来ないで
アールヴに見せながら治療の準備を終えた俺は、声を掛ける。
「治療を始める」
「っえ、ええ、」
アールヴは何処か上の空と言うか、何か余計な事を考えている様で集中出来て無い気がする。
多分、俺が自傷するとは思っていなかったのだろう。それにより心を痛めて欲しいとは思ってないが、恩を感じてくれるなら幸いだ。
昨日は右腕、そして今日は左腕の治療を始めた。
だが今日はお酒を勧めたりはしない、昨日なら兎も角、今日アールヴを酔わせてもお店を休むとは言わないだろうし、休ませる積もりも無い。
故に今日は酔わせてもアールヴが泊まる事は無い、だからお酒を勧めたりはしない――が「欲しい」と言われれば出す積もりだ。
その時は代わりに何を要求しようか? 俺の指でも舐めてもらうか? むふふ。
おっといけない、治療に集中しなくては。
アールヴは血が見えなくなったせいか、冷静さを取り戻した様に真剣な目で、自分の腕と俺の手の動きを見ている。
集中し治療を始めれば、時間が過ぎるのはアッと言う間だ、魔石を使い切り効力を失った。
ただ、時間も中途半端だし、このまま行くと、腕、足、二の腕、太股、背中、お腹、胸、と何日掛かるか分らない。如何したものか?
「新しい魔石を持ってくるから待っててくれ」
「いえ、今日はもう、いいのよね、ありがとう」
いつもの様に同伴出勤すれば、食事の時間を考えても、まだ治療は可能だ、そして未だにアールヴはお酒を要求して来ていない、痛みに耐えずにお酒を俺の事を頼れば良い者を、そうすれば俺の指を舐める代わりにお酒くらい出してやるのに。
「時間が心配なら同伴しても良いし、痛みが強いならお酒を出そう」只じゃないが。
「今日はノーバンさんに夕食を御馳走したいのよね」
ホステスが何の見返りも無く御馳走する筈が無い、どんな裏が有るか分ったもんじゃないが、断り難いのも確かだ。
もしかしたら治療の御礼に「わたしを食べて」と言う意味だろうか?
「急に如何した?」
「いつものお店で良いのよね」
俺の質問に答える気が無いのか、勝手に話を進めようとしている、しかも「わたしを」でも「手料理」でも無いようだ、夕食よりもアールヴの事を食べたいとは言わないが、言わないが…………。
取り合えず治療に使った物を片付け、アールヴに続いて玄関を出た。
俺が鍵を閉めている間にアールヴは先を歩き出す。
歩きながら、もう一度理由を聞いてみるも「いいから」と答えに成らない返し方をしてくる、素直に御馳走に成るしかない様だ。
アールヴの後ろを黙って付いて行けば、何時もの食事処に着き中へと入る。
手前にも空いてる席は有ったが、奥の方のテーブル席に向かい合わせに座った。
店主に料理を頼み、お茶を飲みながら目を閉じ肉や魚の焼ける音と匂いを楽しむ。
何気に目を開ければアールヴが、俺の左腕を気にしている事に気が付いた。
「大丈夫だ、自分の腕も治療した」
「そう、安心したのよね」
周りに人が居るのでアールヴにだけ伝わる様に、安心させる様に言ってみたが、太い針を刺し自傷してまでアールヴの治療を行った事を気にしての「夕食を御馳走したい」と言い出したのだろうか? 女性ならもっと別な御礼の方法が有るだろうにと思わなくも無いが、嬉しくない訳でもない、素直に喜んでおく事にした。
アールヴの顔を見詰めていれば、その視線を切る様に店主が料理の乗った皿をテーブルに並べてゆく。
態々目の前を通さなくとも料理を持ってきた事くらい気付いてる。
まぁ良い、食事にしよう、そもそも遠慮する事無く何時も道りに沢山頼んでしまったが良かったのだろうか?
「「頂きます」」
二人で料理を味わい、「旨い」「美味しい」と合いながら楽しい時間を過ごす。
そして食事が済んだ頃を見計らったかのようにアールヴが少し雰囲気を変えた。
「ノーバンさんに、お願いがあるの」
「何でも言ってみるが良い」
いつものアールヴとは口調が少し違っただろうか? 先程までと雰囲気も違えば姿勢まで正してる、緊張してるのだろうか?
そして「お願い」と言い難そうに少し小声で話し掛けてきたアールヴ、俺は少しでも話し易いようにと笑顔で軽く返した。
「少しの間、お店には来ないで欲しいの」
「はぁ?!」
アールヴの唐突な話に、つい声を上げてしまった、冷静に冷静に! ふぅ。
俺がアールヴを引きずり回しているから、「町で噂に成っている」とギルド長や食事処の店主に渡世人からも聞かされてはいるが、何か良からぬ方向で心配が的中してしまっただろうか?
噂程度なら気にする事も無いが、何か有ったのなら、そしてアールヴからの頼みと言うなら、咽まで出掛かった「ふざけるな!」っと言う言葉も飲み込もう。
そして何より食事を頂いた後では断り辛い、いや会計はまだなのだが難しい。まぁ全て計算の内なのだろう。
「少しの間よ、色々と噂に成っていて……今は不味いの」
「うぅぅん? 良く分らんが、分った」
「ありがとう、ノーバンさん」
やはり俺の行動が、噂が原因か? まだ何もしてない俺としては納得行かない部分も有るが、少しの間と言うなら我慢しよう。
「でもアールヴの治療は続けさせてもらうぞ」
「ええ、此方こそお願いするのよね」
俺が納得の返事を返し治療の話をすれば、少しは緊張の糸が解れたのかアールヴは何時もの口調に戻っていた。
少しの間、吞みに行くのは我慢するが、アールヴの体に触れる機会を逃すつもりは無い、一日でも休めば心が離れてしまうだろうし、腕だけではなく、もっと色々な所を、アールヴの体を触りたい。
俺の願望に対するアールヴの「此方こそ」の言葉につい、ニヤニヤしてしまう。
幸せのあまり、周りの視線に気付いては居なかった。




