心遣い
エレベーターで地上一階に戻ると、俺はアールヴに声を掛けた。
「鎧を脱ぐの手伝おうか?」
「……いいえ……ぇ、遠慮するのよ、ね」
アールヴが俺から半歩離れて、少し震えた声で訝しげに断って来たので何となく自分の顔に意識を向けると、口元が少し緩んでいた様だ。
失敗した! もっと平静な顔で声を掛けるべきだったか?
全身鎧の装着を手伝った時は、殆ど装着し終わっていて留め金の付け方を教えながら留めただけ、アールヴの体には触れられなかった。
今度こそはと、装備を外す手伝いを言い訳に体に触れたいとか……下心は少ししかなかったのに……。
っとは思ってニヤケた顔が悪かったのか? あっさりと断られてしまった、まぁ留め金の使い方も装着時に教えた訳だし、そもそも装備なんて物は自分一人で脱ぎ着できるように造られているのだから、当然と言えば当然なのだが……こんな時こそ!……少しは甘えてほしいと思ってしまう。が仕方ない諦めるか。
「皮の服に鉄の全身鎧で汗かいただろ? ゆっくりで良い」
「ぁ……ありがとう……なのよね?」
アールヴは細い茶色の目を……丸くして? いや鉄兜で見えない訳だが何となくそんな気がする、俺の方へと振り向きながらの戸惑った様な声の返事だった。
俺だって常にエロぃ事を考えてる訳じゃぁない、少し位は女性に対しての心遣いだって出来る積もりだ。
俺は女性用の更衣室やロッカーへと続く通路の側までアールヴを送った後、自分のロッカーへと向かう。そして命の魔石を仕舞い、盾と細槍を斬馬刀に代えて、エレベーターへと走り飛び乗った。
アールヴは普段の装備でもシャワーを浴びれば一時間位は掛かってる、今日の装備と、汗をいっぱいかいた体を洗うなら二時間は堅いだろう。
俺は待つ間に、ここ数日で使い切ってしまった音の魔石を少し採りに行く事にした。
俺がエレベーターを降りたのは九十三階層、勿論この階層の魔物は馬、その為の斬馬刀だ。
斬馬刀とはその名の通り、馬を斬る為に造られた武器で、むかし戦場で騎馬兵の馬を斬ったのだとか……、可哀想な事をする者だ、馬に罪は無いだろうに。
だが今は俺の手に、そして魔物を狩る為に使われてる。
俺は斬馬刀の刃を上に、右手で肩に掛けて九十三階層のフィールドに出た。
ここのフィールドは広い、いや木が少ないから、そう見えるのかもしれない。
少し起伏の有る草原に、まばらに木が立ち、少し低くなった場所には小川が流れ遠くには池の様に小さな湖が見える。
そして馬の魔物が草を食べるのか? 所々草が禿げて茶色の土が見えている。
安全地帯の近くに魔物は居ない様だ、だが注意しながら小高い丘の上まで歩いて行き見渡した。
丁度、安全地帯からは丘で見えなかった場所に、何頭もの馬の魔物が居る。
水を飲む者、草を食む者、草原や木陰で休む者、だがそれぞれが十数頭もの集団で出来ている。
一つの集団だけでも十数頭では一人で相手するには普通の者なら手に余る、だが時間は限られている、気合を入れ直して覚悟を決めた。
肩から斬馬刀を下ろし背に構え馬から、なるべく見えない様にして、低く静かな声で優しく「ホーホー」と鳴きながら、ゆっくりと馬に近づいて行く。
馬は少し警戒するも逃げる事も向かって来る事もしない、ただ広い視界で此方を覗っている。
静かに近付かなければ……下手に驚かせたら逃げてしまうか、運が悪ければ集団で襲われ防戦一方と成りかねない、慌てずゆっくりと距離を詰めた。
あと少しと言う位置には小柄な馬の集団が居る、小柄とは言っても馬にしてはだ、肩の高さも子供の背丈程は有り、体重も二百kg以上は有るだろう。
それだけの重さの馬体も、その体重を支え走り衝撃にも耐える足は、強力な武器にもなる、もしその足で蹴られれば打ち身程度では済むまい、その時は骨折や内臓破裂を覚悟せねば成らない。
あと一歩で手が届く距離にまで辿り着いた時、馬がゆっくりと尻を向けた、不味い!
俺は慌てて、背中に隠しもっていた斬馬刀を馬の尻に突き刺す――と同時に馬の後ろ足が俺の斬馬刀を握る手と交差する。
突き出した斬馬刀、それを押し込む力の反作用で、俺の体は僅かに後ろに下がり――結果、ポニーの後ろ足を避ける事が出来た。危ない危ない!
これが普通に足の長い馬だったら、いくら柄の長い斬馬刀でもタイミグ的に俺の体まで届いていた可能性が高い。
油断させて近付いた積りが、逆に油断を誘われ誘き寄せられていたとは。
「っく!」群れの一頭を倒した事で他の馬が一斉に襲い掛かって来た。
魔物の癖に仲間意識の強いこと……何とも面倒な。
襲い来る馬を躱しながら、斬馬刀を振り抜くように馬の腹に突き刺す……、そして少し切上げる様にして引き抜く。
引き抜く力と速度そのままに、右後方から前足を突き立てて来る馬の首に斬馬刀の石突で一撃を与える。
一度、斬馬刀を振り回し「……ふぅ」っと一息入れ周りを見れば、完全に囲まれていた。
今更ながら自分の油断を悔いる。




