな反応は無かった、内臓に寄生されていれば、昨日の脹脛の時の様に、指圧に対して間欠の痛みが出ると思ったが、姫様は痛みを訴えて来る事は無かった。
他にも異常な張りやシコリ等も無いと思うが、服の上からでは微妙だ。
診察中、鳩尾に触れる時には緊張した、大きなメロンが近くに有るからだ、誰も見ていなければ少しは触れられたかもしれないが、皆の視線のせいで何も出来なかった、その時の触診すら記憶が曖昧だ。
服を着たままで、とても残念……だ。これでは肌の色の変化が見られないし、押した時の周りの変化や、放してから血色が戻るまでの時間、中には押された肌が黄色く成ったまま戻らない人もいる、他にも爪を立てて変色や復元力を見るのも良い、何もしなくとも部分的に真っ白な斑が有る人も居る。
元々打診は苦手で無理としても、耳を当てて心臓や肺の音を聴く事も出来ない。
服の上からでは十分な診察は無理だ。柔肌を見て触り確かめたかった。
人は知識を持っても大多数の無知に阻まれる、仕方の無い事だ。
俺は神の言葉を思い出す。『神の書で知りえた知識、そこに辿り着く道は、やたら話さないが身の為だ、それは死に至る道だから』とか何とか、出る杭は打たれる魔女が居れば狩られる、それが世界の理と言う事だろう。
診察だと言っても駄目なら、そう言う事だ、知り合いとは言え俺の言葉を信じない者に全てを話しても良い事は無い、気を付けよう。
診察も終わり治療の準備を始める。俺は渡された薄く黒い布を着る、いや被る、シーツの様な大きな四角い布に、首の部分だけ丸く切り抜いただけの一枚布だ。
姫様には移動してもらい、隣の薄いカーテンで仕切られた診察台に上って、うつ伏せに寝てもらう。顔が埋まり苦しいかと診察台の下から枕を出したものの、自前の枕を胸に抱えているので必要なさそうだ。丸く張りと弾力が有りそうな枕が胸に二つも有る。手に取った枕を姫様の顔の近くにそっと置きながら一言。
「姫様には必要無いようですね」
「……」
俺はエルフの族長に顔を向けて、ニヤリと笑みを浮かべ胸に手を当てて言ったみた。薄い胸を持つ族長には何が言いたいのか通じた様だ、頬を膨らませて横を向いてしまう。分らなかった様な顔をしたのは姫様だ、俺と族長の顔を交互に見ている。俺は診察の邪魔をした族長に対して、静かに一矢報いた。
カーテンで仕切られた重傷者の処置室の中は、俺と姫様、医師と看護師にスチイだ。スチイは頭から黒い布を被っている、そう顔も出さずにすっぽり布の中で幽霊の様だが、凄く薄い布で中からは外が見えているだろう。
治療に使う道具類は台車に載せ再確認をしてゆく、ガーゼや布、包帯や綿は二段目に入れ、『酒』消毒液と数種類の刃物にピンセットは上の段に。刃物は芸術家が使うアートナイフに似た様な、小型で切れ味の良い物を消毒してある。
俺の左手には魔方陣の描かれた手袋に、魔石が命、水、光、氷が手の甲に乗せられて包帯で固定されている。音の魔石と氷の魔石で迷ったが、今回は氷の魔石をセットした、使う予定は無いが念の為だ。そして台車にも命の魔石を乗せてある。
俺の左手は少しだけ不自由だが手は二本だけではない、人の手が二本だと思うは愚かな者だ、俺には医師と看護師の手も有る、何の心配もして無い。
そして台車の三段目には墨や筆、水の入ったビンや皿等色々入っている。
必要な物の確認も終わり、姫様の患部を今一度確認し墨で印を付ける。
脹脛は片足だけ出して印を付け、背中は今行うか迷ったが一応印だけはしようと思った。姫様の背中を拝みたいのも一つの理由だが、公開治療で何が起こるか分らないからだ。
姫様に確認して背中を診させてもらう、背中も今日の治療を予定していた様で、服は背中に紐で結ばれて開く形に成っている、一枚服を開くと中に黒いシャツを着ていて、シャツの一部が切り取られ丸く開いている。患部がその場所なのだろう。
姫様に確認しながら背中の患部にも印を付けた。そして静かに患部を摘み上げ、その横からと、肋骨側をピンセットで突き深さを確認すると、摘み上げた側を突いた時に姫様は頷き返した。良かった肋骨よりも外側だ。背中の治療も可能だ。
姫様に一度起き上がってもらい、薬を飲ませたら、いよいよ公開治療の始まりだ。
族長に声を掛けると、待合室の方から幾人もの女性が治療室へと入ってくる。
皆患者だろうが若い女性が多い、街中でも男女問わず若い人が多かった、種族が違うと老化現象の仕方も違うのだろうか? そして大人の女性は皆、真珠のネックレスをしている、それと数人の少女も混ざっている、治療で切開するのだが大丈夫だろうか?
中に青い目をした人は居るが、金色に輝く髪を持つ者は居なかった。
見学者の女性が大きな果物を持込むゆえに、今は、まるで花園ならぬ果樹園だ、美味しそうな果物に目移りしていると誰かに足を踏まれた、スチイだ、黒い布で顔が見えないが、肩を抱き寄せ落ち着かせる。
これからお母さんの治療だ、不安に成って近付いて来たのだろう、まだ子供だし嫉妬って事は無いだろう?
スチイの事を考えたら、見学に来た女性達が気に成って胸元を見ると……、ネックレスをしている。やはりスチイも欲しがるだろうか?
そろそろ痛み止めが効いて来る頃だ、俺は姫様の脹脛に痺れ薬を塗る。
カーテンの外では大きな看護師、いや大きなスイカを抱え俺から逃げた看護師が、見学者に色々と説明をしている。
やはり逃した果物は大きかった、とても悔しい思いだ。
今話、治療まで微妙に届きませんでした、次話こそ治療です。
大量出血とか不測の事態が起きなければ良いと願わずにはいられません。




