治療の準備
アールヴが服を脱いでいる間に準備をするべきだったか?
「ぇ……っとりあえず診察から始める」
「……そうなのょね?」
俺は苦しい言い訳とも取れる事を言いつつ診察を始めた。
先ずは目視での診察からと、アールヴの腕を舐め回す様に観察し、腕を引き上げて脇の下を覗き込む様に腕の裏までジックリ観察していたが、少し恥ずかしいのかアールヴが腕を引き始めた。
もっと良く観察したかったが仕方ない、二の腕の深い所は後日としよう。
次は御待ちかねの触診だ、ジックリと念入りに診察しなければ。
アールヴの左腕を手に取り、優しく撫で回す。とても良い触り心地だ。
そんな俺の事をアールヴは目を細めて、いや元々細いのか? とにかく疑わしそうに見てくるが気にしない。
アールヴの腕に全神経を集中して柔肌の感触を確かめる。
念入りに調べて分った事が有る、目に見える以外の、触診でしか分らない新しく小さな腫瘍が一つ見つかり、もしも見逃していたら再発に繋がっていただろう、やはり触診は必要だ。
そして、アールヴの左腕の病状は右腕より若干進んでいる気がする、心臓に近いせいだろうか?
上着を脱いでくれたお陰で、腕捲りとは違い血流が滞ったり不安定に成る事も無く、安定して流れてい様だ。
体の中を見る事は出来ないが、脈を取る事である程度は分る。
血流が正常でなければ治療も上手く行かない、今後とも注意して服を脱がさせるようにしなくては……下心は少ししかない。
「アールヴ、服を着て待っていてくれ」
「また脱ぐのよね?」
そこは聞かないで欲しかった、再び脱衣姿を拝めると思ったが難しいか?
「ああ、そうなるか」
「それなら、このままで良いの、それより……。」
次からはお茶ではなく体の冷える飲み物でも出そうかと思わなくも無いが、アールヴは何か言い難そうに口元を指で押えてる。艶っぽい。
「何だ?」
「わたしが準備する所を、ずっと見ていたのだから……、ノーバンさんも見せてくれるのよね」
準備? 脱衣姿の事だろう、そして続く「ノーバンさんも」とは何かの準備の事だろう、見せて良いものか少し迷うな、誤魔化すしかないか?
「俺の裸を見たいのか?」
「ち、ちがうわよ、もぅ! 治療の準備なのよね!」
分ってる、分ってはいるが如何したものか?
効果の高い治療法、魔石の使い方には、それ相応の危険や不利益が有る、それを見たり知ったりしたらアールヴが如何思うか? 必要以上に恩を感じてしまうのではないだろうか? いや、それも有りか? もしかしたら更なる報酬を要求できるかもしれない、神に言われた言葉は少し気に成るが、ここはアールヴに見せて恩を売るべきだろう。
「分った、見せるのは構わないが、二人だけの秘密にしてくれ」
「分ったのよね」
自分で言ってて何だが、「二人だけの秘密」とても良い響きだ。
アールヴに一言断ってから治療の準備の準備、下準備を始める。
自室から手拭を一本、それから音と水と命の魔石を持ち出し、台所からは太い針とお茶碗に割り箸も持って来た。
下準備が出来た所でアールヴの正面、元の位置に座り準備を始める……のだが、アールヴに見詰められ緊張し、何時もより少しだけ背筋を伸ばす。
「今から始める」
「ええ、見てるのよね」
見詰めてくれるのは嬉しいが、出来れば手元ではなく俺の目を、そして見つめ合いたかったと思わなく無くも無い。
真剣なアールヴの目を気にしつつ自分の前にお茶碗を引き寄せ、右手に持った太い針で自分の左手の血管に突き刺した。
「えっ! ノーバンさん」
「うん? 大丈夫だ、大した事じゃぁ無い」
見せる前に大凡の流れを説明しておくべきだったか? まぁ今更か? 説明は後にして取り合えず進める。
左手の血管に突き刺した太い針を抜き取り、お茶碗の上で左手に力を込めて搾り出す様に血を垂らす。「ポタポタポタポタ……」
アールヴは、その光景を凝視して固まったかと思うと、急に横を向いて手で口を押さえてしまった。
ダンジョンでは散々魔物を倒したアールヴも、血を見るのは苦手か? いやいや、女性なら血など見慣れているだろうに? 「子供かぁ?」と言いたい。
その後アールヴは、目線の下側に手を翳し、血を見ない様に此方を見ている。
それでも俺が、割り箸を折って、血を墨の代わりの様に魔方陣を書き始めれば見ない訳にもいかず、必死に堪えるように口を手で塞いだ。
まぁでもその為か分らないが、治療の準備をしてる間に何かを聞いて来る事は無かった。準備してる中で魔方陣の事を聞かれると思っていたので何とも拍子抜けの気分だが、手を止めずに済んだのは幸いだ。
右手の表裏に魔方陣を書き終わり、魔石を乗せ手拭で縛り付けて固定すれば準備は完了だ。




