第百四十話、少女の体
アールヴと治療の約束を取り付けて話を終え食事処を出た。
女性に支払いを任せたせいか? 出る時に店主が何か言いたそうだったが、声を掛けられる前に俺だけ先に外へ出た。
アールヴが出て来るのを待って食事のお礼をを言い、俺が手を振るとアールヴは静かに頷き微笑を残して歩き出す。
新緑色の髪が揺れる後姿はとても綺麗で、つい目で追ってしまい、姿が見えなくなるまで見詰めていた。
アールヴを見送った後しばらく其の場に立っていたが、何時までもそうしていても仕方が無い、気を取り直し帰ろうとするも足も気持ちも重い。
呑みに行こうとして一度は昂った思い、アールヴの言葉で冷えたとは言え、まだ何処か燻っている。
その燻りを静めようと帰りにレモンを買って家に戻った。
普段は家でお酒を飲む事は少ないが、今の燻る思いをそのままに眠りに付けるとは思えない。少し飲んでから寝よう。
家の中にお酒の魔石は沢山有る、来客用に手土産用、そしてキャバクラのママへのプレゼント等、使い道に困る事は無い。
何より他の魔石と違いお酒の魔石は、劣化する事が無い、むしろ月日が経つほどに旨みが増す。
帰り掛けにレモンを買ったのは、何のお酒に入れても合うし、薄く切って口直しにしても良い。
レモンを片手にお酒の魔石を見ながら、レモンを入れた時の味を想像して選ぶ。
そして手に取ったのはビールの魔石。「よし! これに決めた」
他に強炭酸の魔石と氷の魔石にホヤの魔石、そしてグラスに皿と箸の用意して、レモンは長く十字に四つ切にした。
居間で寛ぎながら、氷の魔石でグラスと強炭酸の魔石を冷やし、炭酸水を作る。そこにビールの魔石を入れて魔力を流せば冷えたビールの出来上がりだ。
「シュワワー」「パチパチ」「プチプチ」、「早く飲んで欲しい」っと、ビールの声が聞こえてくる。だが早まってはいけない、俺はもう一手間掛ける。
ビールのグラスの上でレモンを絞り、透き通ったレモンの果汁がビールの白い泡の中へと消えてゆく。
たっぷりとレモン汁を飲み込んだビールを、今度は俺が飲み込んだ。
「プハー、旨い!」
焼酎やジンにレモンも良いが、ビールにレモンだって負けてない、優劣付けがたし、まぁ人によってはお酒にはライムが良いと言うかも知れないが、俺は断然レモン派だ。
ビールのコクにレモンの酸味、ビールの苦味にそれとは又違ったレモンの僅かな苦味、そして爽やかな風味。
一口目より二口目、そして三口目と美味さが増し、勢いが止まらない。
始めは混ざりきれていないビールとレモンも、徐々に混じり合い美味さを増す感じだ。
その日はホヤを肴にしてビールを飲んで寝た。
早くに寝たせいか翌朝はスッキリと目覚め、朝早くからダンジョンへ向う。
冒険者ギルドを通りダンジョンの施設に着くと、シャワールームへ入った。
朝からお湯を浴びれるなんて冒険者の特権と言っても良いだろう、中々に贅沢だ。
少しだけ身綺麗に成った俺は、地上二階へとエレベーターで上がり図書館に足を踏み入れ、ある女性いや少女の姿を目に入れ立ち止まる。
息を飲むほどに美しくも可愛い少女だ。
止めた足を前へ出し、気付かれぬ様にと静かに歩を進めたが、少女は顔を上げ目が合ってしまう。
俺が軽く手を上げると、少女も軽く頭を下げた。
別に知らない仲じゃないが、仲良しと言うほどでもない。
椅子に座り本を読む少女は、先日一緒に狩をした子供達の中の一人だ。
小麦色の肌に濃い茶系色の長い髪、目は細く黒に近い焦げ茶色の瞳。
花に例えるならチョコレートコスモスの様な少女で、食べる事は叶わないが美味しそうな見た目と香りを身に纏っている。
いけないと分っていても、つい手を出したくなってしまう、我慢だ我慢。
少女が手に持った本へと視線を移したので、俺は本棚を見上げながら探す。
そして手に取るは背表紙に「少女の体」と書かれた一冊の本。
他人に見られれば下衆の勘繰りをされるだろうが、識字率が低いせいで本を読みに図書館へ来る者は少なく、気にする必要は無い。
さて何処に座るか? 幅も広く長いテーブルの端の窓近く、明るい席に少女が座っている、図書館は広く態々近くに座る必要も無いが、近くに座ってはいけないと言う事も無い、狙うなら隣か正面の席だろう。
読書の邪魔をしたい訳ではないが、目が疲れて顔を上げた時に美しい少女が居れば、疲れた目も癒されるのではないだろうか? やはり正面の席が最善だろう。
そう思いつつも何故か少女と同じ側の席へと歩いてしまった、そして少女から椅子を一つ空けた席へと静かに腰を下ろす。
腰を下ろし本をテーブルに置いた俺に、顔を向けて優しく微笑んでくれる少女、窓から差し込む光に映し出され髪は輝き、まるで天使が微笑んでいる様だ。
少女が最大級の挨拶とも言える微笑を投げ掛けてくれたのだ、無言で返す訳にはいかない。
「読めない文字や分からない単語や表現が有ったら聞いてくれ」
「……」
少女は笑顔で小さく頷き返してくれた。
俺のつまらない社交辞令とも取れる様な挨拶に、笑顔で返してくれる優しい少女だ。
そして俺の本にも目を向けたが何も言わず、少女は自分の本へと視線を戻す。
変な勘繰りをする様な子ではない、特に気にしていないだろう。
静かな時の中で本を読む、中には大人の女性と少女との違いについて詳しく書かれていて、時間を忘れるほどに集中し読んでいた。




