猿は魔石?
九十一階層に辿り着き、緊張が高まった所でアールヴに声を掛ける。
「依頼を達成した後も俺とPTを組まないか?」
「……え?」
アールヴは言ってる意味が分らない……っと言わんばかりに可愛く首を傾げた。
再度、俺は静かに優しく言葉を重ねる。
「今の仕事を辞めて冒険者に成らないか?」
「今の仕事は楽しいし辞める気はないけど……もし仮に冒険者に成るとしても、今の目的を達成したらノーバンさんと組む気は無いのよね」
聞かなければ良かった。
いや、ある程度の予想はしていたが、ここまでハッキリ断われるとは思っていなかった。心の中の何かが音を立てて崩れる様な気がした。
運命の出会いだと思っていたのは俺だけだったのだろうか?
この深い階層に少人数で潜れる者は多くない、ましてや女性となれば尚更だ。
でも、アールヴは護られるだけでなく、深い階層で俺の助けに成っている。
知り合ってから長い訳でも無いが、俺の心を揺らすには十分過ぎる位だ。
見た目はコスモスの花の様に可憐で美しく護りたいと思わせる、それでいてダンジョンに潜れば素早い動きで身を隠し、何処からでも正確な弓矢で敵を射る。
たまに我侭を言う事も有るが性格だって悪くない。
もっとアールヴと一緒に居たいと、依頼達成後もずっと一緒に居たいと思った。
だが無理は言うまい、今は気持ちを切り替えてアールヴの望む命の魔石を手に入れよう。
フィールドへと出る扉を前にして立ち止まり、振り返って周りを見るも人が少ない。
何処かのPTの後を追えれば九十一階層の説明が楽なのだが……。
「アールヴ、フィールドに出ても扉から離れない様に、そして攻撃を受けたら直に安全地帯に入ってくれ」
「そんなに危険なのかしらね?」
どの階層でも危険は付き纏うが九十一階層も、また独特だ。
この階層の魔物は悪知恵、……いや知能が高く手先も器用で集団行動にも長けている。
性格は我侭で縄張り意識が強く、凶暴性も高い。
そして此の階層の魔物の最も恐ろしい所は……道具を使う事だ。
そう九十一階層の魔物とは、猿だ。しかも縄張りに入れば威嚇だけでは済まない、いつの間にかに囲まれて一斉攻撃を受ける事に成る。
攻撃も投石に始まり木の棒はおろか、冒険者が落とした武器等が有れば、それさえも使いこなし集団で襲い掛かってくる。とても危険な魔物だ。
俺も必要以上に来たいとは思わない階層だが、アールヴの依頼を、望みを叶えたい。
勿論その後の報酬を期待しての事だが。
そして報酬であるアールヴの体に、傷を付けさせよう筈も無い。
扉を開けて九十一階層のフィールドへと、足を踏み入れた。
取り合えず扉を出た瞬間に襲われる様な事は無かったが、周囲を観察し警戒する。
フィールドには足首程の高さの草が生い茂り、扉から離れた所には枝葉を広く伸ばした木が大小様々生えている。
草原と密林から成る階層だが、近くの草原に魔物は見当たらない。
他の階層なら小石を投げれば魔物が飛び出してくるのだが、この階層はそう上手くいかない事を体験的に知っている。それなりの知能が猿には有る。
危険は承知で密林に近付くしかないか?
石を投げて上手くボス猿にでも当たれば手下の猿をけしかけて来ると言う話だが、そうそう運良くボス猿が縄張りの端にまでは来ないだろう。
警戒しながら密林近くまで歩き、木の上に猿が、目視出来た所で立ち止まる。
猿も此方を警戒している様だが、今すぐ襲ってくる様な動きは無い。
後ろに居るだろうアールヴの方に手を伸ばし、掌を自分に向け揃えた指を何度か手前に倒して、来るように合図を送った。
視線は密林に向けたまま耳だけでアールヴに気遣る。
後ろから足音が聞こえ、直ぐに掌をアールヴへ向けて静止を促す。
一瞬だけ振り向き距離を確認すれば、思った以上にアールヴは近く、約五m後方まで近付いていた。
アールヴの目にも魔物の姿は見えただろうか? 見えたとすれば逆に魔物からもアールヴが見られた事になる。注意が必要だ。
駄目元で取り合えず小石を拾い猿の方へ二、三個投げた。
軽く投げた小石が木の枝に当たり、群れは「キーキー」と鳴きながら密林の奥へと逃げて行く。
それを見たのだろうアールヴの声と、草の中を勢い良く歩を進める鎧の音が後ろから聞こえて来る。
「あっ逃げちゃう!」
「待てアールヴ! 動くな!」
俺は慌ててアールヴを止めた。
「だって魔石がぁ……」
「魔石は必ず採ってやるから焦るな!」
どうやらアールヴには猿が命の魔石に見えるらしいが、俺の目には凶悪な魔物にしか見えない。どんな目をしているのやら?




