死の病気
玄関を閉めた家の中は真っ暗だ、それでも住み慣れた俺は何処に何が有るか分るが、アールヴは何も見えず不安だろう。
急ぎ服の中から光の魔石を一つ取り出し小さな穴を開ける。
小さな穴を一つだけでは蝋燭より少し明るい程度だが、今はそれで十分だ。
光の魔石で土間を照らし、居間へと案内する。
アールヴは俯いては俺の事を見上げ、見上げては俯いてを繰り返す。家の中をジロジロ見回されるよりは良いが、俺の顔に何か? いや何か言いたいのだろうか?
「取り合えず座ってくれ」
「……ぇぇ」
俺が掘りコタツの対面に席を勧めると、アールヴは少し戸惑いながらも腰を下ろした。
アールヴを正面に見ながら、光の魔石をコタツの上に置いて俺も腰を下ろす。
さて、何から話すべきか? 俺としては早く報酬を――と言いたい所だが、アールヴからしたら色々と聞きたいことも有るだろうな?
「ァ、アールヴ……」
「わたしの病気の事、何か知ってるのよね?」
少し気を使い、先に声を掛けたは良いが、何を言って良いか分らずに戸惑っていると、アールヴから質問が飛んで来た。
「ああ、ホステスのわりに露出の少ない服に、指先すら触れようとしない行動、命の魔石への執着、アールヴが病気だという事は始から気付いていたさ」
「それも聞きたかったのけど……、その病気の……どの様な病気かも知っているの……よね?」
何だろうアールヴは恐る恐ると言った感じに細切れに聞いて来た、不安の中で期待半分に諦め半分と言ったところだろうか?
お茶を飲みながら話したいところだが、淹れに行けるような雰囲気じゃない。
「アールヴの腕を袖口を、七十五階層ボスのワニガメを倒す時にチラリと見ただけで確信は無いが、たぶん俺の知ってる病気だ」
「っえ? 本当なのよね? でも……ダメなのよね……」
俺の答えにアールヴは一瞬、顔を上げて目を輝かせた様に見えたが、次の瞬間には花が萎れた様に項垂れてしまった。
少し雰囲気が変わったので、俺はおもむろに立ち上がりながら、話を続ける。
「誰かに何か言われたか?」
「人間族の医師にね『放って置いても平気だが、気に成るなら切除すると』……でも、違うの! わたしの母さんは同じ病気で……亡くなってしまったのょ……」
顔は見えないが声だけでも悲痛な思いを感じる。
ワニガメを倒す時に見たアールヴの体には、白い柔肌の中に小さく一cm程の、若干茶色掛かり隆起したものが見られた。
俺は旅先で同じ症状の、アールヴと同じ種族であるエルフの病人を診て来た、だから分るが、人間族では、ほぼ問題に成らない、その病気、ただ皮膚の表層近くで塊が出来るが、殆どの場合は痛みも無く、大きくならない限りは切除の必要も無い病気。だが、エルフ族の者にとっては死の病だ。
腕の一部を少し見ただけで、判断するのは難しいが、おそらく旅先で見た者と同じ病気だろう。
そして今のアールヴの「同じ病気で母親を亡くした」と言う話で確信に近付いた。
俺は話を聞きながら、風呂釜の有る場所まで歩き炭と藁と筒を手に取ったが、ここからではアールヴの様子が伺えない。それらを手に持って居間へと移動した。
筒の中から棒を引き抜き炭を入れ、筒に棒を少しだけ差し込む。
筒の内径と棒の外径はほぼ同じで隙間が無い、それを叩き付けるように強く押し込み、再び棒を引き抜けば火種が着いている。その火種を藁に乗せて火を灯す。
火が消えないように、そして火の粉が落ちないように、台所まで足を運びヤカンを火にかけて一度、掘りコタツへと戻った。
火を起しながら先程のアールヴの話を考えていた、「同じ病気で母親を」その前は何だったか? 「触れれば死ぬ」とか「触れたら病気が……」とも言っていた。
「人間族の医師に『移る病気だ』とでも言われたか?」
「そうじゃないのよね……お母さんが病気に成った時、『移るかもしれないから離れてなさい』って……、でも、わたしは一緒に居たくて傍に居たくて、離れたくなくて別れたくなくて……でも触れないように気を付けてたのよ、それでも……。」
「同じ病気に成ってしまったと?」
「えぇ……」
「それで、その……後悔してるのか?」
「うううん、後悔なんてしないのよね、絶対に!」
「そうか安心した、そもそも移るような病気じゃないからな」
「ありがとう。ただ……、自分の病気を治したかったのもあるけど、お母さんの命を奪った病気を治したかったのよね、そして倒したかったの」
何故過去形? 確かにお母さんは亡くなってしまったかもしれないが、まだアールヴは生きている、そして治す事も可能だ。
「それから、医師の言った事も人間族相手なら間違ってない筈だ」
「それじゃぁ……やっぱり……。」
今一つ理解出来ない、何故そのように肩を落とした様な反応になる?
自らダンジョンに、潜ってでも命の魔石を採ろうと頑張ったアールヴの行動からは想像出来ない反応だ。そして先程の過去形の言い方も腑に落ちない。
「アールヴは、その為に命の魔石を欲したんじゃないのか?」
「そぅなのだけど……使ってみたのよね……でも……。」
うん? 「使ってみた」? 猿を倒した後、命の魔石を隠し持っていたと言うことか? 確かに倒した魔物の数と魔石とを照らし合わせるような事はしてないが――まさか隠し持ってるとは思わなかった。
ダンジョンの施設内で着替えかシャワーの時に使ったのだろう。
「それで? 効果が無かったのか?」
「えぇ、そうなのよね」
まぁそうだろうな、俺の推測が正しければ、アールヴの病気は人間族で言うところの癌と同じような物だ、下手に命の魔石を使えば、効果が無いどころか病気を進行させかねない。
アールヴの行動に対して、もう少し気にしておくべきだったか?
アールヴの落ち込んだ表情と、お湯の沸く音で話が途切れる。
再び立ち上がって枇杷のお茶を淹れ、自分とアールヴの前に置いた。
3/4章(第5章)クライマックスに思えましょうが、実は……あまり期待せずに、でも少しだけ楽しみにしていて下さい。




